SNSで連載中のデートがテーマのよだつか。途中まで。完結すると多分ここは消して支部にまとめます。
@kitunebana
①
「……駄目だ。どうやっても目立つ」
司には目的があった。それは恋人である純とデートがしたい、ということ。
それを聞いた人間は別にデートくらい好きにしたらいいと思うかもしれない。けれどそう出来ない理由がある。
一つは純が有名人だということ。前人未到の全ての大会で金メダル。現役を退いて十年以上が経っても誰も上回ることの出来ない世界最高得点保持者。今でもシーズンが近づけば特集で映像が流れているので純の選手時代と歳が離れている人間にも顔が知られている可能性がある。
司はそんな純の大ファンだ。今でも恋仲になったことを信じられないくらいに。某インターネット百科事典を暗唱できると言えば聞いた人間の殆どに絶句される。
そんな司なのでもし、純のデート相手が自分だと世間に知られてしまえば彼の経歴を傷つけてしまうと恐れていた。司はシングルの選手にはなれず、アイスダンスでも結果を残せなかった。氷上の絶対王者の隣に並べる存在ではないのだと自認している。
でもそれはそれとして恋人として一般的なデートというものをしてみたいとも思ってしまう。何しろ初めての恋人だ。司は十四歳のときに純のスケートに世界を変えられてから、ずっとスケートに心血を注いで生きてきた。何よりもスケートを優先し、スケートのために空いた時間はバイトに費やした。だから恋なんてしたことも無ければ、恋人が居ない歴=年齢だった。
……いや、これは正しくはない。司はずっと恋をしていた。夜鷹純というスケーターに。憧れ、焦れ。実際に会い、実像を伴なえば思っていたのと違う部分も多々あったが、それでも今度は夜鷹純個人に恋をしたのだ。
そんな相手とデートくらいしても罰は当たらない、と思いたい。なので目立たないような恰好を探している。
「……そもそも普段から黒尽くめなのに目立つもんな」
純のクローゼットは黒で埋め尽くされている。そのことを司は知っていた。とはいえ黒が目立たない色ではないということも一応理解してはいる。けれど黒=目立たないという理屈は何故か頭にあった。これはフィクションや闇夜に紛れるという意味なのだろう。
「目立つのが駄目ならあれは?ぬいぐるみみたいなの」
ソファを背に床に座ってタブレットを前にうんうん唸る司に、ソファに座っている純が言う。
「ぬいぐるみ?……あっ!着ぐるみですか?」
「多分それ」
確かに着ぐるみなら中の人間の容姿は気づかれないだろう。頭を取らない限り。しかし目立たないかと言うと、別の問題だ。
「純さん、着ぐるみは駄目です。めちゃくちゃ目立ちます。何より……凄く暑いです!」
「そうなの?」
「はい。俺、バイトで着ぐるみ着たことあって。あれ、想像以上に暑いんですよ。俺は元々汗っかきですけど馬鹿みたいに汗かいて、脱水症状がヤバかったんで」
司は当時の大変さを思い出し、遠い目をした。
「それに防犯とかで店に入ると頭取ってくださいって言われると思います。バイクとかフルフェイスのメットもそう言われるので」
着ぐるみという目立つ格好で注目を集めている状態で顔を晒したら、着ぐるみを選ぶ意味が全く無くなる。
「なら普段の格好でデートしようよ」
「それは駄目ですね」
「……君って変なとこ頑なだよね」
不満そうに純は煙草に火を点けた。
「でも見つからないんでしょ?目立たない格好」
「……だって純さん地味な恰好でも目立つんですよ!」
ウェブ上でスタイリングを確認できるものがあるので司はそれを使ってデートに着て行けそうな服を探していた。しかしどれを試しても純は輝く。シンプルな服は純のスタイルの良さを強調するだけだった。色も黒のイメージが強すぎるが白とかも似合う。というか何を着ても似合って様になるのが夜鷹純という男だ。
「何を着せても神々しいとか……流石世界の夜鷹純」
「今の僕は君の恋人の、ただの純だよ」
「ンぐぅっ!!……あの、そういう破壊力凄すぎるの唐突にぶち込んでくるの止めてくれます?」
「無理だね。事実を言ってるだけだから」
「いやもう本当に!過剰摂取で心臓ヤバいので!!俺の恋人見た目も言うことも男前すぎて……っ!!」
目をギュッと瞑り、服の上から心臓の辺りを右手で握りしめる司の旋毛を純が指先でツンと突く。「なんですか?」とばかりに上向いた司は見た。
「でもそんな僕が君は好きでしょ」
唇に薄く笑みを刷いて見下ろしてくる純に、司は正しく心臓を鷲掴みにされた。
駄目だ。いくら地味に装ってもこのオーラは隠し切れない。そう悟った司はそこで天啓を得た。
「……どうやっても目立つなら、いっそのこと派手に目立てばいいんじゃ?」
「どういうこと?」
ソファに腕を突いて身を乗り出すと司は純に説明した。
「そもそも目立たなくさせるのが本題じゃなくて、純さんが夜鷹純だと気づかれなければ良いんですよ。俺、それを失念してました。隠そうとすることに躍起になってたんですけど、純さんは内から輝くので無理で」
「……それは君の欲目だよ。僕は氷を降りたら、どこにでも居る凡庸な人間だよ」
「本気で言って無いですよね?純さん鏡見たことあります?確かに純さんはスケートが超絶凄い人ですが、見た目も極上だって自覚ないとか嘘ですよね?」
「……褒められることはあるけど。でも僕の顔は平均顔だって」
「……純さん。平均な顔って美人ってことなんですよ。人間は左右対称な顔に惹かれるので整ってるってことです」
平凡な顔と平均な顔は意味が違う。純はどこにでも居るような凡庸な顔ではなく、理想的に顔のパーツが配置されているという意味で平均顔と言われたのだろうと司は予測を立てた。
「話が逸れましたけど、どうやっても目立つのなら目立ってしまえば良いんじゃないかって思うんです。要は夜鷹純のイメージから外れていれば良いんですよ」
「どうするの?」
「純さんのイメージはやっぱり黒ですね。競技時の衣装も黒を基調としたものが多かったですし、練習着も黒でした。それ以外の場での服も黒を着てメディアに映ってたので。あとは綺麗目な感じですかね。なのでそこをちょっと意識して変えれば、印象もかなり変わるんじゃないかと」
そう言った司がタブレットに表示させたのは所謂柄シャツと言われるもの。
「確かに僕がこういうのを着るイメージは無いだろうね」
実際着たこと無いし、と言う純に司はニパッと笑う。
「まあ純さんにはこんな安物じゃなくてもっと質の良いのをって思いますけどね。ハイブランドとかでもこういう感じのあったかな?」
「スタイリストにこういうイメージで揃えてもらえば良いんじゃない?」
「そうですね!プロにお任せ出来たら安心です!」
「うん。楽しみにしてて」
「はい」
そんな会話をしたのが半月前。お互いの予定が合っていざ大ぴらな初デートへ!となった日。
「……あの、純さん?」
「なに」
「どうして俺はこんなにも箱を渡されてるんですか?」
「今日、司くんが着るものだからだよ」
「え゛!?」
司は初耳だった。正直言って純の服はスタイリストに用意してもらって自分のものは適当に着たので大丈夫だと考えていたのだ。
「デートだよ?せっかく普段とは違う格好するんだから、君と揃えて当然でしょ」
適当な恰好で僕とデートするなんて言わないよね?と言われてしまえば司は従うしかなかった。
②
「お互い着替えと髪のセットが終わってから、変身ぶりを見せあおうか」
純がそう言ったので司は「じゃあ純さんがどんな姿になるのか楽しみにしてます!」と答えて別室で着替えることにした。
「へぇ?こういうので来たんだ?」
純は契約しているスタイリストに「恋人とデートするんだけど、いつもの僕とは違うイメージでまとめて。一見僕だとわからない感じでね。ああ、僕のに合わせて恋人のもお願い」と伝え、コーディネイト自体は丸投げした。なのでどういった服が用意されたのか確認したのは今が初めてだ。服の他にアクセサリーと靴。ヘアセットの仕方なども一緒に送られていた。
「うん、確かに僕のイメージとは違うかも。……司くんが気に入ってくれるといいな」
大好きな恋人と純だってデートがしたかった。しかし司が「俺なんかが恋人として純さんの隣を歩いているって知られたらっ……!」と自己肯定感の低いことを言い了承してくれなかったのだ。だから今回の提案は純にとっても渡りに船のようなもの。司とのデートのためなら普段と違う装いくらいなんでもない。プロのスタイリストに依頼しているのだからみっともなかったり似合わないものは用意されないと解っていることもあり、かなり乗り気だった。
一方の司はといえば純から渡された箱を片っ端から開けていた。
「うわぁ……俺だと選ばない感じだ。しかもこれ、高いんじゃないか?……値段を言うのは野暮だよな、うん」
触ってみると普段着ているものとは布の感触が違い、司は値段を想像してしまうが止めた。
「まぁよく考えたら純さんの隣を歩くんだから、普段俺が着てるやつじゃ駄目だよな」
フリーター時代の倹約生活が染みついた司が愛用している服は、純が着ているものと比べるとかなり金額に差があるということを理解していた。おそらく純のシャツ一枚で司の全身が賄えてしまうと。いくら今回のテーマが「純が夜鷹純だとばれないデート」とはいえ格差がありすぎるのは駄目かもしれないと司は今、気づく。
「今回はありがたく着させてもらおう!」
なにしろ念願の初デートなのだから、悔いのないようにしたい。司は決意も新たに着替え始めた。
コンコンコンッと扉がノックされ純の声がかかる。
「司くん?僕は用意が終わったからリビングで待ってるね」
「あ、はい!俺もすぐ行きます!」
待たせては悪いという気持ちと、純がどんな格好になったのか気になる司は慌てて最後の仕上げをして部屋を出た。
「本当にすぐだったね」
リビングの扉を開けると純の姿が見える。
「……うわっ……うわぁ……!?」
「どうしたの?……もしかして似合ってない?」
少しだけ眉を下げた純にブンブンと音が鳴るほど司は首を横に振る。
「そんなことないです!その、いつもと違って、でもカッコよくて……!」
純は白いスキニージーンズに黒のハイネック。その上に黄色い生地に白で植物の模様がある半袖シャツを着て、前だけズボンにインされている。そして首元には服の上から太めの金で出来たチェーンネックレス。左手首にはゴツメのハイブランドな腕時計。足元はキャメル色のデッキシューズだ。普段頭の天辺から足の先まで黒一色の姿とはかなり印象が変わっている。その上髪型も少し手が加えられていた。緩いウェーブのある、俗に言うツイスト風M字バング。前髪を下ろしているのは普段と同じなのに、全然違うと司は思う。オールバックや片側だけアップされているのは見たことがあったが、ウェーブがあるのは初めて見た。選手時代にもこんな髪型はしていないはずだと脳内の夜鷹純データを呼び出して確認したところ「初出だとおもいます!」と返事があったので間違いない。
「そう?司くんにカッコいいって言ってもらえるならよかった」
目を細める純に司は更にドキドキした。
「司くんも似合ってるね。可愛いよ」
「お、れも、可愛いよりカッコいいって言われたかったんですけど……」
司はブラッククラッシュジーンズに黒いTシャツ。襟元が白く段々と黄色からピンクへとグラデーションしている半袖シャツを羽織っている。首には細いプラチナで出来たチェーンネックレス。手首にはベルトを二重に巻くタイプの細い腕時計。足元は黒いビーチサンダルというラフさ。髪型はオールバックで額が見えている。普段どちらかといえば白や鮮やかな配色の服が多い司が黒が多めの服を着ているのは珍しい。高身長のせいか少し威圧感がある。クルクルと変わる表情を見なければ、だが。
ちなみに二人とも部屋の中だというのに靴を履いているのは一度も外の地面を踏んでいない新品だからだ。
「僕にとって司くんは可愛いイメージが強いから。それにどちらかといえば童顔だよね、君って」
「うっぐ……!?少しだけ俺、それ気にしてるんですけど」
「別に若く見られて困る職業でもないでしょ」
フィギュアスケートは氷上での美しさを競う競技だ。顔の美醜は含まれないが、氷の上でも陸の上でも美しさが好まれる。それは選手だけでなく、コーチも含まれるのだ。
「……ただでさえ日本人は実年齢より幼く見られがちなんですよ。あんまり若く見えるのもプラスに働くとは限らないって、純さんだって知ってるでしょう?」
スポンサーなどに侮られることもある。司はフィギュアスケートでの実績に乏しいから、余計に。
「僕を侮る人間は居ないよ」
「……そうですね」
改めて言われると「確かに世界の夜鷹純を下に見る人間はフィギュアスケート関係者には居ないだろうな……」と司は遠い目をした。
「ああ、そうだ。忘れもの」
「忘れもの?」
「うん。左手出して」
「はい」
言われるまま素直に手のひらを上にして差し出す司に「逆がいいな」と言って純はクルリと甲を上にさせると、薬指にスルッと金属の輪を嵌めた。
「えっ……これって!?」
「これは予約だから。今度本番のを贈るね」
左手の薬指に指輪を嵌める意味を司だって知っている。婚約か、結婚だ。純は「予約」と言った。「今度本番のを贈る」とも。つまりそれは、結婚を前提とした婚約指輪を贈られたってことだ。純が嘘や冗談を言う人間じゃないということも知っていた。
「泣いちゃ駄目だよ。今からデートなんだから」
「っ……はい!」
フニッと鼻の先を抓む純に、喜びを抑えきれない顔で司は元気よく答えた。
◇◆◇
「忘れてた。司くん、これも」
「サングラス、ですか?」
さあ出るか、となったところで純が司に手渡したのはサングラス。レンズの色はシャルトルーズイエロー。少しだけ純の瞳の色に似ている。
「僕はこれ」
「……ピンク」
普段外出時にサングラスをかけていることの多い純だが、それはいつも黒いレンズのもの。しかし今純が手にしているのはフィエスタ・ローズ色。つまり蛍光色ではない少しくすみ感のある落ち着いたピンク。
「僕たち、お互いのシャツと逆の色だね」
「あ!」
確かに純は黄色、司はグラデーションとはいえピンクも入っている。
「そうですね!色違いです!」
シミラールックの一種のようで司は「デートっぽい!」と更に嬉しくなる。司は普段眼鏡もサングラスもかけないので少しだけ慣れないが、これはかなりありだった。
二人はデートということで今日は車移動ではなく、電車と歩きと決めていた。純はタクシーなど職業運転手によっての送迎が基本なのでかなり珍しい。司はこっそり「……純さんって電車の乗り方知ってるのか?」と思った。
「じゃあ行こうか」
「はい、って、ぴゃっ!?」
玄関を出て、初デートにおける最初の一歩を踏み出そうとした司は、左手を包む自身より低い体温にビクッと驚く。純の右手が司の手を握っていた。それも指を絡める恋人繋ぎだ。
「えっ、えっ、じゅ、純さん!?」
「デートでしょ。……駄目なの?」
「駄目じゃないですっ!」
真っ赤になっている司はそれでも純の手を離さない。「手汗凄いかも!?」と頭の片隅で考えはしたが、純の手を離すという選択肢は司の中になかった。
「よかった」
少しだけ口角を上げた純に司は心臓がキュウウンとなる。もちろんトキメキで。「始まったばかりでこんなにキュン♡としていて大丈夫か?一日持つか?」と思うも「まあ純さん相手だしな!」と一人で納得した。