SNSにアップした良心、道徳、倫理。そういったものが外付けでその基準が🦅の☀なよだつか。今は師弟イフのみ。もう一つ考えてるパターンがあってそっちも書いたら支部にまとめる予定。その場合ここは多分消します。
@kitunebana
(師弟イフ版)
明浦路司は夜鷹純の教え子だ。
そのことに興味を惹かれる人間は多い。それが好意的か悪意的か、はたまた別の感情なのかは人によるがとにかく接触しようとする人間が多かった。その中には倫理や道徳、健全な青少年への対応として相応しくない行動に出る大人とは名ばかりの愚者も居た。
そのどれもを司は軽やかに躱す。快活で、笑顔が絶えず、人当たりの良い少年の顔をして。
「ごめんなさい。俺にはわからないので夜鷹純に聞いてください」
これは魔法の言葉だった。大抵の人間はこう言われれば退くしかなく、これで退かない人間は公に問題ありと出来る。司は大切に守られる子どもと言える年齢だからだ。
そんな司がフィギュアスケートを知ったのは十四歳。始めるには遅すぎると言われる年齢だ。それはフィギュアスケートに詳しければ詳しいほど、口を揃えて言われるだろう。六歳以下で始めるのが普通だと。そして莫大な費用が払えるのかと。
これはある意味で優しさだ。夢を見て、最初の一歩だけ温かく迎え入れられてもすぐに現実を突きつけられて辞めることになるより最初から無理なのだと教えることが。夢を見れる期間は限られている。何を言っても許されるのは小学生に上がる前くらいなのだと。それ以降は現実と折り合いをつけて身の丈を正しく理解して手の届く範囲で終わらせることが幸せなのだと。
けれどそれを優しさだと理解できるのは、そう受け取れるのは何人だろうか。司は無理だった。表面上は納得したように見せたが、心の奥では「何で!?どうして!?」が渦巻いていた。魂を悪魔に売ってでもスケートがやりたい。けれどそんなことをしては夜鷹純のようになれない。その思いから司は健全で真っ当な手段でフィギュアスケーターになるしかなかった。
そんな司を神様見放さなかった。夜鷹純という名の神様だけが、司に手を伸ばしてくれた。
遅すぎると否定しなかったのは、無理だと言わなかったのは、夜鷹純だけ。やりたいの、なるよねと言ってくれたのも夜鷹純だけ。夜鷹純のようになりたい、氷の上で生きたいと言っても馬鹿にしなかったのも、夜鷹純だけだった。
夜鷹純は明浦路司にフィギュアスケートの世界を教えてくれた。
夜鷹純は明浦路司に夢を見るなと言わない。だって現実しか見ていないから。
夜鷹純は明浦路司に強制しない。自分で選択するのが当然だから。
夜鷹純は明浦路司に新しい世界を見せてくれた。
夜鷹純は明浦路司にアイスシューズを履かせてくれた。スケートリンクで踊らせてくれた。
夜鷹純だけが、明浦路司にフィギュアスケートを許してくれた。
だから、夜鷹純は明浦路司の神様だ。
その夜鷹純の手を取ったときから、それまでの明浦路司の常識は全てリセットされた。以降は新しい常識で再構築されていく。
夜鷹純は間違わない。常識とされている年齢を遥かに過ぎているのにフィギュアスケートをやりたいと言った司を誰よりも強い選手に育ててくれている。
夜鷹純は正しい。どこまでもストイックに、フィギュアスケーターとして最良を司に与えてくれる。
明浦路家の人間は馬鹿なことを言うなと、司の氷の世界への想いを切って捨てた。兄だけは多少の理解を示そうとしてくれはしたが、それだけだ。
リンクの受付、クラブのスタッフ、その誰もが司には無理だと言った。
けれどそれは正しくなかった。明浦路司はフィギュアスケーターになれる。寒くて吐く息が白くなる場所で、熱く心臓を昂らせる生きものに。夜鷹純がそうしてくれた。
その夜鷹純は人としてかなり真っ当な部類だ。紡ぎだされる言葉が鋭角で、癇癪を起すことがあるとはいえ、子どもは大切に扱わなければいけないと理解している。だから司の負担になること、害になるものについては厳しい。夜鷹純自身も司へそうならない振る舞いを常にしている。
正直なことを言えば、司は自分の価値が解らない。夜鷹純に見いだされフィギュアスケートをやらせてもらえる環境を与えられる前も考えたことがあるが、スケートを出来るのであれば穢い欲に晒されても平気だった。そうしなかったのは夜鷹純ならそんなことはしないという考えがブレーキをかけていたから、正しくあろうとしていただけ。夜鷹純が居なければ司がフィギュアスケートの世界を選択することも無かったが、夜鷹純が居たからこそ司は健全な少年で居られた。
夜鷹純に欲は無い。司が知っている範囲での話だが、彼は無性に近いと思ってしまう。彼の欲とも言えるものは全てスケートにしか反応しないから。だから夜鷹純が司にそう言った意味で手を伸ばしてくる可能性は限りなく低い。けれど司はその手を希ってしまいそうになる。
司は冷たく何もかも拒絶するかのような夜鷹純の体温が意外と自分と同じくらい高いことを知っている。その熱を溶け合わせてぐちゃぐちゃに境界など無いかのように混じりあいたい。そういった欲が司の中にある。欲しいと言ってくれたなら、喜んで差し出す。既に全てを差し出してしまっているようなものだが、余すことなく本当に全てを。
けれどそんな未来は無いと知っている。夜鷹純は子どもに手を出すような穢い大人じゃない。何もかもを氷に捧げた怪物だ。
「……俺の神様」
司の唇から零れる声は初恋に蕩けた少女のようで、熱を孕んだ娼婦のものにも似ていて、どこまでも欲深い人間の声だった。
──神様は汚れない綺麗なものを好むって知ってる。だから人間にならないで。俺が同じになるから、息苦しいのなら無理をして陸の上に降りないで。俺が貴方と同じ氷の上で生きる怪物に、氷の上での絶対を宣言できるように必ずなるから。
司はそう願う。夜鷹純に育てられれば歪でも擬きぐらいにはなれるだろうけど、それ以上になるからと。
明浦路司の信仰は、正しく神様に捧げられている。
十四歳のある日から、明浦路司の心の中には一人の神様が存在している。良いことも悪いことも、その神様を基準に司は考えるようになった。けれどそれで何の問題も無い。司の神様は常に正しいから。冷たく凛と美しい夜鷹純に恥じない生き方を志せば何も問題はないのだ。