SNSにアップしたチャ…な格好パロよだつか。完結したら支部にまとめてここは多分消します。
@kitunebana
①
「……ねえ君、そこで何してるの?」
その子どもに声をかけたのは気紛れだった。薄汚れた路地裏には大勢居る、親に捨てられたか逃げてきたうちの一人だってことは見てわかったよ。細い手足にサイズの合ってない服を着て、オドオドと周囲を見ているからここに来てそう時間は経ってなかったんだろうね。
「……お兄ちゃんは誰?」
「僕?」
「……知らない人は、駄目って兄ちゃんが」
見知らぬ人間とは話すなって教えられてるってこと?その言いつけを守るような子どもを捨てたらしい子どもの家族と、捨てられたのにその教えに従う子どもを愚かだと僕は思う。
「僕は黒猫。名乗ったから知らない人じゃないよね」
こんなのは詭弁だと思いながら僕は言った。そもそも黒猫は僕の本当の名前じゃなくて通称だけどね。
「……司」
迷った末に子どもが名乗ったけど、ちょっと警戒心が足りてないね。そんな簡単に他人を信じちゃここでは生きられないよ。でも苗字を言わないのは僕に倣ったか、自分の苗字を知らないか、元から無いかのどれだろう。まあ、どうでもいいか。
「それで司はそこで何をしてるの?一人なんだよね?」
「……お父さん、待ってる」
「お父さん?」
「うん。ここで待っててって言ったから」
こんな治安の悪いところで小さな子どもに一人で待ってろなんて、まともな親なら言わないよ。やっぱり司は捨てられたんだね。司も本当は解ってるんじゃないの?だから自分に言い聞かすみたいな声で言うんでしょ。
「いつまで待っててって言ってた?」
「……待っててって言ってただけ」
フルフルと首を横に振る司はちょっと涙目だ。考えないようにしていたのに、僕に聞かれたせいで迎えなんて来ないって方に傾いたのかな。
「司はずっとここに居るつもりなの?」
「……だって、待っててって」
「それが嘘かどうか、司だって気づいてるよね」
「っ」
堪えられなくなったのかな?ジワッと涙が盛り上がって、ボロボロと零れた。この程度のことで泣いてたら、この先本当に生きていけないよ。ここはいくらでも甘い言葉で騙そうとしてくる人間が居るからね。でも、何でだろう。司の涙は嫌いじゃない気がする。ここの住人が我が身可愛さに流す薄っぺらなものと違って綺麗だ。だからかな。
「僕と一緒に来ない?」
「え?」
驚いたからか司の涙が止まったね。目がまん丸だ。
「ずっと待っても父親が迎えになんて来ないよ。それでも待つのを止めないでここに居たら司は食い物にされるだけだって解ってる?この辺りがどういう場所か知らなかったかもしれないけど、ちょっと居ただけでも解ったよね?」
「……」
今だって司を……ううん、僕を含めて狙ってる人間が居るよ。正気のまま娼館か金持ちに売られるか、薬漬けで売られるか、内臓だけ売られるか。どれがマシかなんて答えは決まってる。全部最悪だ。
でもそんなふうに扱われる人間を僕は何人も見てきた。だから司もそんな人間の一人になるんだろうなって見たときに思ったのに。何故だか僕は声をかけていたんだ。本当に気紛れ。一緒に来ない?って聞いたのも、そう。
「司はどうしたい?自分を捨てた父親を信じて待つ純真な子どもで居る?それとも僕と来る?」
司が僕を選ぶ確率は五割かな。名前しか知らない。それも本名かどうか判らない、むしろ偽名だと思うだろう名前を名乗る僕を選べる強さがあるかどうか。司は四歳くらいに見えるけど、受け答えの感じからもう少し上なのかもしれない。身体が小さいのは十分に食べれてないからかも。でも誤差は精々二、三歳だろうね。十分幼い子どもだよ。その幼さで血の繋がった家族じゃなくて僕を選ぶかな。
「……俺、本当は解ってた。お父さんは俺が要らないからここに置いてったんだって」
「うん」
「でも迎えに来てくれるかもって、思いたくてここに居たんだ。でも……」
「うん」
司は一度止まってた涙がまたボロボロと零れてる。よく泣く子なんだね。このくらいの年齢だと普通なのかな?
「……来ないんだって、俺は捨てられたんだって、待っても無駄だって、教えてくれて、ありがとう」
何で僕にお礼を言うのかな?司って変わってる。「君は捨てられたんだよ」って言ったら怒って「そんなことない!」って言う人間の方が多いだろうにね。
「……俺、一緒に行っていいの?」
「いいよ。僕が誘たんだから」
「うん!」
司の小さな手が僕の手を握ってきた。……温かい。子どもだからかな?うん、でもこれも嫌いじゃないよ。
◇◆◇
司に何歳なのか聞いたら今年六歳になるんだって。今は誕生日前だから五歳。やっぱり年齢の割に小さいよね。でも足はそうでもないから将来的には大きくなるかも。
「……黒猫兄ちゃんは何歳?」
そういう呼ばれ方は初めてだな。別にいいけど。
「今は十三歳。誕生日が来たら十四歳だよ。司とは八歳違いだね」
「そうなんだぁ!」
凄いって言ってるけど、本当に解ってるのかな。この年齢の子どもって計算出来たっけ?もし出来なくても追々僕が教えたらいいか。そう思っていたのに、叶わなくなるなんて僕は思いもよらなかった。
◇◆◇
司を拾って十日が過ぎたくらい。僕たちは大勢の大人に追いかけられている。裏社会の人間だろうなって雰囲気でわかるけど、僕は目を付けられるようなヘマはしてないはずなんだけど。……実は一つだけ心当たりが無くもないんだけど、それが合っててほしくない。
「黒猫兄ちゃっ……!!」
「司っ!」
今はどうにか捌けているけど、数が多い。僕一人ならどうとでもなるけど、司を連れていては無理だ。でも見捨てるつもりは無いよ。そんなことをするくらいなら最初から拾って無いからね。
「おいっ!用があるのは黒髪の方だ!小さいのには手を出すなっ!」
……声がした方をチラッと見たら顔に傷がある男が居た。目当ては僕一人か。そしてあの男だけが無関係の司には手を出さないでおけって言うだけの善性があるってことだね。
「司、僕の首に腕を回して。しっかり掴まってて」
「うんっ」
ギュッとしがみついてきた小さな身体を抱えて走る。一番前に居た男目掛けて跳んで肩に手をついて逆立ちするついでに周り数人の頭を蹴り飛ばして、その勢いで包囲の先に飛び降りた。
「兄ちゃんっ」
「大丈夫。そのまま目を閉じて、喋らないで。走るよ」
「んっ」
更に強くしがみつく司を僕もちょっとだけ抱える腕に力を入れて、走った。この辺りは入り組んだ路地だから撒けないことは無いはず。僕走るの早い方だしね。でもいつまでも逃げ切れるものじゃないってことも解ってる。
僕たちを襲った人間は組織立ってた。幸いといって良いかわからないけど、奴らの狙いは僕だってことも解ってる。司は必要ないんだ。それはある意味安心で、ある意味不安要素だよ。ようが無いからって見逃されるかどうかはわからないからね。さっきだって司を巻き込む必要は無いって言ったのは顔に傷がある男だけだった。
実は僕はあの男を知ってる。昔ちょっとした理由で調べたことの中にあの男のことも含まれていたから。だから僕らを襲った連中の目的がどうして僕なのかも、薄々理解しているんだ。司をどうしたら良いかも。ならどうしてさっさとやらないかって言うのは、僕が司と離れたくないから。でもそれは多分無理なんだ。あの男を含めた裏社会の人間が僕を連れて行こうとしている意味を、僕は解ってる。
「……司、聞いて」
「やだ」
走り回って追いかける影が無くなった頃、安全と一応言える場所で僕が言えば司は嫌だって言う。僕だって嫌だよ。本当は言いたくないんだ。でも言わないと駄目だから。
「いいから聞いて。僕たちは今大勢に追いかけまわされてる。だから逃げるんだけど、これから僕が囮になってあいつら引きつけるから、司はここでジッとしてて」
「やだっ!!」
「嫌でもやって。それが司のためなんだよ」
"貴方のためだから"。僕はこの言葉が嫌いだ。だって頼んでも無いのに僕のためだって勝手なこと言わないでって思う。だけど僕は今司にそう言ってる。言うしかないんだ。
「黒猫兄ちゃん……」
「心配しなくても僕は大丈夫だから。見てたでしょ?僕は強いんだよ」
「……そうだけど!でも!」
涙で潤んだ瞳で司が何か訴えたそうにしてる。司も解ってるんだよね。今が危険な状況だって。僕が言うとおりにした方が自分には不利にならないって。でも僕と離れたくないって思ってくれてるから、嫌だって言ってるんだって解ってるよ。
「待ってて。必ず迎えに行くから」
「っ約束?」
「うん、約束」
キュっと唇をへの字にして涙を堪えた司が小指を突き出してきたから、僕の小指を搦めた。約束っていうのはこうやってやるんだよって司が教えてくれたから。
「気を付けてね!絶対っ絶対迎えに来てね!!」
「うん。待ってて」
必死に言い募る司に僕は胸が痛い。でもそれを覚られちゃ駄目だから、普段通りの僕でいなくちゃ。
「……あのね、司。一つだけ秘密を教えてあげる」
「秘密?」
「そう。僕の名前、本当はね……純って言うんだ」
「じゅん」
「うん、純」
黒猫は通称で、殆どの人間は僕の本当の名前は知らないんだ。そういうふうに育てられたから。僕がこれからすることを考えたら、本当は名乗らない方が良いって解ってた。でも司には教えたかったんだ。
「純兄ちゃん?」
「なに?」
「へへっ純兄ちゃん!」
「だから、なに?」
さっきまで泣いてたのに、今は嬉しそうに笑ってる。僕の好きな司の表情。十日しか一緒に入られなかったけど、いっぱい、いっぱい好きになったよ。僕より八歳も年下なのに、司は僕の知らないことを沢山教えてくれた。僕も色々教えたけど、司が教えてくれたようなことは一つも教えられなかった。
「じゃあ僕は行くよ。司も気を付けてね」
「うん!いってらっしゃい純にいちゃん!」
「……行ってきます」
行ってきますなんて言ったの、初めてだ。でもこれが最初で最後になるんだろうなって、僕は解ってた。ごめんね司。このまま抱きしめて、何も無かったみたいに僕たちの日常に戻れたら良いのに。でも今の僕には出来ない。力が足りないから。だから一番大切なものを遠ざけることしか出来ないんだ。
「俺待ってるから!ちゃんと待ってるから!約束だよっ!純兄ちゃん!!」
ブンブンと手を振る司に僕は答えられないまま背を向けて走り始めた。精一杯元気に送り出してくれたけど、不安を隠しきれていない司を置いて。
◇◆◇
僕は走り回って追いかけてきていた奴らからは姿を隠しつつ、ある男を捜した。そうして見つけたんだ。
「……ねえ」
「うっお!?……お前」
「貴方、高峰匠でしょ?」
顔に傷がある男。さっき一人だけ司には手を出すなって言った人間。この辺りを牛耳る裏組織の構成員の一人。
「あー……お前、自分がどういう立場化は理解してんのか?」
「してるよ。だから貴方の前にこうして出てきたんだ。さっき僕と一緒に居た子どもを憶えてる?」
「子ども?ああ、あの金髪の小さいのか」
あいつがどうしたって聞いてくる高峰匠に僕は告げる。
「高峰匠。貴方にあの子を頼みたい。他の人間たちが僕の確保に血眼になっている中、貴方だけはあの子には手を出すなって言ってた。だからだよ」
「はぁ?」
怪訝な顔をしてるね。いきなりこんなことを言われたそういう反応になるのかな。でもあんまり時間があるわけじゃないから、話を進めるよ。
「貴方は妻と娘を愛してる。裏組織に身を置きながらも表の世界で彼女たちを生きられるようにしたい。だから組織を抜けたい。……違う?」
「っ……お前、なんで」
「どうのこうの言っても、古くから続く組織はどこも血が優先される。要らなかった僕がこうして強引に連れていかれようとしてるのも、血のせいだ。貴方も親のまた親、更に前から組織に身を置く血筋のせいで逃げられないでいた。それが愛する娘にも続いてしまうことを苦にしている」
何の目的で僕が必要なのか。それはこの辺りを牛耳っている裏組織のボスが、僕の父親だからだ。でも僕は妾の子。正しくは強引に手を出した女が産んだ子ども。だからずっと放置されてたし、居ないものとして扱われてた。会ったことも無い父親なんて僕も興味は無かったから、どうでも良かったのに。
それなのにその男がこの前死んだらしい。そうなれば跡目争いが起こるのも解らなくもないよ。でも全員相打ちで総倒れって馬鹿じゃないの。跡取りが居なくなったからって、血が繋がってるってだけの僕を担がないでほしいんだけど。
「今なら貴方を抜けさせてあげれる。その代わりにあの子を守って。お金が必要なら組織から必要なだけ持ち出せばいい」
「お前な、なに言って」
「僕は今まで明るい場所だけで生きてきてはいないけど、組織に関係しては無かった。そんな僕が組織を継いで直ぐ、馬鹿なことに信用した組員に出し抜かれて金を持ち逃げされたって誰も不思議には思わないでしょ」
今、組織は混乱の坩堝にある。それを上手く利用すればいい。
「そんなことすりゃお前が侮られるぞ」
「解ってる。でも丁度良いんじゃない?侮って尻尾を出す馬鹿を返り討ちにしやすいからね」
僕を無能だと思って操り人形にしようとしたり、好き勝手にしようとしたらどうなるかは解らせてあげるつもりだよ。容赦なんてする気ないからね。
「……組織がそんなことをした俺を逃がすとは思えねえ」
「それも大丈夫。僕が組織の長になるんでしょ?だったら金の持ち逃げなんて黒歴史だよね。最初に躓いちゃ他の組織にも侮られるから、秘密にするために追手は出すなって命令すればいいだけだよ。その後も貴方に手を出せば僕が敢えて見逃した相手に手を出したってことで罰せれる。それが抑止力になるかどうかは直ぐに結果として見せれると思うよ」
それが通るのが長という立場だって知ってるから。組織が面子を重視することもね。高峰匠の離反を無かったことにするなら、可能だ。無理だとしても僕はやる。絶対に司には手を出させないために。
「……あの子どもがそんなに大事か?」
「そうだよ。貴方もそうでしょ?妻と娘が一番大切なんだよね?それと同じ。僕は司が一番大切なんだ」
短い期間しか一緒に居られなかったけど、そういうのは長さが問題じゃない。
「あの子には組織とは係わらせたくない。太陽の下を歩いてほしい。あの子が笑って生きていけるなら、僕はどれだけ血を被っても平気」
綺麗な道をいけない子とくらい解ってる。二度と陽の光の下を歩けないかもしれないことも。
「どれだけ卑劣な手段を使ってでも、僕はあの子を守る。きっと善人とは真逆の生き方しか出来ないし、あの子に二度と会うことは出来なくなるだろうけど……それで良いんだ」
温かい太陽みたいに眩しい笑顔の司には、明るい生き方が似合うから。そこに僕が居なくても、そう在ってほしい。
「あの子一人を引き取ったら目立つから、他にも何人か子どもの面倒を見るとかして誤魔化してね。塾か孤児院みたいなのをやれば良いんじゃないかな?縄張り内の子どもの識字率が上がったり、算術が出来る子が増えたら組織的にも利益が見込めるから余計に手を出せなくなるから」
「……お前本当に十四歳か?」
「まだ十三歳だよ」
ああ、そういえば司は誕生日が近いって言ってたな。……祝ってあげたかったけど、無理なのが残念だよ。
「それで、どうするの?」
「……」
高峰匠が黙り込む。多分考えてるんだ。僕の話に乗るか、断るか。でもそう時間を掛けずに決めたみたいだ。
「わかった。お前の話に乗る」
「商談成立だね。言っておくけど、司に何かあったら容赦しないから。貴方じゃなくて、貴方の妻と娘が死んだ方がマシ、早く殺してって言うような目に合わせるから。最愛たちを失いたくなけらば、忘れないでね」
必要無いかもしれないけど、釘をさしておくに越したことは無いからね。高峰匠は何か言いたげな顔をして、黙った。
「じゃあ今から組織に行こうか。僕を迎え入れた騒ぎに乗じて必要なもの全部持ち出して。誰にも気づかれないように、静かに。でも急いで」
「はぁ……わかった、わかった」
「その後、あの子を迎えに行ってあげて」
僕は司が隠れている場所を高峰匠に教えた。ハッキリ言うと完全に信用したわけじゃないけど、自分の娘とそう変わらない年齢の司に同情的なことと僕がさっき言ったことは本当にやると理解してるのは解るから。多分この人は僕を裏切れない。家族のために。
「あの子の名前は司だから」
「……伝言はあるか?」
「ないよ」
何も言えないよ。だって僕は司に酷いことをした。「迎えに行くから待ってて」。それは司が父親に捨てられたときに言われた言葉と同じだろう。解っていて、僕は同じことをしたんだ。六歳にもならない子どもに、短期間で二度も信じた相手に捨てられるっていう経験を味あわせた。非道にも程がある。叶える気の無い約束なんてしたくなかった。させたくなかった。泣かせたくない。笑っていてほしい。そんなの全部僕の我儘だって解ってる。だから許してなんて言わない。言い訳もしない。嫌われるのは辛いけど、仕方ないから我慢する。ただ司に、幸せでいてほしいだけ。その姿を僕が見ることが生涯叶わなくても。
「質問は終わり?じゃあ始めようか」
これが路地裏で生きる黒猫が消えて、この街に根を張る裏組織に新しい長が生まれた日の話だよ。