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【よだつか】美貌のインソムニアは安眠枕を手に入れた①~④

全体公開 よだつか 6 17644文字
2026-02-11 22:12:42

SNSで連載中の不眠症気味の🦅なよだつか。🦅(無自覚→)(←)☀かな。🦅視点と☀視点で進みます。完結したら支部にまとめてここは多分消すかと。

Posted by @kitunebana


①「美貌のインソムニアは安眠枕を手に入れた①」

……眠れない。
……はぁ」
これは今に始まったことじゃない。もうずっと、何年もだ。僕は不定期に眠れない時期がある。所謂、不眠症というやつらしい。選手だった頃はそんなこと全くなかった。最高のパフォーマンスを発揮するために自己管理は徹底的にやってたから。今でも、それを疎かにしてるつもりもない。……完璧でもないけど。僕はもう選手じゃないから。だからって眠りたくないわけでもない、と思う。アスリートじゃなくても睡眠は大事だよ。それは理解してる。なのに僕は上手く眠れない。……生きるために必要なことの一つ眠ることさえ僕はまともに出来ないのか。
なかなか寝付けない入眠障害眠りが浅くて何度も目が覚める中途覚醒眠れた満足感が無い熟眠障害。不眠症で主に上げられる四つの症状のうち三つが当てはまる。……残りの朝早くに目覚めてしまう早朝覚醒は僕が眠るのが夜だけと決まってないから、その診断が下りないだけなんだけど。
一応、病院には行ってる。今更僕が病院に通ってるからってハイエナのように付きまとうメディアも居ないしね。慎一郎くんが心配するから受診した。最初は内科。そこから睡眠外来を紹介されて、そこに。精神科や心療内科には掛からなかった。ただ、肉体的には健康体だから精神的なものかもしれないとは言われてるけどね。でも僕はそう思ってない。
そこで処方されてる睡眠薬も持ってる。ただ常飲してないだけ。眠れるときは飲まなくてもいいでしょ。医者もそう言ってた。……処方した分をキッチリ飲んでないことを察されて溜め息交じりに、だけど。
なんていうのかな、少しだけ薬を飲むことに抵抗感がある。それは睡眠薬だからってだけじゃなくて、薬全般に。幼い頃からの癖だから仕方ない。ずっとフィギュアスケートをやってたから、飲める薬はかなり制限されてたから。ドーピングに引っかかるから風邪薬も簡単には飲めない生活だったからね。もう選手じゃないのに、それでも僕はあんまり薬を飲みたくないって思ってしまう。
……
眠れないのは厄介だ。身体は睡眠を欲してるから、物凄く眠い。それなのに眠れなくて、眠れない自分に苛々する。眠気で頭が重くて、痛み出して。吐き気を催すくらい気持ち悪くなって。それなのに眠れなくて。そんな状態を続けてやっと意識を失ったと思ったら数分から十数分くらいで目が覚めてを繰り返して、朝になる。定職についてるわけじゃないから朝になっても眠ってても誰にも文句は言われないけど、なんとなく朝は起きるものだって認識もあるから、僕は朝が嫌いだ。ずっと夜が良い。無理に夜が明けなくても僕は困らない。
……
ああ、駄目だ。今夜は眠れないかもしれない。薬を飲もうか?……飲んだ方が良いんだろうね。でも、飲む気になれない。
……散歩でもしてみようかな」
いつまでもベッドでウダウダしてても眠れはしないだろう。目を瞑って身体を横たえるだけでも違うって医者は言うけど、そんな気はどこかに行ってしまった。眠れない苦しさにずっと懊悩してるより建設的だと思わない?

◇◆◇

深夜四時過ぎは朝に分類されるんだろうか?太陽が昇ってないから夜でいいのかな。冷たい空気は好きだよ。眠気が起こるどころか醒めていくけどね。ああ、でも眠りたいな。どうして僕は眠れなくなってるんだろう。せめて薬以外で眠れる何かはないのかな。ホットマスク、アロマオイル、寝具を変える。そういうのは効果があると思えない。そんな僕に都合の良い何かって、何だろうね。
……はぁ」
頭がグルグルする。これは眠くなってきたのかな?でも野外の道端こんなところで眠るわけにもいかないよ。マンション部屋まで戻るべきだけど、戻ったら眠くなくなるんじゃないの?近くにホテルとかあったっけ?あったとしてもこの時間にチェックインできる可能性は……
「っ」
そんなことを考えてたら何かに……誰かにぶつかった。そのぶつかった誰かが咄嗟にか僕の腰を抱いて転ばないようにしてる。
「あ!すみません!」
そこそこ若い男の声。……なんだか聞き覚えがあるような気がする。誰だっけ?僕の交友関係は慎一郎くんくらいだけど、慎一郎くんじゃないことは解る。ああ、でも身長は同じくらいかも。僕より大きいみたいだから日本人の平均身長は優に超えてるね。身体も厚みがあって、がっしりというかむっちり?してる。反射的に僕の手が転ばないようにその誰かの胸に触れちゃったからだけど、これ女の子じゃなくてもセクハラになる?もしそうだったら、ごめんね。ああ、でも、なんだか眠気が強くなった気がする。この見知らぬ、もしくは知ってるかもしれない誰かの体温が心地好くて。僕の好きな氷の上の温度とは正反対みたいにひどく暖かいのに、ずっとくっついていたくなるような熱に触れてる。ああ、このまま眠ってしまいたいな。今なら気持ちよく眠れる気がする。
…………っ!?……!!」
ああ、何か言ってる。何て言ってるの?僕、やっぱり君の声聞いたことある気がするんだけど、誰?でも、ようやく眠れそうなんだ。ぼやける視界に金色が光った気がする。

◇◆◇

…………か?」
なに?何て言ってるの?……よく、わからないけど、別にいいよ。君は僕に害を与えることはないでしょ。……ああ、服か。脱がしてかまわないよ。今は酷く眠いんだ。こんなにも気持ちよく眠れそうなのはどのくらいぶりかな。
…………
君、掌温かいね。気持ち好い。ああ、完全に意識が落ちそう。そのまま触れてて。離れないで。
…………
……どこに行くの。駄目、許さない。ここに居て。そう、それでいい。ああ、ようやく眠れそうだ。

◇◆◇

温かい手が頭を撫で、前髪を梳いていく感触がする。
……ん、なに」
「っ!?あ、あの、俺っ」
僕の腕の中に真っ赤な顔をして慌てふためく明浦路司例のコーチが居た。何で?……ああ、いや、そうか。昨夜、でいいのかな?僕を眠らせた体温はこの子だ。
「君」
「あの!顔色も悪くないみたいですしっ!俺、失礼しますっ!!あ、これ料金です!!」
ガバッと起き上がった彼は物凄い速さで部屋から出て行った。……そういえばここ、どこ?ホテルだとは思うけど……枕元にあるものとかを見ると普通の宿泊施設じゃないのは解った。なるほどね。ここはラブホテルそういう用途の部屋か。ところで彼が僕に握らせた紙幣はどういう意味?この部屋の料金、なのかな。まさか僕と一緒に寝てた料金?……どちらが正解だとしても、払うのは僕の方じゃないの?変な子。

◇◆◇

……眠れない。まただ。この前からずっと、こう。確かに僕は不眠症だけど、常時そうなわけじゃない。それなのにいつまでも眠れるようにならない。いつもはこんなことないのに。
……彼とならよく眠れたのに」
そうだね。僕の不眠症が酷くなったのはあの日から。眠ろうとしても何かが足りないって思ってしまう。それはきっと彼の体温だ。フィギュアスケートを滑るには鍛え過ぎじゃないのってくらい鍛えた身体をしてるのに、柔らかい弾力があった。指先までジワッと温かくなるような体温は心地好くて。春の柔らかな日差しを齎す太陽を抱いてたみたいだった。ちょっとだけ汗のにおいもしたけど、不快じゃなかったな。
今の僕には彼が足りない。なら、連れてきたらいいよね。幸いと言うべきか彼にはどこに行けば会えるかは解ってる。ああ、それからお金も返さないと。どうして置いていったのかわからないけど、僕は貰う理由がないから。

◇◆◇

人で賑わう大須リンク。一般営業は終わってるけど、クラブ所属の人間や保護者が居るけど、関係ない。僕の目的は彼だけだから。
「ねえ」
「へ?……よっ、夜鷹純!?じゃ、なくて!夜鷹さん!?どうしてここに!?」
彼は僕を見て物凄く驚いてる。それだけじゃなくて顔が赤いね。
「君に責任を取ってもらいに来たんだよ」
「せ、責任……?」
何のことか全くわかってない様子の彼にイラっとする。自分が何をしたのか自覚がないの?彼にとってはその程度だったってこと?野良猫に餌をやったり、一日だけの寝床を与えたみたいな偽善。……気に入らないな。
「君を抱かないと眠れなくなった。だから責任を取って」
「だっ!?」
何を驚いてるの。僕が起きるまで僕の腕の中に居たんだからわかってるでしょ。僕はあの日の責任を取れって言ってるんだよ。
「いえっ、あのっ、あれはっ!?」
「なに?僕をホテルに連れ込んで、服を脱がして、朝まで腕の中に居たの、忘れたの?やったの君だよね」
「うっあ……!?」
パクパク酸素を求める金魚みたいに口を開いて閉じて、何がしたいの。言いたいことがあるなら言葉にしなよ。
「あと、あのお金は何?要らないから返すよ」
「へっ、あっ」
突っ立ったままの彼の手にあの日残されていた紙幣を握らせる。ラブホテルとはいえ部屋を必要としたのは寝てしまった僕のためで、多分彼を抱いて離さなかったのも僕。だからお金を払うのは僕の方。なのにどうして彼はお金を置いて行ったりしたのかな。まさか本当に僕との一夜のお金として?ただ無理やり一緒に眠らされただけで?
「僕はお金で買われる気は無いよ。それにどちらかと言えば払うのは僕の方だと思うんだけど」
「あばばばっ」
赤い顔をしながら蒼くなってる。器用だね。
「でもお金で君が納得するなら、とりあえずそうしてもいいよ。相場がわからないから君の言い値を払ってあげる。それでいい?」
「は!?」
お金を払えば一緒に寝てくれるんでしょう?僕と眠ったことに対して金銭を支払ったのは君だよ。だから良いんだよね。睡眠薬と違って依存性も薬害もない。僕にとっては願ってもない存在なんだけど。
「それで、今日は何時に終わるの?」
「え?え?」
「僕の話聞いてた?今夜来てって言ってるんだよ」
「よっ、よだっ、よだ、かっさっ……!?」
何をそんな風にどもる必要があるの。君は「はい」って頷けばいいんだよ。
「いいから、"はい"って言いなよ」
「ひゃ、ひゃ……!?」
もう少し。「はい」ってさえ言ったように聞こえたら言質は獲れる。そうしたらきっと彼は約束を反故にはできないタイプだろうから。
「ね?言って」
彼の頬を包んで顔を近づけたら息を呑むのがわかった。蜂蜜を煮詰めたみたいな榛色が真ん丸になって、涙の膜が張ってる。頬を包んだまま親指で眦を撫でたら大げさなくらい彼の身体が跳ねた。
「僕のベッド、来るよね」
火傷するんじゃないかってくらい、彼の頬が熱く熱を持った。いいね。この体温を抱いて寝たらやっぱりよく眠れそう。後はこの子が頷くだけ。そう思ったんだけど、横から高峰先生のお嬢さんに邪魔をされて彼が正気に戻っちゃった。まあ、それでも仕事が終わったら僕の抱き枕ものになるって言葉は引き出したから許してあげる。




②「美貌のインソムニアは安眠枕を手に入れた②」




「あ~疲れたっ」
グッと伸びを一つして俺は歩き始めた。今日は交通整理のバイトだ。深夜帯だから時給は良い。本当のことを言えばありがたいことにバイトをしなくてもフィギュアスケートのコーチ本業だけでも生活は出来るようになってる。加護さんにお世話になってるから家賃とかも面でも助けてもらってることもあるし。でも今日の現場は本当に人手不足だったみたいで、昔世話になった人から頼まれてってところだったりする。まあ予定もなかったし、明日は仕事夕方からの出勤だし、平気だろって思って。
「あ、やっぱり暗いよな」
行くときも思ったけど、あそこ街灯が切れてるんだよな。急に暗くなってる道は良く見えなくて危ないと思う。もし俺以外の誰かが歩いてきても見えないと思う。早いとこ新しいものに付け替えてもらいたいもんだ。さて、俺は今からその暗闇に一歩踏み出さないといけないんだよな。
そんなことを考えてたら正面から衝撃を受けた。
「っ」
「あ!すみません!」
やってしまった。多分相手の人も俺のことが見えなかったんだろう。咄嗟に腰の辺り抱いちゃったけど、これセクハラで訴えられたりしないよな?目の高さに頭があるし、支えた身体は硬い感触がするから男の人だとは思うんだけど。あ、あと煙草の匂いがする。あれ?俺、この匂い知ってるような……煙草を吸うような知り合いって、誰が居たっけ?そう思いながら視線を下げてもよく見えない。このままだともし俺がぶつかったせいで怪我をしててもわからないから、抱えたまま一歩後ろに相手事下がる。そうしたら綺麗な黒髪と、白い肌。頬に影が落ちるほど長い睫毛の下から金色の瞳が見え……って!?
……え、夜鷹純?ってマジでっ!?は?いやいや、体温あるし息もしてるし現実っぽい!!」
は?俺の腕の中に憧れのオリンピック金メダリストが居るんだが!?……ってちょっと待て。この人、顔色悪くないか?目にもいつもの鋭さが無いっていうか、今にも瞼が落ちそうな感じがする。え?もしかして調子が悪いのか?
「夜鷹さん?もしかして具合が悪いんですか?もしもーし?」
うんともすんとも答えない。ていうかこれ、寝てないか?健やかな寝息が聞こえるような……まさか眠かっただけなのか!?大丈夫かこの人……一応知らない人間じゃないとはいえ、道端でぶつかった相手の腕の中で寝落ちするとか。
「あ!俺、この人の家どこか知らない……
送り届けるにも場所がわからなければどうにもならない。鴗鳥先生に聞けば教えてくれるか、下手をすれば迎えに来そうだ。でも流石に深夜(早朝か?)四時過ぎに連絡するのは非常識すぎるだろ。ただでさえ一度倒れてるんだし。かといって加護さんの家まで連れて帰るのも無し、だよなぁ。俺は居候なのに家主の許可なく誰かを泊めるのは駄目だろ。
うーん……どうするか。この辺に泊まれるようなとこあったか?漫喫やネカフェに夜鷹純を連れて行くのも、なあ?それにどっちもうるさいかもしれないし、そうしたら起こしちゃうだろ。顔色良くないし、眠れてなかったのかもしれないし。いや、あの夜鷹純がって思うよ?選手時代の完璧な自己管理って記事も見たし?でも今の俺は煙草を吸っちゃう夜鷹純も知ってるわけで。もしかしたら万が一、億が一、あるかもしれないだろ?
「この辺でこの時間でも入れるベッドがあるとこ……あそこ・・・くらいしか知らねえぞぉ!?」
思い浮かんだのはラブホテル。少し行ったところにあるってことは知ってる。利用したことはない。ギラギラとした派手な外装でもないし、一見ラブホテルじゃなくて普通のビジネスホテルに見えそうなとこ。あそこなら夜鷹純を連れて行っても平気か?
……よし!」
背に腹は代えられない。俺の手持ちで入れる近場のベッドがある場所はそこくらいだ。決意して夜鷹純の身体を抱え上げる。
「うわ、重っ!?」
腕にズシッとした重量がかかる。そういえば細身に見えるだけでこの人バッキバキの筋肉してたよな。今でも四回転クワドが跳べる無駄なく鍛えられた身体。テレビ電話の画面越しとはいえ一度だけ見たことがある裸体を思い出してしまって、頬が熱くなったのを自覚した。

◇◆◇

誰かに見咎められることなくラブホテルまで歩いて、どうにか一部屋取った。最近は女子会とかにも使うことがあるらしいけど、本来の目的を考えたらちょっと目を逸らしたくなる大きなベッドに夜鷹純を下ろす。
「夜鷹さん、聞こえてますか?」
返事はやっぱりない。よっぽど眠かったのか?そんな状態でフラフラ外を出歩くなよ。危ないだろ。
「あの、服……脱がせますけど、かまいませんね?」
きっちり着込んでるこの状態だと寝苦しくなるかもしれない。それだけだ。……他意はないから!他人の服を脱がせた経験は幼い頃の弟たちくらいにしかない俺はもたもたと夜鷹純を脱がせていく。眠ってる人間は起きている時より脱力してる分重いんだよなぁ。腰を抱え上げてコートを脱がす。この高そうなコート、皺になってないよな?シャツは釦いくつか外した方が良さそうだよな。後はベルトを外して、と。……スラックスのフロント釦も外しておくべきか?いやでも、流石にそれは……。うん、止めとくか。
「はぁー……見事に黒しか着てない。しかもどれも高そう」
手触りでわかる。俺が素手でベタベタ触っていいやつじゃなさそうで怖い。
……やっぱり顔色、ちょっと悪いよな?」
街灯じゃなくて部屋の灯りの下で見ても夜鷹純の顔色は少しだけ悪い気がする。元から白い肌が蒼いっていうか……本当に何かの病気とかじゃない、よな?しっかり上下してる胸を見る限り呼吸はしてるし、大丈夫か?とりあえず加護さんには一応トークアプリにメッセージだけ送っておこう。朝方帰るって言ってあったけど、朝ご飯までに帰れないかもしれないから。心配させるのは良くない。
本当に寝てるだけかもしれないけど、もし何かあったらって考えると俺はここに居る方が良いだろ。救急車を呼ぶことくらいは出来るし。……でもラブホテルに救急車って凄い事件っぽい。搬送されたのが夜鷹純だって知られたらヤバすぎ案件になってしまう。頼むから眠かっただけであってくれ。それもどうなんだ?とも思うけど。
「熱はないみたいだよな」
そっと前髪をかき分けて触れた額はひんやりと冷たい。さっきまで外気に触れていたからじゃないと思う。あー……、しっかし前髪あげたら一部だけ白い部分が露になって本当に本物の夜鷹純だ。この反応は気持ち悪いか?許してくれ、十四歳で人生変えられたほどファンなんだ。
「風呂、入るか」
着替えはないけど、外で長時間突っ立ってたわけで埃っぽい身体は洗った方が良いと思う。歩いてて汗もかいてるし。そういえば夜鷹純は汗かいてなかったな。もしかして美人は汗をかかないって本当だったのか?寝顔まで全然崩れてない白皙の美貌がベッドに寝てる。……なんか、ずっと見てると駄目な気がする。風呂行こ。
「え?」
夜鷹純の額から手を離してベッドから立ち上がろうとしたらクンッと引っ張られる感覚がした。気づいたら俺の身体はベッドに寝てる。は?え?何かギュウギュウ締め付けられてる、ような?あれ?俺これ、夜鷹純に抱き込まれてないか?腰に腕が回って、足も絡んでる気が……?俺の胸に黒髪の綺麗な頭が見えるのは気のせい、じゃないな!?
「ちょっ……夜鷹さん!?」
離してくれ!そう願っても夜鷹純からの拘束は一切緩まない。待って!?いやもう本当にマジで!!俺、埃っぽいし汗臭いはずだから!!何だこれ!?新手の拷問か何かかっ!?あんまり暴れて起こしてしまうのも、って考える俺はお人好しか?まさかこの人が起きるまでずっとこの状態で過ごすしかないのか!?

◇◆◇

素数なんて覚えてる限り数えてもすぐに終わってしまった。じゃあ次はスケートのことでも、って考えた俺は馬鹿だ。何故だか俺に抱き着いて寝てる存在夜鷹純のことを思い出すに決まってるだろ。心の中で暴れまわってどうにか冷静さを取り戻しても時間は遅々として進まない。いっそのこと俺も眠れたらよかったのに……もしこの人が急に具合を悪くしたら、とか考えたら眠れない。いや、それだけじゃなくてそもそも夜鷹純憧れを胸に抱いてる状態で眠れるか!?無理です!!
そんなこんなで夜が明けて、朝になって、今は昼近い。窓はないから外から日差しは入ってこないけど、備え付けの時計でわかる。
……顔色、マシになったか?」
気のせいかもしれないけど、そんな気がする。手持無沙汰だからじゃないけど、また夜鷹純の髪を梳いていく。こうやって前髪をかき上げるの何度目だ?だって好きなんだよ。この人の白い髪が見えてるの。
……ん、なに」
あ、ヤベッ!?起こした!?
「っ!?あ、あの、俺っ」
ぼんやりした表情かおで夜鷹純が俺を見上げてくる。う゛、寝起きもカッコいい。じゃなくて!!
「君」
パチリと瞬いて金色に理性が戻った。ちゃんと覚醒したんだろう。あれ?これ不味くないか?を抱いて寝てたって自覚させるのは、良くない気がする。
「あの!顔色も悪くないみたいですしっ!俺、失礼しますっ!!あ、これ料金です!!」
勢いで誤魔化すべく跳ね起きて、顔色が悪くないことをチェックしてから懐を探る。慌てて二万円を財布から出して夜鷹純に握らせた。正確な料金は憶えてないが、足りないことはないはずだ。くっ……痛い出費だが仕方ない!バタバタと部屋から走り出てから、ふと考える。……夜鷹純、ラブホテルの退室方法知ってるのか?って。まあ、どうにかするだろ!とにかく俺は走った。顔が赤いのはそのせいだ!

◇◆◇

あの日から数日が経って、俺の記憶からも薄れて……はない。でもどうにか日常生活を送ってたら、何だか静かに騒がしい。矛盾してる表現だとはわかるけど、そういう感じだった。なんだ?って思ってたら不意に声を掛けられる。
「ねえ」
「へ?……よっ、夜鷹純!?じゃ、なくて!夜鷹さん!?どうしてここに!?」
うっお!?ビビった!!ついフルネームで呼び捨ててしまった。だって夜鷹純が大須リンクここに居る理由がわからない。
「君に責任を取ってもらいに来たんだよ」
「せ、責任……?」
え?責任?俺、何かしたか?思いつくのはこの前ラブホテルに連れ込んだことだけなんだが……あれは不可抗力だろ?ぶつかったまま寝た夜鷹純だって悪いよな?な?
「君を抱かないと眠れなくなった。だから責任を取って」
「だっ!?」
抱く!?いやいやいや!言葉のチョイスゥ!?確かに俺のこと抱きしめて寝てましたけどね!?他の言い方ぁ!!
「いえっ、あのっ、あれはっ!?」
「なに?僕をホテルに連れ込んで、服を脱がして、朝まで腕の中に居たの、忘れたの?やったの君だよね」
「うっあ……!?」
間違ってない。何一つ間違ってない!でもっ!!すっごく人聞きの悪い言い方じゃないですかね!?知らない人間が聞いたら、俺が夜鷹純に無体を働いたようにしか聞こえなくないか!?ほらぁ!?瞳さんから突き刺さる視線が痛い!!
「あと、あのお金は何?要らないから返すよ」
「へっ、あっ」
ツカツカと更に近づいてきたと思ったら手に何かを握らされた。え?お金?
「僕はお金で買われる気は無いよ。それにどちらかと言えば払うのは僕の方だと思うんだけど」
「あばばばっ」
あー!これ、俺が料金です!って渡した二万か!?ていうか払うのは夜鷹純の方って何で!?倒れた(正確には寝てた)のは自分だから部屋代は要らないってこと!?
「でもお金で君が納得するなら、とりあえずそうしてもいいよ。相場がわからないから君の言い値を払ってあげる。それでいい?」
「は!?」
ん?これは部屋代じゃ、ない!?一緒に寝たことに対して俺は金を払ったって思われてる!?いや、確かに夜鷹純相手なら添い寝するのに寧ろ払わせてください!!っていう人間は多いだろうけど!?俺もちょっとそうかも?とか考えちゃったけどぉ!?相場って何の相場なんですかね!?……まさかパパ活とか、そういう類の!?夜鷹純はそんなことしない!!
「それで、今日は何時に終わるの?」
「え?え?」
いきなり話が変わった、よな?何時に終わるの?俺の仕事のことか?
「僕の話聞いてた?今夜来てって言ってるんだよ」
「よっ、よだっ、よだ、かっさっ……!?」
うぇ!?今夜来てって……え?添い寝?添い寝を強請られてるのか?まさかそれ以上・・・・じゃないよな!?
「いいから、"はい"って言いなよ」
「ひゃ、ひゃ……!?」
あっ、駄目だ。圧が強い。ていうか顔が良い。傍若無人な言動なのに、夜鷹純ってだけで何もかも許してしまいそうになる。
「ね?言って」
あぁー!!それ以上近づかないでもらえます!?だから!アンタは顔がメチャクチャに良いって自覚をだな!?……いや、自覚があるからこそのこれか!?もしやの色仕掛けとかそういうこと!?ん゛っぐ……眦撫でないで!?
「僕のベッド、来るよね」
……これは「はい」って言う以外、何て言えと!?うぅうっ……ごめんねいのりさん。貴女の前でこんなことしてて。洸平くんが目を塞いでくれてることだけが救いだよ。出来れば耳も塞いでおいてほしかったけど、洸平君の手は二つしかないってわかってる。
……は」
「ちょーっと、つ~か~さ~く~ん?」
「ひょえ!?」
頷きかけた瞬間、ガシッと肩を掴まれた。ギギギッと音がするような動作で片を掴む手の持ち主を見たら、笑顔なのに額に青筋を浮かべた瞳さんが居る。
「あのね?司くんもいい大人だし、色々あるとは思うの。でもね?ここは神聖なリンクがある場所なのね?生徒さんたちこどももいっぱい居るの。だからね?そういった爛れた会話は相応しくないって思わない?」
「あぁあぁあっ!ちがっ、違うんです!?」
これ絶対誤解されてる!!俺と夜鷹純はそういう関係じゃないんです!!
「じゃあこの子、連れて行っていいの?」
なんで夜鷹純アンタはそういうこと言うんだよ!?空気を!読め!!瞳さんが言ってるのはそういうことじゃないだろっ!?あ、ほら!額の青筋増えただろうがっ!!
「っ夜鷹さん!!あの、その件については後でお話しするので!!とりあえず俺は今はまだ仕事中でして!!」
さっさと帰れ!お引き取りくださいと俺は言ったつもりだった。それなのに平然と「じゃあ終わるまで待ってる」って言う神経は何なんだ!?ナイロンザイルとかで出来てるのか!?
……住所を教えていただければ、絶対に!必ず!仕事が終わったら行くので!!ひとまずお帰りくださいっ!!」
この場を収めるにはこう言うしかなかった。
「そう。じゃあ僕に抱かれるの、約束ね。住所は……○○の××……
「ちょっ、個人情報!?」
そんなに大きい声じゃないけど夜鷹純の住所、他の人には聞こえてないか!?大丈夫か!?そこが気になって夜鷹純の僕に抱かれるの、約束ね問題発言をスルーしてしまったことには後から気づいた。次の日瞳さんと洸平くんから「……お尻大丈夫?」って聞かれて「そういうんじゃないからっ!?」って答える羽目になったんだが!?




③「安眠枕は美貌のインソムニアに恋をしている」



……眠れない。原因は解ってる。腕の中に居る夜鷹純この人のせいだ。俺の胸にピッタリと引っ付いて、腕は腰に回されているし、足も絡まってたりする。……正直逃げたいが、逃げられない状態だ。俺より細身に見えるのにあの美しくも素晴らしく鍛えられた肉体は飾りじゃないってことを体験したくは無かった……
……
もし起こしてしまったら。そう思ってしまって声も出せない。俺の身体はガッチガチに固まってしまいそうになるが、意識して力を抜く。初めて……正確には二度目だけど同衾させられたときに「力抜いて。寝にくい」と夜鷹純に言われてしまったことを俺は律儀にも守っていた。
そもそも何で俺は夜鷹純の抱き枕にされているのか。
一回目はバイト帰りの深夜というか早朝にぶつかって、その相手が夜鷹純だって気づいたら寝てて。どうしようってなったとき無理に起こさないでラブホテル寝かせられそうな場所に連れて行ったのが始まり。もしかしたら眠いだけじゃなくて本当に体調が悪かった場合も考えて、俺も夜鷹純が起きるまでは部屋の中に居ようとは思った。でも汗もかいてて野外で長時間立ってたせいで埃っぽくもあったから風呂くらい入っておくかって思ったら、寝ていたはずの夜鷹純にベッドに引きずり込まれたんだよな……。思い返しても意味が解らない。
あの日も眠れない時間を過ごしたなぁ。結局夜鷹純は昼近くまで目を覚まさなかった。でも起きたら起きたで俺なんかを抱き枕にしてたって自覚させるのは駄目な気がして、部屋代を押し付けてその場から走り去ったんだよ。それなのに数日後、夜鷹純は大須リンクまでやって来た。俺に「責任を取ってもらいに来た」って言って。
何の責任?って思うだろ?「を抱かないと眠れなくなった」って言われた俺の心境が解るか?続けて「夜鷹純をホテルに連れ込んで、服を脱がして、朝まで腕の中に居たの、忘れたの?やったのだよね」って言われたんだぞ!?言葉のチョイスもう少しどうにかしろよ!?って思うだろ……もうね?瞳さんとか聞いてた人たちからの視線が凄く痛かった。
しかも部屋代として押し付けたお金を返してもらえたのは懐事情的にはありがたいことだったけど、その後に続いた言葉がまたしてもアレで。何で俺に夜鷹純が言い値を払うって言ったんだろうな!?何で俺に添い寝を強制するんだよ!?完全に誤解した瞳さんに怒られて、その場を切り抜けるために家に行きます!って言ったのが悪かったんだろうなぁ……
翌日瞳さんと洸平くんに心配された「お尻大丈夫?」は本当に!全っ然!心配要らなかったんだけど!!
それから俺は断り切れずにズルズルと夜鷹純の抱き枕にされているというわけだ。毎日じゃないぞ?俺もいのりさんの遠征とか、他のクラブへの出張レッスンとかもある。加護さんにも部屋を借りてるままだ。夜鷹純の方も予定がある日もあるんだろう。けどそれなりに高頻度で抱き枕にされてはいる。その度に俺は眠れない夜を過ごす羽目になっているわけで。
夜鷹純と友人と名の付く関係とは言えないだろうけど、今の俺ってセフレならぬ添い寝フレンドソフレとかいう状態なんじゃ……
それにしても誰かと一緒に寝るのとか、本当に幼い頃の羊さんが俺の布団の中に潜り込んできたとき以来だ。三十路アラサーにもなって情けないかもしれないが、俺に恋愛経験は皆無だ。身体だけの関係というやつも一切ない。清い身体と言ってしまって良いだろうな。そういうことに興味を持ち始める思春期真っ只中の年齢十四歳で夜鷹純のスケートに人生変えられて、それしか頭になかったから。時間があったらスケートのことばっかりで、リンクに通えないときは陸トレ。バイトが出来るようになってからは空いた時間はバイト漬け。そんな男に恋人なんて出来るはずがない。なにより、交際にはお金が掛かる。そんなことに使う金があるなら一回でも多く氷の上に乗りたかった。
だから他人と寝るのが慣れてない……っていうのが眠れない理由じゃないのが、またアレなんだよなぁ。
ハッキリ言えば、俺は夜鷹純のことが好きだ。likeじゃなくloveの方の感情として。強すぎる憧れが恋に変わったって言えば、ありきたりだって言わるかもしれない。でもそんな軽い感情じゃないんだ。俺の中ではどっちの感情も絡み合ってもう分離は出来なくなってる。でも一方的に想ってるだけで良かったんだ。それなのに好きな人との過剰接触をどう処理すればいいんだ!?
夜鷹純は本当に純粋に俺を抱き枕としか扱ってない。添い寝以上のことは望まれてない。そのことに対する安堵はある。でも恋心の方は騒いじまう。……仕方ないよな。なにしろ十四歳から積み重ねられた激重感情だぞ?だからって俺の方からモーション掛けたりする気は無い。……無い、んだけど。
……
腹の奥が熱いっていうか、何ていうか……まあそういうアレが起きてしまうのが問題なんだ。
いやね?俺だって健康で健全?なまだまだそういうことにも現役の成人男子なわけでして。好きな人とピッタリ隙間無く引っ付いた状態でベッドの中っていう状況に、そんなことは起こらないってわかってても身体が反応してしまうことくらい許してほしい。……駄目ですよね。はい。本当は解ってます。
でも弁明をさせてほしい!煙草を吸ってるのに夜鷹純、めちゃくちゃ良い匂いがするんだよ!クールで、大人で、安っぽさも甘ったるさもない、絶妙に夜鷹純とマッチしてる匂いがするんですよ!?これって香水か何かか?って思うけど、風呂上りでも同じ匂いがするからボディーソープとかそっち?最近は俺も使わせてもらってるというか、夜鷹純に「お風呂入りなよ」と半強制的に入らされているというか、まあそんな感じで風呂を借りたときに畏れ多くも同じものを使わせてもらってるがあんな匂いしないんだが!?ということは体臭の方だろうか?え、体臭を良い匂いって思ってるのって変態っぽくないか?でも体臭を好ましいって思う相手とは遺伝子的に相性が良いとかなんとか言うような、言わないような?
とにかく俺の足の間にあるアレが夜鷹純のもろもろに反応してしまうことに、眠れないのと同じくらい困ってる。夜鷹純は俺を抱き枕にするとき必ずと言って良いほど俺の胸に顔を埋めて眠る。初めて同衾した時がそうだったからかもしれないけど、眠りやすい体勢なのかもしれない。それがどう繋がるのかと言うと……夜鷹純の腹に俺のアレが当たってしまうということだ。
流石にそれはセクハラになってしまう!と考えてどうにか身体を離そうとしてもガッチリ抱き込まれてて無理。せめて隙間を!と思っても同じ。何故か夜鷹純が引き寄せてくるんだよ……眠ってるのに力強い。起こすのも悪いと思ってしまって余計に俺の抵抗は弱めになる。
いやでもマジでそんな状態になっているって夜鷹純に気づかれたらヤバい。誰だって嫌だろ?自分が抱き枕にしてた人間がそういう反応してるの。
それだけならまだマシかもしれないが……いや、俺のハートへのダメージはあるよ?でも俺が夜鷹純に恋してて、その上欲情までする人間だって気づかれて「え、気持ち悪い」って言われるよりは断然マシ。……なんだけど、やっぱり好きな人っていうこともあって「俺を抱き枕にするの止めてください」って言えないんだよなぁ。しかも何か夜鷹純すっごい熟睡してるっぽいし。
初めて一緒に眠ることになってしまったあの日、夜鷹純の顔色は良くなかった。悪かったって言う方が正しいと思う。もしかして理由はわからないけど眠れなくて、俺を抱き枕にして眠ったら眠れたとかならいくらでも!とも思わなくもない。けどそのためには正直すぎる俺の身体をどうにかする必要があって……本当にどうしたら良いんだ?
……ん」
「!?」
ビビった。起こしてしまったかと思った。だって、ほら……心音がドドドドッって感じで爆音なので。二度目のときに「うるさいよ」って言われたけど、それは俺にもどうしようもない。慣れたのか、俺の心音が馬鹿みたいにうるさくても眠れるのか、すぐに言われなくなったけど。
頭頂部の黒髪しか見えないけど、夜鷹純はスヨスヨと寝息を立てている。この眠りを壊したくはない。自然に目覚めるまで傍に居て、寝起きの少しだけぽやっとした表情かおを見るのはけっこう好きだったりもする。寝起きでも一切崩れることのない白皙の美貌は凄いの一言に尽きると思う。スケートに一番に惚れたわけだが、容姿見た目も好きなんだから仕方ないだろ。俺は夜鷹純以上に綺麗な人を知らない。……まあ性格はちょっとアレだな、とは思わなくもないけど。
ああ、俺は今日も眠れない夜を過ごすんだろうなぁ。








「純くん最近顔色良いね」
慎一郎くんに会いに家まで行って、いつものテラス席に座った途端にそう言われた。そんなに違うのかな?慎一郎くんは僕が不眠症気味なときがあるって知ってるから、僕の顔色には敏感なんだよね。
「ちゃんと眠れてるみたいで良かったよ」
「うん。よく眠れる枕を呼んでるから」
彼と一緒に寝るようになってから寝つきは良いし、途中で目が覚めることも無くなった。……以前はそれなりに寝れてたし、不眠になることは短期間だったのに、今は彼が居ない日は眠れないことが増えたけど。
「へえ。……ん?枕を呼んでる?」
「そうだよ。慎一郎くんも知ってる彼」
「僕も知ってる……?」
そう言ってるでしょ。夜のリンクでの貸切に鴗鳥家ここに来てた彼を誘ったのは慎一郎くんだ。面識あるよね。
「前に一緒に滑ったよね」
「!?まさか、明浦路先生かいっ!?」
「うん、その子」
明浦路司くん。顔を見ただけで思い出せるスケート演技を僕に見せた稀有な子。
……純くん。君は明浦路先生を枕扱いして一緒に寝てるの!?」
「うん」
だから、僕はさっきからそう言ってるよね。
……どうして純くんは明浦路先生を、その、枕扱いしてるの?」
「眠くて、それなのに眠れなくて散歩してたらぶつかったんだ。そうしたら凄く眠くなって、僕はそのまま眠っちゃった。目が覚めたとき僕は彼を抱き込んでて、でもそのときは本当によく眠れたんだ」
「そうなんだ」
「けど、その日以降余計に眠れなくなって。彼が一緒じゃないのが原因だって思ったから、責任を取ってもらったんだ」
「うん?責任?」
どうして慎一郎くんは不思議そうな表情かおしてるんだろう?だって僕、彼の体温を知ったせいで眠れなくなったんだよ?僕をそうした責任を彼は取るべきだよね。
「そうだよ責任を取って一緒に寝てって言ったんだ」
……え?」
慎一郎くんが固まっちゃった。僕、何か変なこと言った?言ってないよね?
「えーっと、純くんは明浦路先生と一緒にだとよく眠れるんだ?」
「うん」
少し経ったら慎一郎くんは氷が融けたみたいに喋り始めた。でも何回も似たようなこと聞かなくてもよくない?何か気になることがあるの?
「どうして明浦路先生が一緒ならよく眠れるかは解ってる?」
「彼が体温高くて温かいから。あと体格もしっかりしてて壊れそうにないから、抱き込んでも大丈夫だからかな」
「そう、なんだ。……うーん」
「慎一郎くん?」
慎一郎くんはまた何以下考え込み始めた。本当に何なの?
……ねえ純くん。ちょっと僕の手を握ってみて」
「?うん」
急にどうしたんだろう?慎一郎くんだから別に手くらい平気だよ?……ああ、でもそれならどうして彼のことも平気なんだろう。慎一郎くんみたいに付き合いの長い友人でもないのに。そもそも僕は他人との物理的な接触はあまり得意な方じゃないのに。
「どう?」
「温かいね」
彼には負けるけど、慎一郎くんの手も温かい。でも何かが違うと思ってしまうのは僕が彼の体温に慣れてしまったから?
「じゃあ僕と一緒に寝ようって思う?」
慎一郎くんと?
……思わない」
「どうして?純くんは僕のことも温かいって思ったんだよね。僕と明浦路先生は身長も同じで体格も似てる。条件としてはそれほど差がないと思うけど?」
……そんなこと言われても困る。
確かに慎一郎くんと彼には共通点がある。そして慎一郎くんが今あげた部分は僕が彼とならよく眠れる理由として伝えたことだ。それなのに僕はどうして慎一郎くんじゃ駄目たって思ったの?
「僕じゃどうして駄目なの?どうして純くんと一緒に眠る相手に選んでもらえないのかな?」
……僕は」
ガタッ、ガチャン!
僕が何て答えたら良いのかわからないのに何か言わなきゃと思って口を開いたのとほぼ同時に、テラス戸の方から凄い音がした。驚いて慎一郎くんとそっちを見たら蒼い顔をしたエイヴァが立ってる。足元には何かの破片と少しだけ湯気の上がってる液体が飛び散ってた。さっきの音はエイヴァがポットか何かを落とした音だったんだね。怪我はしてない?
『エイヴァ!?大丈夫かい?』
『し……慎一郎』
『あ、動かないで。破片を踏むと怪我をするよ』
慎一郎くんがエイヴァに駆け寄った。蒼い顔のままだけど、エイヴァに怪我は無いみたいに見える。
『純くん、ちょっと一人で待っててもらって良いかな?』
『うん。僕のことは気にしなくていいよ』
『じゃあちょっと失礼するね。ああ、そうだ。その間にさっきの、もう一度考えてみて』
『!?』
どうしてエイヴァがそんな悲愴そうな表情してるの?
『どうして僕じゃ駄目で、明浦路先生なら良いのか。純くんにとって明浦路先生はどういう存在なのか。それを解った方が良いと僕は思うよ』
『!?』
だからどうしてエイヴァが驚いてるの。でも「どうして」か。慎一郎くんが言うなら、ちゃんと考えてみた方が良いのかもしれない。
……うん。考えてみるよ』
『頑張って』
そう言って慎一郎くんはエイヴァと家の中に引っ込んでいった。一人になった僕は彼のことを考えてみる。
明浦路司。年下。僕の記憶に残る演技を見せた。能力はあるのに活用できなかった子。そして、あのつまらない子どものコーチをしていて僕に啖呵を切った怖いもの知らず。体温が高くて、筋肉がムチッとしてる。
慎一郎くんじゃ駄目で、彼を選ぶ理由……彼じゃないと僕が嫌なのは何でだろう?慎一郎くんは友人で、彼はそうじゃない。僕が彼をどう思ってるのかが、彼じゃないといけない理由わけ
……そういえば、どうして彼は僕が呼んだら来るんだろう?」
断られることもあるけど、それはどうしてもの用があるとき。それ以外だと、彼は来る。最初は身を固くしてたけど、それもなくなってきてる。でも僕に慣れてきたっていう感じはしないな。
……嫌われてるとは思えないんだけど」
もしそうなら呼んでも来ないでしょ。ましてや一緒に寝ることなんて、しないはずだよね。こういうときの心理状態ってどうなってるものなのかな。彼と連絡を取るようになってからは、まだ壊していないスマホで検索してみようか。
……好意」
インターネット上で出る検索結果の全てが正しくないことは解ってる。その結果を個人に落とし込んだ場合、更に精度は落ちるだろうことも。それらを差し引いても彼の行動は僕に何かしらの好意を抱いているということになるんじゃないの?
それだと同じように僕の行動は彼に好意を抱いているってことにもなっちゃうみたいなんだけど、そうなの?
「お待たせ純くん」
「慎一郎くん。エイヴァは大丈夫?」
「うん。怪我も火傷もなかったよ。心配してくれてありがとう」
何事もなかったのなら良かった。
「純くん答え、出た?」
……どうだろう」
考えたら、新しい疑問が増えただけかも。
「ねえ慎一郎くん。彼は僕を好きなの?」
「んん?……うーん。僕の口からはなんとも」
行動だけを見たら彼は僕に好意があるんだと思ったけど、慎一郎くんは「そうだよ」って言わなかった。
「じゃあ僕は彼のことが好きなんだと思う?」
「それは純くんにしかわからないことだよ」
……今日の慎一郎くんは意地が悪い。皆に優しい慎一郎くんはどこにいったの。昔から僕にだけそういうとこ、あるよね。これを言ったら何故かエイヴァに怒られるのが不思議だけど。
でも「純くんにしかわからないこと」か。
……もうちょっとだけ考えてみるよ」
「そうだね。無理に今答えを出さなくても良いんじゃないかな。でも早めの方が良いとも思うけど」
「うん」
慎一郎くんは間違ったことは言わない。だからそうなんだろうね。よく眠れる枕ということ以外、僕が彼をどう想ってるのか。どういった答えが出るのかな。他人ひと事のように僕はそんな風に考えた。


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