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天才の溶け残り

全体公開 神無三十一受け 1 29 4368文字
2026-02-14 18:02:02

カルみと バレンタインの話
シナリオネタバレあり

 

 付き合い始めて三年目のバレンタインは、当日が運良く週休になったと神無から連絡があった。
 おそらく青木が全力で気を遣ってくれたのだろう。いまだに人手が足りないドロ課で無茶を通してくれた彼に感謝の言葉を送ると、縞斑はありがたく恋人との時間を受け取ることにしたのだ。

 二人で話し合った結果、当日は神無の家でゆったりと時間を過ごすことになった。
 わざわざ人の多い日に出掛けるのは互いの立場上リスクが高いため、ふたりでのんびり食事を作って映画でも観ようという話に落ち着いたのである。
 翌日は昼から仕事であるため、風呂上がりにでもチョコレートを渡そうと考える縞斑と同じく、神無も渡すものがある様子で日が暮れるにつれてそわそわと落ち着きがなくなっていく。

 「……神無ちゃん、大丈夫?」
 「んー……うん。ちょっとのぼせちゃった」
 「ありゃ、確かにちょっと顔赤いね」

 いつもより遅れて風呂から出てきた神無は、心なしか頬が赤らんでいるような気がした。
 のぼせたという話は嘘ではないだろうが、おそらく理由はそれだけではない。三年目になっても緊張を一切忘れる素振りがない純粋な神無のことを、縞斑は心の内で感心しながら水のボトルを手渡した。

 「はい。ちゃんと水分補給しなよ」
 「う、うん……ありがと先輩」

 指先が僅かに触れ合っただけでびくりと肩を揺らす初心な反応に微笑んだ縞斑は、神無の隣に腰掛けるとどちらから話題を切り出そうかと悩む。
 縞斑としてはいつでも構わないのだが、神無は緊張でいっぱいいっぱいのようだから早めに解消してやりたい。
 しかしそれはそうと、このまま放置したら神無は一体どんな言葉で縞斑にチョコを渡してくれるのかという興味もある。
 我ながら性格が悪いなと苦笑いを浮かべた縞斑はふと、隣りで黙り込んでいる神無に視線を向けて固まった。

 「……神無ちゃん?」
 
 小さく肩を跳ねさせた神無がおずおずと顔を上げる。そこに浮かんでいた表情は、甘酸っぱい緊張なんてものでは言い表せないほど悲痛なものだった。
 今にも泣き出してしまいそうな顔で眉をハの時に下げた神無を見て、縞斑は慌ててそんな彼の手を取る。

 「どうしたの……?」
 「ぁ……えっと、その……チョコがあるんだけど、渡していい?」
 「え、あぁ、それはもちろん」

 何か辛いことでもあったのだろうかと理由を聞き出そうとした縞斑だったが、神無は意外にもそう尋ねてそそくさと冷蔵庫へ走って行った。
 まもなくぱたぱたとスリッパを鳴らしてリビングへ戻ってきた彼の手には上等な木の箱が抱えられており、思わず縞斑はおぉと声を上げる。

 「ハッピーバレンタイン……
 「ありがとう。開けてもいい?」

 おずおずと差し出されたそれを受け取った縞斑は、神無が小さく頷いたことを確かめてからそっと金属製の蓋をスライドした。
 途端にふわりと鼻の奥をくすぐる、香ばしいキャラメルとクッキーの香り。紙巻き煙草のようにひとつひとつ丁寧に包装されたその菓子は、スイーツに明るくない縞斑でも高級なものだと確信ができる代物だ。

 「煙草みたいだ」
 「う、うん……そう思ったのが、選んだ理由」

 どうやら神無も縞斑と同じように、この包装や雰囲気を煙草のようだと捉えていたらしい。そもそもこのブランドがそういったコンセプトなのかもしれないと納得した縞斑は、いまだに表情の晴れない神無の顔を覗き込む。

 「すごく嬉しいんだけど……神無ちゃんがどうしてそんなに不安そうなのか聞いてもいい?」
 「っ……ほんとに嬉しい?」
 「そりゃあもう」
 「ほんとにほんと?!」
 「こんなところで嘘つかないよ。そもそも、バレンタインに恋人からチョコもらって喜ばない男なんていないと思うけど」

 何故か必死に受け取った感想を尋ねてくる神無を縞斑が宥めれば、彼は俯いてぽつりと小さく口を開いた。

 「実は……今年は手作りを渡そうと思ったんだ」
 「ほう」
 「料理クラブの人たちに、トリュフなら簡単だからって誘われて」

 警視庁内には、有志が集まって作った同好会のような組織がいくつかある。中でも料理クラブといえば、女子の加入が9割を占める組織であったはずだ。
 曰く神無に恋人がいるという話は警視庁内でも有名な話らしく、バレンタインの時期になると毎年リサーチが入念になる彼を見て、クラブの女性陣が彼を体験入部に誘ったのだという。
 手作りチョコを渡すなんてベタだろうかと悩んだ神無だったが、幸いにもバレンタイン当日は休みが確定していたため、渡す時間が取れる今年こそは挑むべきだと意気込んだのである。

 「失敗したの?」
 「いや……みんなは成功だって言ってくれたし、俺も不味いとは思わなかったんだけど、なんていうかえっと……納得いかなくて、」
 
 神無はあらゆる甘味をこよなく愛する甘党であるため、それを知る仲間たちが神無にプレゼントを選ぶときは大抵スイーツになるのだ。
 そんな彼は昔から様々な甘味を味わっている影響か舌が肥えており、人生初の手作りチョコの味に納得ができなかったのだと言う。
 周りで神無にやり方を教えてくれた部員たちは、初めてにしては良くできているとフォローをしてくれたが、自分より一回りも年上の上等なものを知っている縞斑にこんな出来のチョコなど渡せないと落ち込んでしまったらしい。

 「何度作っても納得できないし、もしも無理して食べてもらったりなんかしたら立ち直れなくて……結局慌てて探したんだけど、並んで手に入る限定品は軒並み売り切れで……

 焦った神無はすぐにデパートの催事場へ赴いてチョコレートを探したが、下見不足のその場所でこれぞという品を探し出すのは至難だった。
 結局ネット予約のできる商品に狙いを絞ることにして、どうにか酒や煙草に合う縞斑でも食べられそうなプレゼントを見つけ出したのである。

 「結局俺は……金に物を言わせてチョコを買うなんて非道を……!」
 「非道て」

 自分の得意分野にも関わらず準備不足のままプレゼントを贈ってしまったことがよほど悔しいのか、頭を抱えた神無が悔しげに呻く。
 本人は至って真面目なのだろうが、その言葉選びがあまりに恋人同士の空間に不釣り合いで縞斑は思わず微笑んでしまった。

 「そんなに悩まなくてもちゃんと嬉しいよ。神無ちゃんの手作り俺も食べてみたいし」
 「でも……なんかなめらかじゃなくて、舌の先に溶け残りがちょっと残って……
 「そういうのが手作りの醍醐味だと思うけど」
 「完璧じゃなきゃやだ!俺は天才なのに!」

 ぶんぶんと首を横に振る神無のこだわりもある程度は理解できるが、恋人としては拙くても自分を思って作ったチョコレートはぜひとも食べたい。
 駄々をこねる神無を抱き寄せた縞斑は、いまだ腕の中でうんうんと悔しげに呻いている彼の頭を撫でながら言い聞かせた。

 「たくさん考えてくれてありがとう。大事に食べるよ」
 「……来年こそは手作り頑張るから」
 「あはは、もう来年の楽しみができちゃったな」
 
 いつもよりずっと素直な言葉を選んで思いを伝えれば、縞斑の喜びを受け止めた神無がようやくほっと肩から力を抜いた。
 安堵したらしい彼の頭を最後に一度撫でて体を離した縞斑は、鞄の陰に隠してあった紙袋を手に取る。

 「はい、俺からもどうぞ」
 「わぁ……!ありがとう!開けてもいい?」
 「もちろん」

 両手で大切そうに受け取った彼は、いそいそと包装をほどいて箱を開いた。
 そこにはつやつやと輝くマカロンが綺麗に並んでおり、神無は思わずクリスマスのプレゼントを前にした子供のように無邪気な歓声を上げる。

 「かわいい!マカロンだ!」
 「間にブラウニーまで挟んであるらしいよ」
 「なにそれ幸せじゃん……!」

 万が一仕事が入って今日の予定が潰れてしまったとしても賞味期限が切れてしまわないように、縞斑が今年のプレゼントに選んだのは日持ちする焼き菓子だった。
 3年目ともなると何を贈れば良いものかと悩みに悩んだが、決め手となった理由はもうひとつある。

 「調べてるうちに知ったんだけど、お菓子にも花とか酒みたいにちゃんと意味があるらしいね」
 「そうなんだ?」
 「おや、神無ちゃんなら知ってると思った」
 「あー……普段はほら、自分で買って自分で食べるからあんまり……

 スイーツのことなら何でも知っていると勝手に思っていたが、神無にとって甘味とは情緒ではなく食すものなのだろう。
 彼の実は男らしい粗雑な部分に触れてくすくすと笑っていた縞斑は、少しだけ恥ずかしそうに唇を尖らせている彼の頭をぽんと撫でて立ち上がった。

 「気が向いたら今度調べてごらん」
 「教えてくれないの?」
 「恥ずかしいからやだ」
 「えー……

 不満げな神無を置いて、縞斑はチョコのお供にするらしいコーヒーを淹れに向かう。
 その背を見送って頬を膨らませた神無はふと、そんな彼に応えるようにぴっと電子音を鳴らすサングラス型コンピュータの存在に気がついた。
 自分にはこれがあるじゃないか。そう気がついた神無は得意げに笑うと、ひそひそと囁いてサングラスに指示を出した。

 「マカロンに込める意味、検索して」

 途端、神無の所持していない知識を要求されたサングラスは直ちにネットワークへ接続して検索を始める。
 わずか一秒足らずで画面に表示された検索結果を満足げに眺めた神無は、早速該当のページに注目してぴたりと動きを止めた。

 「あなたは特別なひと……永遠……?」

 そこに並ぶ言葉は思っていたよりもずっと甘くて、普段の飄々としている縞斑からは想像のできない特別な愛情の形をしている。
 そう気がついた瞬間、手の中にある可愛いマカロンたちが突然とんでもない代物であるような気がして、神無は思わずソファの肘置きに顔を埋めた。

 「ただいまー……?」

 部屋に戻ってきた縞斑は、ソファに埋まったまま肩を震わせている神無に首を傾げる。
 しかし、その耳が赤く染まっていることに気がついた彼は困ったように小さく笑うと神無の前にココアを置いた。

 「ズルしたな?」
 「し、してないし……っ」
 「そう?じゃあ食べよっか」
 「…………うん」

 どうにか頷く神無の頭を撫でて、縞斑は送られたキャラメルクッキーを齧る。
 香ばしくて苦味の強いキャラメルを舌の上で転がした縞斑は、確かにこれはウイスキーにも合いそうだと機嫌良く鼻歌を歌った。




 


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