セクピスパロ🦅☀。
@kitunebana
□簡単な説明□
●斑類(まだらるい)
猿以外の動物の特徴を持ったままヒト型に進化した、動物のDNAが「斑覚醒」している人類。
繁殖力が非常に低く、人口比率はおおよそ(猿)7対(斑)3。斑類は主に6種類。殆どを陸上動物系が占め、水生系・有翼系は至極稀。
「重種 > 中間種 > 軽種」三構造で成り立つ典型的ピラミッド型を描く階級社会となっている。
←希少度・繁殖力の強さ(繁殖に限っては先祖返りが最も高い能力を持つ)→
【人魚>先祖返り>熊樫(重)>猫又(重)>蛟(重)犬神人(重)>蛇の目(重)>熊樫(中)>猫又(中)蛟(中)蛇の目(中)>犬神人(中)>猫又(軽)蛟(軽)蛇の目(軽)>犬神人(軽)】
いわゆる『同族』内で婚姻する場合が多いが、多種族同士で子供を成す場合がある。
●先祖返り
もともと猿人だった者が突然斑類に目覚めると「先祖返り」と呼ばれる。
斑類の特質と猿人の繁殖力を併せ持つめったに発生しないプレミア的存在。
●猿人(えんじん)
斑類ではないヒト。
●ゲイミックス
同性の両親から生まれた者。一般的に産まれにくく、また育ちにくいと言われている。
●懐蟲(かいちゅう)
懐蟲を体内に入れ粘膜に寄生させると仮腹が作られる。それにより雄でも妊娠・出産が可能になる。寄生虫の一種。
詳しくは原作漫画などをご参照ください。
◇◆◇
ガンッと身体が氷に叩きつけられた衝撃よりも何よりも、カップルパートナーを落としてしまったことに血の気が引いた。氷の上で転ぶと痛い。小さな子どもより体重がある大人の方が余計に。更に瞳さんは俺がリフトしていたんだから普通に転ぶより高い位置から落下したことになる。怪我は、このまま滑れなくなるような怪我はしていないだろうか?……そうだ。俺たちは今、全日本選手権の最中で……っ!?このことに気づいて更に血の気が引いた。
けど今何よりもしなければいけないことは、瞳さんに手を差し出して態勢を整えてからの演技の再開だ。氷の上は無様に突っ立っていることが許される場所じゃない。一分でも一秒でも長く、氷の上に居るためには、誰よりも上手くスケートを滑る必要があるんだから。大丈夫、大丈夫だ。リカバリーを頑張れば、きっと。……例えそれが無駄だとしても、最後まで演技を止めるわけにはいかない。
……そう思っていたとしても、結果に落ち込まないなんてことは無理だった。表彰台落ち。全日本選手権で、だ。決して悪い成績ではないんだろう。全日本選手権はスケーターのトップ層しか出場できない。まず出場できた時点で凄いことだ……俺の場合は瞳さんの実力だったけど。それでもどうにか貯めたスケート資金の全てを費やして、俺の選手人生も賭けた大会だった。今期で引退する瞳さんのためにも、……俺を応援してくれていた芽衣子さんのためにも、表彰台に乗りたかった。金メダルを獲りたかった。どれも全て、二度と望めない。
「……すみません」
どうにか表彰式までは耐えれたけど、今はこれ以上無理だった。
「司くん?落ち込むなって言っても無理だろうけど……」
瞳さんはきっと悪いのは俺だけじゃないって言ってくれるんだと思う。でも今はその言葉を素直に受け入れられる余裕が無いんだ。元々何の実績も無くて、匠先生に拾われるまでちゃんと習ったことも無かった俺が瞳さんのパートナーになったことに疑問を持つ人たちは多かった。大会終わってすぐの今でさえリフトが失敗しなければっていう声が大きい。うん、そうだよな。そう俺も思う。でも俺の周りの人たちは基本的に優しいから、俺を責めたり悪く言うことは無いってことも知ってる。それが、辛い。
「ごめんなさい。本当に、俺……っ」
そう言い捨てて走って逃げるように俺はその場から去った。……そう、逃げたんだ。後ろから俺の名を呼ぶ瞳さんたちの声がしたことを知ってたのに、気づかないふりで。この時の俺は自分の内にしか意識が向いてなかったから、理解してなかった。俺のことを心配そうにしていた瞳さんたちが大会の結果だけのことを気にしてなかったことを。走っている間に目にした人たちの姿が普段と違っていたことを。
「っ……はぁ……はぁっ」
日常的にランニングはしてるから、ちょっと走ったくらいで息切れすることはそう無い。けど今回は何でか少しの距離を走っただけで息が乱れて苦しい。ここ、多分会場からそんなに離れてないよな。俺みたいにデカい男がバタバタ走ってたら目立つし、そうしたら俺が瞳さんのパートナーだった男だって気づく人が現れるかもしれない。ただでさえ低い評価を更に落とす必要はない。……俺はともかく、俺のせいで瞳さんのことまで悪く言われたりしたくないから。
ここからは歩いて帰ろう。走るほどじゃなくても頭は冷えるかもしれないし。そう思ったときだ。冷たい、強い水のような──氷の上に居るときみたいな匂いがした気がした。
「──うるさいよ」
「え」
匂いと同じような声がした方を見たら、夜を擬人化したみたいな人が居る。黒い髪をした細身の男。不健康に見えないのが不思議なくらい白い肌以外黒だけを纏った男に俺は見覚えが無い。そこに在るだけで空気が震えるような威圧感を放つような男、一度見たら忘れないはずだ。……でも、どこか既視感も感じる。誰だ?
「うるさい」
また、「うるさい」だ。でも俺は何も言ってないんだけど。もしかして俺以外に言ってるのか?と思って周りを見たけど、近くには誰も居ない。
「君が馬鹿みたいに大きな声で泣き喚くから、うるさくて仕方ない。迷惑だ」
「っ……俺は、何も」
口を開くたびにうるさいって言われても、俺はその間何も喋ってない。言いがかりも甚だしいだろ!?そう思った俺が反論しようとしたら、男が俺の胸倉をグッと掴んで空いてる方の手でサングラスをとった。
「……ぁ」
満月だ。何でか俺はそう感じた。冬の夜空に冴え冴えと輝く金色。そこに強い意志が乗って煌めく宝石みたいだ。芽衣子さんが持ってたペリドットっていう宝石に似てる。それから……そうだ。あの人の瞳に似てる。何度も何度も繰り返し見て脳に焼き付けた、憧れの人。そういえばあの人も夜みたいな人だった。名前にも夜の字が入ってるし。
「だから泣くの止めて。あんまりにも悲しそうに大声で泣くから、色んな人間が君に目をつけそうになってる。面倒なんだよ」
「あの、さっきから」
……あれ?何か、視界が、ブレ、て……?違うか。これは俺の目が回ってる?いや、そもそも視界はもっと前からブレてたような……。
「ちょっと、聞いて……」
まだ何か言われてるけど、駄目だ。倒れる。そう思ったのと同時に腕を掴まれた感覚があったけど、そこで俺の意識は消えた。
◇◆◇
日課になってるフィギュアスケートの動画を見ること。そのことを知ってる人は少ないけど、皆無じゃない。規定が厳しいから全部の大会の映像は手に入らないけど配信されてるものとか、個人的に譲ってもらったものを寝る前に見てる。その中にアイスダンスの映像が混じった。僕が一時期師事をしてもらっていた高峰先生のお嬢さんのもの。確か実力のつり合う相手が見つからなくてパートナーに困っていると聞いたことがある。
「へぇ、パートナー見つかったんだ」
最初はそう思っただけだった。だけど再生された映像の中で僕は高峰先生のお嬢さんより、カップルパートナーの方ばかり気になってしまう。
「……」
何が気になるのかわからないけど、何故だか無性に気になって仕方ない。
「……、……ああ、そうか」
高峰先生のお嬢さんのパートナーの男は、僕によく似たスケートを滑っているんだ。まるで鏡に映しとったみたいなのに、僕とは違うスケート。
「……名前、何だっけ」
調べてみたけど苗字の読み方に迷った。あき、あけ……?まあ、いいか。どうやら全日本に出るみたいだ。なら見に行くのも悪くないかもしれない。
そんな気まぐれの思いつきが消えなかったから、足を運んだ全日本の会場。高峰先生のお嬢さんとパートナーの演技は悪くなかった。僕の目はパートナーの男の方ばかり追っていたけど、どうも周囲はそうじゃないみたい。彼らの評価はその殆どが高峰先生のお嬢さんに向けられているらしいね。演技前に周囲の人間が話していた内容から簡単に察することができるくらいには、彼の評価はあまり高くないみたいだ。見る目が無いね。氷の上に乗らない人間には解らないのかな?
映像ではそこまでわからなかったけど、肉眼で見る彼は存在がうるさかった。彼はずっと叫んでる。スケートが楽しい。スケートを滑りたい。氷の上で生きたい。氷の上から離れたくない。そんな風に訴えかけ続けてくる。氷への執着は嫌いじゃない。良い事とは言えないけどね。
そう思ってたんだけど、彼はその実力を正しく証明することは無かった。リフトを失敗したときに彼らは栄光を逃したから。いくら素晴らしいスケートを滑ったとしても、それを公に証明できなければ意味がない。その時点で僕の興味は尽きるはずだった。
「……もしかして」
彼から、同類の匂いを嗅ぎ取ってしまったから。ただ、さっきまでは全然そんなことなかった。彼はどこにでも居る人間だったはずだ。世界の七割は猿人が占めているのだから当然だよね。彼は斑類じゃなかった。僕が間違うはずがない。なら、何故なのか?答えは簡単だ。
──彼は斑覚醒した。そういうことだ。
おそらくさっきリフトを失敗したことが原因だろう。交通事故に遭う、といったように肉体や精神に損傷を受けるような出来事を切欠に斑覚醒する猿人は過去存在した。見た目だけじゃわからないけど、もしかしたら彼は頭を打ったのかもしれない。存在自体は確認されていてもその例が少ないせいで斑覚醒する詳しい条件は未だに解明されてないからわからないな。
でも覚醒が終わりきってないのか、誰もそのことについて何も言わない。観客席に居るのは猿人が多いけど斑類が居ないわけじゃない。特に選手には多い。ただ寒さが苦手な魂元を持つ斑類は少ないけどね。
「……うるさいな」
そう、彼はうるさいんだ。滑ってるときもうるさかったけど、今は物理的にうるさい。こんなにうるさかったら僕以外の斑類も気づくかもしれない。……なんとなく、気に入らないと思った。ただ、それだけ。
彼がどこに居るかはわかる。こんなにも大声で泣いててわからないはずがない。会場から移動してるのもわかった。だから僕は泣き声が大きくなる方へと歩いていく。
──どうして。なんで。嫌だ。やめたくない。失敗した。申し訳ない。
彼が泣いている言葉の多くは後悔だろうね。けど何よりも大きくて、哀しい声は「氷からおりたくない」かな。
「──うるさいよ」
「え」
さっきまで眩しいライトの下で演技していた人間と同一人物とは思えないくらい憔悴した様子の彼は自分が泣き叫んでいることに気づいてないみたいだ。確かに彼の頬は乾いてる。でも本当にうるさいくらい泣いてるんだよね。僕の耳が馬鹿になりそうなくらいに。
「うるさい」
そう言った僕の言葉が自分以外に向けられてるとでも思ったのか、彼は周囲をキョロキョロ見渡してるけど誰も居ないよ。
「君が馬鹿みたいに大きな声で泣き喚くから、うるさくて仕方ない。迷惑だ」
「っ……俺は、何も」
こんなにもうるさいんだから、いいかげん気づきなよ。苛々して僕は彼の胸倉を掴んで、空いてる方の手でサングラスをとった。サングラスをしたままだと僕の苛立ちが伝わってないかもしれないから。
「……ぁ」
彼は僕の素顔──というより瞳かな。瞳を見て固まってしまったみたいだ。どうしてかはわからないけど、これなら僕の言葉が聞こえるかもしれない。
「だから泣くの止めて。あんまりにも悲しそうに大声で泣くから、色んな人間が君に目をつけそうになってる。面倒なんだよ」
そう。彼は自分の特殊性を知るべきだ。理解しないといけない。斑類なんて誰もかれもが善人とは言い難い方が多いんだから。斑覚醒したばかりの彼なんて良い獲物でしかない。
「あの、さっきから」
「ちょっと、聞いて……」
ここからが重要なのに。彼はそこで意識を失った。倒れると思ったとき、咄嗟に彼の腕を僕が掴んだから彼が地面に叩きつけられることは無かったけど……どうしようか。フサフサとした毛に包まれた大きな犬のような肢体。でも犬じゃない。そもそも彼はついさっきまで猿人だったんだから斑覚醒したからってその姿にはどうしたって猿の要素が混ざる。それでも予想以上に斑類の要素が多いみたいで猿の要素は少ない。
「……先祖返りってだけでも面倒なのに、狼だなんてね」
日本では絶滅した狼は犬神人の重種だったはず。それが斑類なら誰もが喉から手が出るほど欲しがる先祖返りだなんて、面倒しか起こらない。
「まあ僕には関係ないけど」
犬神人の重種だろうが、先祖返りだろうが、僕の立場には何の問題もなかった。