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さいわいの唄

全体公開 92 6625文字
2026-02-19 05:24:35

【必読】五夏/ロ兄専→原イ乍軸→?
玉・玉🎥公開時に、ggセンセが描いた、一足先に入寮したイ桀のイラストを思い出しながら2月を生きています
穏やかな表情で、親と連絡をとるイ桀のイラストを……
ほんと もう
生まれてきてくれてありがとう。大好きです

Posted by @itou_888

 最も悪い、と書いて最悪と読む。
 昨今の若者は言葉の使い方が雑だなんて言われることもあるけれど、今の状況は、考えうる限り最も悪いのだから正しい用法だろう。
 少し離れた位置では同級生二人が呪霊を祓いながら、住民を避難させている。同行した補助監督たちも誘導に協力していた。
 私はといえば、避難してきた住民を病院に搬送するか、その前に反転術式をかけるべきかのトリアージ中だった。ドラマなんかで見たことがある人もいるかもしれない。もしかしたら、実際に目にしたことがある人だっているのだろう。緊急度、重症度に合わせて治療や運搬の優先順位をつける作業のことだ。

 最悪だな、と再び思う。
 非戦闘員であり、反転術式を他人に行使できる私が現場に立つということは、それだけ呪いによる被害が大きいということだ。現場になんか立ちたくなかった。
 加えて。
 ちらりと視線を上げた先にいる同級生、夏油の背中を見る。
 夏油は、呪術高専が調達してきた、レスキュー隊の隊服に似た格好で現場を駆け回っていた。私も、もう一人の同級生である五条も補助監督たちも同じ格好をしている。
 呪いによる被害を災害と偽って行われている任務。呪霊の祓除と、土砂崩れから逃げ遅れた非術師の避難誘導がその内容だった。
 前日までの豪雨と信仰を失った土地神モドキが山を削ったことで、土砂崩れが起きてしまったのだ。聞いていたよりも被害が大きい。長丁場が予想された。最悪だ。
 もう一度、忙しなく動きまわる広い背中を見る。
 今日は夏油の誕生日だった。



 いつも優等生然としている夏油は、年齢よりも大人に見られていた。実際は、同級生の中で一番年下な末っ子なのだ。夏油が末っ子気質なのかと聞かれれば首を傾げるものの、事実は事実。
 そんな夏油の、十一月、十二月と私たちの誕生日を祝ってくれた末っ子の誕生日を祝いたいと思うことは、なんら不自然ではないはずだ。

 誕生日なんて、当事者にとっては別にめでたいことでもなんでもなかった。
 それは五条も同じだろう。いや、五条の方が、面倒くさいしきたりによって苦手意識を持っていたかもしれない。

 だからあの日、私の誕生日。夏油が、可愛らしくラッピングされた小包を持ち、祝いの言葉を贈る瞬間に居合わせた五条は鳩が豆鉄砲をくらったような顔をしていた。
 僅かに掠れた、なんでオマエが祝うの、という問いかけを聞いて「硝子が生まれてきてくれて、私が嬉しいからだよ」などと返してみせた夏油は、年相応の羞恥心をどこかへ置いてきたかのような真っ直ぐさだった。
 そこからの五条は凄まじかった。
 こちらは年相応の羞恥心を持つらしく、嫉妬や羨望といった類いを言葉にすることはなかったが、見えすぎる六眼を覆うサングラスを外してまで小包を見つめては、物言いたげに口を尖らせ続けたのだ。
 しかしそれも、夏油が何かを耳打ちしたことで終わりを迎えた。みる間に機嫌がよくなった五条と二人で連れ立った先に企てたのは、私の誕生日パーティである。
「私に先を越されて、プレゼントを渡せなかったのが悔しかったんだよ、きっと。買い物がてら聞いたけど、呪術界ではこういう祝い方をしないそうだね。でも、私はこうやって祝われてきたからさ。こういう祝われ方も、楽しいと思ってもらえたら嬉しいな」
 どこから持ってきたのか、カセットコンロを準備して鍋の支度を進めながら面映ゆそうに夏油は言った。
 夏油の幼少期に思いを馳せる。
 周囲の人間から、生まれてきてくれて嬉しいと言祝がれる少年の姿を。夏油はぼんやり思考を巡らせている私に、硝子に感謝してるのは悟も同じだからね、とも付け加えたのだった。
 少し離れた場所で野菜を切っている五条──あの五条家次期当主が、だ──が本当にそう思っているのかは知らないが、こりゃアイツが懐くわけだな、と思ったのを覚えている。
「ほら! 俺が超絶技巧で切った野菜」
「うわ、本当に上手だ。悟、料理したことないって言ってなかったか?」
「やって出来ないことはねーし」
「ふうん、じゃあこれは? 飾り切り」
「おうおう、見せてみろって」
 いらぬ負けず嫌いで五条の元へと移動した夏油に託され、鍋の様子を見る。甘いものが特別好きなわけじゃないから、と用意された鍋はめっきり寒くなってきたこの頃にぴったりだ。
 気づけば、自然と微笑んでいた。
「じゃーん! ハッピーバースデー硝子! 俺が切った人参の美しさにビビりながら食っていいぜ」
「改めて、誕生日おめでとう硝子。花束の代わりといってはなんだけど」
 あの日。花型の人参やら大根やらが乗った鍋を前に、真実、私は嬉しかったのだ。

 来たる十二月は、そりゃもう凄かった。何がって五条が。
 日付が変わったのと同時に祝われたとかで、いたくご機嫌だった五条は、朝っぱらから夏油の肩に腕をまわして鼻歌でも歌いそうな雰囲気で教室に入ってきた。
 そうして、扉を開けて直ぐにクラッカーを鳴らされると、らしくもなく驚いた表情を見せたのだった。
「悟ぅ。いくら誕生日だからって油断しちゃダメだよ」
 術式での防御が間に合わなかったのだろうか。頭に紙吹雪を乗せた五条は、夏油に額をつつかれながらも楽しそうだった。とどめに、夏油から頼まれた担任が、パーティハットと髭メガネ、吹き戻しを咥えて教室に入ってきてからは、ご機嫌も頂点に達したのか「今ならなんでもできそう!」と豪語するほどだった。
 誕生日パーティだって、五条が好みそうなホールケーキを丸々ひとつプレゼントされてご満悦だったし、無駄にいい声をした夏油から誕生日の歌を歌われた時なんかは、ラブソングでも歌ってもらってんのかと言いたくなるほどの表情だった。
 でも、分かるよ、五条。こんなこと、今までなかったもんな。

 だから、今回の夏油の誕生日には、それは盛大な祝い方をしてやりたかったのだ。五条なんてずっと前から計画していたし、私はもちろん、担任だって自ら巻き込まれに行った。
 夏油にも喜んで欲しかった。非術師の世界から、呪術師の世界に飛び込んできた末っ子を、皆で祝いたかったのだ。



「硝子! この人を頼めるか!? 呪いにあてられてる」
「そこに寝かせて。大丈夫。私でも解呪できるよ」
「ありがとう」
「家入術師! こちらもお願いします!」
「分かりました」
「高専に解呪班の要請をしていますが、今朝の雪が本降りになったらしく、都内の交通機関が麻痺しているようで……
「それまでは私が繋ぎます」
 そんなやり取りをしていると、ふと、近くにまだ夏油が立っていることに気づいた。走りかけようとして中途半端に止まった姿で、どこか不安そうな表情をしている。
「なにか気になる?」
「え、あ、雪が酷いって聞いて。早く応援が来るといいけれど。それまで硝子には大変な役割を押しつけちゃうね」
「気にするな。そっちだって同じことだろ」
 頷いた夏油と入れ替わりに五条がやってきた。片手には意識のない住人らしき人物を掴んでいる。いや、浮かせているのか。何も言わずに住人を地面に下ろすと、さっさと踵を返して戻って行った。
 きっと色んな人間が様々な理由で、こんな惨状が早く終わりに向かえばいいと思っている。

 結局、任務地を離れることができたのは、開始から七時間後だった。長丁場になることが珍しくないとは言わないが、なにもこの日にとは思う。誰が祈ろうと、願おうと、人が居る限り呪いは消えてなくならない。時も場所も選んではくれないのだ。
 途中から合流した解呪班と本物のレスキュー隊員に引き継ぎをして、ようやく学生は離脱することになった。

 担任に報告する役を引き受けた夏油を見て、五条が安心したような息を吐いた。
 かなり遅くなってしまったが、まだ時間的に誕生日パーティを行える。二人で目配せし合っていると、会話内容が漏れ聞こえてきた。
「──報告は以上です。あの、もう一つ聞いてもいいですか。はい、荷物が届いていないかと思いまして。その実家からの……はい。やっぱり雪で、そうですか──」
 その姿に、数時間前に見た夏油の姿が重なった。

 雪で交通機関が麻痺しているという話を聞いた時、彼は瞬間的に何を思ったのだろう。
 誕生日の祝い方ひとつで私たちを幸せにしてみせた夏油の親だ。彼らが今日この日に息子へ届けたかったものなんて、想像するまでもない。きっと事前に電話で聞いていたはずだ。今日届くように荷物を送ったからね、と。
 渦巻く思考に足をとられて、行動に移せない私の隣から五条が離れていく。咄嗟に引き留めようと手を伸ばすよりも、五条が夏油の腕を掴む方が早かった。
「行くぞ、傑」
……そうだね、早く帰ろうか」
 端末をしまい、そのまま歩きだそうとする夏油の額を五条が軽くつつく。
「ちっげーよ。交通機関止まってるから荷物が届かないんだろ。今荷物は何処まで来てんの」
 ぱち、と瞬きした末っ子の口から何処かの営業所の名前が告げられる。呪術高専からは少し離れだ場所にある営業所らしい。
 掴む手を腕から掌へと移した五条は、そのまま夏油を引っぱって走り出す。慌てた声で、しょうこ、なんて名前を呼んでくるものだから思わず笑ってしまった。
「補助監にも、夜蛾センにも、ちゃんと伝えとくからさ。行ってきなよ」
……悟、硝子、ありがとう!」
 寒さからか、赤くなった頬で笑う夏油に手を振り返し、離れていく大きな二つの背中を見送った。



 誕生日なんて、もう随分と長く祝っていない。私の誕生日を知る人間が少なくなったこともあるし、単純に歳を重ねすぎたということもある。
 今日は恒例となった墓参りの日だった。

 命日と、誕生日。一年のうちに合計三回ここを訪れるのが決まりごとのようになって久しい。
 命日も誕生日も、どれも寒い時期だ。夏の間は、さぞ雑草が伸び放題なのだろう、とそこまで考えて首を振る。私が来なくても、きっと誰かが丁寧に手入れをする。なんたって色んな意味で有名人だし。
 果たして、真相は分からないが、現に墓は整えられていて、やることが殆ど残っていないことだけは確かだった。
「家入さん」
「ああ、お久しぶりです」
 声をかけられた先には、ぺこりと頭を下げる人物がいた。お辞儀をせずとも曲がった腰をなんとか伸ばしたその人は、かつて私たちがレスキュー隊に扮して救助を行った山村の住民だ。
「時間が被ってはいけないと、早めに来たつもりでしたが、今回も家入さんの方が早かったですね」
 刻まれた皺を深くして笑いながら、墓の前で手を合わせている。暫くの後、立ち上がる寸前で祝いの言葉を述べたのが聞こえた。
「覚えていらっしゃるんですね」
 住民と、この場で会ったのは何年以上前になるだろうか。
 身辺で良くも悪くも目まぐるしい変化が続き、なんだか取り残されたような気分で墓参りをしていた時に出会ったのだ。
 当時、少し感傷的になっていた私は、この人が例の山村出身で尚且つ夏油の名前を覚えていたものだから、彼の誕生日を話してしまったのだ。
「覚えているに決まっているじゃありませんか。夏油さんは命の恩人だ。お若いのに人の命を救う仕事をなさって、ウチの子どもを救ってくださった。土砂の向こうに隠された我が子を目の当たりにして、正気を保てるわけがない。あの日、生きている我が子を腕に抱いた時、どれほど安心したか。感謝してもしきれません。そんな方が生まれてきてくださった祝いの日を忘れることなんてありません」
 もう一度、墓に向かって礼を言った住民は、再び私に頭を下げると静かに去っていった。遠ざかっていく丸まった背中から墓石に視線を移す。つるりとした無機質な墓石だった。
 そこに刻まれるべき名前はない。
 ここは、同級生だった夏油傑と、その夏油が死んだ一年後にこの世を去った五条悟の共同墓地だった。

 詳しくは知らないが、墓を建てる時は相当揉めたらしい。そりゃそうだ。呪術界御三家の当主が、一般的には最悪の呪詛師として名を残した人物と同じ墓に入るというのだから。
 破茶滅茶でどうしようもない五条の遺言は、彼の教え子によって果たされた。闘いの後処理でごたごたしていた時代だというのも手伝って、誰かが異を唱えようとする頃には墓は完成していた。
 埋められてしまえば、特級術師たちの墓を暴こうとする者などいない。そうして完成した墓だった。
 アイツららしいと言えば、そうなのかもしれない。今回は五条の遺言だったけれど、あの二人はいつだって、愉快そうにつるんでは周囲を巻き込んでさらっていく嵐のような奴らだったから。

 墓石に水をかけ、空になったバケツと柄杓を片手に墓地を移動していると、僅かに離れたところにある通学路の標識が目に入った。わざわざこんなところを通らなくても、と思わなくもないが、この辺りは負の感情が吹き溜まりにくいらしいから、子どもが通るには安全なのかもしれない。
 そんな取り留めもないことを考えていた矢先。通学路を駆ける子どもの姿が見えた。
「──ハッピーバースデートゥーユー! ハッピーバースデートゥーユー! ハッピーバースデー、ディア」
「分かった、分かったって! あんまり歌われるとはずかしいよ。それに、こういうところでは、しずかにしたほうがいい」
「はーい。でもさ、何回歌っても足りねーの。オマエだって俺の、たん生日の時に歌ってくれたじゃん」
「それは、そうだけど」
「今日は、いーっぱい、たん生日の歌を歌って、大きいケーキを丸ごと食べて、それから、それからさ。やりたいことがいっぱいあるんだよ! 本当は俺が一番におめでとうって言いたかった」
「家族はしかたないだろ」
「だから、これからいっぱいお祝いするんだろ。もちろん、学校でもな」
 そう言って指折り数える少年に手を引かれているのが、本日の主役なのだろう。下がり眉で友人に注意をしているようだが、ふくふくとまろい頬は緩んでいた。
「あっ! ねえ、そこの人! 今日コイツの、たん生日!」
 突然、祝って祝って、と話しかけてきた少年たちとフェンスを挟んで対峙することになった。
 現在の教育では、知らない人に声をかけてはいけない、とは教わらないのだろうか。
 それに、見知らぬ大人に祝われるなど、誕生日の少年は嫌がりそうだ。そう思って見下ろしたものの、少年は低い位置から期待するように、こちらをじっと見つめているだけだった。
……君の人生がこれから先、幸せで溢れますように」
 今日という日付がそうさせるのか、初対面の子どもに言うには堅苦しすぎる祝いの言葉になってしまった。けれど少年は、どこか懐かしむような表情で静かに佇んでいる。そうして、嬉しそうにそっと口を開いた。
「フフッ……アナタのこれからも、幸せで溢れますように!」
「よし、そんじゃ、お先!」
 二人の少年が手を取りあって走り去っていく。きゃらきゃらとした笑い声が青い空を突き抜けて、どこまでも高く響く。走るのに合わせて脱げた黄色い帽子が、辛うじて首元のゴムで引っかかり、弾んで揺れる。
 何故か離れていく小さな二つの背中に強烈な既視感を抱いた。
「いや、まさかな」
 我ながら浪漫に満ちたことを考えすぎているようだ。頭を振り、大きく息を吐く。空っぽのバケツを握り直して歩みを進めた。
……おめでとう」
 けれど、気づけば、あの住民のように呟いていた。
「おめでとう」
 進む足はだんだん速くなり、殆ど走っているような速度で彼らを追いかける。
「おめでとうっ」
 年甲斐もなく弾んだ息で。
「おめでとうッ!」
 聞こえているかも分からない背中に、何故か熱くなる目頭を無視して、叫ぶ。晴天の墓場に、祝いの言葉が広がった。
 一瞬の間の後、少年がぴたりと止まって振り返る。
「──、ありがとう!」
 赤くなった頬で笑う小さな友人に見えるように、大きく、大きく手を振った。

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