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文体練習01(レト+クロ)

全体公開 レトクロ 2100文字
2026-02-20 21:29:09

何気ない日常だったり、装飾しまくらない淡々とした文章を書く練習をしました。士官学校時代のふたり。

Posted by @Bombwooo

1.

 書庫の片隅に築かれた砦が今、陥落の時を迎えようとしていた。
「おお、見よ! 忌まわしき敵軍が、我が堅牢なる防壁を打ち破らんとしている! なんたる蛮行! なんたる愚行! 女神は我らを見捨てようというのか!」
「嘆くでない、忠臣よ! 命運尽き果てようとも、この誇りだけは決して奪わせぬ! かつては武功を立てた身なのだ、誇り高く散ろうではないか!」
「ああ、我が主君……! 願わくば黄泉の路においても、貴方様の盾とならん!」
 一人二役の熱演は最高潮に達し、クロードが勇ましく羽はたきを振り上げる――その瞬間、防壁に見立てられた本の山が重みに耐えかね、派手な音を立てて崩壊した。
 舞い上がる埃の中、ベレトは手にしていた歴史書で、クロードの頭を無言で小突く。
「クロード。本は、砦を築くための建材ではない」
「痛いって! ……それを言うなら、本は人の頭をはたくためのもんでもないだろ」
 クロードは頭をさすりながら、散らばった古書を拾い集め始めた。

2.

 退屈そうなあくびが聞こえてくる。
 もうそんな時間か、とベレトは橙に染まった水面を認め、眉尻を下げた。ふたり並んで、かれこれ三十分は動かない釣り竿を眺めている。
「なあ、せんせーよお。さすがにこれは釣れなさすぎるんじゃねえの」
「こういうこともある」
「うまい具合に餌ばっか取られちまう。……あんたがここで釣りをしすぎたせいで、魚たちが学習したんだ、きっと」
 クロードはそうこぼすと、またひとつ、気の抜けたあくびをした。眠気を誘うようなあくびにベレトも思わずつられそうになるものの、すんでのところでかみころす。
「ははっ、先生も眠そうにしてんなあ」
 クロードが足を組みながら体を前後に揺らせば、桟橋の影もあわせて揺れた。
「あきらめも肝心だぜ、先生」
「そうだな」
 釣り竿を水面に浸したまま、ベレトはうなずく。
「絶対そう思ってないだろ」
……そうだな」
……生徒と向き合う気がないなんて、教師失格だぞ」
「騒ぐと魚が逃げる」
「そもそも寄ってくる魚がいないのに?」
「そうだな」
 言葉とともにゆっくりとこちらへ伸びる不穏な影をはたき落とす。小さな悲鳴とともに、釣り竿のそばの影が大きく沈んだ。ベレトがすぐさま竿を上げるも、針はさみしげに揺れるのみだった。

3.

 大きな花へ、小さな花へ、名も知らぬ花へ。ベレトは蜜蜂のように動き回りながら、如雨露で恵みを与えてゆく。
 その背後をつかず離れずの距離を保ちながら、ひとつの足音がついて回る。
 気配を隠す気はないらしい。しかし存在を気取られたいというわけでもないのだろう、饒舌な彼にしては珍しく唇をぴたりと貼り合わせている。
 ろくなことを考えてはいないだろうが、わざわざ藪をつつく必要もない。ベレトは如雨露へ水を汲むと、ふたたび蜜蜂に戻る。
 温室の植物たちにひと通り水をやり終わったころ、不意に影が口を開いた。
「なあ、先生。残りは俺のほうでやっておくよ。他にもやらなきゃいけないことがあるんだろ?」
 善意に満ちた掌が目の前に差し出される。しかしベレトは応えることなく、黙々と水やりを続ける。
「せ、先生! 聞こえてる、よな?」
 わずかに戸惑いがにじむ声に振り返りもせず、ベレトはまたひとつ、花に水をやる。足音はまたひとつ、遅くなる。
「無視すんなって! さすがの俺も傷つくぞ」
 不意に、ベレトは足を止めると、背後を振り返る。すぐに彼は取り繕ったが、その目がわずかに泳いだのを見逃さなかった。
「やましいことがある時はもう少しうまくやるんだな」

4.

 どういうわけか、口角が勝手に吊り上がっていく。
 腹の底からこみ上げてくる奇妙な衝動を抑え込もうと口元を覆ったが、堪えきれずに漏れ出たのは、引きつったような呼気だった。
……っ、ふ、くくっ……
 目の前でほうほうと興味深そうにうなずくクロードには怒りを覚えたが、自分の口から溢れるのは間抜けな声だけだ。
「いやあ、効果てきめんだなあ。ついでに目も笑ってくれたらもっとよかったんだが……そう簡単にはいかないかあ」
「ク、ロード、……! げほっ、げほっ……っく、はははっ! ぐ、ごほっ」
「ま、今ここにいるのは俺だけだから……思う存分笑ってくれていいんだぜ?」
 楽しくて仕方がないといった声色にますます腹立たしさが募る。だというのに、声がうまく出ない。胃のあたりがくすぐったくて、どうにかなってしまいそうだった。息を吸うにも、吐くにも苦しい。

 衝動が収まったほんの一瞬の隙に、姿勢を低くして無防備な足を払う。鈍い音がしたが、今は彼の身の安全を気にしてやる余裕もなかった。
 宙に浮いた薬瓶を右手で受け止めると――口に含むのが確実であったが、それは短い教師生活の身にも憚られたので――親指で蓋を開け、瓶を逆さに向ける。じっとりと嫌な感触が手袋越しに伝わってくる。
 そのまま濡れた親指を自分と同じぐらい間抜けな口に突っ込んでやる。みるみるうちに焦りがにじむ瞳に、口の端から笑みがこぼれた。


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