カフェでヌ猫と出会ったリオセスリの、不思議な余暇のお話。
少し遅れましたが、猫の日をテーマにした作品です。
@otroom0v0
カフェ・リュテスで一杯のコーヒーを楽しんでいた時、そのお客さんは不意に現れた。テーブルの上にとんっと着地したその猫は、恋しい人と同じ色をした瞳で、じっとリオセスリを見つめている。
「おや、可愛いお客さんが来たな」
リオセスリはふっと笑って、椅子の背もたれに身を預ける。水の上でほんの少しの休暇を……そう思ってやってきたのだが、まさか猫と戯れることが出来るとは。リオセスリはコーヒーを飲みながら、そっと猫に手を近づける。人に慣れているのか、猫は逃げる素振りもなく。それどころか、リオセスリの手に頬を寄せてくれた。甘えるように頭を擦りつけられて、きゅんと胸が締めつけられる。
「はは、人懐っこいんだな」
それなら、とコーヒーカップを置いて、猫の頭を優しく撫でた。喉を鳴らして、気持ちよさそうに目を細める姿を見ていると、心が和む。自分でもはっきりと分かるくらい、表情が緩んでしまった。
――それにしても、変わった猫だな。
白い毛に灰色の模様が混じったこの猫には、前髪のような長い毛が生えていた。尻尾には青い毛が混じっているし、どう見ても普通の猫ではない。そして何より、この瞳。宝石のような輝きを持つ、綺麗な薄紫色。全く同じ色合いの持ち主を、ただひとりだけ知っている。
「……あんた、ヌヴィレットさんが化けた姿、ってことはないよな?」
水龍に変身の能力があるとは聞いていないが、龍ならもしかして、などと不敬なことを考えてしまう。そんなリオセスリに、不思議な猫は「なーん?」と呑気に鳴いた。
「ふむ……適度に休んでるつもりなんだが、疲れがたまってるのかもな」
シグウィンの怒った顔が目に浮かぶ。彼女に説教をされないよう、働き方を見直す必要があるかもしれない。
――俺としては、ちゃんと休んでるつもりなんだがな。
要塞を離れ、水の上で日の光を浴びる。ついでに美味しい紅茶かコーヒーを一杯楽しめば、日頃の疲れはあっという間に吹き飛ぶのだ。
「美味しいコーヒーに変わった猫、贅沢な余暇だな」
リオセスリはテーブルに頬杖をついて、猫を撫でる。こうしていると、猫を飼うのもいいな、という気持ちになった。
――犬は散歩の楽しみもあるが、猫の気まぐれな態度に振り回されるのも、悪くない。
猫の柔らかな毛並みと、あたたかい体をじっくりと堪能して、リオセスリは笑みをこぼした。やっぱり動物は可愛い。特にこの猫は、誰かさんのことを思い出させてくれる。それでつい、欲が出た。
「なぁ、俺と一緒に暮らさないか? 暗くて湿った場所だが、食べ物やおもちゃに困ることはないぞ。快適な寝床も用意しよう」
その提案を聞いた猫が、リオセスリをちらりと見て、ぷいっとそっぽを向く。そして立ち上がると、テーブルから降りてしまった。そのまま何事もなかったかのように、優雅に立ち去る姿を、リオセスリは惜しみながら見送る。
「はぁ……フラれちまったか」
どうやら水の下で暮らすのは嫌らしい。それもそうか、と納得して、コーヒーが冷める前に飲み干す。そんな時だった。
「ごきげんよう、リオセスリ殿」
不意に声をかけられて驚く。顔を上げて通路を見れば、ヌヴィレットがそこにいた。彼の薄紫の瞳を見た途端、ふっと笑みがこぼれる。そんなリオセスリの思惑も知らず、ヌヴィレットは穏やかに微笑むと、カフェ・リュテスに入って対面の席に着く。
「休憩中かね?」
「ああ。ヌヴィレットさんは? 俺に何か用かい?」
「偶然居合わせただけだ。私もちょうど、休憩に散歩をしていたのだが……君に会えるとは思わなかった」
そう語るヌヴィレットの表情は明るく、声も弾んでいる。それが気恥ずかしくて、リオセスリは曖昧に笑った。
「俺も会えて嬉しいよ。けど、あんたに会うのは今日で二度目って感じがする」
「……? どこかで会っただろうか?」
「いや、そういうわけじゃないんだが」
本当に何も知らなさそうだ。嘘をついている素振りもないし、ヌヴィレットが猫に化けていた、という説はなくなった。
――ある意味、それでよかったというか。
一緒に暮らさないか、という提案が今になって恥ずかしく思える。もし本当にヌヴィレットが猫に変身していたら、とんでもない発言になっていた。
「リオセスリ殿? どうかしたのか?」
「……ちょっと面白いことがあったのさ。気にしないでくれ」
不思議そうに小首を傾げるヌヴィレットに笑いかけると、リオセスリは立ち上がる。
「もう一杯頼んでくるよ。あんたは何がいい?」
「いや、私は――」
遠慮しようとする唇に、そっと人差し指を添える。視線が絡みあうと、リオセスリは甘く微笑んで言った。
「せっかく会えたのに、もう行っちまうのかい?」
ヌヴィレットが薄紫の瞳を瞬かせる。あの猫とそっくりな、宝石のように輝く瞳。その美しい色合いをじっくりと眺めながら、リオセスリは囁いた。
「あんたと過ごしたい気分なんだ。コーヒーを飲み干すまででいいから、俺の傍にいてほしい」
するとヌヴィレットがリオセスリの手をとり、ふふっと微笑む。
「喜んで応じよう」
猫とは違う、素直で優しい対応に、リオセスリは笑ってしまった。
――やっぱり本物がいいな。
改めてそう思うと、リオセスリは空になったカップを持って、店主の元に行く。
二杯目のコーヒーは、ミルクたっぷりの甘いカフェラテにした。ほろ苦い豆の香りに混じって、ミルクの甘く優しい匂いが漂う。ヌヴィレットには、香り高いブラックコーヒーを頼むことにした。彼はきっと、純粋な味が好きだろう。そこでふと、思い立って注文を増やした。
「晶蝶マドレーヌも追加で頼むよ」
これがあれば、お菓子を食べる時間も含めて、もっと傍にいられる。まるで乙女のような思考回路に呆れたが、こうでもしないと真面目な彼は、あっさりと帰ってしまうだろう。
自分を振った猫を思い浮かべながら、リオセスリはふっと笑った。
――このチャンスをふいにしたりしないさ。
コーヒーとお菓子を待つ間、さりげなく振り向いてヌヴィレットを盗み見る。彼は不意に訪れたあの猫と同じように、涼しげな顔で優雅に佇んでいた。