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花を噛む日

全体公開 双六陸受け 4 21 4286文字
2026-02-26 16:53:53

👼👿 チョコの話
シナリオネタバレなし

 

 『大切な人へ、日頃の感謝を込めて』なんて言葉に乗せられて雑誌に掲載されていたレシピに挑戦したはいいものの、出来上がったのは悲しいほど黒く変わり果てたカップケーキたちだった。

 「……、」

 テーブルの上に居座るセメント(仮名)と、催事場で買ったアソートは、並べばよりいっそう手作りのみすぼらしさが目立つ。
 カップケーキが失敗した時点で慌てて探しに行ったそれは、十分な下調べもしていない衝動買いだ。
 それでも市販の品であるだけで『美味しい』という最優先事項はクリアしているのだから、馬鹿正直に話さずアソートだけ出せばよかったのに。
 そんな双六陸の悩みを他所に、環雅はきゃっきゃと無邪気にはしゃいでアソートを眺めている。

 「Demelのチョコレートなんて、りっくんてばセンスいいじゃーん」
 「……そ、そうなのか?」

 どうやら無我夢中で購入したチョコだが、センスは良かったらしい。
 いつもなら雅の一言で簡単に舞い上がる燃費の良い彼だが、今日ばかりはテーブルの上に広がる消し炭がそれを許さなかった。
 アソートが良い物であればあるほど、その差が歴然となって陸の心に重たくのし掛かる。
 陸は何気なく、ちらりと自身の両手に収まる小箱を見下ろした。そこに収まるダイヤ型をした一粒のチョコレートは、雅が「これが俺の気持ち」といって贈ってくれたものだ。
 世間の流行に聡く、舌も十分に肥えている彼が選ぶ、たった一粒のために箱に収まったチョコレート。絶対高い。高かったに違いない。値段を調べたくない。

 「ねぇりっくん、さっそく食べていい?」
 「あ……う、うん」
 「へぇ〜今年は花の香りのアソートかぁ……じゃあまずは金木犀にしよっかな」

 聞き馴染んだ花の名前を見つけた雅がそうはしゃぐ隣で、そういえば試食もせずに購入した自分に対して店員がそんなことを話していたと陸は思い出す。
 その時は現場にいたリスナーに身バレする寸前であったため、何も考えずに慌てて頷いていたが、果たして雅の口に合うだろうか。
 そわそわ、おろおろと不安げに視線を注いでいれば、そんな視線に気がついた雅は小さく笑ってひとつを齧った。

 「ん?……ん!うまい!」
 「ほ、ほんと……?」
 「うんうん!あはは!めっちゃ花の匂い食ってるみてー!」

 口内から鼻までを包む秋を彩る甘い花の香りと、それを包み込む苦味を含んだチョコレートは、陸に気を遣ったわけでもなく絶品である。
 花の良い香りを丸ごと食べているような不思議な心地がおかしくて、けらけらと笑った雅は箱ごとアソートを陸に差し出した。

 「りっくんも一個食べる?」
 「え、でも、」
 「こういうのは一緒に食べて感想話すのが楽しいんだよ」

 雅に贈ったものなのに食べて良いのだろうかと躊躇う陸だったが、彼の言葉を聞いてそういうものらしいと納得してひとつ頷く。
 幸いなことに同じ種類がふたつずつ入っているアソートであったため、陸は先ほど雅が選んでいたものと同じ金木犀のチョコレートを口に運ぶことにした。
 期待の眼差しを送る雅の前で、陸は想像以上に口内や鼻の奥を支配する甘く優しい香りに驚いて目を瞬く。

 「うわ、めっちゃ花」
 「すごくね?でも美味い!」
 「うん……好き嫌い分かれそうな味だけど、俺も結構好きかも」
 「なー!花の匂い嗅いだらこのチョコ思い出しそうなくらい強烈なのに、ちゃんと美味いのすげーよな」
 「これが企業努力ってやつか……

 嗅覚は最後まで人間の記憶に残るものだ。きっと雅はこの先、街先に咲いた花の香りを嗅ぐたびに陸からもらったこのチョコレートを思い出すのだろう。
 最も、そうでなくとも彼からの贈り物を忘れることなど決してないけれど。

 「いやうまいな〜!ん!こっちのジャスミンもすっげージャスミンで美味い!」

 笑顔を浮かべた雅の手は止まることなく、そのまま上機嫌でひょいひょいとアソートを口に運んでいく。
 みるみる無くなっていくチョコレートたちを前に、陸は思わず慌てて雅の手を取って引き留めた。

 「こっちは何の花だ〜?」
 「え、え、あの、まってみーちゃん、」
 「なぁに?りっくんも食いたい?」
 「そうじゃなくてその、ちょっと残しといたほうがいいと思うんだけど……

 チョコレートを分け与えようとする雅に首を振った陸がおずおずとそう申し出れば、彼は心底不思議そうにきょとんと目を瞬いて首を傾げる。

 「なんで?」
 「いやだってほら、その……口直しに……

 言いながらちらりと陸が視線を移したのは、テーブルの上で今もなお存在感を放ち続けている手作り暗黒カップケーキだ。
 試食時点で『美味しい』よりも『苦い』が勝ったそれは、さすがに味覚が正常ではない陸でも『なんかちがう』と首を捻った代物である。
 捨てようとした陸を引き止めて食べると言ってくれた雅だが、後々のことを考えると口直しに美味しいチョコレートは取っておくべきだろう。
 ところが、ぱちくりと目を丸くした雅は笑って首を横に振ると不安げな陸の両肩を叩いてみせた。

 「そんなことしないって!むしろこっちが俺的には本命なんだけど」
 「本命って……こんな失敗作、」
 「でもこれ、りっくんが俺のこと思って作ってくれたんでしょ?だとしたらすっげー嬉しいよ」

 そう言って快活に笑う雅に、陸はぐぅと小さく唸るとこくりと首をひとつ縦に振る。
 雅はいつだってずるい男だ。陸の欲しい言葉を当たり前のように与えて、その上をいく言葉すら寄越してくれるのだから。
 そんなことをされたら勘違いしてしまう。自分だけの特別を履き違えて、しなくてもいい自覚までしてしまいそうになる。
 そんな悶々とする陸の前でぺりぺりと包み紙を剥がした雅は、カップケーキにおそるおそる口をつけた。

 「ん?んー……

 ひとまず噛める。咀嚼という第一関門は突破だ。
 そのまま一口を含んでもぐもぐと味わってみれば、隠しきれない炭の味に混ざって確かなチョコレートの風味が香った気がした。

 「うん!確かにちょっと……いや、かなり苦いけど、チョコの味もちゃんとする。美味いよ!」
 「ほ……ほんとか?無理しなくても、」
 「無理なんてしてねーって!ほら、甘いココアとなら相性ばっちり!」

 あらかじめ淹れておいた生クリームと砂糖たっぷりのココアを傾ければ、多少苦味は気にならなくなる。
 これより酷いコンクリートを見届けてきた雅にとって、今回のカップケーキはお世辞ではない問題なく食べることのできる代物だ。
 ココアを飲んでサムズアップして見せれば、それまではらはらとした様子でゴミ箱を抱えていた陸は、ようやく肩から力を抜いて小さく笑った。

 「よかったぁ……
 「うんうん。ありがとなーりっくん」
 「ん……来年はもっと頑張る」
 「おっけー、楽しみにしてるよ」

 言葉通り笑顔で食べ進める雅のことを眺めながら陸がココアを傾けていると、一個目を平らげた雅がちらりと陸のそばに置かれたチョコレートに視線を寄越す。

 「りっくんも俺のやつ食べなよ」
 「あ……う、うん。なんかもったいなくてさ」
 「なんだそれ。食べなきゃそれこそ勿体無いだろ」
 「そうなんだけど……

 このためだけに作られた専用の小さな箱に収まる一粒のチョコレートは、まるでプロポーズのようだった。
 指輪が入っていたらどうしよう、なんて考えた自分の安直な思考を小さく笑うと、陸は改めてまじまじとチョコレートの宝石を眺める。
 やっぱり絶対高い。間違いなく高い。値段を調べる勇気がない。
 
 「……切って半分こする?」
 「俺の気持ちなんだから、りっくんが残さず食べなきゃ意味ないって」

 怯える陸の提案を笑顔で却下した雅は、このまま放っておくと棚に飾って賞味期限切れまで放置しかねないと考えて身を乗り出した。
 油断していた陸から小箱を取り上げるのは容易く、彼はチョコレートを摘み上げると陸の口の前まで持っていく。

 「あーんして」
 「え、ま、まてって」
 「ほら、溶けたらもったいないだろ?」

 逃げ出さないように退路を断って唇を軽く押せば、観念した陸がおそるおそる口を開けてチョコに齧り付いた。
 往生際悪く半分を残そうとする陸だったが、雅の笑顔の圧に押されて諦めた様子で口の中に全て収める。
 小さな口をチョコレートで満たしてもぎゅと咀嚼をした陸は、中から溶けるように溢れた爽やかなレモンガナッシュに思わず目を瞬いた。

 「……おいしい」
 「だろ?りっくんの好きな味だもん」
 「中のなんか……すっぱいやつがうまい。ほぼ水みたいなやつ」
 「食レポしぬほど下手だな〜」

 お気に召した様子でもきゅもきゅと味わっているらしい陸は、高価なチョコレートを一口で食べてしまったことなどすっかり忘れてしまったらしい。
 陸の単純なところに今回ばかりは救われたが、三歩歩かずとも他に興味が逸れてしまう彼がそのうち誰かに騙されてしまわないかと気が気じゃない。

 「よし、じゃあ俺もー……

 そんな彼の危うい愛おしさに眉を下げて笑った雅は、もう一個のカップケーキを食べようと陸の口元から手を引く。
 ところが、意外にもそんな彼の手を取って引き止めたのは陸だった。

 「んぇ?」

 どうしたのだろうかと大人しく手を止めた雅が様子を伺えば、陸は彼の手に唇を寄せて指の腹に赤い舌先をちろりと這わせる。
 思わず石のように固まる雅を他所に、彼の指の上で溶けてしまっていたチョコレートを舐め取った陸は満足げに手を解放した。

 「……よし」
 「いやいやいや全然よしじゃないって何今の」
 「残さず食えって言ったのお前だろ」

 大困惑する雅だが、陸の中では溶けたチョコまで残さず食べるという言葉を守っただけのようで、きょとんと不思議そうに首を傾げるその姿を前に彼は思わず肩から力が抜けてしまう。

 「っはー……りっくんってまじでさぁ……
 「な、なんだよ」
 「……いや…………なんでもない」

 説明をしたら藪蛇だと思い直して口を噤む雅に、変なやつ、という不本意極まりない感想をこぼした陸はココアを啜る。
 甘酸っぱいガナッシュが味方してよりいっそう甘さが際立つその味に、彼は呑気な顔でほっと息を吐いて笑うのだった。



 


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