X以外のSNSでの投稿にはPrivatter+がおすすめです
Xフォロワー限定公開・リスト限定公開の停止について

大倶利伽羅と強欲な主人〜キリシタンすり抜け主と大倶利伽羅〜

2026-02-26 18:35:31

《大倶利伽羅と主の願い》編https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=25488847
の後日談にあたる、大倶利伽羅と彼女の話
大倶利伽羅は、己が今代の主人の本質を、こう透かし見ています。

あれは、いつの与太話だったか。

酒飲み連中を中心に、新年の書き初めの話が段々と逸れていった結果、最終的に行き着いたのが
我らが主の為人を一言で言い表すなら、といったような話題だったと記憶している。

短刀を中心に、心優しいだとか、子供みたいに純粋だとか、そういった言葉が多く飛び交っていた。
古参から亀甲貞宗が進み出て「愛、だろう!」と声を上げたのが、最終的には最も周囲の同意を集めていた。

「ははっ、確かに愛情深さは疑いようがないなあ」

少しばかり酒に口を付けた鶴丸国永が、そう、どこか含んだ言い様をした。

光忠が酌をしながら「鶴さんはどう思う?」と尋ね、飄々と鶴丸は「そりゃ、もちろん『驚き』だろ?」と返した。
それにすかさず貞が「予想通り過ぎてかえって驚きがないぜ!」と調子良く混ぜっ返して、鶴丸が「はは、こりゃ貞坊に一本取られたな!」と笑った。

明るい笑い声の絶えない喧しいどんちゃん騒ぎの中、やがて鶴丸が
「そうだなあ、ならオレは」
とじっくり舌で言葉を転がしながら、酒飲み連中を景気良く囃し立てていた目を、すぅ、と鋭く細めた。

「『強欲』に一票入れようか」

多分、近くにいた光忠と貞、そして俺にしか聞こえていなかっただろうが
その言葉に、妙に腑に落ちたのをよく覚えている。

ああ、なるほど。
やはり鶴丸やつにも、そう見えているのかと。







大倶利伽羅の今代の主人は、竹刀一つ振るうにも難渋するような、華奢でか細い少女であったが、アレを『弱い』と思ったことは一度も無かった。

「鶴丸国永の背を傷付ける全てを斬って」

そう俺に密命を下したソイツの眼は、主人を測る大倶利伽羅の視線に、真っ向から受けて立った。ひどく腹の座った娘だった。

「それが、お前でもか?」

必要があれば、お前は俺に斬られることを是とするのかと。
はっきりと主人を試した大倶利伽羅の問いに。

そいつは、どこか嬉しげに微笑んだきり、何も答えなかった。

何かを成し遂げんと足掻く者の眼は、自らの業と戦わぬ者よりは余程好感が持てる。



誰かと繋がろうとする才覚は、ひどく目を見張るものがあった。
自分と対極にあるそれは、たとえば光忠や貞、鶴丸のような者たちに近かったと思う。

他の連中がどう思っているか知らないが、俺からすればアイツらは、あまりに似た者同士だった。

表面的には常に明るく、時には何も考えていないように振る舞って見えて、その笑顔ひとつ、気配り一つ、冗談ひとつで、目に映る全てを懸命に拾い上げようとする。

そんな、優しさなどという陳腐な器では収まらない、天にすら手を伸ばさんとするような。
あれは、途方もなく強欲な者たちの資質だった。

まつりごとの中核に、鶴丸や光忠を置いている点でも、その様は透かし見ることができた。さもありなん、といったところか。
あの本丸では、たとえ下げ緒の端に至るまでも、正しくあいつの物だった。戦の只中にありながら、なおも無為に傷付くことを許されない。
そんな、何もかも手中に収めたがる悪癖と美点が調和した場所。それが大倶利伽羅から見たこの本丸だった。

そう、アレは、柔和な笑みでおもてを繕いながら、手が届く全てを無事に拾い上げねば気が済まない、強欲で貪欲な気性の者だ。
その点だけは、いささか既視感を覚えなくもなかった。
かつて自分という刀を手にした男の在り様と。
筆ひとつ、文ひとつで他者と無限に繋がり、やがて日の本すら超えて故郷を世界の交易の中心にせんと野望を抱いた、かの男と。

《大倶利伽羅と強欲な主人》



欲とは、執念であり、執着だ。求める何かにしがみつく握力のことだ。
大倶利伽羅は、あの華奢な少女のことを、弱いなどと思ったことは無い。

「伽〜羅ちゃんっ」
ぴょこ、と子兎のように竹藪の陰から顔を見せた少女が、こちらへ向けてやたらと誇らしげに掲げてみせた風呂敷包みを見て、大倶利伽羅は。
ああ、光忠がまた余計な気でも回したな、とすぐに察した。
「差し入れ! みっちゃんのおべんと!」

本丸のすぐ裏手の藪林で独り、刀を振るい、朝から鍛錬を重ねていた大倶利伽羅は、どうやら邪魔が入らない稽古場を他に探す必要があるらしい、と結論付けて静かに嘆息した。

「あのねあのね、それでね、貞ちゃんがね、付いてきてくれて、みっちゃんも」

切り株に腰掛け、光忠の用意した弁当箱の中身を無言で平らげていく大倶利伽羅の隣で。

伽羅ちゃん、伽羅ちゃん、と
いったい何が楽しいやら、雛雀のようにぴよぴよとしきりにさえずって笑った少女は、光忠や貞と過ごすとりとめない日々を、心から幸せそうに語った。
もっと愛想の良い者を選んで話せばいいようなものを、無骨で面白味のない相槌だけを打つ大倶利伽羅に、それでも少女は嬉しそうだった。

届けられた弁当を食べ終えるまでは付き合ってやったが、全て胃に収めてしまうと同時に大倶利伽羅は席を立った。
少女が「お弁当箱、みっちゃんに返しとこうか」と笑って申し出たが、大倶利伽羅は断った。どうせ後であのお節介焼きからあれこれ訊かれるのは確定なのだ、手間が倍になるだけで意味は無い。

別の鍛錬場を探すため、早々に踵を返した大倶利伽羅の背に、少女は不意に、ひどく静かな声を投げかけた。

「ねえ、伽羅ちゃん」

肩越しに視線をやる。
それは、食事の終わりを待っていたみたいに。
あるいは、タイミングをずっと測っていたように。
少女は、それきり不意に黙り込むと
一転、楽しげな笑みをどこかへ拭い去り、こちらの目をじっと見つめ返した。

「ほんとうはね、……私からみっちゃんにお願いしたんだ」

伽羅ちゃんとじっくりお話ししたいことがあるんだけど、良い方法ないかな、って。
それで、みっちゃんがお弁当こさえてくれたんだ。と。

黄金の霊力をたたえた瞳が、じっと、大倶利伽羅の奥底を覗く。
ゆっくりと、小さな口が開いた。

「大倶利伽羅」

竹藪に、風が流れる。笹がさらさらと音を立てる。

その名を正しく呼んだ者を、大倶利伽羅は無言で応じ、見下ろした。間に静寂が横たわる。

「聞きたいことがあるの」
「なんだ」
「私は言ったね。彼の背を傷付ける全てを斬ってと。貴方は聞いたよね。それがお前でもか、と」

冷たく澄んだ距離感に、熱が滲む。

「大倶利伽羅。私は、────鶴丸国永かれの背を傷付けるだけの存在ものに、成り下がってはいないだろうか」



大倶利伽羅は、次の瞬間、はっきりと眉を顰めた。

「それを俺に問うことの意味を、理解しているのか」
……
「問い方を変える。────俺に、斬られる覚悟が、あるのかと、聞いている」


ぶわり、と周囲に剣気が広がった。
風が逆巻き、ピリピリと肌を刺激する。

一瞬で襲いくる殺気、見えない暴風に、少女は枯れ枝のように細い体をぐらっとよろめかせたかと思うと、倒れる寸前のぎりぎりでようやっと踏み止まった。

バチッと枯葉が弾けて破裂する。
気が弱い者なら、一瞬で血の気が引いて失神してもおかしくない。
それほど激しい闘気をぶつけられても、なお。
そいつは、奥歯を固く噛み締めて、懸命に顔を上げてみせた。

がくがく、と生まれたての小鹿のように脚が震える。
合わない歯の根が、ガチガチと音を立てる。背後の竹の亀裂が広がって、激しい音を立てた。

それでも、その眼は。
視線で脅しつけた大倶利伽羅をはっきりと睨み返したまま、揺るぎもしなかった。

それは、見かけの脆さに反して
精神がどれほど強靭であるかを描き出していて

瞳に満ちた覚悟が大倶利伽羅へ問う。
自分はこの剣に値するかと。

最終警告だった。

大倶利伽羅は素早く抜刀し、目にも止まらぬ速さでその切先を少女の喉元に突き付けた。

髪が、はらり、と散った。

刃を喉笛に突きつけられてもなお
揺らぐことなく、見事に受けて立ってみせた。

「────問う。望みは」
「大切な人を傷付けるだけのものに成り下がるとしたら、意味なんてない」


約束したから
誰のどんな都合も無視して
生き抜いて、未来に語り継ぐって

「だから、私の退路は、貴方が斬って。大倶利伽羅」

二度と迷わなくていいように



竹藪の音が絶え
凍った空気が
やがて、ゆっくりと、笹の葉を揺らす風と共に、さらさらと流れる。

ブン、と空気を斬って刃を返した大倶利伽羅は
ゆっくりとその刃を滑らせ、鞘に納めた。

納刀した鍔先が、キン、と高らかに澄み切った音を鳴らす。
「────いいだろう」



ぷつん、と緊張の糸が切れる。
かろうじて立っていた少女は膝から崩れ落ち、ふっと視線を揺らめかせて意識を一瞬手放した。

力を失った腕が宙を彷徨って、背中から地面に激突するその瞬間、大倶利伽羅の二の腕が、少女を受け止める。
吹けば飛ぶような軽さだった。少女は数秒ほど全身を大倶利伽羅に預けたまま気絶して完全に脱力していたが、大倶利伽羅が「おい」と言いながら手の甲で頬を軽く刺激すると、幸いすぐ目を覚ました。
「あ、れ」
くらん、と視線が回って、焦点の合わない目が、やがて大倶利伽羅をぼんやり捉える。
「から、ちゃ?」

失神から目覚め、ぐったりとしたまま、ぼうっと虚空を見つめる少女に、舌打ち一つで抱き上げてそのまま竹の根本にもたれかからせてやると、次第にゆっくりと目に光が戻ってくる。
大倶利伽羅は深々と嘆息した。
「立てるか」
? …………あ、は。ちょっとむり、みたい?」
指先が細かく震えている。腕が痙攣して力が入らないようだ。完全に腰が抜けて動けないらしい。

大倶利伽羅の本気の殺気を真正面から浴びたのだ、当然の結果だろう。
重ねて嘆息した大倶利伽羅に、ようやく遅れて自分の現状が呑み込めたらしい少女が、誤魔化すように「あは」と気の抜けた笑い方をした。

「ごめん伽羅ちゃん、迷惑かけたね。大丈夫、だいじょうぶだから」

背負ってやろうと背を向けるも、人目を気にするように視線をゆらゆらと彷徨わせるばかりで、なぜか一向におぶさろうとしない。
「や、大丈夫、大丈夫だから」
「自力で姿勢も維持できない有様で何が大丈夫だ。そら、部屋まで運んでやるから寝ていろ」

「や」だの「でも」だのと意味の無い単語を繰り返しては、ぶんぶんと首を振るばかりだった。
恐らく、何があったのかと周囲に聞かれることを厭っているのだろう。

その証拠に「や、ちょっと休んだら多分復活するよ、平気、平気だから。歩けるようになったら自分で戻るから」などと言いながら、頑なに大倶利伽羅の手を借りようとしない。
己の体裁のため、というよりは、恐らくは。

ぴく、と大倶利伽羅は顔を上げた。
竹藪へと猛ダッシュしてくる面倒ごとの気配を察知して。

飛ばした殺気に反応したのであろう。竹藪の向こうから、鶴丸国永が、文字通りすっ飛んでくる。
「きみ、どうした!? 何かあったのか!?」
「わ、わーっ!!! なん、なんでもない!!」
慌てて声をひっくり返した少女が、必死に拙い言い訳を並べた。
「えっと、ごめんね、何でもなくて!」
「何でもないわけないだろ!?」
「ちが、えっと、えっと、えっと」
「すぐ戻るから護衛は良いって藪の外に置いてったと思えばいったい何が、」
「あの、その、へ、へび! そう! 蛇がいて! 噛まれそうになって! びっくりして! 腰抜かしちゃったの!」
「は? 蛇? いやいや、そんなはず、」
「ね!? だよね!? そうだよね伽羅ちゃん!?」

あからさまな三文芝居で声をひっくり返したまま、少女が大倶利伽羅の裾を掴んで必死に引っ張った。

少女の眼が、黙っていてくれと必死に訴えるので
大倶利伽羅は嘆息し、膝の土を払って踵を返した。
「だそうだ。後は任せた」
「は? ……待て待て、伽羅坊!?」

どう考えても後から根掘り葉掘り問い詰められるのは確定だろうが、主人がこうして黙っていろと指示した以上、ここで大倶利伽羅に言えることは何もない。

十分に距離を取ってから一度だけ肩越しに振り返れば、竹藪の中にぽつんと置いていかれた鶴丸が、よく分からないと言わんばかりに顔に困惑を貼り付けて、か弱い主人をおぶって坂を降りていく所だった。



鶴丸国永。この本丸はあいつを中心に動いている。良くも悪くもだ。
この本丸には今この時も、時の政府と中央政治の複雑な利権争いが絡み付き、隙あらば干渉し絡め取ろうとする魔の手が伸びてきている。

政の中心に身を置く鶴丸は、光忠たちを巻き込んで、主人にその仔細を伏せる道を選んだ。奴なりに主を護るために。だが。

あれは聡い。どれほど周囲が過保護に隠したとて、その正体に鋭敏に察しをつけている。

頻繁に出入りするようになった政府の監視、山姥切長義の内部干渉。
主人の類稀な霊力と異能の秘匿、この本丸と刀剣男士達から審神者を取り上げようとする中央政府との鍔迫り合い。

あれは、鶴丸国永が
あいつのために自ら枷を負ったことに気付いている

だから、退路を斬れなどと言い出したのだろう
不退転の覚悟を問う大倶利伽羅に
あの細くか弱い身で、受けて立った

本来、己が身の丈では、到底手が届かないはずの決意に
強欲に手を伸ばす、その資質

あいつの物語は、この先どこを目指すのか
それを見届けるまでは、従じてやってもいいだろう。
大倶利伽羅はそう結論付けた。


群れる気も慣れ合うつもりもない。
だが
たとえ途方もなく困難だとしても、誰かと共にいる在り方をこそ是とする、自分とは異なる才覚を
頑なに否定する気も無い

目を閉じれば、瞼の裏に焼き付いた
途方なく強欲だった男の背中が、視界にチラつく

他者がどう思うかは関係ない。
結局のところ、命とは。

何を捨て、何を選ぶか。
それだけが、己を定義する。


己の望みのために、何一つ取りこぼすまいとするのなら
その強欲を以て、しがみつき続ければいい


────だから、私の退路は、貴方が斬って。


俺はただ、斬るだけだ。
刀はそれでいい。それだけで。

少なくともあいつは
俺に武器としての在り方をこそ、求めている。


《大倶利伽羅と強欲な主人》


投稿にいいねする


© 2026 Privatter All Rights Reserved.