本編軸、第二部のどこかのふたり。訓練場にて。
@Bombwooo
手に伝わる痺れが、相手の放つ一撃の重さをありありと物語っていた。
踏み込みの深さで優る自分が間合いを詰めれば、一歩遅れた彼は舌打ちとともに退がろうとする。逃がさぬよう木剣を振るい、その動きを執拗に封じ込めた。
弓を本分とする相手に対し、剣の間合いでこちらが優位に立つのは当然のことだ。不慣れな得物を持たせているという僅かな負い目もあり、あえて力は抑えていた――が、渋々といった様子で防戦に回っていた彼が突如として上段から木剣を振り下ろしたとき、その油断は容易く弾き飛ばされた。
弓を引き絞ることで鍛え上げられた背面の筋肉は、不慣れな剣の打ち合いにおいても予想外の重さを生み出す。正面から受け止めた両腕を突き抜けた鋭い痛みに、ひるんだ隙に間合いがわずかに開いた。
相手の力量を見誤った己を恥じつつ、すぐさま地を這うように身を沈めた。押し返そうとする彼の力を利用し、深く屈めた膝を伸ばす勢いそのままに懐へと潜り込む。下から突き上げるようにして、鳩尾へと重い一拳を沈めた。
肺の空気を散らして後方へ吹き飛んだ彼は、土埃に塗れながらも立ち上がる。その手は、柵に立てかけてあった自身の弓と矢筒をすでに掴み取っていた。
「こうなりゃ俺も何でもありだ!」
吠える声とともに放たれた矢は、単にこちらの身体を射抜くためだけのものではなかった。次の一歩を踏み出そうとする足先へ、あるいは退路を断つように左右の土へと深く突き立てられ、確実にこちらの歩みを支配しようとしている。
限界まで引き絞られた鋭い矢と、意図的に速度を殺した矢が不規則に入り乱れており、手元の剣で弾き落とすことすら容易ではない。本来、これはクロードに剣術を指南するための手合わせであったはずだが、これでは自分が剣術の指南を受けているようではないか。
遠方から射られ続ければ分が悪い。ならば、再びこちらの領域に引きずり込むほかない。
大地を掴むように両脚を踏み張り、前傾姿勢を保ったまま駆け出す。矢の雨の合間を縫うように幾度も速度を変え、相手の視線と狙いを散らしながら一気に肉薄する。
牽制として手のひらに生み出した炎の球を放つと、熱波が足元を掠め、彼の衣服の裾が黒く焦げた。
「おい、卑怯だぞ!」
「君が弓を手にしたのが悪い」
喚く声に対し、事実だけを返す。再び炎を放たれる気配を感じ取った彼は、忌々しげに弓を放り投げた。
武器を手放した彼は、仕切り直そうと瞬時に後方へ身を翻す。しかし、逃がすつもりはない。彼が一歩下がれば、自分はより深く踏み込んでその影を捕捉する。左右へと視線を散らして退路を探る動きすらも、戦場で培った足捌きですべて封じ込めた。
どれほど俊敏に身を躱そうとも、一切の淀みなく彼を追い詰め、息をつく暇を与えない。徒手のまま逃げ回ったところで、剣の間合いから逃れることなど不可能だ。いずれ壁際に追いつめられるのは明白であった。
いよいよ逃げ場を失ったと悟ったのだろう。彼は諦めたように息を吐き出すと、切羽詰まった笑みを浮かべた。――嫌な予感がする。自分も彼に倣って、手元の剣を投げ捨てた。
「ようし、力比べだ! きょうだい!」
半ば自棄のように向かってきた彼を真正面から受け止めた瞬間、両腕を太い樹木に封じ込められたような錯覚に陥った。弓を華麗に扱う彼の上半身は、密着した状態において途方もない圧力を生み出す。
力任せにねじ伏せようとしてくるその背中と肩の重みに対し、自分は深く腰を落として抗った。どれほど上から押さえつけられようとも、踏みしめた両足が倒れることを許さない。ずいぶんと泥臭い勝負を挑んでくるものだと、感心すらした。
たとえば今ここで、自分が彼の足を払うことさえできれば形勢は変わるのだが、そう易々と行動には移させてもらえない。こちらの戦い方をよく把握している、嫌な相手だ。
遠方から射抜くための身体と、踏み込んで斬り捨てるための身体。衣服の胸元を掴み合い、足を掛けて体勢を崩そうとするものの、それぞれの戦い方の癖が災いして動きがひどく不格好になる。互いの骨が軋むほどの押し合いは、さながら刃同士が火花を散らす鍔迫り合いのようであった。
やがて日が落ちるころには、土の匂いと薬草の匂いが混ざり合って漂っていた。
訓練場の隅でふたり並んで腰を下ろすと、互いに手の届かない箇所へ冷たい薬布をあてがう。激しい取っ組み合いの末に残されたのは、全身の痛みと、不思議と悪くない疲労感だけだった。
「なあ、あんたに殴られたとこがまだ痛むんだが」
自身の脇腹の痣を指差し、彼が不満げに声を上げる。
「自分も、君の一撃を受けた手がまだ少し痺れている」
そう返したところ、彼はこちらの背中へ薬布をあてがう際、わざと力強くその上から叩きつけてきた。
「あんたは訓練用の剣で受け止めただけだろうが。俺は直接殴られたんだぞ。これぐらいやり返さないと割に合わないだろ」
背中に走った鋭い痛みに僅かに眉をひそめつつ、自分もまた、彼の肩に薬布を貼る手へ容赦なく力を込める。乾いた、大きな音がした。
「いってぇ! 俺はそこまで強くやってないだろ!」
「君が自身の力の強さを自覚していないだけだろう」
「いいや、自覚してないのはあんたのほうだ」
むきになって言い返す子供のような口ぶりに、思わずため息が出る。相変わらず口の減らない男だが、先ほどの泥臭い攻防を思い返せば、骨の芯に残る疲労感が彼の強さを何よりも証明していた。
「……力の加減はさておき、徒手の君はなかなかに手強い相手だった」
事実として素直に称賛を口にすると、彼は不意に言葉を止め、不満げな表情を一変させる。薄暗がりの中でもはっきりとわかるほど、その口元には得意げな笑みを浮かべていた。
「そうだろ」
痛みを忘れたかのように悪びれずに笑う声が、夜の冷気に包まれ始めた空間へ心地よく溶けていった。