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遠のいていく、ささやかな願い

全体公開 反転ドラヒナ 5979文字
2026-03-02 10:23:16

皆のボタンメーカーのお題『擦れ違う推しカプの、切ない話』を、反転ドラヒナの二人で書きました。
まだ誇りを奪われ、心身を傷つけられる前の時間軸。
ヒナイチくんなりに監視対象に初恋を意識し、ドラルクさんの方は執着に劣情が絡み始めて抑え込もうと足掻いていた、綱渡りの時期のイメージです。
彼女が脳震盪を起こした際の見当識障害の表現について、読みづらいかもしれません。職業柄救急車にお世話になりやすい、書いてる本人や同僚達の症状や言動を元にしたつもりです。ご了承下さい。
この話は、その後、ドラルクさんパートに続きます(もうしばらくお待ちください)。
彼女が敵性吸血鬼に攻撃される前の、やり取りを追加しました。敵の名前を『イオン』にしましたが、ルーマニアではポピュラーな名前である『イオアン』の愛称だそうです。
2026/06/16に上げました。

Posted by @kw42431393

 『お嬢さん、そこにいるのだろう?クッキーがあるよ、降りてき給え。』
 うるさい、お嬢さん呼びはやめろ。そもそも、私はお前の監視員だ。いちいち、クッキーなんか出さなくてもそちらに、行くぞ。   
 『惜しかったね。今のは、躊躇いなく斬りつけていたなら私から一本取れたものを。』
 師匠面するのは、やめろ。刃引きしているとはいえ、真剣なんだぞトレーニングで、監視対象に怪我をさせるなんて、本末転倒じゃないか。お前こそ本気でやってなかったくせに。
 『今宵も、無事な姿を見せてくれて何よりだ。お嬢さん、お手を。』
 『フン!気障ったらしい真似はよせ。そんな事で誑かされると思ったら、大間違いだ。』

 出会ったばかりの頃監視任務についた当初の私達は、後々では想像もつかない程、穏やかな関係だった。
 この関係が、このまま続いていくのだと思っていた。私が監視に来る様になってから、ドラルクは、かつて属していた反人間派の吸血鬼達とのつき合いをやめ、実家の伝手を使って情報を提供してくれたり、アドバイスをしてくれたり、協力的になっていたからだ。
 『まぁ。もう一度、連中に加担してやっても構わないのだが今の私にとって、一番大切な事は、君がずっとここへ私の監視に来てくれる事だ。君の勤務査定に響く事はしたくない。それだけだとも。』
 『言ってる事がよく分からんが『ずっと』は、不可能だ。いつかは、私はそれに、お前だって。』
 この街の治安が落ち着いたなら将来を嘱望されている私は、もっと激戦区へ転勤する可能性がある。
 そして、彼が『いつ人身に危害を及ぼすかもしれない、危険度Aの吸血鬼』でなくなったなら、監視が必要でなくなったなら私が、公人としてここに来る必要がなくなる。
 それは、当時の私が一番望む所だったのに。



 『吸血鬼ドラルク、今夜も監視に来たぞ。あと、これご、ごちそうさま。』
 監視任務を終えて、この城を出る前に渡された重箱を差し出す。
 私は幼い頃からフードファイター並みの大食いだった。吸血鬼達のホットスポット新横浜に赴任してから、激務に追われる私に自炊する余裕などない。食堂やコンビニ弁当で済ませていたのだった。
 『君達は、体が資本だ。そんな物で、いい訳がなかろう?』
 欠食児童の様にクッキーを掻っ込む姿と、天井裏のゴミ袋の中身を見て、彼には察しがついたらしかった。
 栄養バランスまで考えた手作りの朝食に弁当、さらに、おやつまで持たせる彼が私に対して、父親の様な情愛を見せてくれる様になったのは、いつからだったろう。

 『給湯室で、軽く洗ったから。』
 『気にしないでくれ給え。君の餌付けも、私の趣味だ。美味しかったかね?』
 餌付けと言われてムッとする。上目遣いで彼の顔を確認するでも、その笑いはいつもの意地悪なものではなく心が温かくなる、不思議な何かを湛えていて。
 『フフフ聞くまでもなかったか。』
 『あんっ!?女の髪に触るなんて、失礼じゃないか!』
 チュッと微かなリップ音と共に、アンテナを摘ままれて、飛び上がる。今回も、頭のアンテナがハートマークを描いていたそう言いたいのだろう。
 『危ない、危ない。私は、それを見ないと落ち着かないのだよ。さあ、夕食の用意は出来ている。今宵もゆっくり、鑑賞させておくれ。私の
 投げつけた短刀を避けると、彼は私の手を取って
 『可愛い、クッキーモンスター。』
 初めて出会った時の様に、口づけを落としてくれた。
 『なぁドラルク。』
 『何かね?お嬢さん。』
 この頃の私が、ドラルクに対して抱いていた感情は、『父性への甘え』であり、『依存』だったのだと思う。
 私の父は多忙な人で、幼い私は年の離れた兄を父親代わりにして育ったのだ。
 兄も警察官として多忙なエリートコースを歩み、私と過ごす時間は疎遠になっていった。そして、白い羊膜を被って生まれて来た子供は、周囲の期待に応えたくて『誰かに甘えたい』という想いに蓋をした。それなのに
 『もし、このままお前の評価が上がって。そして、監視の要らない一般の吸血鬼として、認められたのなら
 自分よりずっと年上で、強大な力を持った、甲斐甲斐しく世話を焼いてくれる監視対象に、初恋をしている恥ずかしい事に、当時は本気でそう考えていたのだった。
 『私もお前の監視員でなくなったのなら、その時は
 ただのヒナイチとして、お前に想いを打ち明けたい。
 私個人として、この城に会いにこよう。
 だから、それまでに私は大人にならなければ。
 それまでには意地っぱりな、この性格を直そう。そう胸に温めていたのだ。

 あの日までは



 『おや、ヒナイチくんかね?』
 『ヌンヌンヌ。』
 『ドラルクか。こんな所で何をしている?』
 もう、梅雨に入っていた頃だったと思う。この新横浜に、指名手配中の連続爆弾魔が潜伏しているという情報が入り、警戒態勢に入っていた時期の事だった。

 『買い出しだ。この路地裏を通った方が近いのでねしかし、この道を選んでよかった。さっき、RINEで城に来れないと言っていただろう?そのはずが、こうして君に会えたのだから。』
 そう言って、彼は身を屈めて私の手を取った。流れる様に落とされる口づけの感触を感じながら、彼の腰に目をやる。そこには、何もなかった。小さな使い魔を抱いている彼の周りには、業務用スーパーのロゴが入った買い物袋が、大量に念動力で浮いているだけだった。
 『。』
 当然の事ではあるが、危険度Aの吸血鬼である彼は、武器の携行を許されてはいない。つき合わされるトレーニングや言葉の端々から、剣術以外に格闘技やアーチェリー、銃の扱いさえ堪能である事は察していた。右目の義眼は氷化能力が籠った特注品で、レイピアがなくとも自衛は可能だろうとは思う。思うのだが
 『ヒナイチくん?』
 『なあ、ドラルク。実は
 事情を説明する。危険度Aから一般扱いに昇格されようとしている時期だったのだ。巻き込む訳にはいかない。その時点では、彼は『保護すべき市民扱い』されるべきだと、私は考えていたのだ。
 『ほう、イオンか。彼も、日本に来ていたとはな。』
 『知り合いか?』
 『先の大戦で、同じ師団にいた同胞だ。この世のほとんどの紛争は、愚かな人間共が利権絡みで起こしたものだが、我々としても祖国の平和や利権、一族の名誉、退屈しのぎの為に昼の子に扮して、戦った者も多かったのだ。』
 あり得る事ではある。私が今捜索している指名手配犯はルーマニア出身で、ドラルクと同世代の吸血鬼だからだ。
 『お前は?』
 『無論、退屈しのぎの為だ。祖国の為と言えば、一族としては体裁もいい。反人間派に属する必要もなく、スリルを味わう事が出来たのだ。やらない訳がないだろう。』
 名門竜の血族の嫡孫でありながら、この刹那的な性格から、彼は戦場暮らしを続けていたのだ。再生能力を持たない事も相まって、ご両親はさぞかし気が気でなかったに違いない。
 『なるほど。君が来れないのは、彼を捜索しているからか。それなら、話は早い。私に任せ給え。ジョンと先に、城で待っておいで。』
 『待っていろって一体、何を言ってるんだ?』
 顔見知りだから、自首を勧めてくれるのだろうか?
 『ハハハ、まさか!『ここは、私の縄張りだ。目障りだから、さっさと出ていけ』と言ってやる。君の管轄にある新横浜の市民は無事で済むし、私は今宵も君と時間を過ごす事が出来る。それでいいじゃないか。』 
 淡い期待は、一瞬で打ち砕かれてしまった。得意げに光る義眼を見返しながら、ため息をつく。
 種族の違いなのか、生まれだ時代のせいなのか、彼の真意が理解出来ない。本気で『私』以外がどうなろうと、何も思っていない事だけは、理解出来た。
 『ドラルク、その
 でも、言うべきだろうか。私が心で温めているささやかな願いを、実現したいと思っているのなら。
 『前から言おうと思っていたのだが、お前っ!?』
 その時だった。彼の肩越しに、一人の男性が通りを横切るのを確認したのは。
 その男性は、指名手配書に書かれた容疑者と、容貌が酷似していた事も。
 『ふむ?私が何か?』
 後にしよう。その話なら、いつでも出来る。
 『すまない!後で戻る、ここを動くな!』
 まずは、任務遂行が先だ。彼の横を抜けて、容疑者の後を追う。まずは、相手の身元を確認しなければ
 『奴は!?ヒナイチくん、危ない!彼の能力は
 『ヌッテ!ヌヌイヌヌン!』
 乱暴に掴まれた腕を振り払って、私は前に飛び出そうとしたその時。
 ガリッ!
 足元に、違和感を感じた。ただの小石を踏んづけた、そう思った瞬間だった。
 『まずい!ヒナイチくん!』
 『えっ!?』
 突然起こった閃光と爆発音に、目を閉じる。一瞬の浮遊感の後で、全身に感じた衝撃と、自分自身が空気の様に実感がなくなったこの感覚は、何だろう?

 『ん!!よかった、ヒナイチくん。しっかりし給え、私が分かるかね?自分のでもいい、名前を
 肩を叩かれて、なんとか重い瞼を開ける。覆い被さっている白い影が、私を覗き込んでいた。その影からは、何故か焦げ臭い匂いがする。
 『ど、どらうぅ。』
 分かった、この影はドラルクだドラルクだっけ?ドラルクは、こんな泣きそうな顔をする男だったろうか?
 『ああ、動くんじゃない。頭を打ったのだ。今、脳内を透視で診るから、じっとしておくれ。』
 そうだ、不覚を取ったんだ。私が追っていた敵性吸血鬼は、連続爆弾魔。触れた物を爆発物に変える能力だと、手配書に書かれていたのは知っていたはずだったのに。あの時、私が踏んづけたのは

 『そこにいる同胞。すまぬ、巻き込んでしまっき、貴公は!?竜の!!』
 『邪魔をするな、同胞。私を覚えているのであれば、竜の宝物に触れた者の末路も知っているはずそうだろう?』
 そうだ、ドラルクとジョン。
 彼らを守らなきゃかれ、らを。
 いつか、おもいをつげていっしょに……
 



 「ぎゃあああぁぁ!!た、助けてくれ!」
 「右腕。」
 バキッと氷が割れる、歪な音がする。霞んでいた景色が、ゆっくりと鮮明になっていく。
 「話を聞いてくれ!!知らなかったのだ!そこに、貴公がいたとはっあぁぁぁああ!!」
 「右足安心し給え。氷で止血してある、貴様が簡単に死ぬ事はない!」

 怒号と鈍い音に、重い瞼を押し上げる。少し離れた視線の先で、白い何かが棒の様なモノを投げ捨てている。
 「うぅ。あれ?わたし。」
 そうだ。さっき、この路地裏で、買い物帰りのドラルク達に会ったんだ。それから
 
 ヒナイチくん、気が付いたヌ?頭を打ったヌから、起きちゃ駄目ヌ。

 そうだ。潜伏していた指名手配犯連続爆破事件の容疑者とおぼしき吸血鬼を確認して後を追いかけて
 「んいっつ。」
 踏んづけた小石が光ってそれから。えっとなんだ、背中も痛いぞ。そうだ、ドラルク
 『まずい、ヒナイチくん!』
 そうだ。私にあいつが覆い被さっていて、泣きそうな顔してた。
 あんな顔するんだ焦げ臭いなのに、何故寒いんだ?あいつは、どこに行ったんだ?
 「じょん。ドラルクは?」
 「ヌー。」
 助けなきゃ動いてくれ。
 私の体どうして、こんなに重たいんだ?

 ダメヌったら!

 止めるジョンを押しのけて、私はなんとか身を起こす。だけど
 「ドラる、く?」
 やっと、口にした言葉は、白い息と共に散っていった。とても6月とは思えない、凍える様な寒さに体を縮こませる。かけられていた焼け焦げたマントを、掻き合わせながらその『白いモノ』を凝視する。
 「はあ!はあ!私が狙ったのは貴公の前にいた、副隊長の方だ。ゆ、許してくれ貴公を巻き込むつもりは
 「耳障りだ、舌も取ってしまうか。だいたい、私の事などどうでもよい。」
 ブチっと、さらに嫌な音がする。赤い何かを投げ捨てた、白い影ドラルクは、片手でその吸血鬼の髪を掴み、背中を踏みつけながら、無理矢理引き起こした。
 意識がはっきりしてきた、私の視界に入ってきたその体は。
 「う、ううっ!?」
 犯人の体は、両目も手足もなかった。生きたまま抉られ、もぎ取られたのだ。吐き気が胸に迫ってくる。
 「うっうぇひ、酷い。ジョン、早く止めないと。」 

 竜の逆鱗に触れたんだヌ。仕方ないヌよ。

 「そ、そんな。」
 信じられない気持ちで、ジョンを見る。可愛いマジロは、至極冷静だった。
 大戦時は主と共に従軍していた彼も、凄惨な戦場は見慣れていたのかもしれない。だけど
 「がっ!あああ!!」
 「ただ貴様は、ヒナイチくんを殺そうとしたのだ。せいぜい、苦しむがいい。」
 バキバキと、背骨が折れる音がする。切断する気だ。嬲り殺しにする気なんだ。
 「だめだ。」
 頼む、やめてくれ。実は、署でもお前が協力的になった事は、評価されてるんだ。
 なのに、そんな事をしたら
 「やめろ!殺すんじゃない!ドラルク!」
 こんなの、過剰防衛さえ認められない。嗜虐趣味がある危険な吸血鬼と再確認されて、VRC送りになる。
 そうなると、家族との面会も許して貰えない。勿論、私とも
 「だめだ!やめてくれ!」
 だから、震える体を鼓舞して、彼の元へ駆け出した。

 意地もあったけど!立場があったから、言わなかっただけで!
 本当は、私、監視員としてじゃなくヒナイチとして、お前と!

 「ドラルク!」
 必死に、彼の背中にしがみつく。
 頬に当たる焼け焦げた服と、焼けて爛れた皮膚の感触に、涙が溢れてきた。
 これは、私を守ってくれた事の証私はヒナイチとして、お前と共に歩める世界を夢見ていたのに。

 「っ!?ああヒナイチくん?」
 「ひっ!?く、来るな!」
 振り返った彼を見て、私は生理的な絶望と恐怖に、差し出された彼の手を払って座り込んだ。
 「ああぁ、お前はやっぱり、おまえ。」
 伝えようとした言葉は、この冷気に凍りついて、舌も上手く動いてくれない。
 振り向いた彼の能面の様な顔に張り付いた、歪に裂けた嗜虐的な口元それまで抱いていた幻想が、どんどん遠退いていくのを、痛感するしかなかったのだから。


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