無双(黄燎)軸の転生現パロで、『箒星の行先は』のつづきで、愛の告白の話。
ラブコメにするための着地点を探りました。
@Bombwooo
あの帰り道での息の詰まるような接触から、数週間。あれから半ば強引に連絡先を交換した俺たちは、何度か他愛のないメッセージをやり取りし、一度だけ飲みにも行った。
だが、拍子抜けするほど、彼は普通だった。あの日、俺の虚勢をあんなにも容赦なく握り潰しておいて、結局のところ何が『分かった』というのか。勝手に身構えていた自分がばかみたいに思えるほど、彼はあっさりと、ただの「かつての顔なじみ」としての適度な距離感を保っていた。
ほっとした反面、心のどこかでほんの少しだけ、がっかりしている自分がいた。俺はつくづく矛盾している。苦くて冷たい記憶があるのだから、そう簡単に絆されてやる義理などないはずなのに。
だから、ふいに彼の部屋へと誘われた時、俺はすっかり調子を乱されてしまったのだ。普段通りに振る舞う彼を見て油断していたのか、それとも心のどこかで、今度こそ何かあるはずだと舞い上がってしまったのか。
だって、そうだろう。あんなにも熱を孕んだキスをされた以上、ふたりきりの空間で何も起きないはずがない。いや、相手が相手だ、そういった社会通念というか、俗っぽい常識が通じるかは分からない。けれど、やっぱり。
緊張がゆるんだあたりで押し倒されるのか、はたまた、もしかすると俺が誘われるなりして痺れを切らすのか。いざという時のために、知識としての予習は完璧だった。「冗談じゃない、そんな簡単に絆される安い男じゃないんだ」と躱す準備も、逆に自分から主導権を握るシミュレーションも、脳内で何十通りとこなしてきた。
そんなふうに身構えておきながら、結局はほいほいと着いてきてしまった自分の浅ましさに、今すぐ頭を抱えたくなる。
だというのに。彼は俺を部屋に招き入れるなり、やけに俺の好みを突いた茶を淹れ、手土産の茶菓子を幸せそうにほおばったあと、適当な映画を流し、ただ隣に座っているだけだ。指一本、触れてきやしない。
この男が俺に何の話をしてきたと思う? 『今朝、道で見かけた犬がかわいかった』などという、至って健全で無害な世間話だけだ。
わざわざ密室に連れ込んでおいて、するのが犬の話? べつにペンギンでも、象でもいい。いずれにしたって、そこらのカフェでじゅうぶんだろう。何ならカフェに入らなくたっていい。相手が俺である意味だって、ない。
俺だけが勝手に意識して身構えていたのかと思うと、己の滑稽さに顔から火が出そうになる。やり場のない羞恥を誤魔化すように、俺は意味もなく手元のマグカップの縁を指でなぞった。
まるで、俺ばかりが彼を好きで、浮かれているみたいじゃないか。あの帰り道で見せた狂気じみた執着はどこへ行ったんだ。俺のこの情けない好意には一向に気づく気配もないくせに。
ふざけるな。これでも俺は、学生時代から数え切れないほど告白されてきた側の人間なのだ。誰かの特別になるのが恐ろしくてすべてをのらりくらりと躱してきた結果、実際の交際経験は皆無に等しいが、今はそんなことはどうでもいい。
吸い慣れていない煙草で身を守ることもできないまま、丸腰のままソファーに座らされ、見事なまでに肩透かしを食らった俺の厄介な自尊心だけが、じりじりと焦げ付いていく。
やがて画面にエンドロールが流れ始めた頃、俺はいたたまれずに腰を上げた。
「……じゃあ、今日はそろそろ失礼するよ。あんまり長居しても悪いしさ」
「クロード。これからは、一緒にいよう」
「……は?」
逃げるように立ち上がろうとした背中に落とされた、あまりにも唐突な爆弾。俺は間抜けな声を漏らし、振り返った。
「いや、ちょっと待て。急にどうした。どうしてそうなる」
「そうしたほうがいいと思ったからだ」
深海のような瞳をまっすぐにこちらへ向けて、微塵も疑いのない声で言い切った。こういう時に限って、あんたが何を考えているのかさっぱり分からなくなる。腹が減ったときはすぐに分かるのに。
「だ、か、ら! あんたはいつもそうやって順序をすっ飛ばす! 脳内で完結させるなよ、俺に分かるように順を追って喋ってくれ」
俺が声を荒げると、彼は少しだけ伏し目がちに口を開いた。
「……この時代には、戦いも、君の野望を叶えるための盤面もない。自分たちが顔を合わせる大義名分が、何もない」
「あ、ああ……」
「だから、一緒にいる理由がほしい」
その奥底にひどい焦燥のようなものが揺れているのを、俺は見逃さなかった。
こいつは、俺の好意に微塵も気づいていないのだ。あの帰り道での態度を、ただ無理やり俺を従わせただけだと思い込んでいる。だからこそ、傭兵と雇い主という接点すらないこの平和な世界で、俺がふらりと消えてしまうことを酷く恐れている。
彼が、あのころの俺の気持ちを理解することはおそらく一生ないだろう。けれど、彼が言いたいことを、彼の心に吹くすきま風を、俺は理解することができた。
そんな姿を、ざまあみろとは笑えなかった。だって、だって、俺は。
「あのなあ……人間の感情ってのは、もっと複雑で面倒なものなんだよ。確かにここは平和な時代だ。俺の野望に巻き込む必要も、あんたの力に頼る理由もない」
「…………」
「そもそも、前世じゃあんたは俺を置いていっただろ。……俺が見限られたことも、あんたに決定権がなかったことも、仕方ないことだって頭じゃ分かってる。だがな、さすがの俺も、はいそうですかと過去を忘れたふりはできない。簡単には割り切れねえんだよ」
唇から、血のように言葉が溢れる。
「……俺が実は、あんたのことをずっと憎んでたらどうするんだよ」
罪滅ぼしで一緒にいられるほうが嫌なくせに。これ以上期待して、またどうしようもない事情で裏切られるのが怖くて、つい試すようなことばかり口をついて出る。俺の卑屈な問いかけに、彼はわずかにうつむき、ひどく静かに言った。
「自分が君を置いていったのだから、憎まれていても、仕方がないと思っている」
「は……」
「もし君が、どうしても割り切れないというのなら、自分は諦める」
けれど、と続けた声は有無を言わさぬ力があった。俺は何も言えなくなる。
「君への罪滅ぼしがしたいわけじゃない。この平和な世界で、かつてのように共に追いかけるような、たいそうな目的があるわけでもない」
静かな声が、俺の拙い防衛線をひとつずつ、丁寧に剥がしてゆく。
正直、この人と口でやり合ってここまで追い詰められるとは夢にも思わなかった。理詰めで逃げ道を塞いできたのは、いつだって俺のほうだったのに。
「ただ、君さえよければ……自分は君と一緒にいたい。ただの、自分のわがままなのだけれど」
あんたに、俺の何が分かるって言うんだよ。文句のひとつでも叩きつけてやりたかったのに、反論しようと開いた口から、言葉が音にならずに消え失せた。
相変わらず俺のこの複雑で面倒な感情なんて少しも分かってないくせに。俺がずっと喉から手が出るほど欲しかったものを、彼はこうして悪びれもなく目の前に差し出してくる。
反撃も虚しく、急所を殴られ続けた俺はいとも簡単に膝をつこうとしている。顔に血が上ってゆくのが自分でも嫌というほどわかる。こんなまっすぐで重い、身勝手な感情をぶつけられて、平気な顔をしてこの甘い誘惑を撥ね除けられるほど、俺は器用な人間ではない。
めでたしめでたしと、開き直って細い身体を抱き締められたらよかったのに。俺は真っ赤になった顔を両手で覆いながら、盛大な敗北感を噛み締めていて、つい先日俺の唇を奪った男は言いたいことを言い切ったとばかりに、晴れ晴れしい顔をしている。
ああ、そういえばそうだった。結局のところ、俺はこの人に勝てた試しがないのだ。