X以外のSNSでの投稿にはPrivatter+がおすすめです
Xフォロワー限定公開・リスト限定公開の停止について

いつか咲う雪解けを待て〜キリシタンすり抜け主と和泉守兼定〜

2026-03-07 21:02:08

やがて「兼定の刃金」https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=25784799に至る前日譚

《いつか咲う雪解けを待て》

「あっ、兼さんだ!」
「おっ、よう嬢ちゃん」
打ち稽古の帰り道、竹刀を肩に負った和泉守兼定は、主人に声をかけられて振り返った。
彼女は、生まれたてのひよこのように兼定の後ろについてきて、ぴょこぴょこと兼定の周りをうろちょろする。
「えへへ、兼さんだ!」
「おうともよ」
「かっこよくてつおーい兼さん!」
「その通り! 嬢ちゃん、仕事はちゃーんと終わらせて来たか?」
「うん!」
「そりゃ重畳。そういや確か、国広が饅頭を仕舞ってたな。部屋こっちきて食うか?」
「やったぁ! 食べる!」
「んじゃ用意しといてやるから手ぇ洗ってこい」
「はーい!」
ととと、と洗面所へ走っていった主と入れ替わりに、堀川は取り込んだ洗濯物を手に兼定に並んだ。

「ねえ兼さん、あるじさんなんだけど」
「うん? 嬢ちゃんがどうかしたか?」
「うんん。ただ、なんで『嬢ちゃん』なのかなって。僕の目には、少し無邪気なだけで綺麗な女の人に見えるから、兼さんの子供扱いがなんだか不思議で」
「まだまだ、だなぁ、国広。女に欲しがってるもん与えてやんのも、漢の度量ってもんだろ」

振り向きざまに兼定は、いかにも色男といった風情で口角を吊りあげてみせた。

「ま、色々呼んではみたけどよ、結局これが一番反応が良くて口に馴染んだからな」
「そういうもの?」
「お前もすこーし子供扱いしてみろよ。そしたら分かる」

腑に落ちない様子でしきりに不思議そうに首を傾げていた国広だったが、どうやら言葉の意味はすぐに分かったらしい。
本丸に招かれて最初の内は若い女性に相対するにふさわしい柔らかな物腰で接していた国広だったが、今となっては声の掛け方ひとつ取ってもすっかりおかんだ。

「こーらっ」
「あははは」

ふかふかの洗濯物の山の中に飛び込んだ無邪気な彼女に、国広がそう笑って咎めると、ころころ嬉しそうに笑って跳ねて逃げていった。

洗濯物を畳み直しながらふとこちらの視線に気付いた国広は、和泉守を見上げながら苦笑した。

「あんなふうに喜ばれたらね」
「だなあ」

元服した女性らしく相応に扱えばただ穏やかに微笑み、いかにも淑やかな女性という風情の振る舞いをすることもあるが、少し子供扱いしてやればぱぁっと明るく表情を綻ばせて無邪気に跳ねる。

今代の自分たちの主人は、万華鏡のようにくるくると姿を変える。

よく分かるのは、仕事中や、外部から招いた山姥切長義に教えを受けている時だろう。差配を振っている時と同じように、ひどく慎重に、鋭く目を細めて、一挙手一投足を慎重に扱う。
舌足らずさは嘘のように消え去り、瞳に静けさと少しの冷たさが満ちて、落ち着いた言動に切り替わる。スイッチでも押したかのようで、本丸に来たばかりの者は戸惑うことも多い。
自分の刀ではない外部の刀剣男士だから気を張っているのかと最初は思ったが違う。それにしては自然体すぎるのだ。

「足りないんだろうな」

あまり踏み入るとするりと逃げてしまうから、深い事情は分からない。
だが、日頃接していれば、それだけで分かることもある。
少なくとも付喪神じぶんたちは、向けられた望みや渇望に敏感だ。

目を大きく見開いて、ほんとうに嬉しそうに笑うのだ。
まるで、こんなに優しくしてくれたひとは今までいなかったと言いたげだった。

「ねえ、兼さん」
「なんだ」
……僕、今は少し分かる気がする。兼さんが言ってたこと。主さんを兼さんが子供扱いする意味も」

国広が、柔和な瞳を心配げに細め、どこかもどかしそうに目を伏せた。

「主さん、どうして言ってくれないんだろう。たったひと言、言ってくれれば、なんだってするのに」
「それができりゃあ、『ああ』はなってねーだろ」

兼定は、主が走り去っていった方向を、眉を顰めるようにしてじっと見遣った。

ただ楽しげに走り去っていくように見える、明るく無邪気なその背中。

あれは、冬の華だ。

どうしようもなく飢えて飢えて飢え続けた渇望を。
雁字搦めに固く封じる鎖が、彼女の背中をきつく縛っている。
誰にもそれを赦されなかった幼子の姿が、彼女の背中にだぶるのだ。

アレを迂闊に斬ろうとすれば
斬っちゃならねえ色んなもんを巻き込む

「僕らに、なにができるのかな、兼さん」
「女は花だ。花に必要なのは、水だ。戦じゃねえ」

あれに必要なのは、血風切り拓く骸の山の誉れなどではない。
少なくとも、今すぐは与えてやれない、ひなたの匂いのする何かだ。

「水を絶えず注いでやって、笑いかけてじっと待て。凍えたまま無理に咲かせても枯れるだけだ」

信じてやることだけができることなのだ。
いつか固く震えた蕾が綻んで
雪解けと共に春が来るのを。

「枯らさず護ってやれば、いつかわらう。とびきり美しく」

いつの時代も、それが花ってもんだろ


投稿にいいねする


© 2026 Privatter All Rights Reserved.