@kojika2018
平日のナイターとはいえ、球場は混雑していた。安室は手に持ったピザとフライドポテトを小脇に抱え直し、座っている人たちに頭を下げながら座席の前を通り抜けていく。
「梓さん」
安室と梓の座席は丁度列の真ん中で、一番出入りがしづらい場所だ。安室から食べ物を受け取った梓は、また試合に目線を向ける。
「安室さんがトイレ行ってる間に、すごかったんですよ、佐藤選手のダブルプレーがあって!」
梓は興奮した様子だった。
「ははあ、歓声は聞こえました。残念だな、見れなくて」
安室は残念がった。運悪く風見からの連絡があって、梓の隣で話すわけにはいかなかったのだ。
「それにしても熱気がすごい。梓さん、水分取ってますか? ……ビールじゃなくて」
安室が水分と言った瞬間に、梓がカップホルダーのビールに手を伸ばしたので、安室は忠告した。
「はぁい、飲んでますよ」
その時、歓声がわあっ! と上がる。ピッチャーがストライクを決めて打者が凡退したのだ。3アウトだったので、守備がベンチへと戻ってくる。梓は、ふうと息を吐いて椅子の背もたれに寄りかかった。
「やっぱり球場で見るのは楽しいですねえ」
と、言いながら膝に置いた汗拭きタオルを首に巻いている。夜になって少し気温は下がったものの、今日は真夏日で湿度も高く、ねっとりとした空気で、安室も何をしてなくても汗をかいてしまう。シャツの背中は汗で湿ってしまっている。
「7回終わったら、アイス買いに行きませんか?」
「いいんですか、応援歌歌わなくて。今日はマスコット達がコラボするらしいですよ」
「ええ? 本当ですか? っていうか、安室さん、私より詳しくないですか? さっきもささっと食べ物買ってきてくれたし……。初めてって本当ですかぁ?」
梓が疑いの視線を向けてきた。実はこの球場の警備を担当したことがあるので、どこに何があるかは把握しているのだ。野球の試合は初めてではあるのだが。
「たまたまですよ。コラボはさっき宣伝してましたし」
「そうですか、うぅん、じゃあいつアイス買いに行こうかな……。食べ物買いに行く間にホームラン打ったりするから、油断ならないんですよね」
梓が険しい顔をグラウンドに向ける。視線は真剣そのもので、安室はそんな梓の姿が新鮮に映った。
「チケットくれた酒屋のマスターに感謝ですね」
「そうです。本当感謝します。今度お店に来たら、ナポリタン大盛りにします」
梓が少しだけ残ったビールを飲み干した。首を上に向けて、汗がひと筋、首を伝って鎖骨へと流れていく。ひいきのチームのユニフォームを着ているだけで、色気を強調しているわけでもないのだが、普段は下ろしている髪をポニーテールにしているせいか、首筋が顕わで妙になまめかしく見える。安室は急に落ち着かなくなってしまった。
「ふう」
と、梓が手で自分の頬を仰いでいる。よく見ると頬に赤みがさしていて、汗でこめかみに髪が張り付いているのだ。暑くて、汗をかいただけ。そう分かっているのに、溌剌とした梓の色気に急に気づいてしまった安室は、胸の高鳴りと戸惑いを隠せない。
「どうしました? 安室さん」
安室の動揺などしらず、梓はきょとんとした顔でこちらを見ている。
「安室さんこそ、ちゃんと水分取って下さいよ。……今日は飲めないんです?」
ちらりと梓が通路に視線を送る。背中にビールを背負った売り子が、階段を上ってくるところだった。
「の、飲めないわけではないんですが……」
今日は車で来ていないし、庁舎に寄らなくてもいい。そもそもビールをちょっと飲んだから酔っ払う体質でもない。
「じゃあ、飲みます?」
梓がこちらを覗き込むように言った。まるで内緒話をするみたいに距離が近い。安室は思わず頷いてしまう。いや、飲みたかったのだ。梓の隣で、一緒にビールを。
「ふふ、やったぁ。すみません、ここに二杯」
梓が売り子にピースを立ててビールを頼む。人を伝って来たビールで、梓と乾杯をした。ぐっと飲み干すと、ちくちくとした炭酸が苦く喉を伝っていく。つい半分ぐらい飲んでしまって、梓が隣で驚いている。
「いい飲みっぷりですねえ」
と、にこにことこちらに笑顔を向けるのだ。その梓の首筋に、再び汗が伝う。その汗を舐めてしまいたいという衝動を、安室はどうにか隠して、ビールを飲み干すことにした。