ホットディープ 🔥💧
ふたりが爪を切る話です
※行為の匂わせが少しだけあります
@yohima33
「お前、すげ〜深爪だよなァ」
パチン、パチン。爪を切るレッドホットに背を預け、足の間に挟まって大人しく見ていたディープブルーが不意に呟く。レッドホットは二回ほど瞬きをして、小さく声を漏らした。
「……え」
「うわッ、こことか血ィ出てんじゃねえか。流石に切りすぎだろ……」
少し力を込めただけでじわりと血の滲んだ指先を、ディープブルーが雑に撫でる。右の中指の、端あたり。鈍い痛みが走り、レッドホットは顔を顰めた。……それは前髪ですっかり隠れていて、ディープブルーには伝わらないのだが。
「……兄者が、短くしろって言った」
「オレが?」
ようやく手元から目を離し、ディープブルーは指を握ったまま見上げる。僅かに歪んだレッドホットの顔を見て、ディープブルーは握る手の力を少し緩めた。
「……いつ?」
「ヤるようになってから。怪我するって、蹴られた」
ディープブルーが、二回ほど瞬きをする。はて、そうだったか。蹴った覚え……は数が多すぎて思い出せないが、はたして言ったかどうかも不明瞭。でもまあ、小さな兄の教えも覚えている彼のこと。おそらく、きっと、多分言ったのだろう。そして、それを律儀にもこの弟分は守り続けているらしい。
「でも、ここまで短くしろとは言ってねえよ……多分」
「加減、難しい……」
しょも、と体を丸めるレッドホットに、ディープブルーは小さく息を吐いた。レッドホットの左手に握られた爪切りを奪い取り、そのままひとつ、指を摘む。
「しょうがねェ、オレが手本見せてやるよ」
「……兄者も、結構短い」
「オレはお前みたいなバカと違って、怪我しないラインを見極めてんだよ」
レッドホットはあえて言わなかったが、ディープブルーの爪は綺麗に整っている方でもない。長さはともかく、形状だけで言えば自分の方が綺麗だと自負するほどである。ディープブルーは、許容範囲がかなり広かった。
パチン、パチン。爪を切る音がよく響く。集中しているのか、ディープブルーが口を閉じているため会話が生まれない。指先をぐにぐにと思うままに弄られて、捏ねられて。足の間に挟まるその温もりに、重さに、心地良さを感じて。レッドホットは、密かに目を閉じる。
「……ま、こんな程度か。お〜い、寝るなよ。こいつを見やがれ」
ゆっくりと目を開け、初めに映ったのは自分の爪。きちんと境が見えていて、血が出そうな気配もない。……中心からズレて斜めに山ができているのには、触れない方がいいのだろうか。ディープブルーをチラリと見れば、彼は満足そうに口角を上げている。なるほど、触れない方がいいようだ。
「これぐらいでいいんだよ、お前のは誰が見たって切りすぎだ」
「分かった、やってみる」
「おー……いや、待て」
差し出された爪切りを受け取ろうとした手が、空を切る。ディープブルーは抜いた力を再び込めて、改めてレッドホットの左手を握り直した。
「お前が一回見ただけで加減を覚えられるワケがねえ。もう一本……いや二本、切ってやるよ」
「え……」
「なんでちょっと嫌そうなんだよ……」
目立つ、よく使う指の爪の形が歪むことが確定し、レッドホットは怪訝な表情を見せる。前髪で隠れるだろうと思っていた感情は、どうやら声にも滲み出ていたらしい。ディープブルーに勘付かれ、気まずさにレッドホットは視線を逸らした。
「……兄者が切ると、変な形になる」
「ほ〜、なるほどな。ふゥん、へェ……いいこと聞いちまった」
結局、レッドホットは正直に感想を述べた。ディープブルーは何度も深く頷いて……青筋を立てた。そういった時に見せる兄の笑顔は、一際輝いていることが多い。現に今も、ニッコリと整った笑顔をこちらに向けていた。
「正直で素直なかわい〜い弟クンにはァ……お兄サマが左手全部爪切りしてやるから、ありがたく思いやがれ!」
バチバチバチ、とおよそ爪を切る速度でない音を立てて、ディープブルーはレッドホットの爪を切った。それでもレッドホットの切る爪よりは深く切ることがないのだから、彼は彼で器用な方なのである。ただ、少しばかり雑なだけで。
「うわ……」
「本気で嫌がってんじゃねえよ! 腹立つなァ!」
三本分、中指まで切り終えたところで、レッドホットは顔を強ばらせた。山の位置が、あっちだったりこっちだったり。小さな角が生えていたり、段差が生まれていたり。切り直したい、がまた深爪だと怒られる。この状態で、爪が伸びるまで待ち続ける……なんて酷い拷問だ、とレッドホットは唸った。
「オラ、あと二本!」
「うわ……」
レッドホットは、また唸る。バチン、と耳の奥まで音が響いて、少しだけ伸びていた爪がみるみる小さくなっていく。
「……まァ、よく見ると変な形かもな」
「おい」
「ワリィワリィ」
大して悪びれもせず、ディープブルーは爪切りを床に置いた。左手を部屋の明かりで照らせば、まあなかなかに酷い出来。形は綺麗だが血が出るほど短い爪か、程よい長さだが歪な形状の爪か……少々、悩ましいところである。
「……オレも、兄者の爪切る」
床に置かれた爪切りを今度はレッドホットが取って、そのままディープブルーの手を握った。ディープブルーの背を、たらりと冷や汗が伝う。
「いや、オレはいいって……そんな伸びてねえだろ」
「……この前、背中痛かった。少し、傷にもなってたぞ」
「え、嘘だろ!?」
ガバッと起き上がり、ディープブルーはレッドホットの背中を覗き見る。……ネオンライトの下ではそう目立たなかった、細い線状の傷が何本も横並びになっていた。記憶にない、覚えもないが、間違いない。これは、自分の爪痕だ。ディープブルーはへな、と力無く元の位置まで戻り、そのまま自分の手を差し出した。
「おい、ちゃんとオレの手本見てただろうな!? 切りすぎんじゃねェぞ!」
「任せろ……!」
バチン、大きな音が部屋に響く。怒号と、蹴りが飛ぶまであと数秒。大きな爪の欠片が、宙を舞っていた。