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風見鶏(レトクロ)

全体公開 レトクロ 3428文字
2026-03-10 22:07:17

本編軸で士官学校時代。マロリクでいただいた、「ベレトをスカウトしようとする級長ふたりと、それを阻止しようとするクロード(+ベレト)」の話。『水面鏡』とシチュエーションは同じですが、話としてはまったく別で、ちょっと軽めになるように調整してみました。レト←クロ。
マロリクありがとうございました🙌✨

Posted by @Bombwooo

 大広間の隅で、うちの担任がこれまた厄介な双璧に挟まれていた。右には、翳りのないまっすぐな双眸を向ける青獅子の級長。左には、一切の妥協をゆるさず、前のみを見据える黒鷲の級長。どちらも一歩も譲る気配はなく、熱心に、いやもう必死に何事かを語りかけている。
 己の掲げる理想を盤石にするためには、彼という存在が喉から手が出るほど欲しいんだろう。ふたりの気持ちも、分からなくはない。いや、むしろ、俺は彼らの気持ちを痛いほど理解できる側の人間だと思う。
 情に厚いあの王子は、共に歩む友としての未来を説き、眩い理想を語っている。対する気高き皇女様は、古き秩序を打ち破るための不可欠な象徴として、対等な重責と確かな利を提示して、相手を口説き落とそうとしている。
 ふたりなりに、自国の未来や己の信念のために、最大限の誠意を尽くしているのは伝わってくる。そのなりふり構わぬ情熱は、遠目から見ていても本気そのものだ。
 だからこそ俺は焦る。この中心に立つ人物は、今でこそのほほんと教師をやっているが、元は傭兵だ。傭兵という生き物は、より良い条件を提示する場所へと流れてゆくのが道理。
 あんなふうに熱烈に価値を説かれては、流されるままに俺のもとを去ってしまいそうで。そんな薄情な人ではないと信じたいが、それでも、やっぱり。
 ただ強いだけじゃない。ただ不思議な力を使えるだけじゃない。あの人そのものに価値があることを、あの人自身がいちばん分かっていない。
 よく考えてみたら、先生は交渉なんて一度もやったことがないんじゃないか? 前にも似たような場面に出くわしたことがあったが、エーデルガルトが熱心に条件を語れば語るほど、先生の首がどんどん傾いていったのを思い出す。あのときは珍しく、あがけばあがくほど糸がこんがらがるような状況にエーデルガルトが動揺していたが、陰で見ていた俺も啞然とした記憶がある。
 ずっと親父さんのそばにいて、言われるがままに刃を振るってきただけ。俺がいたずらしたら真正面から向かってくるあの人が、駆け引きなんてできるはずがない。
 最近は小言の種類や語彙も増えてきたが、それこそ、出会ったばかりのころは無言で拳骨を脳天にお見舞いされたりした。あまりにも情緒と物事を知らなさすぎる。
 ――そんな無防備な背中をしているあの人が、何となくいい条件を出されて、何となく流されて。俺は訳が分からないまま捨てられて。そんな結末、あんまりだ。蒲公英の綿毛のほうがまだしっかりしている。
「やあやあ、お熱いところ悪いね。うちの先生に何か用かな?」
 わざとらしく軽い声を張って、俺はその輪へと割り込んだ。驚くふたりの視線をいなしながら、自然な動作で先生の肩に腕を回す。そのまま、獲物を守るようにぐいと自分の方へ引き寄せた。
「悪いが、これから戦術の補習に付き合ってもらう約束なんだよ。他学級への勧誘なら、またの機会にしてくれないか。ほら、行くぞ先生」
 適当な言い訳を並べ立て、強引にその場を連れ出す。ふたりは物言いたげにしていたものの、良識はある。どちらともなく息を吐いて、いつも通りの足取りで教室へと帰って行った。

 ふたりの姿が見えなくなってから、俺はようやく深く息を吸った。まだ、心臓がどくどく言っている。たった数ヶ月ぽっちの付き合いのこの人がどこかへ行ってしまうことが、俺は相当怖いらしい。
 そんなみじめな自分は見せたくなくて、俺は先生から腕を離すと、呆れ半分で説教を始める。彼はといえば、何を考えているのかよく分からない顔で突っ立っている。
……あんたなあ、もう少ししっかりしてくれよ。今は俺たちの担任なんだろ? そういうどっちつかずな態度がいちばん困るんだが」
 少しは自分の立場の危うさと、こっちの心労を考えてほしい。そう思って顔を覗き込むと、先生は意外なことを口にした。
……どっちつかずだったわけではない。ただ、彼らの話がひどく難しくて、どう答えればいいのか分からなかっただけだ」
「はあ?」
「覇道とか騎士道とか、自分では縁のない言葉ばかりで……正直に言えば、半分も理解できなかった」
 大真面目な顔でぽつりとこぼされた事実に、俺は絶句した。条件を天秤にかけて迷っていたわけでも、高尚な理想に心を揺らしていたわけでもない。ただ単に、話の規模が大きすぎてまるで追いついていなかったというのか。あんなに熱烈な勧誘を繰り広げていたふたりの級長が不憫でならない。
 呆れ果てて言葉を失う俺の視線を正面から受け止め、先生はかすかに目を細めた。
「それに……君が強引に手を引いて、『うちの先生だ』と庇ってくれたのが、嬉しくて。つい、そのまま見守ってしまった」
 悪びれもせず白状された言葉に、眩暈がした。
 こっちはあんたが流されて、俺のそばからいなくなるんじゃないかと、寿命が縮む思いだったというのに。
 この人はただ、俺が躍起になって彼を守ろうとする様を心地よく受け入れていただけだったのだ。お互いに、見ているものも考えていることもまるで噛み合っていない。
 だが、その事実がひどく重たい意味を持ってのしかかってくる。俺が腕を引いたとき、この人はその気になれば簡単に振り払えたはずだ。弓を引き、同年代の連中と比べればそれなりに場数を踏んできた自負はある。だが、数え切れないほどの死線を越えてきた本職の傭兵に比べれば、俺の力などひよっ子も同然だ。抵抗されれば、腕一本引くことすら叶わなかったに違いない。
 それなのに、大人しく引き留められてくれた。俺の口からの出まかせも、強引に手を引いた乱暴な振る舞いも、なんだかいいように解釈して、すべてをあっさりと受け入れて、俺の横を歩くことを選んだ。
 あまりにも出来過ぎている。俺の望むままに事が運びすぎていて、到底信じきれない。罠ではないかと疑いたくなるほどに、なにもかもが都合よく転がっている。
 どうにも調子が狂う。いつだって俺のほうが一枚上手で、完璧に立ち回っているつもりなのに。この人はまったく悪気のない顔をして、俺の足元をいとも容易く掬うのだ。
……ほんとうに、人の気も知らないでさ」
 たっぷり文句を言ってやりたいのに、口をついて出たのはひどく安堵に満ちたため息だった。俺の切実な焦燥など露知らず、この人はただ教え子に腕を引かれたことを喜んでいる。ばかみたいだと思ったが、きっと、いちばんばかなのは俺なのだろう。
 呆れる俺の隣で、先生は不意に何かを思い出したように口を開いた。
「ところで、補習なんてあっただろうか」
 まっすぐな問いかけに、咄嗟に肩がこわばる。ここでただの出まかせだと言ってしまえば、あっさりと踵を返されてしまうかもしれない。ふらふら歩いているうちに、またあのふたりに遭遇なんてしたら。そんなみっともない焦りが、反射的に俺の口を動かしていた。
……ある! あんたが忘れてるだけだ」
「そうか。それはすまなかった」
 疑いもせずあっさりとうなずく姿に、罪悪感よりも大きな安堵が胸の奥をなでおろす。机に向かって大人しく補習を受けるなど、本来なら退屈でご免被りたいところだ。だが今は、見え透いた嘘を重ねてでも、この人を手放したくなかった。ほかの誰の目も気にせず、ただ俺の隣に引き留めておけるという事実が、嫌になるほど嬉しくてたまらない。
「ほら、さっさと教室に戻るぞ。あんたが忘れてたんだから、最後まできっちり付き合ってもらうからな」
 こんなの俺らしくない。期待して、浮かれて。どんどん離れがたくなってゆく。
 わざと乱暴な口調で背を向ければ、先生は文句ひとつ言わず素直な足取りで俺の隣に並んだ。歩調をゆるめたり、早めたり。無表情のまま、でも、ずっと俺を気に掛けている。歩調を合わせるということを、ここで過ごすうちに学んだんだろう。蒲公英の綿毛みたいなこの人が、こうも気が利くはずもない。
 少しでも気を抜けば、また別の風に吹かれてどこかへ飛んでいってしまいそうだ。
 隣を歩く姿を横目で盗み見れば、視線に気づいた先生が不思議そうに瞬きをした。その無防備な顔つきに、またどうしようもなく期待が膨らんでしまう。
 いつか、ふさわしい風に乗せて手放すべき日が来るまでは。いや、いっそこのまま手放さずに済むのなら。
 俺は少しだけ歩幅を狭めて、隣の足音にぴたりと重ねた。


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