カルみと ホワイトデーの話
シナリオネタバレあり
@popo_trpg_ss
「先輩ってさ、けっこうまめだよね」
ぽつりと独り言のような声色で呟いたとなりの神無に視線を向けた縞斑は、彼の神妙な横顔から感情が上手く掴み取れず首を傾げる。
「褒められたと受け取っていい?」
「うん。めちゃくちゃ褒めてる」
呟いた彼はテーブルに手を伸ばすと、缶の中に敷き詰められたクッキーの前で指を迷わせた。
やがて赤いジャムの敷かれた小さなクッキーをつまむと、大切そうに半分を齧ってその甘さに目を閉じる。
そんな彼の緩んだ姿をお供に縞斑がコーヒーを傾けていれば、神無は縞斑の肩に頭を預けて視線を合わせた。
「だってこのクッキー、ホワイトデーのプレゼントだろ?」
「そういうことになるね」
「バレンタインもくれたのに、俺もらってばっかりになっちゃった」
3月14日の本日、縞斑から渡したいものがあるから会えないかという打診を受けて休日を貰った神無は、玄関先で彼からこのクッキー缶を受け取ったのだ。
ホワイトデーのプレゼントだとすぐに理解はできた神無だが、毎年ふたりはバレンタインデーにチョコレートを交換しているため、ホワイトデーに何かを返すことまで神無は考えていなかった。
自分ばかり色々と貰って少しだけ申し訳ない。そう言いたげな神無を見た縞斑は、彼を慰めるように軽く頭を撫でる。
「あー……これはまぁ、この時期の方が神無ちゃんが好きなものが手に入りやすいし」
「ふーん……」
マグカップに温められたいつもより温度の高い手のひらが心地良くて、神無は思わず目を細めてその手に擦り寄った。
そうして子猫のような仕草で縞斑と戯れていた神無は、ぽすんと彼の膝に頭を預けて顔を上げる。
照明の光を背に笑う縞斑の瞳は甘くとろけていて、自惚れではなく彼が自分のことを心から愛しているのだろうと神無は笑みを漏らした。
「ほんとにそれだけ?」
「ほう?」
「先輩、なんか隠してるだろ」
甘いものが大好きな神無への贈り物が選びやすい時期だから、バレンタインデーとホワイトデーに贈り物をしている。
きっと彼のその言葉に嘘はないのだろうが、それだけが理由の全てではないと神無は長年の付き合いで見抜いていた。
少しだけ意表を突かれた様子で目を丸くした縞斑は、やがて小さく笑うと戯れに神無の鼻をちょいと摘んで見せる。
「ふぎゃ」
「腕を上げたねぇ、神無巡査部長?」
「もぉ、茶化すなよ」
「ごめんごめん」
このまま誤魔化したいという雰囲気だったが、それでも完全に拒絶するつもりはないらしい。おそらく、神無にこのまま理由を黙っていることへの罪悪感で揺れているのだろう。
であれば神無にできることは、何も知らない子供のふりをしてそんな彼から少し強引にでも話を聞き出すことだ。
膝の上を陣取ったまま縞斑の頬に手を伸ばすと、彼はその手を取って自身の手のひらを重ねる。
その瞳にある躊躇いを振り払うように明るく神無が笑えば、縞斑は少しだけ眉を下げて困ったように笑みを返した。
「……あんまり神無ちゃんが聞いて気持ちの良い話じゃないかもしれないけど」
「聞いたの俺なんだから怒んないよ」
「うーん……いや、いっそ怒られた方がいいのかもしれないな」
しばらく葛藤していた縞斑はやがて、神無の視線に促されるようにぽつぽつと言葉に悩みながら話し始める。
「昔、今よりも適当に生きてた頃……何度か彼女がいたことがあったんだ」
「何度も?」
「酷い話なんだけれど、当時は相手を傷つけないように断る言葉を考えることすら面倒くさくてね」
相棒の白瀬とその妹が失踪してから、縞斑はその捜索に尽力するうちにそれ以外のことを全ておざなりにするようになった。
その結果仕事や生活はもちろん、人間関係も乱雑になり、中でも女性に関しては来るもの拒まず去るもの追わずの姿勢だったのである。
「もっとも俺がそんな姿勢だからすぐに振られてたんだけど……女性っていうのはほら、ちょっと悪い男が好きだから」
「ちょっとどころじゃない気もするけど……」
「はははは」
犯罪組織のリーダーをしている現在の彼と恋人である神無としては全面的に否定できないが、さすがに予想を上回る乱雑ぶりにぱちぱちと目を瞬く。
そんな彼の感想を聞いてからからと笑った縞斑は、当時頻繁に打たれていた左頬の乾いた痛みを思い出しながら言葉を続けた。
「その時の別れ話がなんというか、全員同じで」
「……イベントごとのプレゼントしなかったとか?」
「忘れがちだったかな。誕生日とかもほとんど祝ってなかったね」
「それは……振られるだろうな」
あの時はただ、一人で越えられない夜に縋ることができる相手であれば誰でもよかったのだ。
眉を寄せていた神無は、縞斑がすでに自身の行いを深く反省していることを感じ取ると俯く彼の頭を撫でながら穏やかな声色で話す。
「たぶんその人たちは……プレゼントがないことより忘れられたことが悲しかったんだろうな。自分ばっかり好きでいることに疲れちゃったんだよ」
「……そうだね。本当に申し訳ないことをした」
今にして思えば、本当に無責任で酷いことだった。当時の自分を早々に見限った見る目のある彼女たちが、誰かと幸せになっていることを心から願うばかりである。
俯く縞斑の懺悔を受け止めた神無はよいしょと掛け声を上げて体を起こすと、縞斑の膝の上に向かい合うように座って彼の頭を抱えるように抱きしめた。
素直に甘えてぎゅうと縋る縞斑のことがこんな状況だが可愛くて仕方がない神無は、緩む頬を悟られないように縞斑の頭を撫でる。
「今は?」
「……今は振られてもいいなんて微塵も思えないし、絶対に嫌だから、あの時のような失敗だけは避けなければと必死なわけです」
「あはは。お互い忙しいのは分かってるし、それが理由で振ったりしないって」
縞斑からの贈り物は嬉しいが、それが義務になってしまうのは寂しいことだ。
きっと今の縞斑はそこまで負担に感じてなどいないだろうけれど、自分とは別ベクトルに恋愛下手な縞斑に伝わるように神無はゆっくりと自分の気持ちを打ち明ける。
「でも、先輩が俺のこと大事に思ってくれてるんだなーって分かって嬉しい」
「……そのきっかけが最低でも?」
「んー……確かに先輩が泣かせた彼女さんたちのこと思うと複雑なところあるけど、昔の先輩がだらだらしてなかったら俺は今こうして一緒にいられないもん」
縞斑は懐に入れた人間に対しては甘いし、元々人に対して誠実な人間だ。
そんな彼ならきっと女性は放っておかなかっただろうし、結婚して子供が産まれていたっておかしくない歳である。
過去の罪は罪として、そうでなければこうして想いを通じ合わせることもなかったのだと思えば、力なく項垂れて神無からの断罪に身構えるその姿すら愛おしい。
「ありがと。俺のこと考えてくれて」
「……結局は俺がしたいだけだから」
「それでもすっごく嬉しかったってこと!ほら、先輩も一緒に食べよ?」
沈んだ様子の縞斑の口にクッキーを突っ込んだ神無は、自分も缶の中からアイスボックスクッキーを摘んで大切に齧って見せた。
「ん〜おいしい!先輩ありがとう!今度俺も何かお返しするから楽しみにしてて!」
「ふふ……うん。楽しみだなぁ」
結局縞斑は、神無のこの笑顔が見たかったのだ。
幸せそうに甘味を味わう神無を抱きしめ返した縞斑は、彼の胸にそっと擦り寄って目を閉じる。
「ありがとう神無ちゃん。俺を選んでくれて」
「えへへ、こちらこそ!」
耳に届くとくとくと優しい鼓動を鳴らす心臓が、いつもより少し早い気がするのはきっと気のせいではないのだろう。
どうか愛おしい彼の笑顔が曇りませんように。そう願って縞斑は、腕の中の優しい人を強く抱きしめるのだった。
終