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或る、私信

全体公開 22 7436文字
2026-03-16 22:54:58

2026年4月4〜5日/いぼきょお花見WEBオンリー・いぼきょのつどい🌸花見酒  展示作品

自分のアカウントで「いいねしていただいたからのメデイア欄を覗いて絵を描かせていただく」企画をした際に、夏目一加さま(@natumeitika)のイラストを描かせていただいたいたところ、素敵な「ない映画の予告」風の動画を作っていただき、この存在しないお話を書きたいと思い、夏目さんにお許しをいただき、書かせていただいた文章がこちらになります。

原作軸生存ifですが、オリキャラモブ視点のお話です。いぼきょ出てくるけどちょびっとです。ご注意いただき、お楽しみ頂けたら嬉しいです。

Posted by @IFP_sonota

 春の暖かく、埃臭い日差しが続く頃。腹違いの兄を連れ、行方をくらましていた花沢からの絵葉書が、当たり前のように素知らぬ顔をして届いた。どこかの洋館の写真が印刷されている。東京では見かけないその立派な屋敷は、昨今流行りの、どこぞの観光地のものだろうか。
 差出人の住所は記載されておらず、代わりに花沢の懐かしい文字が並ぶ。新しい生活のことと、きちんとした別れの挨拶ができなかったことへの丁寧な詫びの言葉。最後まで来て、追伸として添えらえた一文に俺は目を見開く。あの日のあの約束を、覚えていたということか。

 あれは士官学校を出てすぐの頃。あの兄・尾形百之助に誘われたとかで、わかりやすくウキウキと出かけた花沢が、しかし翌日なんとなく陰っていた。これは何かあったに違いない。問いただす俺に花沢は、
「誘いを受けて浮かれていたのは、自分だけだったと思うと情けない」
 照れに見えるような表情で微笑んだ。
 その花沢の、笑顔の裏の感情に気が付きたくなくて俺は、乱暴に花沢に言い聞かせた。
「今後、あの兄と何かあったら俺に言え、花沢」
 どんな些細なことでも良い、なにかあったら俺に打ち明けてくれ。

「貴様に報告義務が?」
 何故?ふざけて笑う花沢の、笑顔の陰りに胸が痛む。
「義務ではない、義務ではないが、」
 力になりたいんだ、もっと俺を頼れ、ただ話を聞くだけでも、それだけなら、俺にもしてやれる。なんとなく引っ込みがつかなくなり、ふてくされる俺の口調に花沢は
「わかったわかった、そう鼻息を拭き上げるな」
 言うと少し声を落ち着け、
「兄様となにかあったらその時は、ひとまず貴様に報告しよう」
 暖かな光の中で、眉を下げ、なんとなく済まなそうに見える口の形をして笑った。

 そこまで思い出し、花沢からの短い便りに目を落とす。摘んだ指にいつしか力がこもり、指先が白く変色していた。目に映る、短い便りの最後の一文。
「追伸:兄様と唇を合わせたことをご報告致します」
 あの約束を、まだ忘れていなかったというのか、花沢よ。
 しかし約束とはいえ、なんてことを書いて寄越すんだ、花沢よ。

 花沢勇作があの兄と消息を絶って数ヶ月。花沢家の関係者が血眼で探しているようだが、どこへ消えたか全く捕まる様子がない。よほど困り果てたか、士官学校の同級で同期なだけの関係性の俺のところにも、花沢家の追手の連中がやってきては、それとなくのテイを成した口調でこちらに情報がないかを聞きだそうとした。
 憲兵が動いているわけではなさそうなあたり、花沢家も大事にはしたくないのかもしれない。

 日露の戦争で深手を負った花沢の意識が戻るか戻らぬかのうちに、北で例の動乱が起きた。その混乱に巻き込まれ、これまた瀕死の重症を負ったというあの兄をかっさらうようにして、花沢は姿を消したのだ。
 軍神の嫡男たる花沢本人の重要性もさることながら、兄は兄で反乱軍に潜り込み、中央の諜報として動いていたらしい。反乱軍と中央の両方の情報を掴み、本人は中将閣下の妾腹。存在自体がとんでもない二人を野放しになどできないのは、花沢家だけでなく陸軍も同じだろう。

 しかしどうやら花沢家の手の者にも件の絵葉書の情報は入っているようだ。それはそうだ、絵葉書なのだ。外から丸見えのそれは俺の元へと届く前に誰かしらの目に触れないわけがない。
 何故いちいち一旦俺の手に取らせたのか知らぬが、花沢家の追手連中はわざわざ俺の家までやってきて、玄関先から帰らない。くだんの絵葉書を俺から取り上げもせず、お首にも出しやしない。けれど目的はそれであることは
「最近花沢少尉殿からなにか連絡はありませんでしたか、例えば短い文の類だとか」
 ふんだんに匂わせてくる。送り主の住所すら書かれていないあの絵葉書に、なにか手がかりでもあるというのか。消印は押してはあるものの、あの健脚の花沢のことだ。どの程度の信憑性があるか。
 手がかりになる要素が他にあるとすればあの洋館だが、あれはいったい。

 今日来た追手のやつは言う。きっと彼らはいまごろ粗末な生活をしていることでしょうね。花沢少尉殿もおいたわしい。酔狂でもなし逃げ落ちて、ボロボロの小屋に入り込み、ペラペラの布団に兄と二人でくるまって硬い床板で眠るなどと。
 見てきたかのように言うとそいつは唇の端を持ち上げた。実際こいつらにはすでに花沢の居所は把握されていて、最後の証拠を俺に出させようとしているのだろう。表向き、何の権限もないこいつらが、他人の郵便を盗み見ていたとなったら後々面倒なことになる。それを避けるため、あくまで俺自身から、あの絵葉書を提出させようと、そういう訳なのだろう。

 そうですなぁ、どこでなにをしているやら、心配です。とぼけた顔をしてやればため息と共に不快な無言の間を開けすうと眉を上げ、しかし彼のような立場の人間が、自由に生きるとはどういうことなのでしょうな、などと続ける。
「私どもなど、とうてい見たことのないような生活をなさってきた方でしょうに、」
 山猫にでも魅入られたんでしょうかね。
 花沢を信じるならば流さる訳にはいかないと思う気持ちと、流されてしまえば気持ちよく楽に正しくなれるという気持ちが、いつしか俺の中で揺れていた。

 いや、きっとあの絵葉書を受け取ったときから、むしろ花沢出奔の知らせを聞いたときから、その気持ちは気付かず俺の中にあり、こいつらの口車に乗ってやれば、そのまま正しい自分として正しく振る舞えてしまえるのだ。
 俺の中にある、花沢に対する汚らしい横恋慕なぞについぞ気が付かず、正しい人間のままの振る舞いで、彼を奪還できるのだ。
 しかしそれでは、花沢の想いは。揺れる俺を知ってか知らずか、世間話の体裁を保ったまま、下っ端はさらに言葉を続ける。
「しかし母違いとはいえ、」
 言葉尻に明らかな侮蔑が灯る。
「実の兄とあのような」

 あのようなとは、つまり。

 とたん、兵舎で垣間見た、あの日の二人が記憶の奥から引きずり出される。人目に触れぬしかし日当たりのよい壁にもたれる花沢と、あの兄が。柔らかく、柔らかく微笑み何やら話し合っていた二人がふと真剣な目をした瞬間を。
 藤村さながら林檎を与えられんばかりの花沢の、俺には見せたことのない、するどくしかし柔らかな微笑みの唇の形。あの兄に間近に見つめられ、目深に被った軍帽のツバの先から見えた花沢の眼球に、ひかりのひとすじ。覆いかぶさるように聞いたはずのない花沢の声で読み上げられるあの一文。
『兄様と唇を合わせたことをご報告致します』

 眼の前が真っ赤になる。許せないことだと頭の中が沸騰する。どす黒いどろどろを、正しい正義に無理矢理変える。花沢に対する恋慕を、あの兄に対する嫉妬を、以下の正義にすり替える。
 市井のものとは別格の生活を、俺達が享受できていたのは、有事に矢面に立つためだ。それが我々に課された義務ではなかったか。貴様だとてそれは納得ずくのことだったろう、俺達は責任を負うため自由に生きてこられたのだ。
 高等な教養を身につけられたのも、勉学に勤しめたのも、市井のものより良い生活ができたのも、すべてはそれがノブレス・オブリージュだからだろう。望み通りに自分の勝手で幸せの真似事を、母親が違うとはいえ血の繋がりのある実の兄となど、許されていいはずがないのだ。
 
 花沢を連れ戻すことができるのは、彼を正しい道に連れ戻すことができるのは、そんなことができるのは。
 世界中でおれひとりが。
 花沢に対する俺の汚らしいどろどろなど、知らず存在しないことに、俺の中では変換されていた。
「ああそういえば、」
 などと白々しい言葉を口にしながら俺は玄関先から奥へ引っ込む。そうしてそのまま文入れの花沢からの絵葉書をなるべく目に入れぬように取り上げると
「花沢より、私宛に私信が届いておりまして、」
 玄関先に戻り、
「ごくごく内輪の内容で恐縮なのですが、」
 これがなにかのお役に立ちますでしょうか。言いながら俺は、花沢からの絵葉書を追っ手のやつの目前に差し出していた。花沢を正しく導く事ができるのは、たった一人、俺だけなのだと堅く、硬く信じながら。

 刹那、葉書を差し出す、震える俺の指先が目に入る。何を震えることがある。驚いて見開いた俺の目に、びっしりと並んだ花沢の文字が映る。はっと息を呑む。俺は踏みにじっているだ。俺を信用し、俺との約束を果たすため、危険とさとりながらも潜伏先から俺のために送った、花沢からの想いを。
 まるで夢から覚めたようだった。花沢からの唯一の便りを、俺は手放そうとしていると、この時になって気が付いた。やっと正気に戻った心地がした。しかし正気に戻りはしても、もう遅いのだ。
 俺の差し出した花沢からの絵葉書は、震える俺の手から軽々しく取り上げられると、追手のやつの手下の下っ端(知らんがどうせそう)の胸ポケットにすっと手早くしまい込まれた。

 取り返せる可能性はすでになく、俺はこの瞬間、花沢を裏切ったのだ。
「私にも協力できることが他にあるかもしれない。逐一の報告をいただきたい。もちろん言える範囲で構わない。こちらからも情報をできる限り出そう。花沢を案じる友の頼みです。どうか、どうか」
 俺は、情けなくも、平静を装いながら追手のやつの手下の下っ端に、志願のふりでそう懇願していた。
 しかし花沢はこれ以上俺に頼りを寄越すとも思えないのだ。その程度の相手なのだ、花沢にとっての俺ごときは。潜伏先を伝えられる訳でもない、頼って助けを要請されるでもない。あの日の軽口での義理を果たす、それだけの間柄なのだ。
 恋慕も嫉妬も自覚してしまえば惨めなものだ。正しい正義などに塗り替えた己の醜いどろどろが情けなく、かくして追手は花沢に付き、潜伏先もすぐに割り出された。


******************


 あれからさらに数日の後。俺の手元に戻された件の絵葉書を弄ぶ。幾分角のかすれ、知らぬ微かな汚れのついたそれは兄弟の潜伏先への突入時、近くの旅館に建てられた対策本部へも持ち込まれたのだそうだ。そこには花沢のご母堂・花沢少将婦人もご同席なさっており、その際この絵葉書を目になさり、
「宛名のかたにお返しし、そのかたの手で焼却していただくのがよいでしょう」
 そう仰ったとのことだ。

 兄弟ふたりは尾形百之助の故郷のすぐ近くにぼろぼろの小さな空き家を借り、そこで生活をしていたのだという。絵葉書の写真の洋館はぶどう酒の生産会社のもので、花沢本人はと言うと、そこのぶどう農園の下働きやぶどう酒工場の工員として、実に楽しげに仕事をしていたのだという。
 やつの兄は例の北の動乱に巻き込まれ、そこでの怪我が元で片目は抜き出して虚となり、もう片方も大怪我が元で視力が弱まり、外で働く事などできなくなっていたようだ。
 そんな兄との生活を支えるため、花沢は日があるうちはぶどう農園で、夜深くなればぶどう酒工場で働き、借り屋に帰り着けば床板に敷いた薄い布団に、兄と二人でくるまり眠ったのだという。

 対策本部などおいてはみたものの、突撃してみれば借り屋はすでに裳抜けの殻。農家も工場もふたりで北へ行くと言っていた事以外、何も分からない状況らしい。
 これは、と俺は思う。
「やりやがったな、花沢め」
 この絵葉書は餌だったのだ。兄と共に逃げ延びるための。
 場所のわかる写真の絵葉書をわざと選んだのも、出奔してまだ間のないこの時期に送って寄越したのも、最初からその場所に引きつけ逃げるための、わかりやすい餌だったのだ。
 とにかく八方が塞がってしまい捜索はこれにて一旦打ち切り。花沢と兄の行方は本格的にわからなくなってしまった。

 拍子抜けしたようなそんな気持ちになって俺は写真を見つめる。人間として生きる選択をした花沢が、唯一送って寄越したその絵葉書の写真の表面に、不自然な透明な模様のようなものが走っていることに気付く。指先で辿ればやはりその部分だけ凸凹とした違和感がある。
 ふと思い当たって息を呑む。

 尾形百之助は一時期、パルチザンの男やその男の仲間の娘と行動をともにしていたはずだ。そして彼らの秘密の文章の伝達方法に、たしかそんなものがあったはずだ。俺は慌てて傍らのロウソクに火をつける。そうして手にした絵葉書を、焦がさぬように注意深く火にかざす。
 熱された紙の匂い。やがて白く微かな煙が上がると不自然な模様のような部分は焦げ茶色に焼け変色し、文字として浮かびあがった。

「貴様を頼る外なし 本文一見の上直ちに焼却せよ 他言無用 許せ」

 なにもかも花沢の掌の上だったということか。知らず痛快のような心持ちになり、笑った色のため息がでた。
 そうしてそのままロウソクで葉書に火をつける。
 しばらく焼ける花沢の文字を見つめる。きっともう会うこともない。共にどこかで知らぬ誰かになり生きて行くのだ。俺も死ぬまで生きてみよう。
 炎が葉書の半分ほどに達したのを見計らい火鉢に放り込む。やがて火も消えすっかり灰になるとさらに火箸でつついて形を崩した。
 これはつまり、俺を頼ってくれたという事で良いのだよな、花沢。この俺を、頼ったのだな、貴様は。すべてが報われたような気がして、つるりとした膝頭を撫でる。やがて紙の焼ける匂いも消え、外には春の夕暮れが横たわる。

******************

 荷馬車が跳ねて目を覚ます。いつの間にかウトウトとしてしまっていたようだ。こんな状況にもかかわらず、なんと緊張感のない。けれど己の迂闊さも豪胆さの裏返しのように感じ、そう思う自分におかしみを感じ、大きく伸びをすると花沢勇作は春の日向を胸に取り込み呼気として吐き出した。
 積み荷のぶどう酒と、かすかに隣の兄の香りもまじり、花沢勇作はふと微笑む。かちゃりかちゃりとかすかに音を立てるぶどう酒の瓶と共に兄弟ふたりで荷馬車に揺られる。

「もっと寝ていていい」
 疲れが出たんでしょう。目を覚ました自分に気が付いた兄がぶっきらぼうに優しさをにじませてくれる。荷馬車と自分と同じ振り幅で揺れながら、緩やかな日差しの中で風に髪を遊ばせる兄に
「お身体つらくありませんか、兄様」
 そう声をかければ
「万事快適、順調ですな」
 兄・尾形百之助は遅れ髪を撫でつけると片目の視線だけを彼に向け微笑んだ。借りていた小屋では追手の者たちが今頃大騒ぎしているだろう。
 世話になった農場や工場主のご厚意で出荷の荷馬車に潜り込みあの場所から逃げ出し、逃避行の真っ最中には似つかわしくないほど穏やかなものだ。勇作の母の手のものからの密告も逐一入り、本日未明の突入の計画も、兄弟には筒抜けだったのだ。勇作の施した微かな揺動も、最大の功を奏したようだし。

 ぶどう農園でもワイン工場でも勇作はよく働いたし、ふたりの身の上話にも皆痛み入ってくれた。なにより誰も読むことの出来ていなかったという露語のワイン製造書を借り受け兄の手により日本語へ翻訳し、書き付けてやった事が大変喜ばれ、かなりの対価も頂け、同時にふたりに対する好意を得ることもできた。
 さすがですと勇作が感心して言えば
『こんなもの、デタラメ書いても誰もわからん』

 自嘲する兄だったが、見た感じ勇作にもどう訳してよいかわからぬ文章も多々あり閉口したのも事実だ。しかし日を追うごとにそれらは日本語として意味を訳され、作業書としてもわかりやすく整えられ、兄の文字でびっしりと半紙へと並んでいくのだった。
 片目をなくし視力の落ちたもう片方の目で難儀しながら、使い込まれた露語の辞書をひきひき悪態を付き、翻訳の作業をすすめる。そんな兄を勇作は誇らしく、愛おしく眺めた。それとともに、技術も知識も兵器のひとつとして育て上げられてしまった彼が不憫でしかたなく、いたたまれなかった。

 いたたまれない思いにふと、古い友に送りつけた絵葉書の事を思い、勇作はさらに胸が重くなる。『微かな揺動』の元として、利用してしまった。
「彼には悪いことをしました」
 辛い立場に追われていなければいいけれど。知らず苦く微笑んで言えば
「あいつでしょう、あなたの取り巻きの、」
 兵舎であなたと連れ立っていると必ず睨まれたもんです。兄が思い出を語る口調の、悪口の顔で笑った。
「彼も今は傷痍を負って。どちらだったか片足の膝から先が飛んだはずです。彼の実家が持っている長屋で療養中で」

 療養。そこまで聞いた兄が揶揄の声色で笑うと
「形が悪くなりゃ遠ざけて隠す」
「兄様、」
 勇作が遮るも
「決められた役割だってんでしょう、わかってますよ、」
 結構なことですな。ふふんと鼻で笑うと髪をなでつけ首をかしげた。見上げる弟の顔が曇っているのがおかしいのか、覗き込んでしげしげと眺めてくる。

「絵葉書、なにも焼かせなくてもよかったような」
 覗き込んでくる兄の様子がおかしく、可愛らしく、救われたような気になりながら勇作はつぶやく。母にもそう言付けさせたが、隠し文字には彼自身で気がついたろうか。知らぬままに焼いた際に浮かべば謝罪の文章は読めなかったかもしれない。
「何を書いたか知らんが、餌にしたことを誤りたいのなら隠すしかないでしょう、隠した文字が現れたままのものを持ち続ければ今度は彼も危ういでしょう」
 何度も言ってるだろ。呆れたように肩をすくめる兄に、しかし、と勇作は思う。
「彼なら可笑しんでくれると信じてます」
「そういうもんですか」

 兄はあの追伸のことを知らない。背を丸め、顔をそむけた兄の身体を、背後から抱きとめる。兄が文句を言わないのは積み荷で隠れていることと、荷台が狭いから仕方ないという言い訳が成立しているからだ。
 まるで世界が輝いて見えるのが今だけだとしても、
「信じてます」
 ふたりでいれば全てを許してもらえるような気がして勇作は、けれどもう何も見たくないような心地もして、春の香りと兄の項に鼻先をうずめゆっくりと目を閉じた。遠く、百千鳥の鳴く声が聞こえる。




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