無双(赤焔)軸/ベレト未加入ルートで、EP.14のあとの話。少しだけ流血表現もあります。
1頁目がクロード、2頁目がベレトの話です。
@Bombwooo
肌を焦がすような熱風が吹き荒れる谷は、まさに煉獄と呼ばれるにふさわしい。呼吸をするたびに肺が灼けそうになる。
極端な暑さも寒さもひどく嫌うヒルダが、文句のひとつもこぼさず俺の後方に留まっている。主に似てわがままな飛竜も、静かな眼差しで遠くを見ていた。
少しして、背後で足音が止まった。いざという時の護衛を引き受けつつも、決して不用意に踏み込もうとしない彼女の底知れぬ思いやりに甘え、俺はただひとり、先へと進む。
赤茶けた岩肌の陰で、彼はうつぶせに倒れていた。
かつて最強と謳われた傭兵の面影はなく、血と灰に汚れた抜け殻がそこにあるだけだった。すでにいのちの熱が失われていることは、遠目からでも明らかだった。
途端に足元が覚束なくなり、無様に膝をつく。そっと肩に触れても、彼は動かなかった。
濁った目を見ていると、短くとも希望にあふれた日々が塗り潰されそうで、思わず俺は目を閉じる。もう二度と、あのまっすぐな瞳が俺を映すことはないのだ。
俺が、この人を戦に縛り付けた。命を奪った。
もしあの時、俺が彼を受け入れなければ。復讐心を利用しようとするのではなく、力ずくででも止めていれば。そうすれば、彼がこんな地獄の底のような場所で、ひとりで死にゆく結末は訪れなかったかもしれない。すべて結果論だと分かっていても、思考が罪悪感を反芻してやまない。
彼を抱き上げ、その胸に顔を埋める。矜持も、理想も、すべてがひどくちっぽけに思えた。ただ彼に生きていてほしかったという途方もない後悔だけが、業火のように身を焦がす。声を上げることも忘れ、肩を震わせた。
俺はいつまでも、冷たくなった身体を強く抱き締めていた。どれだけ泣いても、すがっても、彼はもう戻ってこないというのに。
『守れもせぬ約束をしおって』
頭の奥で響いた声に、自分は小さく息を吐いた。
『あの小童、おぬしが死ぬなどとはゆめにも思っておらぬのじゃろうな』
「…………」
『死地に赴く覚悟をしておきながら、ずいぶんと残酷な真似をするものじゃ』
「死ぬつもりはない」
短く返した言葉に、偽りはなかった。
『強がりを。自分だけが都合よく生き延びられる道理がなかろうに』
「彼との約束は、果たすつもりだ」
『あんな稚拙な返事が約束とは笑わせるのう』
自分には、これまで何かを成し遂げたいという理想はなかった。今だってそうだ。燃え盛る復讐の念だけが、空っぽだった身体をかろうじて動かしている。
だからこそ、あの男が抱える途方もない孤独や、危うい在り方に、どうしようもなく惹きつけられたのだと思う。損得や理屈でがんじがらめになっているくせに、どこか見捨てておけない脆さがあった。
珍しく人に本心を語ったと、照れ臭そうに笑った顔を思い出す。年相応の、あどけない笑顔だった。その笑顔を目にした時、ひどくやさしい気持ちになった。あれが居心地がよいということなのだと、後で知った。
すべてが終わったあと、彼が思い描く未来の片隅に、自分が立っていてもいいのかもしれない。行く当てがないのならと言ってくれた彼の声は、ひどく穏やかで、いつまでもそばで聞いていたかった。
あの瞬間の自分は確かに、復讐の果ての死ではなく、彼と共に戦い抜く生を望んでいたのだ。
けれど、ようやく見出だしたはずの未来へ続く道は、己の血とともに冷たい土の上へと流れ落ちていた。
視界の端から、少しずつ光が剥がれ落ちてゆく。胸にあったはずの確かな重みが砕け散り、失われてゆく命の熱だけがやけに鮮明だった。剣を握り続けてきたはずの掌には、もはや何の感覚も残されていない。
己の手の届かないところで、すでに戦いの結末は決まっていた。彼の思い描いた道筋をこれ以上ないほどに荒らし、不要な期待だけを押し付けて、自分は勝手に消え去ろうとしている。あまりにも身勝手で、取り返しのつかない裏切りだ。
彼がいま、どこでどんな顔をしているのか。想像した途端、かつて大切な家族を喪った時と同じ痛みが、ひどく鈍く胸を貫いた。ああ、そうか。これは。
凍てつくような寒さが足元から這い上がってくる。
薄れゆく意識の底に浮かび上がったのは、最後に見た彼の顔だった。
もう一度だけ、穏やかな時間に戻りたかった。彼にとっては、もしかすると悪夢だったかもしれないけれど。
そんな叶いもしない未練を胸に抱いたまま、自分の輪郭が次第に溶け落ちる感覚があった。それから、世界は静かに昏く沈んでゆく。