短いですが、おまけです。クロードの言う『責任』について考えるベレトの話。
@Bombwooo
翌朝。
あれから、自分は『責任』という言葉の意味を考え続けていた。
生涯にわたって自分の生活を保障するという、彼なりの不器用な誓約。過去の負い目を清算し、あらためて自分を懐へ引き入れるための言葉だ。そう解釈した自分は、彼が差し出してくれた契約に対し、果たすべき義務を全うしようと身を引き締めていた。
まずは実務の代行だ。彼が面倒くさがって放置していた書類を分類し、机に並べておいたのだが、執務室に戻ってきた彼はひどくばつが悪そうな顔をした。
「おいおい、なんだなんだ。ずいぶんと張り切ってるじゃないか」
「君の抱えている案件を整理しておいた。これで今日の午後は……」
「いや、助かるけどさ。そんなに気負わなくていいって」
呆れたように肩を叩かれ、どうやら仕事の補佐は彼の望む『責任』への対価ではないらしいと察する。早々に、出鼻を挫かれてしまった。
それからというもの、自分は明らかな迷走状態に陥っていた。
仕事が駄目なら、やはり雇い主の健康管理と身体の保護に目を向けるべきだ。そう考えた自分は、食事のたびに自分の皿から栄養価の高そうなおかずを黙って彼の皿へ移した。
「……あのさ、俺は育ち盛りの子どもじゃないんだが」
困惑するクロードに、「君の身体は君だけのものじゃない。倒れられたら困る」と告げると、彼は苦笑して「あんたの方がよく食べるだろ」と結局半分以上を自分の皿に押し返してくる。
どうやら、これもだめらしい。護衛という役割を差し置いても、自分はただ、彼に元気でいてほしいだけなのに。
またある日には、会社から客先へ向かおうとするクロードの背中を引き留めた。
「待て。外は風が冷たい」
そう言って彼の前に立ち、開いていたコートの襟元を引き寄せ、いちばん上のボタンまできっちりと留めてやる。彼が風邪を引き、つらい思いをするのを見たくはなかった。
「……あのなあ。これじゃあ首が苦しいし、第一、自分で留められるっての」
文句を言いながらも、彼は抵抗せずにされるがままになっていたが、その頬は少しだけ赤く染まっている。他にも、ハンカチを二枚持たせたり、マフラーの巻き方を勉強してみたり。いろいろと努力はしてみたつもりだが、細かい世話焼きは、おそろしく自分の性に合わない。
「……自分は、君の役に立てているのだろうか」
何をすれば正解なのかがわからず、少しばかり肩を落としてこぼした疑問に、クロードは困ったように眉を下げて笑うだけだった。
手探りのような空回りが続いた、ある夜のこと。
革張りのソファで端末を眺める彼の隣に座り、自分はついに降参することにした。
「……すまない、自分にはわからない」
「急にどうした」
「君が責任をとると言ってくれた以上、その期待に応えなければといろいろやってみたが……どれもうまくいかない。君は自分に、何を求めているんだ」
正直に打ち明けると、クロードは手元の端末を置き、納得したように笑った。
「近ごろやけに張り切ってた理由はそれか。あんたが頑張ってくれるのは嬉しいが、もとはといえば俺が声を掛けたんだ、簡単に切り捨てたりするわけないだろ。……俺はあんたに、完璧な付き人になってほしいわけでも、世話係になってほしいわけでもないんだよ」
「では、何を」
「何も。ただ、俺の隣でくだらない話をして、たまに俺の悪ふざけに付き合ってくれれば、それでいい」
彼はいったい何を言っているのだろう。それでは、なんの対価にもなっていない。
「待ってくれ。それは君にとってなんの利益にもならないだろう」
釈然とせず、思わず噛み付くように反論すると、クロードが目を丸くしてわずかに肩を跳ねさせた。
「君は昔から損得勘定に聡い男だ。あの言葉にも必ず何か別の意図、隠された条件があるはずだ。それは明確にしておきたい」
逃げ道を塞ぐようにまくし立てると、クロードはみるみるうちに言葉に詰まり、視線を泳がせる。
「あー……そういう堅苦しい解釈はやめてくれ。いや、言ったことを反故にするつもりもないが、まさかここまで色気のない雇用契約みたいに受け取られるとは思ってなかったっていうか……」
「自分の解釈は間違っているのか?」
「間違ってるに決まってんだろ。……そりゃあ、ずるい言い方をしたのは認めるけどさ」
唇を尖らせながら、ひとりでごにょごにょと言い訳をつぶやき始めた彼に、自分はどうにも納得がいかず眉根を寄せた。
「結局、君は自分に何を望んでいるんだ」
呆れまじりに問うと、彼はこれ見よがしに大きなため息を吐いた。それからこちらを睨むように見据え、半ば自棄になったように口を開いた。
「……あんたの全部だよ」
不意に投げられた台詞に、自分は言葉を失う。
「俺は昔から欲張りなんだ。責任なんて都合のいい建前でさ。要は、あんたとのこれからの時間も、心も、身体も、全部、俺だけのものにしたいんだよ」
耳のうしろまで真っ赤に染めながら、そんな途方もない要求をぶつけられる。
だが、切実なまでの宣告を受けても、自分の思考はすぐには追いつかなかった。
これからの時間と、自分の身体と、心がほしい――心というのはつまり、他の雇い主に心移りをしないでほしいということだろう。身体というのは、自分の労働力はそれなりに評価されていて、これからも彼のそばで身を粉にして貢献してほしいという意味に違いない。つまり、よそへ引き抜かれることなく、このまま彼のそばで働き続けることを求められているのではないか。
「…………」
「いまの顔を見てわかった。あんた、またずれたこと考えてるだろ」
クロードは呆れたように肩を落とすと、やがて観念したように、どこかおかしそうに苦笑を漏らす。
「どうしてそう察しが悪いんだろうな」
「自分は至って真剣に、」
「はいはい、そうだな。あんたはいつだって真面目に俺と向き合ってくれてる。嬉しい限りだよ」
彼はソファに深く背中を預け、やわらかな双眸でこちらを見つめながら、楽しげに口角を上げた。
「……しかし、あんたが俺の言葉の意味を理解するころには、ふたり揃って爺さんになってるかもなあ」