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ともだちの家(葬生存祝いペーパー、CPなし・台+葬)

全体公開 VWV 単発・短編 3 5 7063文字
2026-03-21 09:48:00

CPなしとして今回は書きました。9話、リヴィオがバイクで三番艦(ホーム)に向かった後の二人です。多分葬儀屋くんがヴァッシュに孤児院案内しているんだと思います

本、画像から少し修正しています

Posted by @neastrig

 
 トマ小屋には、雛どころか成鳥すら一羽とていない。敷き詰められた藁はとうに片付けられ、干からびた欠片が隅をにちりぢりに舞っていた。
 それはそうだと笑って、ウルフウッドは松葉杖によりかかる。どうも、まだ寝ぼけているらしい。その証拠に彼の脳はこの場所をこれでもまだ懐かしいと感じ取っていた。様変わりをしているというのに。ここも、自分も。
 見下ろしたのは、雛用の柵だ。あの頃は自身の胸よりも高かったそれはもう今や自身の腰ほどもなかった。年数なんぞ数えていないけれど、さてあれは何年前のことだったろうか。
「結構、大きいんだね」
 瞬いて振り返れば、トンガリ頭がウルフウッドを見て微笑んでいた。はてと首を傾げる彼に、ウルフウッドはなんでもないようにそろりと視線を元トマ小屋に戻す。小屋と呼ぶには広い場所が取られたそれは、当時の孤児院の収入源のひとつだった。
 それを説明してやれば、彼ことヴァッシュ・ザ・スタンピードは「なるほど」と頷きながらウルフウッドの隣に立ち、中を覗く。何もないというのに彼は「この広さなら確かにそこそこの実入りはありそうだ。でも、管理大変だったんじゃないか」とまるで今もここが盛況かのように話すのがおかしくて、鼻で笑いながらもウルフウッドも乗ってやることにした。
「おん。ここでな、ワイらが面倒見とってん。餌やりと水やりは交代制やけど、柵ン中入るようなんは年長の当番やったな。慣れんとまあ下手なガキより手間かかるから」
「その口ぶりだと、君が年長当番だったんだ」
「せや。ちゅうても、歳なんて数えとらんガキがほとんどやったから判断基準は背丈と中身。おばちゃんが決めた便宜上の年長やけどな。背ェだけならもっとデカいのもおった」
 あの子供らの中に、その一人二人がいたことは口にしない。あまり、そのあたりの話をこの男とする必要性をウルフウッドは感じていなかった。隠す気もないが、重要とも思えなかったのだ。
 だいたい、改造を抜きにしても当時のウルフウッドは発育がよくなかったのだ。今では考えられない話だが、孤児院に来たばかりの頃の彼はちんまりと小柄で、その後もなかなか育ちはしなかった。そのくせ、最初の内から口達者でよく噛み付く彼にメラニィは手を焼いたのだとか。
 改造云々を抜いてその話をするウルフウッドのそれが伝聞調なのは、本人すら覚えていないからだ。それを察したヴァッシュは、想像とあわせて笑ってしまいそうになり、小さく震えて堪えながら辛うじて感想を述べる。
「君、意外と面倒見いいもんね」
「意外ってなんや」
「いやいや、お兄ちゃんって思われたんだろうってこと。背が伸びなくてもさ」
 はあ、とヴァッシュはまだ出てしまいそうな笑いを押し出すように長く息を吐く。そしてトントンと柵を叩いた。ウルフウッドがそれに頷いて見せれば、はにかむように笑いながらいそいそと柵を開けた。あの頃にあった鍵は、すでになかった。
「ここは雛集めとったとこ。隣が成鳥。間の、雛がちょっとデカなったのは向かいの別小屋に入れることになっとるけど、さすがに雛全部は育てきれんから育つ前に売るのが七割おったかな」
「へえ。結構な数いたんだ? 」
「いつもやない、決まった時期に雛増やすんや。トマが卵産むんは二日にいっぺんやからな、増やそうと思えばいくらでも増やせんこともないけど、ガキが面倒見るのも限度がある。入れ替わりもそこそこある孤児院やったから雛増やさん時期に次の当番四、五人決めてそこから残ったのが雛おるうちにまた他の子らに教えて、雛おらん時期にまたその子らが教えるんや。ちょっとした伝統みたいになっとったんやで」
「それはすごいや。やっぱりリヴィオにも教えたの」
「そりゃな。やのに、あいつ……いや今更言うてもしゃあないけども」
「ふふ、彼も気にしてるんじゃない? 今朝だってあんなに張り切っていたわけだし。バイク、ひっくり返ったけど」
「オンドレもやろがい」
「はは、いやあ面目ない……
 雑談を重ねながら、ヴァッシュは藁の欠片だったものを拾って指で磨り潰してみたり、ひび割れた壁のしっくいを撫でたりしていた。
 時に何もない隣を覗き込んでキラキラと目を輝かせるものだから、もしや一羽二羽いるのではないかと錯覚をしてウルフウッドは松葉づえに乗るように背のびをしたが、やはりそこには空っぽが続いているだけだった。
「そういえば、そんなにトマいたのに君ってトマに乗るのは慣れてなかったよね。あまり機会はなかったの? 」
……ガキん頃やらかな。さっき言うたやろ、チビだったんや。だいたい長距離やないから移動させるなら乗るより手綱引いたほうが早い」
 加えて言えば、トマは足がつきやすいためパニッシャーとしての単独行動で選択肢に入りづらかったのだけれども。ウルフウッドはもごりと事情を口の中で溶かした。あまり楽しくもない話を、今この男としたくはなかった。
「それを言うなら、オドレもなんやねん、あのバイクの腕は。砂蒸気でぴかぴか光るロストテクノロジーのコンソールはひょいひょいいじる、トマの扱いもお手の物やっちゅうのになんで鉄のトマやと急にめちゃくちゃになるん」
 百五十年もあれば経験くらいあるだろうにという彼の言外の言葉に、今度もごりと口を動かすのはヴァッシュである。ヴァッシュは目をそろりと泳がせながら「先に、トマに慣れちゃって」とやっと口から言葉を這い出させたが、尻すぼみのそれは十分弱弱しかった。
「いやあ、そのね? 機会がなかったわけじゃないんだ。ただ、ホームを始めとした第一世代のみんなとはなるべく『プラントの負荷を減らすために移動手段も可能なものは他で代替しよう』って方針を立ててたんだ、当時はね。それで、地球からコールドスリープしていた家畜のうちこの星に一番馴染んだトマは特に都合がよかったもんだから、」
「で、トマにばかり乗って、いざバイク乗ったらあの有様と」
「ホーム出ていた時期も、トマがいなくてバイクがあるなんて場面、まずなかったからね」
「言うて限度があるやろ……
 話しながら、順番に開けて成鳥の小屋も見て回った。だが、中身は同じようなものだ。
 大きなトマが代替わりしながらも悠々としていた個室はいずれも空室で、次のトマを迎える準備すらできなかった。彼等の水入れもずっと昔に渇いたらしく壁や地面と色の違いすら見つけられない。砂で、白く煤汚れていた。
「トマがいたら僕もホームに付いていってあげられたかなあ。いやそれより卵で食料を増やしたかな」
「どっちも無理やろ。よくてトマ肉にして食うのが関の山、一日でも飲ます水なんぞあるか」
「あー、砂漠にいるときと違って拠点だとすごく食べるし飲むもんね、トマって。やっぱり溜め込んでるんだろうなあ」
「まあ、貯めこみならおばちゃんもトマと張れるけどな。トマがすっからかんなのも、きっと早くに逃げた連中に吹っ掛けて水と食料に変えたんやで、おばちゃんが。方舟があちこち行っとった期間を考えたら今日飯と水があることすら奇跡や。せやのにまだ数日持つちゅうんやから驚くわホンマに」
「肝っ玉って感じだもんね」
 話を聞きながら「なるほど、ウルフウッドの親御さんだ」と納得してヴァッシュはとうとう辿り着いてしまった端の空き室の、広場に戻る柵のかんぬきを外した。ばらばらと落ちる砂が、最後にトマがいた時期を教えてくれるようだ。
 ヴァッシュは自身の指を白く染めるそれに目を細めて、しかし外したものをわきに立てかけて柵を押した。ぎしぎしという音は、柵の隙間の砂が押し出されて落ちる音だろうか。
……子供らもな、多分ちぃと減った。悪い意味だけやないで。赤ん坊とか、逆にそこそこデカいのがおらんかったやろ? 赤ん坊は意外と金持ちで歳食った夫婦がもらいに来ることあってな、多分早いうちに避難した連中が引き取っていったんやろ。本人が物心つく前がほとんどやし、赤ん坊は特におばちゃんが厳しく相手見るから戻ってくることはまずない」
 ワイが面倒見てた赤ん坊がなあ、一歳で引き取られてぎゃんぎゃん泣いとったのに、手紙寄越したんはそこのジジババ夫婦だけやったんやぞ。ウルフウッドは恩知らずめと言いながらもけらけらと笑う。
「そんでデカいのはっちゅうと、ある程度育ったら街に出るのが決まりや……基本はな。例外は多少あるが。外で労働力になって、まあ大体がそれきり。金稼いだら最初戻すヤツもおらんでもないけど、基本は音沙汰もなくなるのが常や。便りがないのは良い報せ、なんておばちゃんはよう言っとったが、どうだか」
……でも、君は帰ってきただろう」
 ヴァッシュは、言ってまだ内側にいるウルフウッドを振り返った。
 外側にいるヴァッシュと異なり、まだ辛うじて柵の向こうの彼は、ちょうど影と日光の狭間にいた。
 特に今日は日が強いからだろうか、日向と日陰のコントラストは特にがらりと変わって見える。光の側は硝煙のように白く、影の側は夜空のように黒い。そんな彼の頭部と同じように、表情すら違って見えた。
「ね、これって三年前も言ったかな。友達が僕のホームに来るなんて経験、君たちが初めてだったんだけども」
 それはきっと、言われていないだろうな。ウルフウッドは視線をここまで通ってきたトマ小屋の中に向ける。
 確かに友達がどうとあの頃も言われた覚えがあるが、この男からではなくルイーダかブラドの口からだったはずだ。そうでないなら、ムキになっていたまだガキの自身が平静でいられたはずもない。当時を思い出せば鈍いやっちゃなと笑いが出そうになるは、仕方のないことだろう。
 おどれの口から聴いたのは初めてやな。そう言ってやりたいのを辛うじて耐えたウルフウッドは「まあ、あの艦に人間招くこと自体ほとんどないやろ」と当たり障りのない言葉に変えて口に出してやった。
 ヴァッシュはウルフウッドの飲んだものを知ってか知らずか「訪ねてくるのは、この艦の家族か他の艦の人たちが中心でさ、あとは出ていた時期のほうがずっと長かったから」と嬉しそうに話を続けた。
 ヴァッシュは思い出したように二歩移動して柵の前を離れる。その頭には、きっとここ数日で一番に熱いだろう日光が降り注いで、まつげにだって影を作った。ヴァッシュはじわりと焼かれるそれを心地良くさえ思う。
 きらきらと輝くようにきっとウルフウッドも思っていただろうが、ヴァッシュからしても今の目の前の景色どれもが輝いて見えた。それは、舞う砂埃の反射だと言われてしまえばそれまでだろうけれども。
「今思うと、ちょっと恥ずかしくもあったんだよね。自慢の我が家、自慢の家族なんだけどさ、ほら、情けないところも結構見せただろう」
 義手直してもらったりとか。ヴァッシュがグリーンのそれを振ってみせれば「オドレが情けなくなかったことのほうが少ないやろ」と無情な友人は事実を並べて鼻で笑うのだからちょっとツレない。
 ヴァッシュは、ウルフウッドをまっすぐと見た。言葉はないが、それで十分通じたはずだ。その証拠に、ウルフウッドは口を少し突き出して考えるような素振りだけ見せたが、結局ゆっくりと松葉杖を突きながら影の外へ、燦燦と日が落ちる中庭へと移動をした。
 そしてヴァッシュに並び立つと、向きを一人でゆっくりと変えて教会の扉に身体を向ける。ヴァッシュはその背中を、じっと見つめた。
 ひょろりと伸びた背はあれで体幹がいいらしく、いつもあの大きな十字架を抱えているわりにまっすぐだった。しかし今は十字架もないのに少し斜めだ。黒かった髪は、やはりこの明るい場所に出ると一段と輝いて、そのくせ眩しさまではいかない明るさを帯びている。
 ヴァッシュは何に似ているだろうと考えた。先程は硝煙と思ったが、それよりも近いものがある気がした。なんだろうと考えてからまたトントンと跳ねるように振り返った彼の口元を見て「ああ」と思いつく。
 多分、タバコの煙の色だった。いつでも咥えた彼のそれは、夜の砂漠ではほんの少し暖かく見えたのを覚えている。多分、それはそんな煙のような色だった。まだ長い紙タバコは暢気なもので、まだいつまでも消えないと当たり前の顔をしているのがヴァッシュには喜ばしい。
「ね、まだ君の部屋って残っているかな。ほら、僕の部屋には招待したんだし、君の部屋にちょっと興味があるんだけど」
「何年経ったと思うとるんや、おどれは。残っとるわけないやろ、次の子の部屋になっとるから跡地だって案内せんぞ」
「えー」
 肩を落とす友人に、松葉杖の青年はクククと肩を震わせて笑う。それほど楽しいものでもないだろうにと思うが、気持ちがわからないでもないのが不思議だった。
「まあ、それでもここは、残っとったんやけどな」
 三年前、ウルフウッドは契約をした。この孤児院があるホープランド、そしてその周辺で巡礼――プラント強奪だ――をするなというものだ。条件はヴァッシュ・ザ・スタンピードの案内と子守。完遂こそしたが、正直を言えばウルフウッドはこれが守られるかは五分五分程度に考えていた。コンラッドはともかく、レガートらが従う気がしなかったのだ。方舟に侵入した後も、正直なところホープランド周辺に攻め込むようであれば身の振り方を考える必要があるかと警戒すらしていた。
 だが、意外にも彼らは約束を守って一度もこの周辺に方舟を寄越すことはなかった。近隣に脱出したあの当時とてプラント強奪をひと段落させて何やら次のフェイズの準備をし出してからのことである。結局、皮肉にも方舟が来ないと知らない連中がプラントを持ち去ってしまったのだが。
 徒労といえばそれまでだろう。けれども。
「頑張ったんだね、みんな」
 それでもその日までこのあたりが平穏だったことを、ウルフウッドはほんの小さな部分で誇らしく思っていた。せやろ。ヴァッシュの言葉に頷いた。きっと彼の言葉は、自分ひとりに向けられたものではないのだろうけれど。それが、意外にも嬉しいウルフウッドである。
「で、トンガリはトマ小屋で十分なんか。オドレはトマお上手やもんな? おらんくて残念残念」
「またそういう意地悪を言う」
 ウルフウッドは、器用にも後ろ向きのままカッカと松葉杖を弾ませて扉に向かって後退した。今にも転びそうではらはらとしながらもヴァッシュは手を出さず、腕一本分の距離で後に続く。
「冗談や、おばちゃんにも言われとるし、ここから数日とはいえここで一緒に待機するんやし。新入りの子への案内もしとったから、最低限は教えたるわ」
 ウルフウッドが、ちょうど孤児院兼教会の、恐らく教会スペースの扉前にきた。古びたそれはトマ小屋と違って砂での汚れはそこそこで、戸も不自由な彼でも楽に開くほどスムーズだった。日の光が差し込むそこは、やはり埃が舞ってきらきらしていたけれどよく磨かれた長椅子が並んでいる。そこだけ切り取れば、厳かな物語の一ページのようだった。
 ほれ、と扉を開け切って寄りかかったウルフウッドが顎で中を指す。ヴァッシュはむずがゆく笑いながら、それに従った。
……お邪魔しまー、す………
 足を踏み入れる。急に緊張しだして、ヴァッシュはまるで賞金稼ぎから逃げ隠れるかのように腰をかがめた。そして影で涼しい内側へと入っていく。
 それに朗らかな、しかし小さな笑いが投げかけられる。ヴァッシュは少しかがんだまま、その笑いのもとへと顔を向けた。
「おん、……ようこそ」
 にかりと笑う顔は、屈託ないという言葉が似合いのものだった。サングラスの向こうで細められた目が、血の通った頬の色が、覗いた犬歯が、確かな友好を乗せている。随分弱っているはずの男なのに、随分と生き生きとした様子はご機嫌そのものだ。
 もっとも、この後すぐに「おらはよ進め」と扉に寄りかかったまま松葉杖で突かれたので気のせいだったかもしれないけど。
 それでも、嬉しいな。
 言ってやりたかったが、この感想を声に出せばまたあの男はバランスを無視して突いてきそうだった。だから、ヴァッシュは、「お邪魔します」ともう一度だけ噛みしめるように口にする。むず痒さは退くどころか増すばかりでやはり杖で突かれたのに、けして悪い気はしない。
「ね、それで元君の部屋はどのあたり? 場所だけでも教えてよ」
「ヒトの話聞いとったか? 今は違う子の部屋や言うとるやろ」
 あと数日もすれば、世界の危機へと、目を背けることも許されない罪へと向かうのだ。その事実を語りかけるように、今日も差し込む日差しは強い。
 だがしかし。ヴァッシュは目を細める。それは、閉じていく扉の向こう、その日ゆえではなく、空の青さゆえだった。
 旅が終わる。
 まるでそう語り掛けてくるような深い色に、ヴァッシュは人知れず頷いた。そしてすぐに、口とは裏腹に中へと進んでくれていた友達の後を慌てて呼び止める。残念ながら止まってもくれなかったけれど。
 そう、旅は終わる。だけど日々は終わらない。
 ヴァッシュは、未だ書き込まれない明日に胸をざわつかせながら、確かに揺れる白い後ろ頭を、今は楽しい気持ちを認めながら追いかけていた。

 昼下がり。移民船団到着まで既に一週間を切っていた日のことだった。






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