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燠(レトクロ)

全体公開 レトクロ 2690文字
2026-03-21 22:39:01

無双軸(赤焔&黄燎)で、それぞれ「出会いたてのクロードにとりあえず敬語を使うベレト」の話。

Posted by @Bombwooo

【赤焔】
 慌ただしい陣営の片隅で、新たに加わった傭兵との打ち合わせが続いていた。
 周囲を行き交う兵たちの喧騒をよそに、ベレトは簡素な机に広げられた地図を見下ろしながら、淡々と状況を報告している。
「配置ですが、自分たちは遊撃に回るべきかと考えます。……盟主、様? いや、同盟……の意向に合わせますが」
 どうにも、言葉の端々にぎこちなさが漂っている。
 傭兵が雇い主に丁寧な言葉を使うことは珍しくない。しかし、この男の場合、単に礼儀正しいというよりは、相手をどう呼べばいいのか分からず、無難な言葉でごまかしているような不自然さがあった。
「報告ありがとう。……それより、ずっと気になっていたんだが」
 クロードは苦笑交じりに言葉を遮る。
「そんな堅苦しい喋り方、やめにしないか。敬語なんて柄じゃないだろ。それに『盟主』だとか『同盟』だとか、肩書きで呼ぶのもなしだ。あんたたちには、うちの主力としてこれから存分に働いてもらうつもりなんだ。もっと気楽に接してくれないと、こっちの肩が凝る」
 ベレトは不思議そうに瞬きを繰り返す。
……本当によいのですか」
「ああ。俺はそういう形式ばったのがいちばん苦手なんだ。普通で頼むよ、普通で」
 大袈裟に肩をすくめてみせる若き盟主に、ベレトは小さくうなずいたのち、表情ひとつ変えずに、きわめて平坦な声で告げた。
「分かった。先ほどの件だが、君はどう考えている」
 躊躇すら見せない、見事な切り替えだった。
 敬語の欠片もなければ、雇い主に対する最低限の遠慮もなかった。言われたから即座に従っただけなのだろうが、その極端なまでの順応性に、クロードは思わず目を見張った。
「ええと、そうだな……って、いくらなんでも適応が早すぎないか? 普通、もっとこう、段階を踏むというか、」
「気楽に接しろと言ったのは、クロードのほうだろう」
「いや、そうなんだけどな? 俺が言いたかったのは、こっちの心の準備の問題で……
「心の準備が必要なほど、自分はおかしな態度をとっているのだろうか。君が『普通で頼む』と言ったから、自分の普通に合わせたまでだが」
……
「何か間違えていたなら謝る。どこをどう直せばいいか教えてほしい」
 澄んだ眼差しで見つめ返され、クロードは完全に言葉を失う。
 相手には微塵の悪気もないどころか、気難しい雇い主の要求にどうにか応えようと、ただ実直に答えを待っているのだ。こうなると、距離を詰めろと言っておきながら勝手に戸惑って文句をつけている自分のほうが、ひどく面倒で筋の通らない人間のように思えてくるから理不尽極まりない。
……いや、間違ってない。あんたは何も間違ってないよ」
 これ以上何を言っても墓穴を掘るだけだと悟り、クロードはひどい居心地の悪さに首の後ろをかきながら、逃げるように再び机上の地図へと視線を落とした。



【黄燎】
 かつて死線を交え、互いの命を削り合った灰色の悪魔を陣営に迎えてから、初めての夜。
 夜の帳が下りた連邦軍の野営地で、クロードはひとり焚き火の前に腰を下ろしていた。赤く爆ぜる炎を見つめていた視界の端に、不意に、音もなく現れた気配が立ち止まる。
「周辺の警戒を終えました。敵の伏兵らしき影はありません」
 淡々とした報告に顔を上げると、夜闇に溶け込むような暗い外套を羽織ったベレトが、無表情にこちらを見下ろしていた。
「助かったよ、ご苦労さん」
……明日の進軍についてですが。我々傭兵団の配置について、レスター王のご意向をうかがいたく」
 無機質で、どこかひんやりとした声だった。
 連邦国を興し、王という立場になった以上、周囲からそう呼ばれることにはとうに慣れている。しかし、この男の口から放たれるとひどく居心地が悪かった。敬意というよりは、かつての敵対関係からくる明確な境界線を引き、無難な肩書きで距離を置いているような不自然さがある。
 クロードは小さく息を吐き出すと、揺らめく炎から彼へと視線を移した。
「なあ。そういう他人行儀なのはやめてくれ。俺にはクロードという名前があるんだ」
 唐突な言葉に、ベレトはわずかに目を瞬かせる。
「確かに、少し前まではあんたとは敵対していたわけだが、今はこうして味方同士だ。いつまでも『レスター王』なんて堅苦しい肩書きで呼ばれると、こっちの背中がむず痒くなる。あんたたちには、これからどんどん働いてもらうつもりなんだから、無駄な遠慮はなしだ」
 ベレトは何も言わず、ただ黙考するように視線を落とした。揺れる炎が、端正な顔立ちに深い陰影を落としている。新たな雇い主の言葉の真意を、彼なりに測っているのだろうか。
 やがて顔を上げた彼は、これまで保っていた傭兵としての隙のない立ち姿を、ふっと緩めた。
 そして歩み寄ると、クロードのすぐ隣へ、なんの断りもなく腰を下ろす。わずかに身を乗り出せば肩が触れ合いそうな距離だ。
……わかった。それなら、クロード、」
 先ほどまでの冷ややかな敬語は跡形もない。そればかりか、ひどく滑らかな発音で名前を呼ばれ、クロードは思わず目を丸くした。
「さっそくだが、明日の配置について君の考えを聞かせてくれないか。……それと、この火に当たっても構わないだろうか。夜風が冷えてきた」
 かつての敵に対する最低限の遠慮も完全に消え去り、まるで古くからの知り合いのような顔つきで火に手をかざそうとしている。
 あまりにも極端な切り替えと、間近に迫った慣れない気配に、クロードの思考はまとまるどころか散らかるばかりだった。
「お、おう。好きに当たってくれ……
 困惑も露わに身を引きかけると、火にかざしていたベレトの手がぴたりと止まった。
 彼は炎越しにクロードを見つめ返し、わずかに眉根を寄せる。本気で理解に苦しむと言わんばかりの、呆れを含んだ顔だった。
「さっきは遠慮するなと言わなかったか。いったいどっちなんだ」
「いや、それはそうなんだが……
 一切の混じり気もない正論をぶつけられ、クロードは完全に言葉を失う。
 歩み寄ろうと提案したのは自分だ。しかし、見えない壁をそっと取り払うつもりが、壁の向こうから扉を蹴破ってずかずかと踏み込まれたような気分である。
 呆れたような視線を向けられ、行き場のない右手が空を切り、最終的に降参するように自身の額を押さえた。
 薪が爆ぜる音だけが、気まずい沈黙を埋めてゆく。隣ではかつての宿敵が、雇い主の狼狽など気にも留めない様子で、焚火のぬくもりを堪能していた。


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