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SFパロのようなもの

全体公開 10 6230文字
2026-03-22 00:02:22

CP想定
・戸×一刻さんに先立たれた未亡松(大人ver)
・高×ミズキさんに先立たれた沢(見た目は十代半ば想定)

Posted by @ice_era_R

 松岡さんに導かれてやってきたのは、廃墟の一隅。
灰色の瓦礫が一面に広がる町並み……というより町並みの残骸の中、その廃墟はまだ何とか、建物の面影を残している方だった。瓦礫に半ば埋もれた伝統家屋、元は広めの邸宅か、そうでなければ個人経営の旅館か、そんな感じだろうか。
「下駄のまま上がって。……危ないからね」
 僕の方を振り向かないまま、松岡さんは柔らかい口調で僕に告げる。そして何の迷いもなく廃墟の玄関を開けて、進んでいく――真っ黒い着流しをまとった細い背中は、煤けた風の中でも揺るがない。
 ……端から見たら、妙な二人連れに見えるだろうか。僕の服装は、いつもの黒地に黄縞のTシャツの上から、黒いパーカーを羽織っただけだ。そして軍の横流し品のカーゴを履いていながら、足は下駄。
 ついでに見た目の年齢は、松岡さんは二十代の終わりか三十代の初め、僕は十代半ばくらい、と言われることが多い。顔は割と似ているから、きっと兄弟には見えるかもしれない。

 僕は黒い背中を追って、廃墟の中に入り込む。松岡さんが下駄のまま上がれと言った理由はすぐ分かった。床は酷い状態だ。割れたガラスに陶器の破片、壁の残骸、所々に血の跡。爆撃を受けてから、掃除の手は入っていないらしい。残骸に混ざるように放置されているのは、砂埃に包まれた、無機物ではない何か――でも建物の構造はとても頑丈らしく、崩れかけの壁から鉄骨や柱が剥き出しになっている場所はあっても、今以上に崩れる気配はない。
 ガラスを失った窓枠から差し込む月光は、月齢十六くらいだろうか。僕たちの目なら、状況を見通すのに支障はない。
 幾つかの廊下の分岐を、松岡さんは迷わず選んで歩いていく。明らかに、内部構造を知っている歩き方だった。僕は黙ってついていく。

 瓦礫と下駄の立てる音が響く中、松岡さんの声が聞こえてくる。
……ここはね、ぼくとあのひとが、最後に遊びに来た場所なんだ」
 懐かしそうな声音だ。歌のようにも聞こえる。
「平和だった頃、ここはあのひとの知り合いが経営しているお店で……店主は画商兼骨董商、って言ってたかな。正しい分類はよく分からないけど、まあとにかくあの時代の、そういう趣味人の社交場でもあった。あのひとはここの古株だったんだ、表の商売で、古本を商っていたからね。嬉しかったよ、あのひとは、ぼくを……ここに集った皆に、伴侶だと紹介してくれたんだ」
 声に微かな明るさが混ざる。本当に、嬉しかったんだろう――それが思い出の中のものであっても。
「今から思えば、それも……仕事の利益の為ではあったんだと思う。それでもね、ぼくは嬉しかった」
……そう、なんですね」
 だけど、と続いた声は、穏やかでも悲しげだ。
「この店に集ったひとは、もう誰も生き残っていないんだ。ぼくを除いて、ね」

 僕が息を呑むのと同時に、視界が一気に開ける。中庭――何と言う様式なのかは分からない、でも爆撃に晒されても何とか原型を留めている石や、ちいさな水の流れが、かつてここが日本家屋の庭園だったことを証明していた。
 庭に降り立った松岡さんは、小さく息をついた。懐かしそうに、悲しそうに、そしてどこか……嬉しそうに。
 そして岩の一つに歩み寄ると、膝を折り、乾いた苔の張り付くその岩を、愛おしげな仕草で撫でる。
 ただいま、……そう唇が動くのを、僕は黙って見守った。
 松岡さんがそう言う相手はひとりしかいない。
 その岩の下に誰が眠っているのかなんて、言われるまでもなかった。

 数度岩を撫でて、再び松岡さんは立ち上がる。
 そして僕の方を真っ直ぐ見据えて――僕と同じ色をした隻眼が、微かに揺れる。
「ねえ、沢城君。……あの休戦協定の話、ぼくの方でも裏は取れたよ。君ももう、高山君から聞いているよね?」
「聞きました。アマツヒの倉庫から帰ってきたとき……
「そう。独立武装勢力『アマツヒ』、その裏の顔が、ぼくらを生み出した研究機関『ホアカリ』だ。……生体兵器ニカギロイ、その名の意味は『贄の陽炎』。ぼくらは最初から、この戦争の贄として生まれた存在、のはずだった」
「『あのひと』と、水木さんがいなければ。……あなたと僕は、贄で終われたはずだった」
 呻くような松岡さんの声に釣られて、僕の声も自然と苦くなる。
 一瞬だけ目を閉じる。

 この世にたった六体だけのニカギロイ、僕が直接知っているのは、僕自身を含めて四体。
 戸田、松岡、高山、沢城――全部、人間の中に紛れる為の、仮の名前だ。
 僕らが錆びた青銅の刃を持てば、それはステンレス鋼をへし折る凶器になる。小さな拳銃<デリンジャー>を握れば、弾数無限の大きな拳銃<デザートイーグル>に化ける。手榴弾の一個が数倍の火力を宿し、迫撃砲を持てば、補給不要の戦車の主砲になる。そして、やったことはないけれど、僕らが核兵器の発射ボタンを押したら、それはきっと――

「きっと甘過ぎたんだ、あのひとも、『水木さん』も。ぼくらに情をかけるあまりに、ぼくらを贄にはできなくなった。それで死んじゃうなんて馬鹿だよ、……本当に馬鹿だよ」
 松岡さんは涙声になっていた。僕も喉の奥に痛みが走るのを感じて、言おうとした言葉を呑みこむ。
 ――生き延びるべきは僕らじゃなかったのかも、なんていうことは。

 六体のニカギロイ、そのうちハンドラーと呼ばれる『制御者』の存在を前提にしているのは、僕と松岡さんだけ。
 僕と松岡さんには、ハンドラーの意志を優先するための遺伝子プログラムが組み込まれている。だから、ハンドラーに逆らう決断ができない。逆らおうとすると、意識が“落ちる”――記憶の全てを漂白されて、新たなハンドラーを待つだけの命になる。
 でも、僕のハンドラーの水木さんは殺され、松岡さんのハンドラーの『あのひと』も死んでしまった。
 だから今は、松岡さんは戸田さんを、僕は高山先輩を仮のハンドラーとして何とか自分の意識を維持している――ハンドラー不在の状態が数年単位で続けば、いずれ僕らの意識は少しずつ崩壊していく。それを防ぐ為に、ハンドラーが“引き継ぎ”をせずに死んだ場合のみ、僕ら自身の意志で仮のハンドラーを選べる。
 しかし、仮はあくまで仮に過ぎない。本来のハンドラーがいる場合に比べると、能力が不安定になったり、生体エネルギーの均衡が破れやすい状態になってしまう。僕と松岡さんは、そういう“見えざる敵”とも戦っている。

 数秒の沈黙を経て、僕は何とか代わりの言葉を吐き出した。
「休戦協定の件、……おそらく間違いはないでしょう。もう時間はないと思います」
……うん。どの勢力が提案するかは分からないけど、ほぼ間違いなく、休戦の条件に“ニカギロイの引き渡し”があるはず」
「そうなれば、みんな、引き離されますよね……きっと」
 戦争が続いている今はいい。でもいずれこの戦争が終われば、戦場で破壊の限りを尽くし、更に新たな火種になるであろう僕らに、生きる場所があるとは思えない。
 それでも、ハンドラーの存在が前提の僕と松岡さんだけなら、引き渡された先の国に恭順を示せば、生かしてもらえる可能性はそこそこ高い――でも、残る二人は。

……沢城君。ニカギロイは、生き延びるべきだと思うかい?」
 さっき僕が呑みこんだ言葉が、まさか伝わってしまったとは思わないけど――微かに涙を浮かべた松岡さんから、逃げられる気はしなかった。
 考える。真っ直ぐには、答えられない。
 だから問い返した。
「それは、……誰にとって、ですか」
「ぼくら自身にとって」
 ニカギロイ、破壊する為だけに生まれた生命体。でも、全員が同じじゃない。
「僕ら自身。……僕と松岡さん、ですか。それとも戸田さんと高山先輩まで入れて、ですか」
 松岡さんは苦笑した。いつか記録映像で見せてもらった、『あのひと』にそっくりな笑い方で。
……うん、卑怯な聞き方だったね。ごめん」
「いえ……
 それきり言葉は出てこない。
 何も言えない僕を責めるでもなく、松岡さんはそっと目を伏せて、やがて静かな声で話し出した。
「アマツヒが講和を結びたいなら、きっとぼくらを狩り出すはずだ。四人だけでこの国の全てを敵に回したら、逃げるにも限度がある。そうして引き渡し先がこの国の政府になるのか、それとも隣国の方になるのかは分からないけど、……ぼくらはバラバラになるだろう。そしてどこに引き渡されるにせよ、ぼくと沢城君はともかく、あと二人は確実に殺される」
……ですね」
「でも、そうすれば確実に、休戦協定は結ばれる。……周囲の勢力の動きを洗ったけど、やっぱりもう、この国も隣国もアマツヒも、この不毛な消耗戦を終わりにしたいと思ってる。ただその理由がない、誰も“拳を下ろす”言い訳ができない」
「だから、アマツヒが僕らを差し出せば、国二つは大人しく引っ込むだろう……って、戸田さんも言ってましたね」
「うん。現状、一番丸く収まる道はそこだろうって、……きっとあのひとも、生きていたらそう言っただろうね」
 僕は黙って頷いた。水木さんならなんて言うだろう? 考えてみたけれど、すぐには思い浮かばなかった。……不器用で、とても優しい人。唯一、僕を温かく包んでくれた人。
「あのひとは戦争を終わらせたがっていたから。君の『水木さん』も、それは同じだろう?」
「水木さんは、……一介の、アマツヒの構成員でしたから。そこまでいろいろ考えていたかどうか、分かりませんけど……でも確かに、戦争を終わらせる方法があるなら、終わらせたいって言うと思います、多分」
……そうだよね」

 だから、僕たちは今、かつてハンドラーだった人間に逆らおうとしている。
 平和を望む、大事な人の意志を踏みつけて、生き延びようとしている。
 仮のハンドラーを得た今だけ……今だからこそ、可能になっていること。

 松岡さんは、さっき愛おしそうに撫でていた庭石の前に、再び膝を折った。
 そして、苔むした表面に左手を宛てて――その手の甲を透かす、かすかな光。ニカギロイのエネルギー発動だ。
 ほどなくして唐突に、石の一隅がぱかりと割れて、中の空洞からカロートペンダントらしきものが三つ、出てきた。
 僕の手のひらで握れそうなくらいの大きさで、円筒形の、鎖のないものが二つ。
 それから、鎖がついた、五芒星を刻んだコイン型のものが一つ。材質は全てステンレスのようだった。
「あった。……良かった、誰にもバレなくて」
 ありがとう、という呟きは、五芒星を刻んだものを握りしめながら――松岡さんはその五芒星のペンダントを首にかけ、ヘッド部分は大事に和服の襟にしまう。
 そして立ち上がりつつ、残る円筒型の片方を、僕に差し出してきた。
「いいかい、六人目。この筒の中にあるのは、ハンドラーを上書きする為の薬だ」
 託された筒を、軽く振ってみる。特に音はしないけれど、中に何かさらさらとしたものが入っているような手応えがあった。
「この薬の中に、新しいハンドラーとなる人の、体細胞を含む液体を混ぜて服用すれば……ぼくらの脳神経は、その細胞の主をハンドラーと認識する。だいたい三十分くらいで」
「そんな薬が、あるんですね」
 僕はホアカリの研究所のことを、そこまではっきり覚えていなかった。
 あの頃は生体兵器としても幼すぎて、水木さんのことと、あとはぼんやりした風景くらいしか記憶にない。
 ハンドラーの書き換えについても、『ハンドラーを失ったときだけ、仮のハンドラーを自分で決める』以上のことは知らなかった。本来のハンドラーをどう得るか、なんてことは――水木さんと離れることなんて、あのころの僕は考えもしなかったから。
「うん。この薬は、あのひとが、ホアカリの拠点から持ち出したもので……君は覚えていないかもしれないね。でもぼくは実際使った記憶があるし、効果は保証するよ。ただね」
 言いながら、もう一つの円筒を懐にしまい込み、松岡さんは岩を元に戻した。
 もう、その辺の岩を扱うのと同じ仕草だった。
「ハンドラーとして想定されている生物は、人間だけだ。それ以外の生き物、ましてや同じニカギロイをハンドラーにする想定はされてない」
「ですよね……
 ――新たな『本来のハンドラー』として想像しているのは、僕は高山先輩、松岡さんは戸田さんだ。
 だから、僕は率直に問いかけた。
「相手がニカギロイでも、有効なんですか?」
「うん。ぼくの知識は、あのひとには到底及ばないけど……でも、ぼくの知りうる限りでも、言えることはある」
 言いながら、松岡さんは半歩だけ、僕との距離を詰めた。並んで立てば、僕の頭の天辺に松岡さんの顎がくるくらいだ。
「ニカギロイ相手でも、この薬は本来の作用を発揮する。でも……ええと、うん。いろいろ小難しい話はともかく、この薬を使ってニカギロイをハンドラーにした場合、今後の上書きはできなくなる。二度目はない」
「二度目は、ない」
 その言葉の意味が頭の中に入ってくるまで、数秒かかった。
 松岡さんは何か、言い訳に似た口調で続ける。
「相手が人間だったら、理論上、この薬さえあれば、何度でも書き換えが効くんだ。でもニカギロイの体細胞が持つ、様々な意味での“干渉能力”は……人間とは、比較にならないほど高い。それを使って、ハンドラーの“設定”を書き込まれたら……解放されるときは、死ぬときだ。それくらいのモノが、ぼくらの中に刻印されることになる」
 今は“仮の”ハンドラーだから、僕も松岡さんも、その気になれば別のハンドラーを得ることもできる。
 でもこの薬を、高山先輩と使ったら――
「じゃあ……使ったあと、もし、高山先輩が死んだら?」
「前例はないからぼくの想像だけど、おそらく、『仮のハンドラー』を得ることもできなくなる」
「つまり、それって……数年かけて、じわじわと死んでいく、ってことですね」
……まあ、そうだね。でも、」
 それはそれで幸福かもしれないよ、と松岡さんは伏し目がちに呟いた。
 酷いことを言う、と反発するべきだったんだろうか――でも、僕は反発に出られなかった。
 大事なひとに置いて行かれる痛みが、分かるから。多分、この世界の中で、僕と松岡さんしか知らないだろう。
 ハンドラーを失った生体兵器の苦しみなんて。

「どうするかい、沢城君」
 底抜けに優しい声が、聞こえた。
「その薬を持って、この国か隣国の政府、それかアマツヒの上層部に駆け込めば、君は間違いなく生き延びられるよ。適切な誰かをハンドラーにすれば、身の安全だけは確保できるかもしれない」
 ……それが、僕を思いきらせる為のやさしい言葉だと分かっているから、僕も敢えて同じような口調で問い返した。
「松岡さんも同じですよね。……松岡さんは、どうするんですか。戸田さんとこの薬を使えば、新しいハンドラーを得て……この国の全てを敵に回す代わりに、いずれ二人だけで、生きて死ぬことができますね」

 視線を合わせて、うなずく。
 どういう道を選ぶのであれ、今、本当の意味で『僕と同じ場所』に立っているのは、松岡さんだけだ。


<続くかもしれない>


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