リオヌヴィ♀前提ALL ヌ♀強火担フリと愉快な仲間たちによる与太話まとめ
最終的にはリヌ♀が幸せならオッケーです( ᐛ )و
@kiyu_spring
⚠CAUTION⚠
本作品は水龍が先天性♀の話しになります。
あと、水の国の住人が全てヌ♀に強めの幻想を抱いてます。
そこら辺が問題ない方のみよろしくお願いします。
ヌヴィレット♀
フォンテーヌの最高審判官兼みんなの心の女神
リオセスリ殿の愛が重いことにあまり気付いていない
可愛がられることに慣れてきて威厳がなくなりがち
リオセスリ
「俺の」最高審判官であるヌヴィレット溺愛爵
ド天然水龍の全てが可愛くて、全てが心配になってる
フリーナ
ヌヴィレットが可愛すぎて推し活が捗りまくる元水神
存在が芸術作品のヌヴィレットをどう飾るかが常に課題
召使
ナドクライとフォンテーヌを行ったり来たり執行官
お父様力と天然物水龍の親和性が良かった成れの果て
稀に良くあるあれやこれ
「僕はね、見えない部分を磨き上げてこそ!君の魅力が格段に増すと!そう思ってるんだよ!?」
某日、パレ・メルモニア執務室にて。
カップに注がれた紅茶を啜っていたヌヴィレットは、対面で盛大に語るフリーナを前に隠しもせず溜め息を吐く。一応アポイントは取って来ているのだが、何故か当日の朝に急にアポイントが入ることも最早珍しくない。今回とてどうせお茶会でもやるつもりだろうと想像はしつつも、もし本当に火急の用であればと思うと無碍に出来ない。この甘やかしが彼女のためにならないことはヌヴィレットも理解はしているが、五百年を共にしていればどうやら形容しがたい情が湧くらしい。
「…フリーナ、とりあえず座れ」
「ああ、失礼したね。君の美しさを語り出すとどうしても盛り上がってしまうんだよ…!」
とはいえ、流石にフォークにマカロンを突き刺したままそれを振り上げて熱弁するのは淑女のやることではない。見かねたヌヴィレットから窘められてようやく着座したフリーナだが、相変わらず温度は紅茶ほども下がっていないようでにこにこと満面の笑みを浮かべている。人懐こい視線に嫌悪感は感じないものの、こうもじっと見られていては紅茶ひとつ飲みにくいったらない。
「女性的な魅力ということであれば、天真爛漫な君の方が余程魅力的だと思うのだが…何故そこまでして私に固執しているのか」
「ふふん、違う…違うんだよヌヴィレット…!僕と君とでは魅力の方向性が違うのさ…!」
「…はぁ…」
そもそも同じ女性として見ても、人懐こく明るいフリーナのような性格の方が世で言う魅力的な存在というのではないのか。元が人見知りで消極的なのだと聞いても、それをカバーするだけのセンスを彼女は持ち合わせている。それがどうして表情に乏しく愛想もない自分みたいな者をこうも持ち上げてくるのか、ヌヴィレットはそれだけが未だにわからずにいた。
「とにかく!君は原石なんだよ!磨けば磨くだけ光輝く魅惑の宝石…ああ、この前見繕った私服はどうだったかい?気に入ってくれた?」
「…ああ、悪くはなかった。とても新鮮だと」
「そうだろう?その重苦しい衣装で歌劇場に立つ君も気高く美しいけれど、重苦しい枷から解かれて羽ばたく君も実に美しいはずなんだ…!」
次は苺が刺さったフォークを振り回しているフリーナにもう何も言うまいと静観を決め込むことにしたヌヴィレットは、少し前にフリーナやクロリンデが見繕ったシルエットの柔らかいスカートやブラウスといった私服を身に付けた時のことをぼんやりと思い出す。元々堅苦しい服を好んでいるわけではなかったこともあり、受け取った時こそ渋々といった雰囲気ではあったが実際着てみると確かに着心地がよく、意外と気に入っていたりする。ただ、これを言うと拗らせるのは目に見えているので敢えて今は黙っておくのだが。
「ただね、お洒落というのは外側だけではいけないんだ。内側…目に見えないところにも気を配ってこそのお洒落…わかるかい?」
「…さぁ、わかりかねるな」
「うんうん、君ならそう言うと思ったよ。内側からのお洒落…それは即ち下着…!敢えて目には見えないけれど、時折見えるその一瞬にも美しさを求める…それこそが究極の美…!」
本当にちょっと何言ってるかわからない、と口から飛び出そうになった言葉を温くなった紅茶で流し込む。女優というのは美しさを追求するのだと散々聞かされてきてはいるものの、いよいよわからない範疇になってきた。自分の人間に対する理解が浅いのかもしれないと最初の頃は思ってもいたが、最近たぶんフリーナがおかしいだけなのだろうと結論付けていた。
「というわけで!ヌヴィレット、君の下着を次はコーディネートしようと思うんだ!」
「承服しかねる」
「君のスリーサイズから教えてくれるかい?」
「何も聞いてないな」
そしてビシィッとフォークを突き付けて下着のコーディネートをしたいと申し出るフリーナに秒で拒否を伝えるも、此方の話など何も聞こえていないらしい。やれやれ、とほぼ空になったカップを置いたヌヴィレットは背後の私室に繋がる扉に視線を向けて声を掛けた。
「そもそもスリーサイズとやらを、私は把握していない。…どうだろう、君は知っているか?」
「…スリーサイズ?ああ、それなら知ってるが」
ヌヴィレットの問い掛けと共に扉が開くと、何故かそこから欠伸を噛み殺しながらリオセスリが現れ応えを返す。当たり前のように現れたリオセスリに、フリーナは驚いて目を見開いている。
「なっ…なんで公爵がここに?!」
「…君が来る前に会っていたのだが、徹夜続きで顔色が優れなかったので仮眠をさせていたのだ」
突然の第三者の登場に狼狽えるフリーナを横にリオセスリはヌヴィレットの横に腰掛け、ヌヴィレットは空いているカップにポットから注いだ紅茶を淹れて手渡した。
「…で?随分とセンシティブな話題をしていたようだが…なんでヌヴィレットさんのスリーサイズが必要なんだい?」
「フリーナが私服に続いて下着を見繕いたいと申し出ているのだ。そこまではいいと固辞しているのだが、引いてくれそうもない」
「コホンッ!べ、別に僕はやましい理由で聞いていたわけじゃないからな!?ヌヴィレットのことだからきっと下着にお洒落なんて意識していないだろうと思ってね、この際フルコーディネートしようと…」
起き抜けにヌヴィレットのスリーサイズを聞かれた理由を聞き、リオセスリはなるほど、と頷く。
「ヌヴィレットさん、ちょっとこっち向いて」
「…ん、これでいいか?」
ごそごそとヌヴィレットの胸元に手を伸ばしたリオセスリが何かをしているのを見てフリーナが首を傾げる。少しして振り返ったヌヴィレットはかっちりと閉められていた胸元がブラウスまで寛げられ、谷間の際どいところまでが見えるようになっていて。
「フリーナさん、悪いがこっちは俺の専売特許なんでね」
ちら、とリオセスリの指がブラウスを捲った胸元にはレースがふんだんに使われた淡い色の清楚なブラの一部が露出していた。
「はっ……破廉恥だぁああああああ!」
それを目の当たりにして目の遣り場を失ったフリーナは、フォークを取り落とし顔を真っ赤にして右も左もわからないような動きで部屋を飛び出して行く。去り際にヌヴィレットにはもっとかわいい系の方が似合うはずなんだからなー!と捨て台詞を残しているところを見るに、そこまでのダメージはなかったのだろうと思う。
「ちょっと大人の色気が過ぎたな」
「…行き過ぎてはいたが、悪気はなかったろう」
「あんたの肌を知るのは俺だけでいい」
微かなリップ音と共に胸元に口付けたリオセスリがはだけた服を直そうと手を掛けると、その手を押さえるようにヌヴィレットの手が重なる。
「フリーナの茶会がどの程度になるかわからなかったこともあって、この後は数時間空いている」
視線が噛み合い、互いに微かに微笑んで。
「奇遇だな、俺もそんな感じだ」
仮眠するには少し長いかもしれない、と軽口を叩き合いながらソファを立ったふたりは何を言うでもなく私室に続く扉の向こうへと消えていった。
青色レイニーコロン
「…ということで!ヌヴィレット、今度こそは僕の考えたさいきょうの美人になるための手解きを受けてもらうよ!」
「生憎私は人ではないのだが」
「美人でも美龍でも何でもいいんだよ!」
「そこは何でもいいのか…」
ビシィッとスプーンを突き付けてくるフリーナを一瞥もせず、ヌヴィレットはまだ湯気の立つ紅茶に口を付ける。今日の紅茶はリオセスリからもらったおすすめの一品、しょうもない話題に振り回されて冷ましてしまうのはもったいない。
「とにかく!この前の『女性の魅力は内側から♡チラ見せコーデで悩殺プラン』は諸般の事情で頓挫せざるを得なかったからね!次こそは僕の素晴らしいコーディネートに付き合ってもらうよ!」
「前回の下着の件については、リオセスリ殿からお灸を据えておくと聞いていたがその様子だと特に何事もなかったようだな」
「………そ、それはそうさ!!ぼ、僕だって仮にも元水神なんだよ?!た、たかだか人間が僕の崇高な目的を害しようなんて…そんな…ことは…」
ああ、思いの外怒られたんだろうな、と察するに易いフリーナの態度を横に初めて開けた紅茶の香りを楽しむ。ふわりと鼻腔を擽るくすんだ甘さを含むその香りは、形容が難しいというのに心地好さを感じる。纏わり付くほどではないけれど、後に引く仄かな果実の甘さにこれを選んだ彼のセンスが見えて微かにヌヴィレットは微笑んだ。
「…ヌヴィレットぉ…総レース仕立てフリルたっぷりモテかわ下着は諦めるから、公爵には告げ口しないでおくれよぉ…」
「別に君のことを告げ口するほど大人気ないことをするつもりはないが、それにしても君のそういうところだと思うぞ」
賄賂代わりに自身の皿からマカロンを取って渡してくるのを収賄行為は受けないと丁重に断り、半分ほど飲んだカップをソーサーに戻す。渋々マカロンを引っ込めたフリーナだが、その片方では今回スプーンを振り回す原因となっているプリンアラモードが乗った皿をつついているのだから逞しいものだ。
「君を脱がそうとすると毎回どっからともなく公爵が現れるから、今回は脱がさずに美しく磨ける方針に切り替えたんだよ!」
「すぐ脱がそうとする君とそれを嗅ぎ付けるリオセスリ殿に挟まれる私への同情はないのか」
「仕方ないだろう?それが美しく生まれてしまった者の運命というやつさ…!美しい宝石は見る者を虜にし、そして手中に収めようと争う…!そう!ただ宝石はそこに在るだけだというのに…ああ、なんて罪深い美しさなんだ…!」
どうやら同情を買おうにも買ってくれるような感性はないらしく、言うだけ拗れることを理解したヌヴィレットは早々に戦線離脱を決める。
「ということで!美しいお肌の基本はキメ!ハリ!ツヤ!白玉のような肌に至る秘訣は水分量!今回はスキンケアで君を磨き上げていきたいと思っているんだ!」
「動く水元素にこれ以上どうしろと」
「うぐぅっ?!」
衣服のコーディネートでクレームが来るならと今回はスキンケアで勝負を仕掛けて来たようだが、生憎ヌヴィレットは水分率はほぼ100%であることに加え、もちろん公爵セレクトのお気持ち程度の基礎化粧品くらいは使っているので世の乾燥肌の女性たちが膝から崩れ落ちる程度にはきめ細かく美しい、それこそ白玉のような肌である。
「そもそも浸透圧の関係で、私の肌は化粧水なんかは大して吸い込みもしないらしい」
「ぐっ…化粧水が、負ける…?!君の身体は海洋深層水かなんかなのかい!?」
元素龍であるヌヴィレットの構成成分が水であることは理解出来るが、化粧品業界の横っ面を張っ倒すかのごときその肌質にはフリーナすらも驚きを隠せない。美を損なうことは全ての女性が少なからず直面する危機、彼女にはそれすら無縁なのかと思うと無力感に苛まれてしまいそうになる。
「そ、そんな…君はスキンケアすらいらないと言うのかい…?この僕ですら化粧水から美容液、乳液やらクリームやらパックまで最高品質のものを使っていたというのに…!?」
「最近パスタのレパートリーが三種類に増えたと聞いたが、ちゃんと食べているのか?」
「なんでヌヴィレットが僕の食事事情まで知ってるのさ?!というか、別に化粧で散財なんてしてないからな!最近はプチプラでも色々良質なものが揃うんだから!」
「ちゃんと生活費が届いているのであれば問題ないが、ただミートソースとボロネーゼは同じものだと思うぞ」
適当に受け流しながらヌヴィレットが水菓子枠で用意されたオレンジゼリーの入った涼しげな小皿を取ると、すかさず手渡されたスプーンを受け取る。乾燥した焼き菓子を好まないヌヴィレットのために、焼き菓子の間に水菓子やムースのような水分量の多いケーキをさりげなく仕込んでくる辺りが、彼女がフリーナの来訪を無闇に断れない理由のひとつだった。
「うぅ…脱がすもダメ、塗るもダメ…目の前にこんなにも磨ける宝石があるというのに僕は触れることすら許されないのか…!?」
程好い酸味に舌鼓を打つヌヴィレットの前で悲劇のヒロイン真っ只中のフリーナだったが、ふとデスクの上に置かれたものを見付けて目を見開く。
「はっ?!ヌヴィレット、あれは…まさかエミリエの限定品のフレグランスかい!?」
スタイリッシュに踊るような足取りでデスクに駆け寄ったフリーナは、隅っこに置かれていた品のある可愛らしい小瓶を手に振り返った。
「…ああ、人間が水を使って人の感情を読み、それをコントロールすることが出来ると聞いて興味があってな。実際にどのようなものなのか気になったので購入してみたのだ」
香水とはいえ、元を正せば水であるそれを使って感情を読み取るという行為に興味を持って買っただけのものではあったが、如何せん洒落っ気のないヌヴィレットの部屋にこのようなものがあったことにフリーナのテンションは爆上がりである。
「…いい!とてもいいよヌヴィレット!!エミリエのフレグランスであれば品質、内容ともに申し分ない!擦れ違った時に微かに香り、そして振り向きたくなるような甘い残り香…!涼しげで清廉な君から香る甘さ…それは薔薇のような美しさの中に隠されたほんの少しの甘やかな秘密…!ああいけない…!これではフォンテーヌ中の民が君という宝石の虜になってしまうよ…!!」
相変わらず何言ってるのかよくわからないな、と毎回どこからともなく差し込むセルフスポットライトの下で謎のフィナーレを迎えがちなフリーナを静観していたヌヴィレットだったが、空になったゼリーの容器を置いて紅茶を一口。
「何でもいいが、それは使う予定がないので使ってくれるのならもらってくれるとありがたい」
「なっ…?!何故なんだい!?君のためにあるような香りと言っても過言ではないのに…!!理由を教えてくれ!君が拒む理由を…!」
不要なものだと一蹴され、ショックを隠せずにいるフリーナが理由を聞かせてくれと縋ると、若干目を泳がせ始めたヌヴィレットが落ち着かない様子で口を開いた。
「――…風呂上がりのソープの香りの方が、好みらしい」
カップを傾けて少し顔を隠しつつ、その頬を僅かに紅潮させてぽつりと呟かれた言葉に、その可憐さにフリーナは目眩を覚えて足元がよろける。
「ああもうダメだダメだダメだぁぁああ!!可愛い!!可愛いが過ぎる!!相手もいないのに今回も僕の負けなんて!!絶対に!絶対に許さないぞ公爵!!次こそは絶対!大人の魅力とほんの少しの恥じらいからしか吸えない栄養素を最大限に引き出したゆるかわセクシーコーデにしてやるんだからなぁあああああ!!」
マドレーヌやフィナンシェのようなしっとり系の焼き菓子はそのままに、クッキーやスコーンだけをまとめて抱えたフリーナは『ソープよりシャンプーの方が残り香強いんだからな!!末永く爆発してしまえー!!』と叫びながらヌヴィレットに見送られて執務室を飛び出していったのだった。
どんぐりの出来レース
「うーん…このタイプのワンピースはせっかくの身体の線がぼやけてしまってよくないなぁ…」
「ああ、あまり身体の線が見えるような服は控えてくれ。ただでさえ人前に出すのが憚られる魅力しかない身体なんだ、これ以上衆人環視に晒されるのはいけ好かない」
「別に君のために選んでるんじゃないからな!?…まぁでも、確かにヌヴィレットの儚くも美しい身体を過剰に目立たせると不要に他人の目を惹いてしまうってことは理解出来るよ」
某日、パレ・メルモニアにて。
執務室の来客用ソファには紅茶を嗜むリオセスリとその横で野暮用に近い書類を片手に薄いラングドシャクッキーを抓むヌヴィレット、そして対面にはテーブルに置いた冊子を真剣に眺めながら唸っているフリーナといういつもの(?)メンバーが揃っている。リオセスリとフリーナは一緒にすると不要な気遣いのせいで少々胃が痛くなるヌヴィレットの采配で大体別々に呼ばれるのだが、今日はフリーナがぜひ公爵も同席の上で話したいことがあると打診してきたため、こんな感じで一歩間違うと(空気が)凍結パーティが急遽組まれているのだった。
「そもそも、なんでヌヴィレットさんの私服をフリーナさんが見繕っているんだい?ある程度は持っているはずだし、御用達のところから世話になってると聞いたんだが」
「何言ってるんだか、公爵だってヌヴィレットの下着やら何やらちゃんとあるはずのものをわざわざ見繕っているんだろう?そういうことさ」
「…なるほど、そこはわからないでもない。が、俺を呼ばないといけない理由は?」
「僕はただヌヴィレットを磨き上げて美しく仕立てたいだけだってのに何しようとしても君が邪魔してくるから、それなら公認で巻き込んでしまえばいいと思ったんだよ。君の承認がもらえるコーディネートなら何も問題ないだろう?」
そして、フリーナがリオセスリまで呼んで何をしたかったのかと思えばどうやらヌヴィレットの私服を見繕いたかったらしい。確かにフリーナのヌヴィレットを飾り立てる気概は少々度が過ぎているため、毎回セコム公爵がダメ出ししてくるのはもはや見慣れた光景だったが、それなら公爵公認にしてしまえと考えたのだろう。言われてみるとそれなりに理に適っているな、と軽く口の中で溶けるラングドシャを気に入ってもう一枚を口に運びながらヌヴィレットは感心していた。
「ま、お伺いを立ててくれるってならそれはそれでありがたい。フリーナさんのセンス自体はヌヴィレットさんをより美しく魅せるために不可欠だとは思っているんだ、コーディネートしてくれたものは俺が購入しよう」
「いや、僕がコーディネートするんだからお財布まで含めて僕が持つに決まっているだろう?」
「ヌヴィレットさんのプライベートな服飾関係は基本俺が持ってるんでな、ここは大人として譲るわけにはいかない」
「なんで君がヌヴィレットの全身の所有権を有しているんだい?!というか大人ってことなら言っとくけど僕のが結構歳上だからな!」
服も決まっていないのに誰が財布を出すかで大層大事になっているふたりを横に、ヌヴィレットは大して審議するほどでもなかった新しい法案の提案書をぽいっとテーブルの端に投げ置く。全く最高審判官を五秒以上見つめてはいけない、なんて法を考えた愚か者は何処のどいつなのか。こんな法案を通したら、このふたりと毎日歌劇場で顔を合わせる羽目になってしまう。
「…はぁ、そんなことで揉めるくらいなら全部私が自分で購入す、」
「それはダメだ」
「それはダメだね」
「そういうところだけ君たちは仲が良いのだな」
書類仕事がなくなってしまったので適当にふたりの会話に割り込んでみるも、触らぬ神に何とやらだったらしい。いや、祟られたところで神ごときに屈することはないが。まぁとにかく、せっかくの提案もふたりから秒で否決されてしまったことでいよいよ面倒になってきたヌヴィレットはグラスに注がれた氷の浮いたアイスティを楽しむ方向に専念することにする。リオセスリ曰く、暑さが厳しいスメール方面の茶葉には水出しでも美味しいものがあるのだとか。
「くぅっ…いいだろう!ヌヴィレットに買わせるくらいなら、洋服に関しては僕が譲って公爵に支払いをお願いしようじゃないか!」
「ああ、是非そうしてくれ」
「その代わり!ナイトウェアに関しては!僕が全て出すからな!!これだけは譲らないぞ!」
すぱーんっ、と勢い良く置かれた冊子にはふんわりとした柔らかいシルエットのワンピースやらツーピースのナイトウェア、要するにパジャマが並んでいて。どうやら昼の私服だけでは飽き足らずパジャマまで調達するつもりだったフリーナの熱意を横に受け流し、ちょうど良く冷やされたアイスティを口に含む。確かに紅茶特有の渋みの少ないすっきりとした後味は、ラングドシャで甘くなっていた口をリセットしてくれる。
「なるほど…パジャマ、ねぇ…」
「な、なんだい?!まだ文句があるのかい?」
「…いや、別に文句があるわけじゃあない、が」
ちら、と此方を見てくるリオセスリの視線に気付いて顔を向けるも、今までのやり取りをあまりよく聞いていなかったヌヴィレットは適当に相槌のようなものを送る。すると、困った子猫ちゃんだぜ的な笑みを浮かべたリオセスリを見て何となく相槌を間違えたことに気付くも、何も聞いてなかったので何をどう修正すればいいかわからない。
「…ふむ、本人も別に構わないようだから、とりあえず教えておくが」
「いや、何も承認した記憶はない」
「ふん!負け惜しみなら言ってみるがいい!」
「だから少しは人の話を聞け」
そして相変わらず人の話を聞くということが出来ないふたりを相手に話の軌道修正出来るほど器用ではないヌヴィレットは、もはや打つ手無しと判断してアイスティの残りを飲み干した。
「ヌヴィレットさんは、パジャマを着る習慣がほとんどない」
すん、とその瞬間元素反応でも起きたかのように場の空気が凍り付く。
「パジャマを着る習慣がない…?それじゃあ一体…寝る時はどうやって…」
「お察しの通り、服は着ないで寝ている」
「そ、そんな…そんな馬鹿な…!?」
リオセスリの爆弾発言に全力でショックを受けているフリーナだが、正直何の許可もなくセンシティブなプライバシーをぶちまけられているのはヌヴィレットである。嘘だと言って欲しいのか縋るように見てくるフリーナに肯定も否定もせず、ヌヴィレットはちいさなカップに入ったティラミスを口に運ぶ。珈琲がふんだんに使われたそれは甘さも控えめで口当たりも滑らかなので、ケーキの中でもムースに次いで気に入っている。
「おまけに、幾ら俺がコーディネートしたって寝る前なんか下着すらまともに着けてるのは見たことがない。あまりに無頓着過ぎて服が厚い素材なのをいいことに、今だってちゃんと着けているんだか…どうなんだい、ヌヴィレットさん?」
突然話が振られ、おまけにあまり触れられたくない話だったこともあり思わずスプーンを口に運ぶ手が止まってしまう。ポーカーフェイスが苦手なせいで言葉にせずとも顔に出てしまっていたようで、それを見たフリーナが膝から崩れ落ちた。
「な、何ということだ…!!フォンテーヌの宝であるヌヴィレットの裸体が!!何も飾られないままベッドに横たわっている…?!国宝…?国宝なのか…?!ああ確かに着飾ることばかりに目を向けて、僕はヌヴィレットそのもの可能性を軽視していたのかもしれない…!なんたる失態、これが先入観の恐ろしさというのか…!」
人の裸を想像しながら何を言っているんだろうなと思いつつ、横ではリオセスリが理解したとばかりに頷いているので多勢に無勢でこの場ではヌヴィレットが何故かマイノリティなのである。
「パジャマがダメならベビードール、それでも嫌がるから下着だけ…と譲歩してきたつもりなんだがな、俺の力不足ってやつさ」
「…っ、違うよ公爵、君の努力は間違ってはいない…ただヌヴィレットにはそんな飾りなどなくても自ら輝けるポテンシャルがあった、ただそれだけなんだ…!」
「はは、そう言ってもらえるとありがたい。最近じゃあ裸で気持ち良さそうに寝てるヌヴィレットさんに、わざわざ服を着せることの意味について考えていたくらいなんでな」
「わかる、わかるよ公爵…!あまりにも美しい素体であれば、それを飾り立てることがまず間違っている時もある…!」
というか、何だかわけのわからない部分でふたりが意気投合している気がする。そろそろ止めないと痴情まで話されては流石に居たたまれないと、ヌヴィレットは咳払いをして脚を組み直した。
「…ふたりとも、それ以上は私に対するセクシャルハラスメントに当たるが?」
少し圧を掛けてふたりを見据えると、ふたりは互いに顔を見合わせて。
「「下着も着けずに公務するのも大概だと思う」」
ドストレートに正論を突っ込まれ、ヌヴィレットは暫しの沈黙の末に一言。
「…着替えてくる」
せっかく締め付けが少なくてよかったのに、と人間の面倒さを痛感しつつ残念そうに自室に向かって行ったのだった。
にじいろバスタイム
某日、パレ・メルモニアにて。
その日は昼からヌヴィレットとアフタヌーンティーの約束をしていたフリーナは、急遽急ぎの用が入ったから夕方にしてもらいたいという連絡を受けて快諾し、陽が落ちかけた頃合いにパレ・メルモニアへと向かっていた。ところが道中、突然の雨に見舞われもう少しで着くからと雨の中を走ったフリーナは案の定思いの外強く降った雨に打たれてしまい、出迎えたヌヴィレットから驚かれた挙げ句、風邪を引くと半ば強引に私室に連れ込まれやたら優雅な風呂に放り込まれて今に至る。
「……やっぱりこれはおかしいと思う…」
「ん?何か不便があっただろうか」
「ううん、君の対応に不備はないし、何も文句なんてありはしないさ。ただ、何故僕が入浴するのに君まで一緒に入る理由がわからなくてね…」
すっかり濡れたフリーナを見て水を操れるヌヴィレットが即座に濡れた部分を乾かしてくれたまでは良かったのだが、その後身体を冷やしてしまっていては問題だからと風呂に放り込まれて。確かに寒かったからありがたくお湯を借りようかと思った矢先、何故か服を脱いだヌヴィレットが当たり前のように浴室に現れたのだ。あの時の衝撃は今も言葉に出来そうもない。
「慣れないところで勝手がわからないのではないかと思ったゆえ、手伝いに来たのだ。ついでに今日は執務も片付いていたので、まとめて入浴まで済ませてしまおうかと思ってな」
「なるほどね、君の優しさとちょっぴりのずぼらという可愛らしい事故が招いた結果というなら、僕はそれを甘んじて受け入れるつもりでいるよ」
ちら、と目線を上げた先には器用に髪をまとめてタオルで結ったヌヴィレットが気持ち良さそうに表情を緩ませている。ある程度の広さがあるバスタブなのでふたりで入るのには問題ないが、向かい合っていることでフリーナの目の前には色っぽい項とたわわな胸、そして白磁の素肌が惜し気もなく晒されている。おまけに入浴剤なんかも入れていないので、隠すものは全くない。隠せないのはフリーナも同じなのだが、ヌヴィレットという動く芸術品の裸体を前にしてそのような心配などもはや些事もいいところである。
「ああヌヴィレット…君のその肌をたっぷりのきめ細やかな泡で包んで優しくしっとりと洗い上げてあげたい…!そして湯上がりの珠のような身体に香り高いローションを塗り込んで、その美しい髪にカメリアのオイルを使って丁寧に丁寧に櫛を入れてあげたいよ…!」
「その辺りについては大体リオセスリ殿がやってくれている」
「だろうねぇ!?きっと君の身体に触れた瞬間、天井の換気口とかそこら辺から公爵が降ってくるんじゃないのかい?!というか、何ならもう既にこんな事案に巻き込まれた以上僕はいつ氷像にされてもおかしくないんだ…」
異性同性問わずあらゆるフォンテーヌ人を虜にする魔性の水龍(無自覚)の裸体と混浴しているという現状が既にセコム公爵の出動条件を満たしているとしか思えず、いつ何処から現れるかわからない驚異に怯えるフリーナ。そんなフリーナを前にヌヴィレットも流石に換気口からまでは入ってこないだろうと思いつつ、じゃあ断言出来るかと言われると微妙だったりする。
「うぅ…ヌヴィレット…もし僕が氷像になってしまったら君の部屋に飾ってくれるかい…」
「生憎私の部屋には冷凍機能がない」
「君の部屋に冷凍機能がないことくらいは知ってるよ…君の部屋がミニマリストもひっくり返る超絶シンプル仕様ってことも、ベッドサイドの引き出しの二段目には公爵自慢の大人のマシナリー(意味深)が詰まってることもね…」
「なんでそこまで君が知っているんだろうな」
自室に勝手に私物を置いていくリオセスリも大概なのだが、何故かその中身を知っているフリーナの情報網もわけがわからない。問い質しても納得出来る回答は期待出来ないだろうし、知らない方が幸せなこともあるのだからとヌヴィレットは深入りをやめてため息を吐いた。
「はぁ…それにしても布越しでも美しいその胸は一体どうやって維持しているんだい?張り良し形良し、主張しつつも控えめで決してその美しい身体を阻害するようなはしたない目立ち方はしないその胸には、どんな神秘が詰まっているのか…」
そんなヌヴィレットをお構い無しに遠慮なくその半分ほどお湯に隠れたたわわな胸をガン見しながら、フリーナが恍惚の表情を浮かべる。言い回しがどうであれもうただのセクハラ発言でしかないのだが、相手がフリーナであることやその目線に清々しいほど下心がないので特に嫌悪感のようなものもなく、ヌヴィレットは自身の胸を両手でやんわりと包んだ。
「ふむ…考え付くものであれば、恐らくリオセスリ殿がたまにも、」
「あーーーっと!!ヌヴィレットストップ!!わかった!なんとなーくわかったから!これ以上は青少年によろしくないような気がするから脳内で補完しておくよありがとう!!」
ありのまま思い付くことを話しただけなのだが、急に狼狽え始めたフリーナに制止されて不思議そうに首を傾げる。まぁ別にこれ以上深掘りされないで済むならそれでいいと、ヌヴィレットはバスタブから立ち上がって置いてあったバスタオルを手に取り、軽く身体に巻き付けた。水滴は適当にまとめて流してしまえば拭く手間が省けるので、こういう時に水が扱えるのは便利だったりする。
「あふぅ…きっと往年の芸術家たちはこういう女神を思い描いて作品を創っていたんだろうね…」
ぶくぶくと親指を立ててお湯に沈んでいるフリーナの辞世の句擬きを聞き流し、のぼせる前にバスタブから引っ張り出して水気を飛ばすとバスタオルを頭から引っ掛けた。
「…はぁ、また面倒な服を着るのか…」
「ん?今日はこのまま僕もお暇するから、別に楽な格好でいいよ。君の美しい身体を記憶に刻み付けておきたいし、遅いからお茶会はまた今度にした方が君も楽だろう?」
「理由が些か腑に落ちないが、そうしてもらえるならありがたい。風呂上がりに服を着るほど面倒なことはないゆえ」
もそもそと立ち直って服を着ているフリーナから今日はこのままお開きだと言われ、ヌヴィレットはほっとした表情を浮かべる。お茶会をやりたくなかったわけではないのだろうが、ヌヴィレットは執務室にいる間は気が抜けないことが多いとフリーナは知っているので、せっかく自室でこうして寛いでいる時くらいは楽にさせてやりたいと思っていて。というか、正直早く帰って記憶が鮮明なうちに次の演劇のインスピレーションの糧にしたいというのが本音だったりもする。どの角度から見ても美しい裸体の神秘的な芸術性に触れて、それを形に昇華させない芸術家などいないのだ。
「さて、じゃあ僕はそろそろ帰るよ。わざわざお湯を貸してくれてありがとうヌヴィレット。それと、ちゃんと服を着てから寝るんだよ?」
「ああ、色々と迷惑を掛けたな。またお茶会の機会はこちらでも都合を付けておこう」
「…服、着てから寝るんだよ?」
「……善処しよう」
身嗜みを整えて部屋の扉に向かったフリーナから服を着ろとしっかり念を押され、ヌヴィレットは渋々頷く。とはいえ善処するだけなので本当に着るつもりがあるのかは謎のままなのだが、そもそも服を着て寝る習慣がないと最近暴露されたばかりなのでこればかりは仕方ない。
「じゃあおやすみ、ヌヴィレット。寝る前の保湿はしっかりするんだよ?化粧水と乳液は順番を間違わずに、たまにはパックなんかも、」
「委細承知したゆえ、夜に血圧を上げることはおすすめしない。これ以上遅くなると帰りに寄り道しないよう護衛を付けさせるが?」
「ああそうだね!じゃあ帰ろうかな!」
「わかったならよろしい、では良い夢を」
フリーナが夜の閉店間際の洋菓子店で割引の焼き菓子を大量に買い漁っていることをそれとなく知っていると伝え、慌てて扉から飛び出していった姿を気配が遠退くまで見守る。
「――…さて、どうしたものか」
気配が感じられなくなるまで黙っていたヌヴィレットは、静かになった自室のクローゼットを開いて中の引き出しを開く。下着類が収まっているそこから品のある薄い青の肌の透けるベビードールを取り出すと、バスタオルを落として袖を通す。ついでにお揃いの下着を手に取り、じっくり五秒ほど悩んだ末にそれはそっと引き出しに戻した。
「ああ、面倒くさい…」
ぽつり、と呟いて引き出しとクローゼットを閉じるとベビードール一枚の姿でベッドに向かいそのまま仰向けに寝転がる。長い髪がシーツに散らばるのも気にせず目を閉じていれば、本来の扉とは違う場所から人の気配が現れてゆっくりとベッドへと近付いてきた。
「相変わらず、随分と刺激的な格好で出迎えてくれるじゃないか」
「…脱がせたいという君の要望に最大限配慮した結果なのだが」
気怠げに目を開けると、そこには苦笑しながら見下ろしてくるリオセスリの姿があって。堂々と表から入りにくい彼のために用意した自室に繋がる所謂隠し通路から現れた彼は、とりあえず着ただけという雑なヌヴィレットの姿に肩を竦める。
「それは実にありがたいな、裸のあんたも大概魅力的だがこうして薄っすらと隠されてるってのも悪くない」
「君が満足してくれたのなら、わざわざ着た甲斐があった」
ベッドに腰掛けて頬に触れ、何だかんだと自分のために頑張ってくれているヌヴィレットに愛しさが募るリオセスリは指を鎖骨から胸元まで滑らせながら口を開く。
「さっきフリーナさんと擦れ違って、俺を見るなり冤罪だ凍結は嫌だと騒ぎながらケーキ屋に入って行ったんだが何か知ってるかい?」
「ああ、フリーナが雨に降られたから風呂に入れてやったんだが、君に怒られるとひどく狼狽えていたからそのせいだろうな」
「…ほぅ?つまり、フリーナさんと混浴したと?なるほど、それは妬いてしまうかもしれない」
少し声音が低くなったリオセスリをヌヴィレットは腕を回して自身の胸元に引き寄せ、子どもをあやすように頭を撫でる。
「ふふ、君ならそう言うと思った。どうだろう?お詫びに一緒にもう一度風呂に入ろうか」
「ああそうだな、意外と器が狭い男なんでね。お言葉に甘えてそうさせてもらおうか」
ちゅ、と胸元にキスを落として顔を上げたリオセスリはゆっくりと唯一ヌヴィレットが身に纏うベビードールをたくしあげて脱がせ、裸のままの彼女を横抱きにして浴室へと向かう。
「服を着ないでいいだけ、その方がヌヴィレットさんも楽だろう?」
「全くその通りだな。脱がせた以上、これからは何があっても着ないからそのつもりで」
「はは、裸になったあんたに服を着せようなんて酔狂なこと考える余裕はないから安心してくれ」
服を着ないと宣う一風変わった彼女の宣言に応えながら、リオセスリはまだ暖かさが残る浴室へとヌヴィレットを連れて消えていった。
エクストリーム雪国外交
某日、パレ・メルモニアにて。
来客用のテーブルにはドゥボールの新作やら限定品、果てはオーダーメイドかと思われるようなものまで金と権力で殴ったとしか思えない様々な洋菓子類が持ち込んだ彼らの競い合いを形にしたように所狭しと置かれている。これが普通のアフタヌーンティーならばそれなりに喜ぶ者もいるのだろうに、とお茶会に目がない彼女を思い起こしながらヌヴィレットは横と目の前で勝手に謎の戦闘態勢に入っている来客らを前に溜め息を吐いた。
「…おや、ヌヴィレット殿の嗜好に配慮したものを手土産としたつもりだったが、口に合わないものでもあっただろうか?」
「…いや、色々と悩ましいことが多いのでな。いただいたものたちはどれもあまりに好みに合っていて、若干引いているくらいだ」
「そうか、それならよかった。壁炉の家は情報収集に長けた者も多い、約一ヶ月の情報収集の成果が出たのであれば光栄だ」
「能力と時間の無駄遣いが過ぎる」
そんな溜め息を拾い上げた対面の彼女、ファデュイ執行官である召使はヌヴィレットに深淵を映す目を向けて穏やかに笑む。やたらと愛想の良いその笑みを向けられたヌヴィレットは、それはそれとして真横から来るわかりやすい冷気に物理的な悪寒を感じて身震いする。ちらりと僅かに横に視線を向けると、そこにはどう見てもお客様用の表情を貼り付けただけのリオセスリがいて。前から熱視線、横から冷気という蒸発と凍結が交互に襲い来る水元素絶許パーティにヌヴィレットのストレス値は既に限界を迎えつつあるのだが、それを口にしようものならやれお前が悪いのなんのと理不尽な喧嘩になるのは見えている。仮にもフォンテーヌの首長である以上、この場でメロピデ要塞とスネージナヤの全面抗争などという誰も意味のわからない状況を許すことは出来ない。
「…本題に入りたいのだが、今日はどのような用件で訪問しているのか伺っても?」
「ああ、聡明なヌヴィレット殿であれば理解はしていると思うが、今日足を運ばせていただいたのは先日の贈り物の件だ」
何となく肩から腕にかけて凍傷になっていそうな気配を感じてとりあえず話をすり替えれば、召使は意味深な笑みを浮かべる。だろうな、と召使の回答を聞いて納得はしつつもそれについてはそもそもの根本的な部分を問い質したいと思っていたヌヴィレットは、なんか熱いのか冷たいのかよくわからない温度になっている紅茶を一口。
「…『あれ』は本当に召使殿が贈ったものか…?」
「もちろん、私が自ら素材から選び抜いた特注の中の特注品だ。一緒に送った親書にもちゃんとスネージナヤの印が打たれていたはずだが」
「…ああ、それは確認出来ている。というかどこをどう見てもスネージナヤを通して贈られてきた公式の贈り物だったからこそ問題なのだが」
思い起こすこと三日前、シンプルながら清楚に飾られた箱が執務室に届けられた。召使からの贈り物だと聞いて若干の警戒をしていたが、箱と共に手元にきた親書には偽造でも何でもない、正真正銘のスネージナヤの印とご丁寧に透かしまで入っていて。もちろん親書は召使の直筆で、挨拶文から始まり今度訪問させてもらいたいという何一つ間違っていない公式の書面が流麗な文字で書き連ねられていた。ただそこまではよかったのだが、問題があるとすればそれは贈られてきた箱の中身の方だったわけで。
「私の目に狂いがなければ、箱の中身は女性もののお仕着せが入っていた気がするのだが」
「ほう…ヌヴィレット殿はなかなか古風な言い回しを好まれる。気品と風情を感じさせるその言い方も悪くはないが、ここは是非とも現代らしい愛らしさを込めてメイド服、として欲しい」
「いや、別に呼び方は何でも構わないが」
「いいや、お仕着せというとどことなく背徳感を感じざるを得ないが、メイド服というだけで愛らしさや可愛らしさが表立つ。それぞれが同じ言葉でも意味合いが違う…実に趣深いと思わないか」
あ、召使ってそういう感じだったのか。と昨今の胃痛お茶会の景色が甦る感覚に、ヌヴィレットは秒速で悟りの境地へと至る。なるほど、このタイプであれば突然自分宛にメイド服一式(最高品質)が贈られたことにも悲しきかな合点がいく。
「召使殿、個人的な贈り物にスネージナヤの調印を付帯させるのはよろしくない。これではメイド服が貴国の女皇に承認された私への贈り物であると勘違いされてしまう」
「無論、本件は女皇陛下も承認済みだ」
「スネージナヤは一体どうなっているのだ」
そして、私的な贈り物を公式にするなと言ったところで何故か本当にスネージナヤが公式に絡んでいるらしく、あの国の外交本当に大丈夫なのかと本気で心配になる。
「失礼、執行官殿…何故急に最高審判官にメイド服を贈ろうと?」
「そう警戒されるような他意はない、が…治外法権のはずの要塞の管理者である公爵殿がこの場に同席している理由を伺えるかな?」
「ああ悪いな、ヌヴィレットさんはフォンテーヌが誇る美しき象徴だ。急に膝丈のメイド服なんてものを贈ってくる相手に会わせて、何かあったんじゃあ困るだろ?治外法権とはいえ、フォンテーヌの民として自国の美しく気高い象徴を護ることに理由はいらないと思うが」
「リオセスリ殿、余計なことしか言ってない」
とりあえず空のカップに紅茶を足して生ぬるいそれを口に含んだタイミングで、今度はそれまで黙っていたリオセスリが口を挟む。明らかに意味不明な理由で同席をこじつけているが、言わずもがな召使の贈り物に難色を示して強引に居座っているだけである。せめて同席するなら静かにしておいてくれと言っていたのに、案の定横から失礼してきてしまったリオセスリに召使はゆっくりと思案深げに軽く目を伏せて足を組み換えた。
「…なるほど、公爵殿は膝丈がお気に召さないと?」
「悪いが俺はクラシックな方が好みなんでな」
視線が絡み合い、謎の緊張感が生まれる。いや何の緊張感か全くわからないが、下手な外交より余程空気が張り詰めていることだけはわかる。というか、何故かフォンテーヌ水没未遂の時のフリーナとのお茶会よりも緊張感の質が悪い気がする。
「見えない美しさを否定するつもりはないが、これだけの優秀過ぎる素材を全て隠してしまうなど以ての外。眉目秀麗、造形から胸元から腰への線もさながら、服を着ていてもわかる黄金比のスリーサイズや美脚なんかは隠されているというのにその美しさを際立たせている。もはやフォンテーヌの人魚姫と言っても過言ではないヌヴィレット殿の素脚が、愛らしいシルエットのメイド服とニーハイソックスの隙間からちらりと覗く様を想像しても公爵殿は膝丈メイド服の可能性をゼロだと言い切れるか?」
長い。語りがえらい長い。フォンテーヌに長く住んでいると、こういう言い回しがデフォルトになってしまうのだろうか。召使渾身の語りを聞き流しているうちに、ヌヴィレットはパンナコッタと生チョコを幾つか食べてしまう。どちらも甘さが控えめで特にパンナコッタは上のベリーソースがアクセントとなっていてとても好ましく、これで紅茶がもう少し熱ければもっと美味しくいただくことが出来たのかもしれない。
「いや?別に俺とて膝丈を否定しちゃいない。ただそれを着て素脚や肌を露出させたヌヴィレットさんを不特定多数の衆人環視にわざわざ晒す必要があるのか、という一点だけだ。美しいものは秘匿されている方が輝くことくらい…あんたくらいの御仁となれば理解しているはずでは?」
「ふむ、公爵殿は些か私を買い被っているようだ。確かにヌヴィレット殿はフォンテーヌの至宝、公私の境界もないその秘匿性から生まれる美しさを帯びているのは言わずもがな。…ただ、それを単一の個体が独占するのはいかがなものだろうか、と」
互いに互いの意見を否定せず、しかし論破してくれようと口論を繰り広げるがヌヴィレット的には誰でもいいから寧ろ否定してもらいたい。というか、メイド服を着る前提でデザイン性のぶつけ合いをされている理由がわからないが、どちらの肩を持っても外交問題になりそうなことや、結果的にメイド服姿にされることが決まっているのに無理矢理仲介する必要性もないので放置することにした。
「公爵殿、貴公がヌヴィレット殿を占有してその愛らしい姿を余すことなく堪能していることは壁炉の家の情報で知っている。フォンテーヌの最高審判官を占有し、愛でることはフォンテーヌの法律上禁止されているはずだが?」
「いつの間にそんな法律が出来た」
「はは、生憎その法はあくまで最高審判官の同意がないことが前提の法だ。双方同意の上でなら問題はないし、何なら私的事情を外交に持ち込んだあんたの方が余程問題だ」
「いや、だから本当にいつ立法された」
最近最高審判官を見つめるな、写真を懐に入れるな、果ては夢で懸想するなとわけのわからない法が制定されそうになるのを水際で食い止めていたはずなのだが、どうやら何らかの抜け道を使ってきた愚か者がいるらしい。法の番人の目を掻い潜るなどそう簡単に出来ないはずだが、せめてその愚か者がこの目の前の連中でないことだけを祈るしかない。
「よろしい、私に非がないことは明白。フォンテーヌらしく歌劇場での決着がお望みなら叶えようではないか。あの原告席は、ヌヴィレット殿を下アングルから合法的に眺めることが出来る最高の貴賓席だからな」
「甘いな執行官、歌劇場はその構造上どこから見上げてもヌヴィレットさんの美しさと気高さを示すに十分な造りをしている。原告席はローアングルからの絶景だが、被告席は光の加減でより神々しく見えるヌヴィレットさんが拝めるのさ。だから俺は、負ける理由がない以上原告だろうが被告だろうがどちらでも問題はない」
「スネージナヤと要塞に強制送還されたいのか」
聞けば聞くだけ何言ってるのかよくわからないふたりだが、とりあえず外交問題云々の前に司法の国としてあらゆるハラスメントで裁いた方が良いのかもしれない。ついでに今まで歌劇場でやたらこちらを拝み倒しながら判決も待たずに過失を認めていた罪人が少なからずいた理由が微妙に見えてしまい、見晴らしの良い席も問題がありそうだとヌヴィレットは歌劇場の改装も視野に溜め息を吐いた。
「ふむ、とはいえ私とて女皇陛下に迷惑を掛けるつもりはない。外つ国の所属ゆえ、万が一でも負けるようなことがあればヌヴィレット殿に今後贈り物を渡す伝がなくなってしまう。メイド服の発注のために御用達の店を紹介してくれた女皇陛下に、そのような恩知らずな真似をするわけにはいくまい」
「私への迷惑も鑑みてくれると嬉しいのだが」
「公爵殿、ここは穏便に和解しようではないか」
「都合よく存在を無視しないでほしい」
慣れた胃痛と向き合うのも疲れて先走って常に温度が喧嘩している嫌な感じの紅茶を啜ることにしたヌヴィレットを完全スルーして、渾身のドヤ顔を見せる召使は鋭い目をしたリオセスリを見据える。
「ということで、ここは穏便に率直にヌヴィレット殿が着たい方を選んでもらうということでどうだろうか?」
「本人の意思に従うのであれば異論はない」
「私が着ないという選択肢は」
「「ない」」
ダメ元でメイド服送りを回避出来ないか粘ってはみるものの、ヌヴィレットを辱しめるという一点において謎の結束を見せるふたりを前にすれば早々に諦めざるを得ない。実はこいつら仲良しなのではないかと訝しむヌヴィレットに姿勢を正した召使が穏やかに、そして否と言わせぬ圧を以て笑みを向けた。
「私が贈ったメイド服は既に見ていただけているかと思うが、決して肌を出すからといって淫らなものではない。ヌヴィレット殿の魅力を余さず引き出すための露出、そして美しさと可憐さの両立だけを目的にフルオーダーメイドでスネージナヤの技術を全て注ぎ込みデザインされたものだ」
「逆にそこまで拘られると扱いに困る」
「俺が準備していたメイド服はヌヴィレットさんの神秘性を余すことなく際立たせ、露出を抑える代わりにレースをふんだんにあしらった愛らしさを魅せるデザインだ。ヌヴィレットさんほどになると見せないことで際立つ魅力の方が余程勝るからな」
「なんでそもそも君もメイド服を準備しているのか」
バサァッ、と双方が執務用のデスクに持ち寄ってきたメイド服を広げる。雑に避けられて隅に積み上げられた承認待ちの書類たちを横に、流石のヌヴィレットでも見ただけでわかるような上質過ぎる素材を贅沢に使われた意匠の異なるメイド服を全力でアピールしてくるファデュイ執行官とメロピデ要塞の管理者というあまりにも意味不明な状況。というか意味不明と言われれば意味不明なのだが普段からわりと意味不明な環境に置かれがちなヌヴィレットとしては、まぁいつものことだからとそう気になりもしなくなっていた。
「さぁヌヴィレット殿、貴女がどちらかを選ばなければメロピデ要塞とスネージナヤの外交問題に発展しかねない」
「外交問題には繋がらない気がするが」
「これは私にとって神の心を手にするのと同等の使命、きっと公爵殿にも同じような想いがあるのだろう。ここは是非、我々の顔を立てると思って選んでもらえるとありがたい」
「女皇陛下の崇高なる使命とやらがメイド服と並んで大丈夫なのか」
幾ら熱弁されても自分がメイド服を着る着ないで外交問題に発展する理由はわからないが、それ以上に神の心を手に入れることと同等の使命と考えている方が余程問題な気がする。スネージナヤ本当に大丈夫か、と思いつつ、メイド服を公式で贈ってくるのだから大丈夫か大丈夫じゃないかで言えば大丈夫ではないのだろう。そしてその謎の熱弁の横で鷹揚に頷いているリオセスリにも最早何を言っても通じなさそうな気配しかなく、この場に味方はいないと察したヌヴィレットは死ぬほど面倒そうな顔でデスクに広げられたメイド服に視線を向けた。
「…念のための確認なのだが、私がどちらかを選んだことで双方謎の武装蜂起をしてフォンテーヌで全面抗争を勃発させるようなことはないと…?」
「………当然、そんなことは無いと約束しよう」
「……ああ、そんな大人げないことはしないさ」
「その信憑性が皆無な間はなんなんだ」
ヌヴィレットにその感性は到底理解出来ないが、恐らくふたりにとってこのメイド服問題がとんでもなく重要性の高い問題であることくらいはわかる。となると、この選択次第でそれこそ外交問題が引き起こされるのではないかと恐る恐る確認してみれば、案の定何とも言えない回答が返ってきて。
「大丈夫、俺もそこまで子どもじゃあない。あんたもそうだろう、執行官殿?」
「もちろん、私はそんな物騒な解決法など考えてもいない」
こいつら、自分の目が笑ってないことを理解しているんだろうか。それっぽく弁明はしているが、要するに互いに自分はそんな阿呆な真似はしないが相手が何をするかは定かではないと言っているも同じである。ヌヴィレットは今まで様々な責務の重さをこの肩で支えてきたが、こんな重責は他になかったと思う。というか、自分の服の好みで抗争が勃発しかねない現状がおかしいし、何ならどちらを選んでもどちらかが機嫌を損ねるという詰みとしか言いようがない状態。ここから入れる保険なんかありもしなくて、一週間ぶりくらいの大ピンチに晒されたヌヴィレットは窮地に立たされる。因みに一週間前の大ピンチは目の前の飼い犬に執務を止めて寝るか、起きられなくなるまで抱かれるかの二択を迫られた時である。どちらを選んだのかはご想像に任せよう。
「さぁ、ヌヴィレット殿」
「どちらを選んでも悔いはない」
「ふたりとも武器を仕舞え」
ガントレットと鎌を構えるふたりを前に、もうこの場でサクッと制圧してしまおうかとさえ思える。ただ鬼火力のメインアタッカーしかいないこの場で誰が暴れてもパレ・メルモニアの大規模修繕は免れないし、何より非力なメリュジーヌたちが巻き込まれるようなことがあってはならない。何を選んでも恐らく武力制圧待ったなしの理不尽過ぎる選択肢にヌヴィレットが暖かい海に還りたい気持ちを覚えていたその時、執務室の扉が勢い良く開かれた。
「ご機嫌よう!ヌヴィレット、君は今日もフォンテーヌを流れる水のように清らかで美し…うえええええええええええ?!」
何処からか聞こえてくる謎のオペラと謎のスポットライトを浴びながら現れた第三勢力、もといフリーナ。誰もいないとでも思っていたのか、入った先によりによってこのふたりが火花を散らしているのだからノックしない方が悪いとはいえ多少同情する。
「ご機嫌よう、フリーナ殿」
「お元気そうで何よりだな」
「ご、ご機嫌よう…」
そしてまだ何もしていないのにふたりから熱かったり寒かったりする視線を受けて固まっていたフリーナだったが、ふとデスクに広げられたメイド服を見付けると足早にそれに近付いていく。
「ふーん…どちらも生地は良質、肌触りと立体感を両立させつつ着心地の良さにまで気が配られた最高品質の仕立てだ。きっと着る人の気持ちに配慮して作られた素晴らしい品なんだろう」
さら、と生地に触れながら職人のような目付きでメイド服の品定めを始めたフリーナを前に持ち込み主のふたりは何処となくご満悦そうにしている。そのまま縫製や裏地を繁々と眺めていたフリーナは、バッと振り向きざまにそんなふたりを指差した。
「コホンッ!このメイド服は実に良い品だ、生地も縫製も一級品で文句なし!ただそれぞれに良し悪しがあることは理解しているかい?!」
カツンッ、と杖を打ち鳴らして召使のメイド服を手に怖気付くこともなく本人を見据える。
「まずはこっち、これは全体的に洗練としたシルエットで部分的な露出から来る抗えない色っぽさをぼかすことでヌヴィレットの肌をより美しく映えさせようとしていることはわかる。膝丈スカート、こちらも大いに結構!ちゃんとパニエもしっかりと作り込まれていて、チラリズムに対しての配慮もされているのは素晴らしいよ。ただね、この服は局所的にあるレースの透け感に贈り主の思惑も透けてしまっているんだ…」
袖や部分部分にある目立たないながらに設けられたレース生地の肌が透ける部分に触れながら残念そうに呟いたフリーナは、次いでもう一着の方に手を伸ばす。
「そしてもう一方のこっち、こちらは今度は素肌の露出を限界まで削ることで見せない美しさを引き出そうとしているんだろう。シルエットも少しゆったりさせることで身体の曲線も隠し、素体とその雰囲気が醸し出す神秘さを存分に味わえるようにしているのが見て取れる。そう、それゆえに滲み出てしまっているんだよ…この布地の下の素肌を決して見せないという独占欲がね」
そこまで捲し立てて、はぁ、と溜め息をこぼす。
静まり返った部屋には途中から完全に飽きて書類を片手にお茶を啜っていたヌヴィレットの紙を捲る音だけが響き、話しが終わったのかと一瞬顔を上げるも恐らくまだ終わっていないと解釈して再び書類に視線を落とした。
「…ふむ、確かにフリーナ殿の審美眼は疑う余地もないらしい」
「ああ、同感だな」
ちょっとは反論するのかと思っていたが、ものすごい納得しているふたり。超遠回しにむっつりスケベと言われているも同然だというのに、何も否定しないってどういうことだと無意識にツッコミそうになる気持ちを何とか抑えてヌヴィレットは無関係を貫くことに専念する他ない。というか、もう自分は逆にこの環境にいない方がいい気さえする。
「というか、そもそも僕から言わせてもらえば誰にも縛られず優雅に海を揺蕩う姿こそ至高であるヌヴィレットに、誰かに跪かせる衣服を纏わせて自由を奪うこと自体がナンセンスだと思うけど?如何にヌヴィレットを美しく、気高く、そして愛らしく飾り立てるのか!本来服すら無用の長物でしかない彼女に服という枷を嵌めるんだ、そこに君たちの下心が入り込めばたちまちヌヴィレットの美しさは翳ってしまう!それを理解しているのかい?!」
多分、ヌヴィレットに下心で変な服を着せるなと説教してくれているかもしれないが、何だか一言一句に意味不明な熱意を感じてしまう。おまけに、その熱意が何故かむっつりスケベのふたりを黙らせてしまっているのだからどうしようもない。長年の経験で触らぬフリーナに祟りなしということは理解しているヌヴィレットは、いつの間にか目の前に置かれていた手土産の琥珀糖を口に含む。見た目は乾燥していて好ましくない気配があったが、前に一度食べてみてもらいたいと言われて口にしてからはお茶に合う優しい甘さをわりと気に入っている。
「そう!ヌヴィレットに必要なのは枷ではなく自由…!陸という鎖を結わえられたその姿は元より儚く憂いを纏う…その気怠げな耽美を決して殺すことなく、けれど曇らせることもない…彼女がその素肌に身に着けるものは自由と不自由のアンチノミー、それを体現したものであるべきなんだよ…!」
目には目を、面倒なやつには面倒なやつを。意外と公爵と召使を黙らせるにはそれ以上にヤバいやつを置けばいいのかと気付きを得ていたヌヴィレットを他所に、フリーナは自らが持参していた箱から踊るように取り出したそれを翻した。
「さぁ見給え!白を基調としたブラウスは同系色のレースとフリルをあしらい、目立たせず、けれど質素過ぎずに花を添える!ボタン同士の距離を近付けることで開襟しても控えめの露出、もちろん全て閉めていても苦しくない設計さ!袖もベルスリーブにして空気が通りやすく、尚且つ袖口にもレースを入れて手元もより美しく魅せる!そしてAラインのスカートは、髪の銀色と服の白とのコントラストを意識して敢えて落ち着いた紺色からラグーンブルーの淡いグラデーション…更にミディ丈にすることでパンプスでもショートブーツでも足元が映える…!どうだい!!これこそが!!フォンテーヌが誇る!最高審判官の穏やかな休日コレクション!!!!」
スポットライトの下で決め切った風なフリーナの姿に辺りは静まり返り、そして疎らに拍手が起こる。
「ふむ…ミディ丈でもストッキングとパンプスを合わせれば美しい脚をさり気なくアプローチしつつ、他の隠された部分との対比でより艶やかに見える…流石はフリーナ殿、否の打ちようがない」
「袖口を開くことで風で服が舞った時だけ手首が見えるってことか…フリーナさんのセンスには敵わないな」
何か知らないが感銘を受けたらしい召使と公爵の様子に、フリーナは満足そうに頷く。類友でしか分かり合えないこともあるのだろうか、欠伸を噛み殺している張本人を前に謎の一体感を生み出している三人。
「公爵殿、我々もフリーナ殿を見習う必要があるようだ。彼女の言う通り我が強く出た服などヌヴィレット殿の美しさを翳らせるだけ…甘やかさと艶やかさは両立され、尚且つ神秘性を内包した服でなければヌヴィレット殿には相応しくない、そうだろう?」
「そうだな、その点においては執行官殿の言う通りだ。ヌヴィレットさんはそれこそこの水の国に相応しく如何様にもなれる…その美しさは特定の枠で区切られるものであってはいけない。俺もあんたもまだまだ発展の余地がある、ってことだな」
そしてよくわからないが、固い握手を交わして仲直りしてる召使と公爵。如何様にもなれるってそういう解釈ではない気がするというツッコミは、本人が多様性の時代だからと諦めてしまっていた。
「うんうん、ヌヴィレットを美しく着飾りたいという気持ちは人類共通の願望だからね!切磋琢磨することで新しい可能性も生まれるし、このメイド服たちだってまだまだ使い勝手はあるはずさ!」
「人類、それで大丈夫なのか」
軽いステップでヌヴィレットの元にやって来たフリーナは、その肩に手を置きながらメイド服を見てにっこりと微笑む。
「ところでヌヴィレット、今日はこれから公爵とちゃんとした会議なんだろう?」
「…予定は既に十五分押しているが、その後は君とのお茶会だけなので問題ない」
「ふむふむ、であれば――…」
す、と流れるように髪を掬って口付ける素振りをしながら耳元で囁かれた提案にヌヴィレットは少し考える素振りを見せたあと、フリーナの方に視線を向けた。
「…君の望みを聞こう」
「僕の?うーん…もし聞いてくれるのなら、今回持ってきた服をお茶会の時に着てほしいかな。もちろん初めての時じゃなくていいよ、そこは譲るさ」
いたずらっぽくウィンクをしたフリーナの言葉に肩を竦めつつ、了承の代わりに彼女の差し出したチョコレートをひとつ抓む。その返答に満足したフリーナはパンパン、と手を叩いて意見交換をしていたふたりの元に舞い戻った。
「さぁふたりとも、楽しいお披露目会もそろそろお開きだよ!公爵はヌヴィレットと仕事の話しがあるんだろう?僕らはお暇させてもらうよ」
「ああ…気付けば随分と長居をしてしまったようだ、私もお暇しよう。フリーナ殿、良ければこのまま壁炉の家にどうだろうか?メイド服の改善案を聞きたいし、何より子どもたちの中には君の熱心なファンも多いんだ」
「はぇ?!ぼ、僕なんかが行って大丈夫なのかい…?」
「安心していい、私とてヌヴィレット殿の前で君を危険に晒すような愚か者ではない」
既に時間は予定の外側を行っているのだから仕事もへったくれもないが、フリーナの鶴の一声で各々帰路に着こうと準備を始める。召使から壁炉の家に遊びに来ないかという誘いを受けてぎこちなく悩んでいた様子のフリーナも、こんな公の場で危険な誘いはしないと言いくるめられて結局誘いに乗ることにしたらしい。少し心配なところはあるが、召使が言う通りヌヴィレットやリオセスリの前である以上危険な真似はしないと見ていいのだろう。
「さて、じゃあ僕は召使と壁炉の家に行ってくるよ」
「ああ、気を付けて行くように」
フリーナの挨拶に鷹揚に頷いて返したヌヴィレットは、ものすごいどうしようか悩みに悩んだ挙げ句溜め息紛いの息を吐きながら召使に目を向けた。
「…召使殿、此度の贈り物については…一応、受け取らせてもらったと女皇にもお伝え願いたい。後程ささやかながら壁炉の家に返礼の品を届けさせる」
「返礼など気にされずとも。メイド服姿の写真をいただければそれで」
「返礼の品で勘弁していただきたい」
何だかんだスネージナヤからの公式の贈り物を受け取った以上、外交に支障がない程度のやり取りはしなければならない。メイド服に対する返礼品なんて何にすればいいのか皆目検討も付かないが、召使の写真という提案に部屋の温度が少し下がった気がしたのでとりあえず返礼品を贈ることで無理矢理納得してもらうことにする。若干、いやかなり写真じゃないことに不満は持っていそうな顔はされているが、ここで妥協すると部屋が冷凍庫になりかねない。というか国同士の返礼品にブロマイドを要求される意味がわからないのだが、何故だか普段から写真を求められがちなヌヴィレットには彼らと似たような感覚なのかもしれないと思うしかなかった。
「それではヌヴィレット殿、また近いうちに」
「次回はぜひ、手土産はなしで」
「スネージナヤの外交使節として礼儀を欠かない程度には」
とりあえずもう手土産いらないから、と念押しはするもあの顔は間違いなくリベンジするつもりの顔である。スネージナヤは外交相手を着せ替え人形とでも思っているんじゃなかろうか。あの国に関して本当に何考えているのかわからないが、敵対するよりマシだと結論付けて召使とフリーナを見送った。
「……………」
そして、ようやく訪れた静寂。
そういえば最初はこれくらい静かな部屋で仕事をしていたはずなのに、気付けばお祭り騒ぎになっていたわけで。はぁ、と来客用のソファに座って一息吐いたヌヴィレットは次いで目の前でいつの間にか稲妻伝統の土下座をしているリオセスリに脚を組み替えながら視線を落とした。
「…私は、ただ黙って座っていろと言ったはずだが」
「はい」
「何か申し開きがあるなら聞こう」
「いえ…何もありません…」
このタイミングで他人が入ってくると何かしら誤解を招きそうな状況ではあるが、わりと珍しくない状況なだけにヌヴィレットもそこまで意識が回っていないらしい。完全に叱られた犬と同じ様子のリオセスリを前に怒るに怒れなくなるのも定石なのだが、こういう時にしっかり叱っておかないとすぐ調子に乗ってしまうのだからと心を鬼にしてヌヴィレットは素っ気ない態度を取る。
「そもそも本来多忙なはずの君が、この場に居合わせていることさえも要塞の管理を放り出してきているのではないかと思っているのだが?」
「いや…仕事と趣味は両立出来るタイプなんで」
「…要塞の管理を怠らずに私の元に通っていると?」
「やることやってからヤると決めてる」
とりあえず公務を放置して遊びに来るのはやめるべきだと諭そうと思ったのに、やることはやった上で遊びに来ているらしい。当たり前のように言っているが、あの要塞の管理をたったひとりでやっていて暇なんてあるのだろうかと甚だ疑問は残るも、ヌヴィレットは人間のモチベーションが引き起こす無限の可能性にまでは理解が追い付いていないので、それはそれでまぁいいかと引き下がることにした。
「…とはいえ、最近若干常軌を逸している部分が見受けられるので少し罰を与えようと思う」
「そんな…今日だってあんたに変なもの贈り付けてくるやつとふたりっきりにするのが憚られたからで」
「結局ふたりしてその変なものを私に着せる着せないで外交問題まで引き起こそうとしていたことをもう忘れたとでも?」
「すみませんでした」
正直リオセスリの行き過ぎた愛情表現は今に始まったことではないものの、だからといって公私混同の境界くらいは見極めてもらわなければ何れ本当の問題に繋がりかねない。プライベートではそれなりに甘やかしているつもりなのだから、公の場でくらいはある程度の威厳を保ってもらいたいし、こちらも威厳やら尊厳やら多少なり担保したい。
「此度の件は下手をするとフォンテーヌとスネージナヤの外交問題に発展しかねない事態であり、私としても非常に事を重く捉えている。ゆえに君には相応の罰を受けてもらう」
怒られてすっかり尻尾が下がっているような状態のリオセスリに何かよくわからない良心が痛むのを振り切って、脚を組み変えながらヌヴィレットはデスクにまとめられたメイド服たちに視線を向ける。
「一週間、私への接触を禁じる」
そして、まるで歌劇場で判決を下すように冷静に告げたその言葉にリオセスリの表情が目に見えて曇っていく。元々歌劇場の審判ですらも雨を降らせまくるタイプのヌヴィレットは、そんな悲しげな表情を直視出来ず目線を逸らした。
「…一週間我慢したら、何してくれる?」
「……何故罰に褒美がつく前提なのだ」
「確かに外交問題にしかけたのは俺の責任もあるから罰は受けるが、とはいえ俺が止めなければあんたは外交相手の面前であられもない格好をさせられてあんなことやこんなことをさせられていたんだぞ?それを止めた分くらいの酌量の余地はあるはずだ」
「その言い方やめて欲しい」
可哀想なことをした、と良心が痛んでいたのも束の間、わりと図太いリオセスリがこの程度で引き下がるわけもなく。事実上の禁欲宣言に対してそれ以上の対価を求めてくるその姿勢に、彼がメロピデ要塞での地位を確立するに至った才能の片鱗を垣間見た気がした。
「…どうせ一週間したら我慢した分の鬱憤を晴らされるのは目に見えているゆえ、一応最終日の翌日は休みにしておこうという配慮くらいはしているのだがそれでも不満だと…?」
「あー…なるほど、ご配慮痛み入るがそれはあくまでヌヴィレットさん自身への配慮でもあるだろう?」
彼の我慢に対するこれでもかという妥協案を提示したつもりだったのだが、それでも要求事項に届いていないらしい。立場的にはこちらが説教をしているはずなのに下からの圧の方が強い現状に困惑気味のヌヴィレットの前で、リオセスリは先程まで視線が向けられていたメイド服たちを一瞥する。
「…俺は別に、他人の目に触れるものでなければ執行官殿の持ち込んだ服も満更嫌いなわけではないんだ」
その言外に含まれる意味を察してしまったヌヴィレットの表情がわかりやすく面倒だと言わんばかりのものに変わり、普段感情を表に出さない彼女が気を許してくれているのだろうと勝手に役得感を噛み締めるリオセスリは、あくまでヌヴィレットからの言葉を待つつもりで微笑んだまま口を閉ざす。
「…いつも奉仕のようなことはさせられないと言って頑なに断ってくるというのに、この服飾のひとつでそこまで信念が揺らぐものなのか…」
「基本はあんたを満足させたい気持ちの方が強いからな、そういうプレイと思えば悪くないんだよ」
「人間というのか…君の性的欲求に対する理解はこのフォンテーヌの法を全て理解するよりも難儀だな」
「ははっ、それは光栄なことだ」
俗に言う苦虫を噛み潰したような顔をしているヌヴィレットだったが、何を言っても恐らくこれ以上の妥協はさせてくれないのだろうと悟ると諦めたように肩を落とした。
「…はぁ…一週間ちゃんと我慢出来た暁にはメイド服だろうが何だろうが君の遊びに付き合おう。…これで満足か?」
妥協案の更に妥協案という最早交渉の域に達していない案を提示して、満足そうな表情のリオセスリを目の前になけなしの威厳を呈して目を細める。
「その代わり、一週間のうちに君が私に触れるようなことがあれば約束は無しだ」
妥協案とは言ったものの、あれだけ隙あらば触れようとしてくるリオセスリが一週間も我慢出来るのかと言われると恐らくノー、ここまで約束をしていれば少なくともメイド服ご奉仕プレイは免れるだろうと想定していたヌヴィレットにリオセスリは不敵な笑みを浮かべて。
「ああ、もちろん俺から触ることはないように善処しよう」
す、と手にしたデスクの羽根ペンの羽根の部分を胸から首筋、そして頬へと撫でるように柔らかく滑らせていく。ぞわりと背に這う擽ったい感覚と共に嫌な予感を覚えたヌヴィレットの表情が、徐々に苦々しげなものに変わる。
「……リオセスリ殿、」
「おっと、別に『俺は』触っちゃいないだろ?」
その瞬間やられた、と彼の言葉遊びに巻き込まれたことに気付いて無意識に唇を噛み、愉しげに笑ったリオセスリがその唇を羽根でつついた。
「約束通り『俺は一週間あんたに触らない』が、会えないのは寂しいからな。毎日暇を作って会いに来るし、懲りずにその耳元で愛を囁くよ」
そしてその羽根に軽く口付けると、それをヌヴィレットの頬から唇に再び滑らせて。
「だから…あんたは触れたい時に、触れればいい」
わざとらしく肩を竦めたリオセスリの言葉に一瞬固まるヌヴィレットだったが、次の瞬間にはその透き通る美貌に見惚れる微笑みを貼り付けてそっとリオセスリの頬に手を添えると、僅かに身を乗り出して油断しているその唇に軽く口付けた。
「――…ならば私は、君に触れて愛を囁こうか」
突然のアプローチに意表を突かれたリオセスリは暫し呆然としていたものの、すぐに気を取り直し口角を持ち上げて挑発的な表情を浮かべる。
「ははっ、根競べなら負けない自信があるぞ?」
「生憎、私とて伊達に長生きをしているわけではないのでな。我慢というものには慣れているのだ」
すい、と羽根ペンで顎を掬ったリオセスリの挑発を受け流すように、ヌヴィレットの指先も彼の顎を撫でて。
「愛らしい私服デートからのメイド服ご奉仕プレイ、楽しみにしてるよ。俺の愛しい水龍さま」
「ああ、残念だがメイド服はクローゼットで埃を被るだろうが私服でのデートは喜んで受けよう。私も楽しみにしている、我が最愛の番よ」
この瞬間、もし誰かが部屋に入ろうものならその場で卒倒してしまうのではないかとさえ思えるほどの謎の気迫で互いに愛を囁き合い、かくしてフォンテーヌのトップふたりによるあまりにも意味不明な禁欲生活我慢比べ一本勝負が誰にも知られることもなく静かに幕を開けたのだった。
結局、大人気ない煽り合戦を繰り広げたせいで三日目くらいにふたりして我慢の限界が来てしまい、原因不明の体調不良とその看病ということでふたりがどっかに消えて丸一日帰って来なかったのは言うまでもなく。贈呈されたメイド服は一度クリーニングに出された後に、人目に着かないクローゼットの奥の方に丁寧に片付けられたのだとか何とか。
夏は人を馬鹿にする
「シングルベッドで寝てみたい?」
昼下がりのパレ・メルモニアに、疑問と素っ頓狂が入り交じった声が響く。声の主であるフリーナは頬張っていたスコーンを紅茶で強引に流し込んだせいで少々噎せながら、対面で優雅に紅茶を啜っているヌヴィレットを見遣った。
「ああ、恥ずかしながら私はシングルサイズのベッドに寝たことがない。一度試してみたいものの寝室の関係は貸し借りの出来るようなものではないゆえ、何か方法がないかと思ってな」
「あー…確かに君の部屋のベッドはダブルかクイーンサイズのものだったよね。なんでまた急にシングルベッドに興味なんて持ったんだい?」
「ふむ、シングルベッドは横向きに寝そべることや寝返りを打つこともままならないことがあると聞いたのだ。想像が出来ずに一体どんなサイズ感なのか気になってしまった」
「理由があまりにもセレブ過ぎるなぁ…あらゆる方面から枕を投げられてしまうから絶対外で言ったらダメだよ」
シングルベッドが気になる、と本日のお茶会の話題を持ってきたヌヴィレットだったが、その理由は聞けば聞くだけ独身者辺りから物を投げられそうなものばかり。とはいえそもそも性質が貴族体質のヌヴィレットにそこの是正を訴えたところでどうしようもないというか、実際に高潔過ぎてもはや庶民的な思考回路なんて持って欲しくないというか。
「まるで箱入りで蝶よ花よと育てられたプリンセスのような贅沢で実に愛らしい悩みじゃないか」
「その喩えは理解に苦しむが、贅沢な悩みということは理解している。ゆえに他人にこれを明かしたことはない」
「…なるほど!この僕を!信頼に足るとして!!相談してくれたと!!なるほどね!!それならこの僕が!!全身全霊を賭けて!!君の願いを!叶えようじゃないか!!!!」
「演劇のプロが全力で発声しないでくれ…あとケーキを持って踊るのはやめたまえ」
他人に言うようなことではない些事という意味合いも含めてフリーナに相談してみたつもりだったのだが、大声量で何だかよくわからない解釈をされてやめとけばよかったかもしれないとヌヴィレットの気配にうっすらと後悔が滲む。そんなヌヴィレットの気を知ってか知らずか、皿に乗せたメロンのショートケーキを手に回ったり跳ねたりしているフリーナはうっとりと掲げたケーキを眺めるだけ眺めてソファに戻った。
「別に必ずしもという願いではないのだ、フリーナに無理をさせて何かをしたいものではない」
「いいや、違うよヌヴィレット…!君が僕を信頼に足る相手としてプライベートもプライベート、何なら布の下に隠された素肌をそっと晒すかのような秘密を明かしてくれた…それだけで僕は何としてでも君の願いを叶えたいと思えるんだ…!」
「君たちの発言を字面で見ると大体私が痴女になるのだが、もう少し配慮いただけないだろうか」
やたらやる気を出してしまったフリーナを止める術などなく、ヌヴィレットは結露した銀の器を取って少し溶けたシャーベットを口に含む。稲妻で栽培される柚子という柑橘を使ったそれは、オレンジよりも甘さが少なくさっぱりとしていて夏の陽射しが強いこの時期によく合っている。暑さや乾燥には辟易することが多い体質なのもあって、これは個人的に取り寄せても良いかもしれないとお気に入りリストにこっそりと柚子シャーベットの名前を連ねた。
「ああ、そうだ…!そもそも君が広くて大きい天蓋のあるベッドの上で羽毛の枕に沈みながら皺のない純白のシーツにその清らかな裸体を包まれて眠っていることを当たり前だと思っていた僕の先入観が視野を狭めていたんだよ」
「環境は強ち間違ってはいないが、君と私の描いている姿にとんでもない齟齬がありそうな気がするのは何故なのだろうな」
光沢と金箔が美しいオペラのケーキをつつきながら気付きを得た雰囲気を出しているフリーナに適当なツッコミを入れていると、シャーベットを食べ終わって手が空いたタイミングで次は透明のグラスを手渡される。ムースの上にカシスソースとシャンパンゼリーが乗ったそれは見た目も良く、スプーンで掬って口に運ぶと控え目なリキュールの味が甘さを抑えた甘酸っぱさが口に広がった。
「ああ…!ちいさなシングルベッドに目を閉じて横たわる美しい肢体、射し込む鈍い月明かりに照らされて皺の寄ったシーツに散らばり淡く輝く銀の髪…これこそがデカダンス…!耽美と背徳の狭間に揺れる禁忌的な芸術…!」
ただでさえ暑いというのに、よくもまぁここまで盛り上がれること。うっかり人前だということを忘れて欠伸をしかけた口をさりげなく紙ナプキンで隠しながら、ヌヴィレットは口を挟むまいと黙って紅茶の残りを啜る。それからたっぷり五分程度、口にするには少々過激な発言を繰り返して勝手に暴走していたフリーナが妄想のフィナーレと共にテーブルに乗り出してきた。
「…ということでヌヴィレット!君をシングルベッドに眠らせることは僕だけではなく、フォンテーヌの民の命をも救う可能性があると結論が出たわけだよ!!」
「どういうことかまるで理解出来かねるが」
「そこで!君をシングルベッドへ誘うために提案がある!」
「私の声は可聴範囲外か何かなのだろうか」
悉く発言が無視される機会が多いせいで、最近になって柄にもなく人間って難しい…と考えさせられる機会も増えているヌヴィレット。ひとりだけ違う周波数で会話するクジラなんかはこういう気持ちなのだろうか、なんて謎の同調をしながら明後日の方向を向いていたその鼻先にフリーナが何かを突き付ける。
「コホン、何を隠そうこの僕のアトリエ(自宅)はシンプル・イズ・ベストを尽くし華美や装飾を限界まで無くして質素と上品さを兼ね揃えていてね!その結果!目ぼしい家具は!君の望むシングルベッドしかない!!」
鼻先で揺れている可愛らしいプクプク獣のキーホルダーの先には、若干古めかしい真鍮製の鍵がぶら下がっていて。ドヤ顔で部屋自慢をしてくるフリーナのその言葉を聞いたヌヴィレットは、とりあえずこのあと最低限の家具だけは手配させようと心に決めたのだった。
「ということで、僕の部屋でシングルベッドを堪能すればいい。君の願いは叶うし、僕はベッドに眠る君という芸術作品を生で拝めるし、双方いいこと尽くめだと思うんだけど」
フリーナ曰く、シングルベッドで眠るということであればフリーナの自宅を貸せばいいのではないかということらしい。確かにそれはそれで目的としては達成されるのだが、ひとつ伝えていない懸念点があったヌヴィレットは少し悩んだ末にゆっくりと首を横に振った。
「フリーナ、君の申し出は非常にありがたいのだが…此度の件は私の我が儘でしかない、ゆえに君の住環境を侵害してまでのことは…」
「…って君なら言うと思ったから、もうひとつ提案があってね!僕の自宅の近くに空き部屋が多い単身向けのアパートがあるんだけど、そこの一部屋を僕の名義で借りてしまうのはどうだい?」
「…君の名義を使うとなると迷惑になる」
「いや?寧ろ普段は、僕の劇団の小道具なんかを置く倉庫にでもさせてもらえればいいよ。ぬいぐるみをたくさん部屋に置いていると、小道具置き場がなくて困ってたくらいなんだ」
フリーナの部屋を借りるわけにはいかないと提案を固辞したヌヴィレットは、まるで見据えていたように別の部屋を借りる提案を示されて驚いた表情を浮かべる。フリーナのしてやったり顔を見る限り、恐らく最初から二つ目の提案の方が本命だったとみて間違いないのだろう。
「何故そこまでして…」
「ふふ、夏とシングルベッド…それは一夏のアバンチュール…月も見えない夜の帳の中、互いを探すように重なる指…熱っぽく汗ばむ肌が触れ合う度にシングルベッドが鈍く軋み、その狭さは離れられない口実となってより互いを求める…!ああなんて耽美な光景だろう…!」
「…大衆向けの娯楽小説の読み過ぎか」
「娯楽小説ってのは最近の流行りをしっかりと押さえてあるからね!僕らみたいな演劇をやる人間にはマストアイテムなのさ!」
自分のためにそこまで真剣に考えてくれているのかとちょっと感情を揺さぶられていたヌヴィレットだったが、何だか微妙に喜ぶに喜びにくい背景のせいで何とも言えない表情になってしまう。というか、そんな過激な娯楽小説を演劇の糧にしていたらそのうち上演出来なくなるのではないかと心配すら覚えた。
「じゃ、君さえ良ければ僕の名義で部屋を借りておくよ!中のインテリアは退廃的かつ蠱惑、大人の隠れ家的ニュアンスを全面に押し出しつつ、禁断の逢瀬をモチーフにしながらも清廉さを醸し出す二律背反の複雑な感情を…」
「まずは自分の部屋を整えた方がいいのでは」
「僕の部屋は僕しか住まないから僕がよければそれでいいんだ!君のための部屋は君が住まうに相応しいものであるべきだからね!うんうん、俄然やる気になってきたよ!!」
本人の意向はほぼ無視されつつ、踊りながらまだ借りてもいない部屋のインテリアを熟考しているフリーナを横にヌヴィレットはポットから少し冷めた紅茶を注いで口に運ぶ。
「…部屋の賃料とインテリアに使った分は経費として申請してもらいたい」
「ふふん、鍵が出来たら届けに来るから待っていておくれ!そうだ、愛の巣だから合鍵があった方がいいね?うーん…ふたりにしか開けられない秘密の部屋…想像するだけで心が踊るようだ…!善は急げだ!今日はこれでお暇させてもらうよ!」
「足元には気を付けるように」
フリーナが普段は倉庫として使うなら秘密の部屋とやらを開けられるのは三人になるはずだが、というささやかな疑問は面倒なので紅茶と一緒に飲み込むことにする。想像の翼が羽ばたいているフリーナが優雅に一礼をしてくるくると回りながら部屋から出ていくのを見送ったヌヴィレットは、扉が閉じたタイミングで立ち上がり自身のデスクに近付くと重なった書類の下から一冊の本を手に取った。
「……ああ見えて、存外察しが良いのは相変わらずのようだ」
ふ、と微かな笑みを浮かべて。
小難しい本の中ではどうにも浮いてしまう装丁であるその本を、誰も見付けられないよう棚の奥深くに押し込んだ。
この子誰の子
某日、フォンテーヌ廷に遊びに来ていた旅人はその顔をどうしようもなく困らせていた。それは隣で浮いてたパイモンも同じで、ふたりして腕を組んで渋い顔をしている姿はそっくりである。
「…パイモン、どうしよう…」
「これは…忘れ物、になるのか…?」
「忘れ人、になるのかなぁ」
いつになく真剣な面持ちで見下ろすふたりの視線の先には、乳母車とその中ですやすやと眠る赤ん坊がいて。実はフォンテーヌの裏通りを抜けてパレ・メルモニアにでも立ち寄ろうとしたした道すがら、何故か置き去りにされている乳母車と赤ん坊を見付けてしまったというよくわからない状況。辺りを見渡しても母親らしい姿はなく、だからといっておくるみや赤ん坊の様子からも捨て子のような感じでもなさそうな雰囲気。まさかこんなところで赤ん坊を拾うとは思わなかっただけに、流石のお遣い百戦錬磨である旅人たちも困惑というわけである。
「特巡隊に届ければいいんじゃないのか?」
「ここからならパレ・メルモニアに直接出向いてもいいかもね。もし訳アリとかだったら大変だし」
「それもそうだな!すぐそこなんだから直接ヌヴィレットに聞いてみた方が手っ取り早いもんな」
とりあえず迷子枠なのでまずは特巡隊を思い描いたものの、パレ・メルモニアが目の前にあるエリアなのでこのまま連れて行ってしまおうと決める旅人たち。国の中枢機関は迷子センターではないはずなのだが、そこはヌヴィレットと懇意にしているせいで感覚が完全に麻痺しているのだった。
「…あれ?この乳母車、壊れてる?」
「あ、車輪が歪んでるみたいだぞ」
「うーん…じゃあ抱っこするしかないかな」
せっかく乳母車があるのだからと旅人が押してみるも、車輪がひとつ壊れているようで動かすことが出来ない。となれば抱っこするしかなく、旅人はごくりと慎重な面持ちで手を伸ばし眠っている赤ん坊をゆっくりと抱き上げた。
「ふ…ふぇ…ふぇえ…」
「あ、あ、旅人!起きちゃうぞ!!」
「しーっ!パイモン!静かに…!!」
「ふ…ふぇええん!ふぇええん!」
抱き上げられたことで目を覚ました赤ん坊がむずがるのを何とかあやそうとした旅人だったが、そもそも赤ん坊を抱いた経験などないことや、横で慌てて声を上げたパイモンの声で赤ん坊は目を覚ましてしまい盛大に泣き出してしまう。
「あわわわごめん旅人ぉ…!」
「わ、どうしよういい子だから泣かないで〜」
やらかしたことに気付いたパイモンが謝る中、旅人は必死に赤ん坊をあやすも泣き止む気配はない。何とかならないかと数分格闘した末、ふたりは顔を見合わせて力強く頷く。
「「ヌヴィレットのとこ連れて行こう!」」
何度も言うが、別にパレ・メルモニアは迷子センターでもなければ託児所でもない。しかし、追い詰められたふたりにとって目の前に佇む荘厳な建物は駆け込み寺以外の何物でもなく、赤ん坊を抱いた旅人は風を追い抜くスピードで重要任務『赤ん坊の運搬(安全第一)』を開始したのだった。
「ヌヴィレット!!ごきげんよう!!」
「…ご機嫌よう、旅人」
そんなこんなで約数分の全速力運搬を経てパレ・メルモニアに飛び込んだ旅人がフォンテーヌ仕込みのとりあえず挨拶をぶっ込むと、書類片手に驚いた様子のヌヴィレットが目を白黒させている。
「…さて、祝儀は如何ほどだったか。身内?になるのであれば相場は確か…」
「最高審判官のご祝儀っていくらになるんだ…じゃなくて!旅人が産んだんじゃないからな!?」
「そうか、早計な判断失礼した」
開幕から天然ボケを披露してくるヌヴィレットにパイモンが怒涛のツッコミを入れるが、そんなことなどお構い無しとばかりに赤ん坊の泣き声が執務室に響き渡った。
「…まだ産まれて間もないではないか、一体…」
「ふぇええん!ふぇええん!」
「…えーっと…とりあえず泣き止ませたくて…」
「ふむ、ではこちらで預かろう」
旅人の実子ではないことだけ理解したヌヴィレットは、未だに泣き続けている赤ん坊を旅人から受け取り腕に抱く。すると、それまで泣き続けていた赤ん坊がふと泣き止み旅人とパイモンは目を見開いた。
「な、泣き止んだぞ…!」
「うん…何かもう嵌まるべき場所にピースが嵌まったようなしっくり感…圧倒的母性…私に足りなかったものはきっとあれだったんだ…」
「わかるぞ…芸術作品とかにあるやつだよな…ヌヴィレットの母性とおっぱいには誰も勝てないから旅人も落ち込むなよな…」
「落ち込まないよ…多分フリーナよりはあるもん…」
そう、そこにあるのは聖母像を彷彿とさせる美しい佇まい。産まれて間もない赤ん坊を抱き、慈愛の瞳で見下ろすその姿は神々しい以外の言葉がなく、思わず赤ん坊に戻りたくなったしまうような謎の感情に襲われる。それが彼女の母性と慈愛のなせる業であることは理解出来るが、この圧倒的ママみの前に大の大人でいられる人間がどれだけいるのだろう。
そして過不足ない美しく柔らかいおっぱい、ふにふにとちいさな手が求めるそれこそが恐らく旅人に足りなかったもの。赤ん坊の拠り所であり、母たるその象徴は望んで手に入るものではない。故に旅人は己の力不足を痛感しながらも、それはそれで仕方ないかとやり遂げた顔をしていた。というかフォンテーヌ女子(元水神除く)なんでみんなおっぱい大きいんだろう、飲んでる水が違うのかもしれない。
「ふぅ…とりあえず落ち着いてくれたようだ。…旅人?惚けているがどうかしたのだろうか?」
「ううん、ちょっと芸術鑑賞してただけだから大丈夫。実はその子ね…」
ふわふわの母性に包まれて落ち着いた様子の赤ん坊を抱いたままサムズアップしている旅人に首を傾げていたヌヴィレットだったが、斯々然々と事情を聞くと納得したように頷く。
「…なるほど、確かにその状況であれば母親に何かしらの事情があったと見た方が良いだろう。とにかく保護してくれたことに感謝する」
「お母さん、早く見付かればいいんだけど…」
「至急、情報共有を行い子どもを探している母親がいないか確認をしよう」
状況を聞いて特巡隊などと連携した方がいいかもしれないと考え赤ん坊を片手に抱いて扉の方へとヌヴィレットが向かったその時、軽いノックと共に執務室の扉が外側から開かれた。
「やぁ、ご機嫌ようヌヴィレットさ…」
慣れた足取りで執務室に入ってきたメロピデ要塞の管理人ことリオセスリは、ヌヴィレットとその腕に抱かれている赤ん坊を交互に見遣る。そしてその数秒間でお得意の情報収集力をフル稼働させ、現状を分析した結果。
「認知する」
「産んでない」
「うちも育休制度作るか」
「だから産んでない」
最高にいい笑顔でサムズアップを決めているメロピデ要塞の有能な番犬は、こんな感じで最高審判官が絡むとわりとポンコツ寄りになる。超至近距離での会話の剛速球キャッチボールは微塵も表情を崩さないまま数秒間を押し切ったヌヴィレットの勝ちだったらしく、肩を竦めて両手を挙げたリオセスリは興味津々な様子でその腕の中を覗き込む。
「ヌヴィレットさんの子なら喜んで育てるんだがな」
「生殖機能はまだ有していないゆえ、もう少し待ってもらえるとありがたい」
「へぇ?もう少し待ってればいいのかい」
ヌヴィレットの胸に抱かれた赤ん坊を見ながら息をするようにこんな会話をするものだから、とりあえず旅人はパイモンの耳をそっと塞ぐ。子どもの教育によろしくないでしょうが、と内心でぼやくもこのふたりに関してはあまり積極的にはツッコミを入れないようにしている。最強種の天然とそんな天然を溺愛している頭が回る人間なんて、真っ向から相手にしていてはこちらの体力が保たないのである。
「――…っと、なるほどな。つまり迷子の赤ん坊を拾ったから親を探している、と」
「ああ、リオセスリ殿との約束は把握しているのだが、少々待たせても大丈夫だろうか?」
「問題ない、早めに探してやってくれ」
そんな有能バカップルは暫くの惚気話の合間にちゃっかり状況伝達まで済ましていて、ヌヴィレットはセドナに話しをするためにうとうとしている赤ん坊をリオセスリに手渡した。
「…公爵って赤ん坊似合わないよな」
「うん、なんか誘拐犯みたくなるね」
「そこ、聞こえてるぞ」
身体の大きいリオセスリの腕にいる赤ん坊の儚い姿に色々とよくわからない心配が出てくる旅人たちだったが、それについては本人もある程度の自覚はあるらしい。一方の赤ん坊はヌヴィレットではなくなったことで目を覚ましたのか今にも泣きそうなぐずり方を始めて、それを見た旅人とパイモンが僅かに慌てた様子を見せるもリオセスリは何食わぬ顔で赤ん坊を優しく揺すって器用にあやし始める。
「ああよしよし、ヌヴィレットさんほどじゃあないが少しの間だけ辛抱してくれ」
暫くするとぐずりかけていた赤ん坊は機嫌が良くなったようでむにゃむにゃと再び目を閉じて大人しくなり、一連の様子を目の当たりにした旅人たちは純粋に驚いた表情を浮かべていた。
「公爵がパパしてるぞ…なんかわかんないけど、ものすごい手慣れてるのだけわかるぜ…」
「うん…ヌヴィレットのママみもすごかったけど、公爵のパパみもすごい…はっ!まさか公爵、既に子持ち…?!」
「んなわけないだろ、俺はヌヴィレットさん以外に所帯持つ気はないからな」
似合う似合わないはさておき、なんかわからないがリオセスリの子どもの扱いがやたら上手い。雰囲気というか、赤ん坊のあやし方や赤ん坊の懐き方がどう見ても初見のものではないことだけはわかる。一瞬公爵くらいになると隠し子のひとりやふたり…と旅人の中で謎の可能性が浮上したが、それはリオセスリの圧倒的惚気によって秒で潰されたのだった。
「…リオセスリ殿は面倒見の良い性格ゆえ、こう見えて幼子がよく懐くのだ」
そんな旅人たちに笑みを向けながら話しを済ませてきたヌヴィレットが補足を入れると、公爵の過去を知った上で何となく言わんとする理由がわかった旅人はふわりと微笑む。
「私のお兄ちゃんも、すごく面倒見が良くていつも私を気にしてくれてたんだよ」
「…そうかい、いいお兄ちゃんだったんだな」
それ以上は何も言わず、ただリオセスリもその言葉に少し口角を上げて頷く。そして、傍に戻ってきたヌヴィレットに起こさないよう慎重に赤ん坊を再び託そうとしたその時、スパーンッ!っと勢い良く執務室の扉が開いた。
「やぁヌヴィレット!今日もまた太陽が嫉妬するような美しさだ…ねぇえええええええええ?!」
舞台装置のような開き方をした扉から歌い踊りながら入室してきたフリーナだったが、ポーズを決めたその視線の先には赤ん坊を渡すリオセスリと受け取ろうとしていたヌヴィレットの姿。
「ヌヌヌヌヴィレットぉ?!き、君はいつの間に美の化身から全てを包む聖母にランクアップしたんだい!?というかその細く華奢な身体で生命の創造が出来るのかい?!ああわかるよ君なら、君であれば処女懐胎も不可能ではないと言うんだね!!」
「処女懐胎でも俺が認知するけどな」
「ふたりともうるさい、赤ん坊が起きる」
タイミング悪いにも限界があるフリーナの登場にももはや全く動じないヌヴィレットの様子に、普段の苦労が透けて見えてちょっと同情する旅人。
「うっ…わかってる、わかっていたんだ…いつか愛に目覚めた君がその身に愛の結晶を宿す可能性があることくらいは…だけど…!だけど!せめて結婚式を挙げてからでもよかったんじゃないのかい!?僕はヌヴィレットの横を一緒に歩くことを夢見て三日に一度は予行演習していたというのに!!」
「だから産んでないと言っている」
もう何を言っても無駄だと判断して赤ん坊を抱きながら溜め息を吐くヌヴィレットと、フリーナの煽りを受けて日取りどうする?なんて言っているリオセスリ。パイモンはフリーナの手土産のクッキーに夢中だし、旅人もここで存在をアプローチすべきではないと判断して気配を消している。
「ああでも安心してくれたまえ!!ヴァージンロードは僕とその愛の結晶で共にヌヴィレットを…そう!ファミリーウェディングってことで――」
単独での盛り上がりも最高潮に達していたその時。
「…失礼、壁炉の家で気になる情報が入ったので伝えに来たのだが…」
コンコン、と丁寧なノックと共に現れた召使が執務室を見渡し鷹揚に頷く。
「…なるほど、ファミリーウェディングとは粋な計らいだ、日取りはいつだろうか?ヌヴィレット殿には世話になっているからな、スネージナヤを代表して祝儀は弾ませていただこう」
聡明な洞察力を以て場の空気を完全に読み切った召使の満足気な表情に、ヌヴィレットはこめかみを押さえながら。
「…だから、私は、産んでない…!!」
赤ん坊片手に杖を突き、執務室に大瀑布が降り注いだのは言うまでもなかった。
その後、召使から壁炉の家のメンバーが体調不良で倒れた女性を見付けて介抱したところ子どもがいると発覚し、迷子がいないか確認をしにきたところ既に保護されていたという背景が判明し、無事赤ん坊は母親の元に戻されたという。
ついでに執務室であまりに騒いでいたせいでヌヴィレットに赤ん坊が、だとか公爵に隠し子が、だとか謎のスキャンダルが横行して一時期フォンテーヌは右へ左への大騒ぎだったとか何とか。
それはきっとロマンとかいう
「…ふむ、夏場は冷茶が飲みやすくていい」
透き通る小振りなグラスに注がれているそれに口を付け、ふぅ、とヌヴィレットはちいさく息を吐く。氷が浮かぶグラスを満たす見慣れない薄緑の水は稲妻で常飲されている緑茶と呼ばれるものらしい。珍しくフリーナから自宅に招かれたので何があったのかと思えば、この緑茶を旅人からもらって淹れ方を教わったが茶器がフォンテーヌのものではないため持ち運べないということだった。確かによく見れば紅茶のポットより幾分ちいさく、違うと言われればそうなのかもしれない。
「どうだい?紅茶とは温度も淹れ方も全く違うものだからね、上手く出来るか少し不安だったけど…ヌヴィレットの口に合ったなら嬉しいよ」
「緑茶というもの自体は知っていたが、実際に口にしたのは初めてだった。苦みと甘さのバランスが整っていてとても良い味だと思う」
フリーナに招かれたとて今日も公務がないわけではなく、結果夕方過ぎに夕飯も兼ねて訪問するような形になったヌヴィレットだったのだが、未だ夏の暑さは陽の高いうちには治まる気配がない。肌を直射日光に晒すなと散々言われて持たされた日傘を差して出向いたものの、うだる暑さに倒れるか否かの寸前でようやくフリーナの自宅に辿り着いて溶けかけた状態で回収され、氷で冷やされた冷茶をもらい息を吹き返して今に至る。
「公爵の紅茶も悪くないけど、たまには僕が淹れたお茶ってのも悪くないだろう?」
「…そこについては回答を控えさせてもらおう。壁に耳あり、障子にリオセスリと言うのでな」
「そんな恐ろしいことわざ稲妻にはないと思いたいね」
流石にパレ・メルモニアではないのだから少しくらい公爵にマウントを取ってやろうとしたが、ヌヴィレットの言葉を聞いてフリーナの顔が渋くなる。というかパレ・メルモニアでも何かと嗅ぎ付けてくるのは到底おかしい話しなのだが、何故か公爵に関しては有り得そうな気がしてしまうのだから怖い。
「…ところで、少し相談があるのだが」
カラン、と涼しい氷がぶつかって涼し気な音を立てる中、ふとヌヴィレットが思い出したように声を掛けるとそれまでキッチンで右往左往していたエプロン姿のフリーナが勢い良く振り返った。
「なんだい?!この僕に!!ヌヴィレットが相談を!!したいと!?」
「フリーナ、鍋が吹きこぼれている」
「ああ美しい乙女の悩み…それは甘い蜜…一滴が溶けた水はさぞ甘美だろう…!」
「とりあえず火をとめてくれ」
ああ、声掛けるタイミングを間違えたな、とすっかり吹きこぼれている鍋を指しながらお玉片手にキッチンで踊るフリーナを諌める。世界に入り込んでいるフリーナではあるが、踊りながらでもコンロの火は消してくれたので一安心しながらヌヴィレットはお茶請けとして出されていた透明な饅頭のようなものを手にして不思議そうに眺めた。
「それは水饅頭っていう冷菓だよ、稲妻では夏のお茶請けの定番なんだって。…で?相談ってのは?」
「急にテンションが落ち着くと困惑するな…」
すん、と突然落ち着いて普通に話し始めるフリーナのスイッチの切り替えには今も慣れないが、とりあえず落ち着いてくれたのでつるりとした水饅頭を菓子楊枝で切りつつ口を開く。
「最近、リオセスリ殿に寝衣をもらったのだが」
「ええ…着ないってわかってるものを公爵は律儀に贈り続けているのかい?」
「…そこは否定出来ないが、私が妥協出来るよう肌触りから生地の薄さまで考えてくれているのだ」
「君が妥協出来る寝衣ってネグリジェがベビードールくらいだろう?それをそこまで拘ってる公爵も大概だと思うんだけど」
相談しようにも、出鼻からこれである。とはいえこればかりはヌヴィレットの日頃の行いがそのまま仇になっている状態なので何も言えず、おまけにフリーナの指摘も実際に贈られているものを明確に指しているのだからぐうの音も出ない。
「…とにかく、リオセスリ殿は私のために色々と考えて贈り物をしてくれている。ゆえに私もその気持ちには応えるべきだろうと思い、先日贈られたものを着てリオセスリ殿を寝室に迎えた」
「へぇ…ヌヴィレットが……ん?君が?公爵が考えたさいきょうのベビードールを着て?寝室で出迎えた?」
「最強のベビードールとは一体」
さっさと本題を話さないと一生同じところで話しがループしそうな気配を感じたヌヴィレットは、思考回路がフリーズしているフリーナを無視して話しを進めた。
「そうしたら、何故か私を見たリオセスリ殿が勢い良く私をシーツでぐるぐる巻きにしてきて、そのままベッドに放り込まれて気付いたら朝だった。…これは、私の魅力が足りなかったからなのだろうか。私にはリオセスリ殿があの時何を思ったのかがよくわからず、情緒豊かな君なら何か答えを知っているかもしれないと恥を忍んで聞いてみたのだが…」
ただ、文字通り恥を忍んで伝えてみた相談は話していくことでヌヴィレット自身の気持ちをもやもやと曇らせてきてしまって。しかしまぁ、そんなヌヴィレットのもやもやを前にフリーナの表情はにっこにこの笑顔へと変わっていく。
「なるほどなるほど、ちなみに君はどんな格好で出迎えたんだい?」
「淡いコバルトブルーの生地に銀の刺繍が施されたとても上品で着心地の良いものだった。下着とセットになっていたゆえ、揃えた方がいいだろうと思い上と併せて着ていた」
「ふぅん…それは…うん、それはダメだよ…いや、いいんだけど…よくない…美しさは時として人を狂気に導くんだ…君のその陶器のような肌が薄い生地から微かに透ける…ああ、なんて罪深い…その肌を見たいと赦しを乞う人の愚かよ…」
「それは一体どういう感情なのだ」
なんか言ってることはいつものことなのだが、満面の笑みのまま床に膝を突いて天を仰いでいるというあまりにも感情が読めないフリーナの姿を前に素直に混乱するしかない。
「リオセスリ殿も『俺はなんてことをしちまったんだ』と謎の後悔を滲ませていたが、一体私の姿は君たちに何の影響をもたらしたのだろうな…」
「産まれたままの姿ですら美しい君を更に着飾ったことで公爵は禁忌に触れたのさ…ああいけない、月明かりに透ける肌は素肌よりもずっと蠱惑的なんだ。君の肌に纏われた生地がどうその素肌を艶めかせたのか…想像するだけで罪深い感情に苛まれるよ…!」
「それは罪深いではなく、もはや犯罪なのでは」
相変わらず人の裸を想像してよくここまで盛り上がれるものだ、と想像力が飛躍しがちなフリーナにある意味感心していたヌヴィレットは、浮かない顔で微かな溜め息を漏らした。
「…ともかく、私はただ…リオセスリ殿に喜んでもらえればと思っていただけなのだ。それが何を以てこうなってしまうのかがわからない以上、やはり身の丈に合わないことはやめた方がいいのかもしれないな…」
ただ、自分をいつも一番に考えくれる彼に何か返せればと思っていただけ。そう呟いて自嘲気味に笑っていたヌヴィレットに、フリーナはばっと顔を上げて立ち上がると勢い良くキッチンに再び飛び込みものすごい勢いで作りかけの料理を仕上げ始めた。
「ああああもう!!こんなに可愛くて美しくて純真なヌヴィレットが!!こんなに献身的に尽くすなんて!!もう!!公爵のバカ!!どこに行ったってヌヴィレットは!君のことばっかじゃないか!!」
ばばっと職人技のように鍋から皿に盛り付けられていくそれらを呆然と眺めるヌヴィレットを他所に、フリーナは荒ぶる感情を料理にぶつけ続ける。
「大体さ!選んだ時点でどうなるかなんて想像出来ただろうに!!あのヌヴィレットが!仮に透けるベビードールなんか着たら!普通に考えて!着衣のエロスに!!全世界が!スタンディングオベーションするに決まってるだろ?!」
いや、そんなわけはない。と喉元まで出ていた言葉は、フリーナの圧倒的な熱量の前に海の底に持ち帰えることにした。何を作っているのかさっぱりわからないが、キッチンで暴れている人間を刺激するのは事故を誘発しかねない。
「はい!夕飯はスープパスタだよ!!」
「…ありがとう」
「今度公爵に会う時には、事前に『今夜は君のための姿で待っている』って伝えてあげるといいよ。君みたいに清らかな乙女が急にエロスを纏うと、公爵でも混乱してしまうってだけさ」
「……ありがとう」
キッチンで全てを吐き出したフリーナではあるが、結論ヌヴィレットが幸せならオッケーですスタイルであることは変わらないのでしっかりとアドバイスすることは忘れない。素っ気ないようなアドバイスではあったが、不安を払拭する的確な答えにヌヴィレットは安堵した柔らかい笑みを浮かべた。
そしてウェイトレスも驚きの謎体幹で運ばれてきた少し深い皿には、シーフードとコンソメベースのスープパスタが盛られていて。あれだけキッチンで大仕事をしていた風に見えていたが、どうやらパスタを茹でてレトルトのスープを湯煎していただけという事実は優しいヌヴィレットの心の中にそっと仕舞われることとなったのだった。
可愛くって御免遊ばせ
某日、パレ・メルモニアにて。
例の如く執務と執務の隙間時間にやって来てお茶会を開催するフリーナに付き合っていたヌヴィレットは、透明のポットの中で揺れる変わった色の茶葉を眺めながらふと思い付いたことを口走った。
「…そうだ、フリーナ殿に相談があるのだが」
それは決して、いや本当に決して深刻な表情をして言ったわけでもないし、言うなれば今日はいい天気ですね程度の感覚でちょっと相談出来ればと思っての言葉だったはずなのだが、その言葉を聞いたフリーナは焼き立てのシフォンにクリームをサーブしていたスプーンをカラン、と取り落とし何故かわなわなと震えながら目を見開いていて。
「な、なんてことだ…!あのヌヴィレットが、高潔で美しくその圧倒的な権能を以て他者を裁き慈しむ歩く美の象徴であるヌヴィレットが!この僕に!誰にも知ることが叶わないその心の内を吐露してくれると?!どうするんだい僕!?たった五百年の知識と経験だけしかないこの僕が!彼女の心の靄を晴らすことが出来るのか?いや、やらねばなるまい…決して涙をこぼさないその頬に悲しみの涙を流させることなど断じて赦されない…!フリーナ、君になら出来る!いや、君にしか出来ない!このフォンテーヌの未来とヌヴィレットの心を救うことが出来るのは僕だけしかいない━━…!」
ここまでたっぷり、約三分。
時間の感覚が別に鋭いわけではないが、ヌヴィレットが毎日処理している手元の書類を一枚処理するのに大体三分くらい、フリーナが盛り上がってから着手した書類がちょうど書き終わった頃合いなのでそのくらいと見て間違いないだろう。
「━━…で?僕に何を相談してくれるんだい?」
「…もしかしなくても、今の三分は君の心の内がだだ漏れていただけなのか」
「おっと、僕としたことが失敬失敬。君が相談してくれることなんてあまりないからね、少々緊張してしまっていたんだよ」
「今のが緊張…人間の感情は本当に難しいな…」
スポットライトを浴びながら盛大なオペラのような心の内を明かしてくれていたらしいフリーナが突然すん、と真面目な顔でこちらを見てくるのだから温度差に若干困惑する。今のオペラが緊張を表しているというのであれば、人間とはかくも感情表現が難しい生き物なのだろうとさえ思えた。
「まぁまぁ、僕の溢れ出す情熱を君に理解させるにはまだ時期尚早だとわかっているよ。お茶も用意出来たことだし、早速ヌヴィレットの心を曇らせるものは何なのか僕に話してごらん」
「いや、別にそんなに真剣な話しでは」
「真剣に決まっているだろう?!だってあのヌヴィレットが!僕に!その清らかな胸のう、」
「わかった、早速相談させてもらおう」
下手に刺激すると再びオペラが開演しそうな気配があったので、美しい手捌きで渡されたカップを受け取りながら勢い良く話の腰を折っていく。他人の話しに割り込むのはあまり得意ではないが、フリーナ相手にそんな悠長なことを言っていたら最終的に執務室はエピクレシス歌劇場と化すので最近は致し方ないと割り切ることにしていた。
「つい最近、私とリオセスリ殿と召使殿、そしてシロネン殿の四人でとある秘境に向かったのだが」
「ストップ」
「いや、まだ相談内容は伝えていない」
「そうじゃなくてぇ!なんでそんな殺意高いパーティで行ってるのさ!?君たち元素反応無視して殴り飛ばすやつばっかりで!明らかにバフ要員で添えられただけのシロネンさんが可哀想じゃないか!」
とりあえず相談内容を伝えようとした瞬間、想定していないところで制止が入ってしまう。言わんとすることはわからないでもないが、正直旅人のパーティ編成はぶっ飛んでいるとリオセスリも言っていたので、ヌヴィレットとしてはあまり気にしていないというのが本音で。
「私とフリーナだけで螺旋に出向くよう要請するような旅人なのだ、今更驚くことでもなかろう」
「そうだけど!そうだけどさぁ…!わかったよ!とりあえず先に進めてくれ…」
フォークでぷすぷすとシフォンを刺しながら不服そうな雰囲気のフリーナだが、これ以上ヌヴィレットを追及したところで何も出てこないだろうと話しの先を促す。
「うむ、それで…秘境に入って最奥部に向かう道中に諸般の事情でごく自然に勝負下着とやらについての話しになったわけなのだが」
「一体全体どんな諸般の事情があったら自然にそんな圧倒的セクハラ紛いの会話になるんだい?一周回って内容が気になるんだけど」
「君がよく私の裸体で盛り上がっているだろう、大体あんな感じの流れと思ってもらえればいい」
「くっ…あまりにも想像出来過ぎてぐうの音も出ない」
とはいえ話しの先を促したところで出て来たのは唐突なセクハラトークに巻き込まれたというのっぴきならない話題で、穴だらけのシフォンをフォークの先に突き刺したままドン引きしていたフリーナだったのだが、話題の出処というのか方向性は自分と変わらないと言われて変なダメージを受ける。ヌヴィレットとしても話題性に問題があると理解はしていても、面子が面子だったこともあって抗うのに疲れていたのだから仕方ない。
「それで?まさか君の勝負下着を教えたのかい?」
「そもそも勝負下着というものの概念がわかっていない私が、どうしてそんな話題に入っていけると思う?」
「それもそうか…どうせ君とシロネンさんを置いてきぼりにしてあのふたりがお聞き苦しい猥談でも繰り広げたんだろうね、ご愁傷さま…」
「勝負下着談義に関しては私以外で盛り上がっていた、というのが正しいな。シロネン殿はそういった話題も嫌いではないらしい」
話題が話題なだけにまさかヌヴィレットが自分自身の勝負下着を教えたのかと戦慄くフリーナだったが、そんなものの存在すら知らないので話題の意味もよくわからなかったと言われほっと胸を撫で下ろす。女性の下着事情なんて猥談に、このフォンテーヌの至高の美である彼女が加担しているなんて到底許容出来ない。ちなみにシロネンは酒の肴になる話題は何でも好きらしく、特にこういった件の抑止力にはならないらしい。
「それで…公爵と召使が好き勝手騒いでいた、と」
「私の下着事情を事細かく把握しているリオセスリ殿と、頻繁に贈り物として下着を贈ってくる召使殿によるマウントの取り合いが発生してしまった」
「僕が言うのも何だけど、すごい地獄絵図だねぇ」
状況としてはある程度想定通りというのか、何故か自称最高審判官の下着事情を網羅しているムッツリ要塞管理人とスタイリッシュセクハラ執行官のあまりにも程度の低い口論が白熱していたのだとか。その様子を語る当のヌヴィレットは実は秘境の湧き水のチェックに勤しんでいて何も関わってはいないのだが、そんなことなど知らないフリーナはシフォンをたっぷりのクリームにくぐらせながら嘆かわしいと言わんばかりの表情を浮かべていて。
「ところで、勝負下着というのは一体どのような下着を指すのだろうか。ふたりの話しを聞いてはいたのだが、いまひとつわからずじまいで困っている」
「あー…別に知らなくても困らないとは思うけど。まぁ勝負下着ってのは好きな人と会う時に身に着ける下着のことで、お洒落の一環というのか…とにかく自分の一番好きな下着のことだよ」
「…好ましい人物に会うためにわざわざ見えない下着に気を遣うということだろうか?衣服や化粧といったものは外見を補正するためだと理解出来るが、特段晒すこともないものにまで拘る理由は一体…」
ひとりだけ理解が追い付いていない環境が若干不服らしいヌヴィレットから勝負下着について事細かく説明を求められ簡単な説明で済ましていたフリーナだったが、案の定まるで納得していない様子なのでコホンと咳払いをしておかわりのオレンジピールのシフォンを取り、意味深な笑みを浮かべながら口を開いた。
「…君だって、公爵の元に行く時は下着くらい気にするんじゃないのかい?」
ちょっとだけ意地悪をしようと口にしたはいいものの、いざ自分の口からふたりの関係を認めるような発言をすると何となくダメージが来る。別にヌヴィレットが幸せならそれでオッケースタイルなので文句を言うつもりはないのだが、それはそれとして推しが結婚したことを祝福したい自分と解釈違いだと悔やむ自分が現れるのはどうやら世界共通らしい。
「リオセスリ殿の元に行く時は、基本的に贈ってくれたものを着ていくだけなのだが」
「だよね!!それでこそ僕のヌヴィレットだよ!!自分から色気付くのではなく、あくまで公爵の思うがままに彩られていくだけの無垢な身体!!清楚な衣装の下に秘められた独占欲…!嗚呼、君のその美しい身体を彼が全て手に入れてしまうことは悔しいけれど、彼の手でしか輝けないというのであれば僕はそれでも構わないのさ!!」
「ちょっと何を言っているのかわからない」
「圧倒的!!解釈の一致!!!」
謎過ぎるジェラシーにハンカチを噛んでいたフリーナだったが、別にヌヴィレットが意識して下着なんて選んでいないと聞いて全身全霊で親指を立てる。もはやいつも通り放置しておくしかないか、とヌヴィレットは少し冷めたハーブティーを啜りながら舞い踊るフリーナを眺めてバニラのシフォンを抓む。スポンジケーキは水気が少ないのであまり得意ではないのだが、柔らかめのクリームが水気を補ってくれていてそれはとても食べやすかった。
「ヌヴィレット!!ところで君はいつも彼にどんな下着を贈ってもらっているんだい?!僕は君の白磁の肌が如何なる色で染められているのか、気になって気になって脳内の想像が飛躍してしまいそうなんだよ!」
「別に下着を見せるくらい構わないが…それを外で叫ぶと警察隊を呼ばれるから控えるように」
端から聞くととんでもないセクハラ発言だが、とうに慣れてしまっているヌヴィレットは気にもせずフリーナを執務室から入った自室の衣装箪笥に案内すると下着を片付けている引き出しを開いた。
「なっ…!?この大人の魅力を引き出す赤とそこから生じる過度なセクシーさを引き締める黒レース、そして所々に可愛らしさのアクセントとして花の刺繍が施された小悪魔的ランジェリーは一体?!」
「それは召使殿が最近贈ってきたものだな」
「こっちのまるで海の精霊を思わせる清楚な透け感ブルーと肌を見せず隠さずの際どさを追求した重ねの白、可憐と美を両立させたランジェリーは?!」
「そちらはリオセスリ殿が見繕ったものになる」
引き出しの中に丁寧に収められていた数セットのランジェリーたちを見て、フリーナが歓喜の悲鳴を上げながらそれらを見極める。全て贈り物で自分が購入したものはないというのもおかしな話だが、そんなことはあまり問題ではないらしい。
「くぅぅうううっ…!なんて素晴ら…いや、破廉恥なランジェリーたちなんだ…!こんな…こんなものをヌヴィレットに着せるなんて…!!これは一言ふたりには物申しておかないといけないね!!」
何故破廉恥だ何だと言いながら下着を漁っては膝から崩れ落ちて天を仰いでいるのか甚だ疑問ではあるものの、ふたりに物申したいという言葉でふとあることを思い出したヌヴィレットが口を開く。
「そうだ、相談したかったことというのが、下着についてマウント合戦をしていたリオセスリ殿と召使殿が未だに秘境で口論(物理)をしているゆえ、それを止められないかと思って…」
「なぁるほどね!?いいだろう!このフォンテーヌ最高のハイセンスの持ち主である僕が!!不毛な争いに終止符を打ってやろうじゃあないか!」
「秘境の場所は地図にマークした、気を付けていきたまえ」
「ふははは!!この僕の考えた月明かりの射し込む夜の海で揺蕩う人魚姫をモチーフにした、神秘と現実の相反する背徳の美をふんだんに取り入れたフルカスタマイズランジェリーに恐れ慄くがいい!!」
かれこれ丸一日以上秘境でセンスの殴り合いをしている躾のなっていない番犬と暇な執行官の元に緊急参戦を決めるべく、フリーナは悪役も引くレベルの高笑いを残して去っていく。まぁ相手が氷と炎なのでフリーナであれば凍らせたり消火したりで何とかするだろうと送り出したヌヴィレットは、残された部屋で散らかった下着を手にため息ひとつ。
「…着ても脱いでも喜んでくれるゆえ、あまり気にしたこともなかったな…」
拘りまくった下着たちに正直着脱が面倒としか思っていなかったことはそっと胸の中に隠して、今夜くらいは少し考えて着ていくべきかと贈られたそれらを見て少しだけ口角を上げた。
素顔美人 ☆NEW☆
後日追加予定