リオセスリに誘われて、アフタヌーンティーを共にするヌヴィレット。
そこで紅茶に溶けた想いに触れ、幸せなひと時を過ごすお話。
ホワイトデーの贈り物をテーマにした作品です。
@otroom0v0
パレ・メルモニアの一室に訪れたヌヴィレットは、ふわりと香る紅茶の匂いに包まれた。大きな窓から差し込む陽光が、室内を明るく照らしている。そんな部屋の中で、想い人がアフタヌーンティーの支度をしていた。
「お、もう来たのか」
ヌヴィレットに気付いた彼が、肩に引っ掛けたコートを翻して振り返る。
「ごきげんよう、リオセスリ殿」
自然と唇に微笑みが浮かぶ。そんなヌヴィレットに、リオセスリが愛嬌のある笑顔を向けた。
「ちょうど準備ができた頃なんだ。仕事はもういいのかい?」
「ああ。きりのいいところで休憩をとらせてもらった」
テーブルへ近寄れば、ふた切れのパイとティーセットが視界に入る。
「気に入ってる店でアップルパイを買ったんだ。何がいいか迷ってたら、予定より遅くなって焦ったよ」
椅子を勧められて席に着くと、リオセスリが紅茶を淹れてくれる。フレーバーのない、クラシックな茶葉のようだ。スモーキーな濃い香りが立ち昇り、ヌヴィレットは穏やかに目を細める。支度が出来ると、リオセスリが対面の席に着いた。彼は足を組み、ゆったりと頬杖をついて、ヌヴィレットに話しかけてくる。
「予定を合わせてくれて、感謝するよ。多忙なパレ・メルモニアの職員から、クレームが入らなければいいんだが」
「心配には及ばない。約束の時間までに、ある程度の仕事は処理しておいた。彼らが困ることはないだろう」
それを聞いたリオセスリが、朗らかに笑った。
「そいつはよかった。なら、しばらく俺がひとり占めしても、誰も文句は言わないってことだな」
からかうような眼差しに、微笑みで応える。
「それにしても、君からアフタヌーンティーに誘われるとは思わなかった」
「いつもあんたに貰ってばかりなんだ。たまにはお返しをしないとな」
そう言いながらリオセスリが、紅茶に砂糖を入れ始める。ティースプーンで優雅にかき混ぜる様を眺めながら、ヌヴィレットは居心地の悪さを感じていた。脳裏に浮かぶのは、リオセスリに贈った、十缶で半額のお茶。彼はいまだに飲み続けているという。
「……私は君を困らせているのだろうか」
「いやいや、あんたの心遣いは嬉しいよ。ただ、何事にも適量ってものがある。それさえ分かってくれれば、俺から言うことは何もない」
優しく微笑んだ後、リオセスリがカップを手に取り、紅茶を味わう。その様子を眺めていると、彼がアップルパイにフォークを入れた。パイ生地がさくっと音を立てて、中のフィリングがこぼれる。それを器用に掬って、ひと口頬張った。
「……ん、旨いな。シナモンが俺好みだ」
柔和な垂れ目が、すうっと細められる。言葉よりも雄弁に物語る表情が、とても好ましくて。ヌヴィレットは思わず、表情を緩めてしまった。するとリオセスリと目が合い「ん?」とのぞき込まれる。
「どうして俺を見るんだ? お茶が冷めちまうぞ」
「……ああ、すまない」
ヌヴィレットはティーカップを手に取ると、ひと口飲む。温かな湯気と共に、濃い香りが鼻を抜けていった。そしてコクのあるまろやかな味が、口の中にじんわりと広がる。
――……その瞬間、ヌヴィレットの心にひとつの感情が触れた。
それは、甘く豊かな感情だった。相手を慈しむ、一途な気持ち。そして舞い上がるような喜び。水に溶けたその感情は、紛れもなく、作り手から注がれたものだった。ヌヴィレットは目を細めてじっくり味わうと、ティーカップをソーサーに戻す。ほうっと息を漏らすと、リオセスリが爽やかに笑った。
「お茶が気に入ったのかい?」
その問いかけに、ヌヴィレットは微笑んで「ああ」と答えた。
――何よりも美味で、素晴らしい味わいだった。
余韻が消え去る前に、アップルパイへ手を伸ばす。フォークで小さく分けると、口の中へ運んだ。甘く爽やかな林檎の風味と、それを引き立てるシナモンの刺激。香ばしいパイ生地が、それらを優雅に包んでいた。口の中でほろほろと崩れ、フィリングと絡みあうのが心地いい。料理人の努力を感じて、ヌヴィレットは感嘆と共に頷いた。
けれど、リオセスリが淹れてくれた紅茶には敵わない。
「とても美味しいアップルパイだ。よい店を知っているのだな」
素直に賛辞を述べると、リオセスリが目を細めて言った。
「俺の最高審判官様を、喜ばせたかったからな」
そう言って茶目っ気のある笑顔を浮かべるものだから、ヌヴィレットはたまらない気持ちになる。
――ああ、きっとこの感情が、愛なのだ。
メリュジーヌに向けるものとは違う、尊い感情。それを教えてくれたのは、リオセスリだ。ヌヴィレットは穏やかに目を細めて、静かに微笑む。目の前にいるリオセスリが眩しく思えるのは、きっと陽光のせいではない……そのことを噛みしめながら、彼が淹れてくれた紅茶を飲んだ。
スモーキーな香りと、甘く豊かな感情……相反するそれは、まるでリオセスリを体現しているかのようだった。