当たり前田のed3ヴァヴォ和解後
ヴァヴォとライルがおしゃべりして仲良くなるところが見たいがために書き始めたら錬成された、ライル主人公のほのぼの辺境域冒険小説。 長いですすみません。でも皆可愛いのでぜひ読んでみてクレメンス!
@RomaofMagmell
「『ダム湖のでかいバケモノ魚』?なんだそれ?」
突然相棒が切り出してきた語彙力の低い単語を、俺は復唱する。俺の感情を代弁するように、談話室の暖炉の薪がパチン、と弾けた。
読んでいた薬学書から、怪訝な表情で俺が顔を上げると、向かいに座って道具の整理をしていた相棒、ロマが、顔いっぱいに好奇心の色を滲ませながら身を乗り出してこちらを見ていた。
「ライルは聞いたことねーか!
なんでも、屍人の森のダム湖に満月の深夜にだけ会える、めちゃくちゃデカいバケモノみたいな魚がいるらしいんだよ!最近のマグメル、この噂で持ちきりなんだよな。」
「はあ?魚って言ったって…屍人の森のダム湖はとうの昔に干上がってて、水がないだろ。」
「それが不思議なんだよ…この噂、実はダム湖が干上がってから流れ始めたみたいなんだ。でも実際に見たってやつが後を絶たなくてさ。」
相棒が神妙な顔をして腕を組む。
「で、ここからが本題なんだけど、百聞は一見にしかず!!俺らで見に行ってみねぇ??
ほら、最近あんま一緒に旅することなかったしさ!!」
俺も大概コイツに甘いな、と思いつつも、太陽のような笑顔でこう言われては、断るよしもない。
俺はつられて少し笑いながら、承諾の意を返す。
「いいぞ。俺もちょうど、休暇を持て余し気味だったからな、久々に遠出でもしたい気分だ。」
「ぃやったーーーー!!!そうこなくっちゃな!!いつにする???なんとタイミングよく3日後が満月なんだけど…」
「タイミングもクソも…お前、それがわかってて話振ってきたんだろ…。俺は空いてるぞ。」
机に頭を寄せ合って、相棒と旅の作戦会議をしていた時だった。
「ずいぶん、楽しそうな話をしているね。」
「ッッッぉわ!!??」
「あ、先生!お疲れ様ッス!!」
突然背後の至近距離から声をかけられて、危うく椅子から転げ落ちそうになった。後ろを振り返ると、ヴォーダ家の若頭であり、ここマグメルの長でもある全身黒ずくめの長身の男、ヴァレンティン・ヴォーダが、にこやかな笑顔を浮かべて俺の真後ろに立っていた。こんな大男に近寄られても全く気配を感じなかったことに、衝撃を覚える。
「ふふ、すまない、驚かせてしまったかな。
仕事の合間に談話室で一息入れようと思ったら、面白そうな話が聞こえてきたものだから。」
俺の反応がお気に召したのか、クスクスと笑いながら彼は言う。
融和の月の一件以降、黎明の旅団とヴォーダ家との連携が強化された関係で、彼、ヴァレンティンと会って話す機会は時々あった。
彼はいつも、何を考えているかわからない微笑みをサングラスの向こう側に浮かべていて、正直、俺は彼が苦手だった。
しかし、今の彼は、以前感じていた食えない印象が全くなく、悪戯好きな子供のような雰囲気を纏っている。この雰囲気は、相棒がよく話す「ヴァレンティン先生」の姿と合致していた。なるほど、こちらが彼の本質に近い姿なわけだ。
「あ、そうだ!良ければ先生も、一緒にダム湖のバケモノ魚、見に行きません?」
「おや、嬉しいお誘いだが、ご一緒してもいいのかい?ちょうど大きな仕事に目処が立って、少し余裕ができたところだったんだ。」
「!…お前、勝手に!」
「ライルごめんっ!でも俺、2人に仲良くなってほしいんだよ!絶対気が合うからさ!!」
ぎゅっと閉じた目の前で両手をすり合わせながら、頼むよ〜!と懇願する相棒にすっかり毒気を抜かれて、俺はため息をつく。
「…まあ、彼が同行するのは構わないが…そうなると移動手段はどうするんだ?
3人ではお前のバイクも使えないし…流石に歩きでは、3日で屍人の森には行けんぞ。」
「転移術式でも使うかい?」
「いやぁ、せっかくなら冒険!って旅がしたいから極力術式は……って、あ!!!」
相棒が突然目を見開いて大きな声を上げる。コイツがこういうリアクションをするときは、大抵突拍子もないことを思いついたときだ。
「どっちかにジェイルに入ってもらって、もう1人はバイクに乗ってもらえば、3人でもバイク乗れるくね!!??ヤバい、今日の俺、天才かも!!」
「なるほど、確かにその手があったか。それじゃあ急に同行させてもらうことになったし、私はジェイルにお邪魔させてもらおうかな。」
「ロマの運転は悪路だと酔うからね…」と遠い目をしたヴァレンティンが小声でこぼすのが聞こえた。俺も身に覚えがある、妙なところで思い切りの良い相棒の運転技術を思い出す。どうやら彼も被害に遭ったことがあるらしい、少しヴァレンティンに親しみを感じてしまう。
「あ、あともう一個!!ルゥも誘って良いか?」
「まだ増やすのか!」
「ここまできたらあと1人ぐらいいいだろ!ルゥなら俺の心臓に入れるから問題ないし!
それに、ルゥはああ見えて冒険がすげぇ好きなんだよ。ライルも黎明の旅団の旅の話、よく聞かれるだろ?連れて行ってあげたいんだ!」
「いいんじゃないかい?大人数の旅は私も経験がないからね、面白そうだ。」
長い付き合いだ、こうなった相棒はてこでも意見を変えないことは重々承知している。俺はもう一度、ため息をついた。
「はぁ…、お前がいいなら、もうそれでいいよ。」
「やった!ありがとうライル!先生!
よーし、そうと決まれば作戦決行は3日後!朝イチでマグメルのエレベーター前集合な!」
こうして、なんとも珍妙なメンバーで構成された、『ダム湖のでかいバケモノ魚捜索チーム』が結成されたのだった。
ーーー3日後の朝。
「あの…本当に私、こんな錚々たる皆さんの旅にお供してもよろしいのですか…?」
集合場所に集まったメンバーの顔ぶれを眺めて、白い少女、ルゥが後ろめたそうな顔をしている。
「だーいじょーぶだって!ライルと先生からは言質とってるから!!ルゥもバケモノ魚の噂は気になるって言ってただろ?
そんな顔してないでさ、久しぶりの冒険なんだし!楽しんでこー!!!」
元気なのは何よりだが、相棒の朝からやかましいこと、この上ない。俺は眉間にシワを寄せながら、相棒の脇腹を肘で小突く。
「おい、まだ寝てる奴もいるんだぞ。もうちょっと声を落とせ。」
「そうそう、書き置きはしているけれど、ノアに黙って出てきているからね…。バレたら大変だよ。」
ヴァレンティンがしれっと怖いことを言った気がするが、聞かなかったことにする。俺たちはなるべく静かに、エレベーターから外に出た。
「よし!そんじゃ、打ち合わせ通りに!
ルゥと先生は俺に憑依してくれるか?」
2人はこくりと頷くと、それぞれが黄金色の奔流となって、ヴァレンティンはジェイルへ、ルゥはロマの心臓へ吸い込まれていった。
残る俺は、ロマが召喚したバイクの後ろに跨る。
「こんな大所帯で旅しようとするの初めてなんだけど、どう?先生もルゥも大丈夫そう?」
『私は今のところ問題ないよ。できれば、ワイルドな運転は程々にしてくれると嬉しいかな。』
『私も問題ありません。久しぶりの旅…それも4人で…なんだかドキドキしてきました…!』
ロマが声をかけると、姿は見えないが、2人の声だけが響く。憑依中の吸血鬼と吸血鬼ハンターは客観的に見るとこう見えるのか。なんとも不思議な絵面だ。
「よっしゃ!2人ともいけそうだな!じゃ、出発するぜ!しっかり掴まっててくれよ、ライル!」
「ああ、大人数なんだから、いつもより安全運転で頼むぞ。」
「わかってるよ、まかせとけって!!」
俺は、相棒とバイクで旅をするのが好きだ。俺の頬を撫で、浅葱色の髪で遊ぶ風が心地いい。
4人でたわいもない会話をしながら流れる風景を眺めていると、クレイグたちとあちこち旅をしていた頃のことを思い出す。
水没都市の丘で、ロマが作ってくれていたサンドイッチを食べて朝兼昼食を済ませた俺たちは、あとはひたすらダム湖に向かって歩みを進めていく。
しばらくすると、瞼が重くなってきた。朝が早かったからな…と思いつつ、俺は振り落とされないように相棒にしっかりと掴まると、夢の誘いに従って、目を閉じた。
「とうちゃーく!!3人とも、長旅ご苦労さまでした!!またのご乗車、お待ちしてまーす!!」
元気いっぱいな相棒の声で俺は目を覚ます。気がつけばあたりは暗くなり始めており、目の前には、水がすっかり干上がって、代わりに黄昏色に染まる霧で満たされたダム湖が広がっていた。
「おはよう、ライル。よく眠れたかい?」
少し笑いながら、ロマの背からヴァレンティンが現れる。どうやら寝顔をずっと観察されていたらしい。若干の気恥ずかしさを誤魔化すため、俺は顔を背けつつ今後の動きを確認する。
「この後はどうするんだ?まだ深夜にはだいぶ時間があるが…」
「とりあえず、晩飯用の食材も持ってきてるから先に晩飯食っちゃって、そのあとダム湖の底を探索してみようぜ!バケモノ魚の手がかりあるかも!」
「そうしましょうか。晩御飯作り、お手伝いします。」
張り切った笑顔を浮かべたルゥも、ロマの胸から姿を現した。こうして外で皆と夕食を作るのも久々だ。旅をしていた時は当たり前の日常だったのに、今日はそれが、とても楽しい。
「俺も手伝おう。何を作るつもりなんだ?」
「ふふん、こういうときはやっぱカレーだろ!!」
「私も手伝おうか?」
「だめッス!!!先生は黙って何入れるかわかんねーから大人しくしといて!!」
夕食を終え、4人でダム湖の底に降りてみる。すっかり日が落ち切ってしまったうえに、あたり一面は霧に包まれていて、夜目が利く吸血鬼ですら足元がおぼつかない。
「おわ!!!…いってぇ…!」
ずべしゃ、と派手に転ぶ音がした方を見ると、ロマが綺麗に海老反りの体勢で倒れているのが目に留まり、思わず吹き出す。
「ふッ……何やってるんだ。ほら、手貸せ。」
相棒に近づくと、その足元に、彼の足を捕らえた犯人と思しきものが見えた。
「マジでいてー!何だよ?デケェ石?」
「いや…石じゃないな、これ…骨…か?」
気がついて見渡すと、ダム湖の底にはアーチ状の石がたくさん転がっている。そうか、これは石ではない。何かしらの生物の肋骨だ。それも、骨の大きさから推測するに、かなり大型の生物だったことは間違いない。そんな謎の生物の骨が、周囲にゴロゴロと転がっていた。
…『バケモノ魚』の手がかりかもしれない。
そんな思考を、俺が巡らせた瞬間。
突然、一陣の風が俺たちの間を駆け抜けた。その風はダム湖の底に立ち込めていた霧をあっという間に連れ去り、天高く、白銀色に輝く満月が顔を出す。
そのとき、俺の視界を一つの小さな黄金色の光がゆっくりと横切った。光の数はどんどん増していき、たちまちダム湖の底は黄金色の蛍のような、淡い光で満たされた。
「…すげぇ、なんだこれ…?」
呆気に取られた顔をして、ロマが独りごつ。
「これは…?」
俺は光を放つ物体に目を凝らしてみる。よく見るとそれは、宙を舞う、黄金色の透明な、小さな魚だった。
「この感じは…情念、でしょうか?
魚の形をしているものは初めて見ました。」
同じように光を見つめていたルゥが、不思議そうにこてんと首を傾げる。
「うん、それに近いものだろうね。
しかし、情念、と呼ぶにはいささか弱々しい。どちらかといえば…記憶、と言った方が正しいかもしれない。」
興味深そうに、ヴァレンティンが黄金色の小魚に手を伸ばす。俺もそっと、目の前を泳ぐ透明な魚に触れてみる。魚は、俺の手に触れた瞬間、春の陽射しのような柔らかな暖かさを残し、光の粒になって消えてしまった。
「どうして、こんな、突然…。
いったい何が起こっているんだ…?」
答えを知る者がいないことは承知の上で、当然の疑問を口にしてみる。
「さあ…私にもわからない。…それにしても…。」
ヴァレンティンはゆっくり首を横に振った後、掛けていたサングラスをカチャリと外し、空を見上げる。それに倣って、ロマも、ルゥも、俺も、空を見上げ、そして、息を呑んだ。
霧が晴れたダム湖の夜空には、白銀の満月を中心に、砕いたダイヤモンドを黒いベルベットに散りばめたような、満天の星空が広がっていた。
その星空の下、俺たちの頭上に揺蕩う銀色の月光の波の中を、黄金色の光を放つ幻の魚が、群をなして泳いでゆく。
魚たちがたおやかに尾鰭を揺らすたび、まるで鱗のように、黄金の光の粒が降り注ぐ。光の粒に囲まれて、俺は自分自身も星空の一部になったような感覚を覚えた。
「あ!あれ!!」
突然、ロマの大きな声が響く。
相棒が指差した方向に目線を向けると、鏡のように星空を写した、大きな水たまりが目に入る。次の瞬間、水たまりに波紋が走ったかと思うと、そこから月光色の、透き通った、とてつもなく大きな魚影が現れた。
…いや、正しくは魚ではない、あの姿は。
「もしかして、鯨…か?」
昔、クレイグがくれた図鑑に載っていた、大きな大きな生き物の姿が脳裏に浮かぶ。
毎日のようにその図鑑を眺め、海の世界に想いを馳せていた、まだ人間だった頃の記憶。俺は、小さな俺が、いつかクレイグたちと本物の鯨を見に行きたいと夢見ていたことを思い出した。
いつのまにか、あの図鑑はどこかへいってしまったけれど。こんなところで、幼い俺の夢が少しだけ叶うとはな。人生は本当に、何が起こるかわかったもんじゃない。
月光色の透明な鯨は優雅に天へと昇っていき、ダム湖の上層あたりの空をゆっくりと回遊し始めた。
「……とても、綺麗ですね。」
ルゥが、ため息混じりに呟く。
「…ああ、そうだな。」
そうか、この白銀の鯨が。
「これが、満月の深夜にだけ現れる、ダム湖のバケモノ魚の正体、か。」
ダム湖を照らしていた満月は、しばらくすると薄い雲のベールの向こうに隠れてしまった。
そして、月の光が弱まるのと同時に、あたりを漂っていた黄金色の魚たちも、ゆったりと空を舞っていた白銀の鯨も、雪が溶けるように、静かに消えていった。
余韻に浸る間も無く、やかましい相棒の声が静寂を切り裂く。
「…うおぉ…!なんかめっちゃすごいもん見た気がする!!!」
………はぁ、色々台無しだ…。俺は眉間を押さえて、両手でガッツポーズをしている馬鹿、もといロマの背中を思いっきり殴る。
「お前……よりによって第一声がそんな俗っぽい感想か!!もっと良い言葉選びぐらいできないのかこの馬鹿!!!」
「痛ってぇ!!!!!何すんだよ!!!
良いだろ別に!個人の感想なんだから!!!」
「ふ…2人とも、落ち着いて…喧嘩しないでください…!」
「ふっ…ははは!この雰囲気から喧嘩が始まるとは…。まったく、本当に君たちとはいくら一緒にいても飽きないなぁ。」
先ほどまでの神秘的な静謐はどこへやら。ダム湖の底に喚き声と笑い声が木霊する。
ロマとの掴み合いの最中、俺はふと足元に古びた金色のコインが落ちているのに気がついた。
「?……ちょっと待て、ロマ。何か落ちてる。」
「んぇ?あ、ホントだ。…これ、術式のコインじゃねーの?」
「な…なんだって!?私にも見せてくれないか!!」
「先生、術式オタク出てますよ。」
紅い眼をキラキラさせながら駆け寄ってきたヴァレンティンに、拾ったコインを渡す。
彼はしばし真剣にコインとにらめっこをしていたが、何かわかったらしい、うん、と一つ頷く。
「これはおそらく、場所に刻まれた記憶…簡単に言えば、『過去を映し出す術式』だね。」
「過去、ですか。ということは、先ほど私たちが目にした光景は、このダム湖がまだ水で満ちていた頃の…?」
「そういうことだろうね。」
「発動者なしに勝手に術式が発動する、なんてことがあるのか?」
「それについては、正直私もよくわからない。
ただ、これは私の推測なのだけれど…かつてこのあたりに、『月の満ち欠けに応じて力の強さが変わる特殊な体質の吸血鬼』が住んでいた、という言い伝えを聞いたことがあるんだ。
もしかしたら、この術式を編んだのはその吸血鬼で、満月の光に反応して術式が起動したのかもしれない。」
そうなると原理は……とブツブツ小難しい独り言を呟いているヴァレンティンと正反対に、何もわかってなさそうな顔をしている相棒が、俺も抱いていた疑問を口にする。
「へ〜、そんなことあるんだ…ってか、そういえば鯨みたいなやついた気がするんだけど、鯨って湖にいる生き物だっけ?普通海じゃない??」
「それは俺も思ったが…骨も残っているし、少なくとも過去のここにはいたんだろう。…真実を知る術は、俺たちには残されていないけどな。」
「『事実は小説より奇なり』とも言いますし、そういうこともあるのかもしれませんね。」
「ルゥの言う通りだ。こういう出来事は、少し謎が残るぐらいが一番面白いものだよ。」
俺たちは改めて、薄い雲の向こうの夜空を見上げた。
「この術式をここに置いておけば、条件が整った時にまたあの光景が見られるのでしょうか?」
「いや…この術式、編まれてずいぶん経つみたいでね、もうほとんど力を感じられない。おそらく、先ほど私たちが目にした光景が、残った最後の力によるものだったんじゃないかな。」
「そっか…すげー綺麗だったから、もう見れねぇの、ちょっと残念だな…。」
しょもくれた顔で肩を落とすロマの腕に、ルゥがそっと触れる。
「そうですね…。
でも、実は私、少し今、ワクワクしています。 あんなに綺麗な光景があった事実を知っているのは私たちだけ…4人だけの秘密って、なんだか物語のようで、素敵じゃありませんか?」
ルゥが、冒険心でキラキラした瞳を細めて笑う。
4人だけの秘密。俺たちだけが知っている光景。なんとも浪漫にあふれた響きだ。俺も思わずフッと笑みが溢れる。
「そうだな。確かに、ワクワクする話だ。」
いいことを思いついた。だが、今はコイツらには秘密にしておこう。きっと、完成させてから見せた方が良い顔が見られるだろうから。
マグメルの一画、休暇中好きに使ってくれ、と当てがわれた俺の部屋。静かな空間を、さり、さり、と絵筆がキャンバスを撫でる音だけが満たしている。
「ふむ、素晴らしい。本当に君は絵が上手だね。」
「ッわ!?………〜〜〜〜〜ッッ!!!」
突然頭上から降ってきた低い声に驚いて、手に持っていたパレットをぶちまけそうなった俺は、怒りを込めて俺の背後に突然現れた人物に裏拳を飛ばす。…が、その拳はあっさりと大きな手に受け止められてしまう。まったく、こういう時さすがは体術の達人だな、と感心してしまう。
俺が恨めしがまげな顔をして頭上を見上げると、相変わらず黒ずくめの俺の友人、ヴァレンティンがしてやったり顔の笑顔でこちらを覗き込んでいた。
「だから、あれほど気配を消して俺の後ろに立つなって……というか黙って人の部屋に勝手に入ってくるな!」
「人聞きが悪いな、扉を半開きにしている君にも非はあるだろう?それに、ちゃんと声はかけて入ったさ。…返事はなかったけれどね。」
ニコリと笑う悪戯好きの友人に対する、それを勝手に入ると言うんだろ…という俺のぼやきを無視して、ヴァレンティンは俺の描きかけのキャンバスを見やる。
「これ、もしかしてあの日の…ダム湖のバケモノ魚の絵かい?よく描けている。」
「そうだ。長い人生でも指折りの絶景だったから、記憶が新しいうちに、きちんと形に残しておこうと思って。…完成させてから、お前たちに見せるつもりだったんだがな。」
キャンバスには、青みがかかった黒い夜空に浮かぶ銀色の満月と、白い鯨が描かれている。これが『実際に在った』光景であることを知る者は、4人しかいない。
…と、噂をすれば。
「おーいライル!ノアさんがクッキー焼いたから熱いうちに食いに来いって……ってあれ、先生もいるじゃん!」
「ちょうど良いタイミングでしたね。」
扉の隙間からひょこりとロマとルゥが顔を出す。そのまま2人がどやどやと俺の部屋に入ってくると、静かだった俺の部屋は、一気に絵の具を撒き散らしたかのように賑やかになった。
「あれ!?もしかしてお化け鯨の絵!?すげー!!さっすが相棒、マジで絵上手いな!!」
「本当…!もうあの光景は見られませんが、ライルさんの絵を見れば、いつでも鮮明にあの夜のことを思い出せそうです。
どこか目につくところに飾っておいて欲しいぐらいですね…。」
「良いアイデアだね。
よし、じゃあこのライルの絵が完成したら、そうだな…談話室にでも飾ろうか!」
「賛成!!」「賛成です!!」
「おい、制作者を置いて勝手に話を進めるな!」
本当に、人の話を聞きやしない奴らだ。
いいだろう、そういうなら、いつか談話室の壁を俺の絵で埋めてやる。
コイツらと一緒なら、あの夜空と同じくらい、いや、あの夜空を超えるような景色に出会える気がする。その度に、俺はその景色を絵に描いて、それを談話室に飾るんだ。そうして、俺たちの冒険で埋まった部屋で、4人でまた、新しい冒険の話をしよう。
これは、今の俺の、新しい夢だ。
いつか絶対、叶えてみせる。
マグメルの談話室には、満月の夜空を舞う白い鯨と、金色の魚の群れが描かれた、幻想的な絵が飾られている。この絵の前には、現在もよく3人の吸血鬼と1人の吸血鬼ハンターが集まり、新しい冒険の作戦会議に花を咲かせているそうだ。