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選択肢にない優しさを

全体公開 神無三十一受け 4 14 3925文字
2026-03-28 16:55:16

カルみと 甘える話
シナリオネタバレあり

 
 「そういえば神無ちゃん、今度の休日どうする?」

 ある日の夜、いつものように膝の上に頭を預けてスマートフォンを触っている神無に声を掛けると、彼はきょとんと目を瞬いて縞斑の顔を見上げた。

 「どうって?」
 「なにしたい?前の予定は俺の仕事で潰しちゃったし、この日はなんでも付き合うよ」

 先日も互いの仕事の休みを見計らって予定を立てたふたりだったが、縞斑の元に急な仕事が舞い込んで頓挫してしまったのだ。
 それだけならば良くあることで、次の機会を狙って同じ予定を立てるふたりだが、その時の予定が期間限定のパフェであったため、今回は新しい予定を考える必要があった。
 てっきりいつものように行きたい店が次々と出てくるに違いないと身構えていた縞斑は、その予想に反して神無が黙っていることに気づく。

 「……えっと、」

 神無は、困ったように眉を下げて視線を泳がせていた。
 予想外の反応に縞斑が目を瞬いていると、神無はそんな彼の視線から逃れるようにそそくさと体を起こしてとなりに座り直す。

 「行きたいお店なかった?」
 「いや……あるけど……でも、」

 妙に歯切れの悪い神無は、うろうろと言葉を探すように視線を彷徨わせると、スマートフォンを持ち上げて強引に話題を作り出した。

 「そ、そうだ!先輩は?気になるところない?」
 「……、」
 「気になる店いくつか出すからさ、その中から先輩が食べるものありそうな店探そうよ」

 そう言っていそいそと画面を操作をする神無の横顔を眺めていた縞斑は、そういえばこれまでも通話やメッセージでデートの予定を立てる時はいくつかの店の候補から選ぶことが多かったと思い出す。
 このままやり過ごそうと会話を続ける神無だが、縞斑はこの胸に居座る違和感を決して無視してはいけないと考えて手を伸ばした。
 膝の上で落ち着きなく揺れていた神無の手を捕まえれば、ぱっと彼が驚いた顔を上げる。

 「な、なに?」
 「……神無ちゃん、正直に答えて」
 「どしたの先輩、急にそんな改まって……
 「今、困ってる?」

 誤魔化そうとする神無の言葉を遮ってそう尋ねると、目の前にあったアメジストの瞳がよりいっそう大きく見開かれた。
 思えば、神無が「ここに行きたい」と直接行き先を指定したことは一度もない。
 これまでは、甘いものをあまり得意としない縞斑でも選べる料理があるように候補をいくつか出しているのだと考えていた。
 けれどもしあれが指定しなかったのではなく、指定『できなかった』のだとしたら話は変わってくる。

 「……、」

 それまでおろおろと眉を下げていた神無は、繋いだ手のひらが自分を逃してくれないことを察すると俯いて小さく首を縦に振った。

 「理由を聞かせてくれない?」
 「……めんどくさいって思われるから、やだ」
 「そんなこと思わないよ」
 「でも……

 そんな神無をもっと困らせて怖がらせないように。細く息を吐いてそう自分に言い聞かせた縞斑は、俯く神無の顔をそっと覗き込む。
 神無の緊張に凍える指先を温めるように包んだ縞斑は、ゆっくりと彼に届く言葉を選んで語りかけた。

 「お願い。教えて神無ちゃん」
 「…………、」
 「この先も君と向き合うために、ちゃんと知っておきたい。またそんな顔させたくないから」
 「……わかった」
 
 こくりとひとつ頷いた神無は、ようやく顔を上げると何度も躊躇うように視線を彷徨わせながら縞斑の手を握る。
 そんな神無の手を握り返したまま縞斑が根気強く言葉の続きを待っていると、やがて彼は意を決した様子で口を開いた。
 
 「……たくさんの中から何かひとつ選ぶの、あんまり得意じゃないんだ」

 厳密にはおそらく、好きに選んでいいと言われた物の中から自分だけで何かを選び取るという行為が苦手なのだろう。
 静かに縞斑が話を聞いてくれていることを理解した神無は、ぽつぽつとそれまで自分の中だけで抱えていた苦悩を溢していく。

 「二択とか……三択くらいまでなら選べるんだけど、なんでもいいって言われると急に分かんなくなる」
 「……分からない?」
 「何を選ぶのが相手にとって正解か……今回みたいにそれが無いって分かってても探そうとして、何も言えなくなる」
 「なるほどな……

 神無の生い立ちを思うと、彼が抱えるその苦手意識は納得できるものだった。
 幼い頃に事件に巻き込まれて両親を失い、養父に引き取られた神無にとって、その場所は失ってはならない唯一の居場所だったのだろう。
 養父である黒田が決してそんな人間ではないと頭では分かっていても、幼い子供が愛想を尽かして捨てられてしまう不安を完全に拭い切るのは難しい。

 「気になる店のリストはあるんだっけ。見てもいい?」
 「う……うん」

 神無が差し出したスマートフォンに表示されるリストは、簡単に目を通しただけでも分かるほどよく整理されていた。
 いつもはこのリストから範囲を選択して、ジャンルが被らないようにいくつかの候補として自分に見せていたのだろう。
 寂しがり屋のわりに素直な言葉が出てこない甘え下手だとは思っていたが、その理由を改めて理解した縞斑はくしゃりと頭を掻く。
 そんな縞斑の仕草を困惑と呆れだと捉えた神無は、やはり話すべきではなかったと滲む涙を隠して俯いた。

 「ごめん先輩、あの……
 「よし。じゃあこのリスト、一緒に見ようか」

 そろりとスマートフォンに手を伸ばした神無に、縞斑はそう応えるとリストを自身のデバイスへ添付して空中へ投影する。
 その光景を目を瞬かせて見ていた神無は、縞斑の考えが分からず涙を拭うことも忘れて首を傾げた。

 「えっと……なんで?」
 「神無ちゃんから話を聞いて、一番君が行きたそうにしてるお店を俺が当てたら良いんじゃない?」

 くるくると忙しなく変わる彼の表情や、そこに宿る繊細な感情の変化を、これまで付き合ってきた縞斑ならよく知っている。
 今の自分なら、神無から話を聞いて一番惹かれている店を当てることができるかもしれない。そう提案する縞斑に、神無はますます理解ができない様子で狼狽えた。

 「な、なんでそこまで……
 「そんなの、神無ちゃんのことが大事だから以外にある?」
 「……、」
 「いずれは「ここがいい」とか「あれがしたい」って甘えてくれたら嬉しいけど……俺が神無ちゃんの考えさえ分かれば困ることはないし、急いで直すものでもないでしょ」

 ゆくゆくは神無が自由に自分に甘えてくれるようになれば良いと願っているが、今は彼の分かりやすい表情の変化に気がついているから問題はない。
 神無が刑事として成長して、表情を隠すことが上手くなる前に直ればいいのだ。それくらいの気楽な気持ちでいる縞斑に、神無は強張っていた体から徐々に力が抜けていく。

 「先輩……ありがと」
 「どういたしまして。この世の終わりみたいな顔するから何かと思ったよ」
 「……だって、俺が迷うといつもパパは困った顔してたから」

 好きなものを選んでいいと言われて躊躇う神無のことを、黒田はいつも困ったように笑って見守っていた。
 きっと彼も、神無が上手く甘えられないことや、その原因が養子という今の環境にあることを察していたのだろう。
 そう納得した縞斑は頷くと、当時の記憶を振り返って申し訳なさそうに眉を下げる神無の頭を撫でた。

 「なら、次に黒田先輩に会うときまでにめいっぱい甘えられるようにならないとね」
 「……うん」
 「とはいえ俺そっちのけでパパに甘え倒されちゃうと複雑かも。俺もお義父さんって甘えようかな」
 「あはは、パパびっくりするよ」

 ようやく笑顔を取り戻した神無は、安心したようにほっと息を吐いて縞斑に体を預ける。
 そんな彼の腰を抱き寄せてそっと触れるだけの口付けを落とせば、目の前の神無は呆気に取られた様子でぱちくりと瞬きをした。

 「……なんで今キスしたの?」
 「したそうだなと思ったから?」

 隙があったとも言うが、無防備に薄く開いた唇がどうにも美味しそうに見えたのだ。
 けろりと縞斑がそう言ってのけると、神無は徐々に頬を赤らめてぷるぷると肩を震わせ怒り出す。

 「は?!ちが、ちがうもん!思ってないし!」
 「そうかなぁ。俺の考えすぎだったかぁ」
 「そうだよ!全然当たってない!」
 「はいはい。そういうことにしとこうね」
 「譲歩してあげた、みたいな雰囲気出しやがってぇ……
 
 赤い顔で流される神無の機嫌を取るように頭を撫でれば、照れ隠しにそっぽを向いた彼は投影されたモニターへと意識を向けた。
 本当は抱きついて大好きだと言ってキスがしたかった気持ちまで見破られているのだから、当分彼に隠し事なんて出来やしないのだろう。
 分かりやすいと言われたのは少しだけ悔しいけれど、覚えるほどに縞斑が神無の喜んだ顔を知っているという事実が嬉しくて堪らなかったのだ。

 「ほら、どのお店が気になるの?」
 「んー……ここはパンケーキが美味しいらしくて、ほらこれ!このフルーツ盛りが美味しそうだろ?」

 そうして話し出す神無の嬉しそうな横顔を微笑ましく眺めた縞斑は、いつか彼から素直に甘えられる日が来ることを心から願う。
 それまではもう少し、彼が分かりやすいままで居てくれますように。そんなお願いをしたと神無が聞いたら、きっと彼はヘソを曲げてしまうだろうけれど。



 


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