@tirichann
「佐久早くんは格好いいよ!」
「あ、うん」
いきなり異性のクラスメイトに見た目を褒められた経験はない。あるとすれば部活のことくらいだ。だから、俺は苗字に格好いいと言われて少し戸惑った。彼女は俺が好きなのだろうか? 言ってから逃げるようにしてどこかへ去ってしまったし、告白という可能性もある。その場合、俺は彼女と付き合えるかどうかを考えなくてはならないのだろう。苗字を彼女にして、キスなどができるかどうか。冷静に考えたいのに、告白をされたのだと思うと変に舞い上がって贔屓目が入ってしまう自分がいる。苗字はクラスで目立つ方ではないけど、結構可愛い気がする。度胸もあるみたいだし、付き合ってもいいかもしれない。
「佐久早くん、格好いい!」
俺が色々と考えながら日々を過ごしていた時、苗字はまた告り逃げした。一回だけなら本気だと思えるが、二回も続くと変に思える。俺が返事をしないから催促しているのだろうか。ますます真剣に考えなくてはいけないと思った時、苗字はまたしても同じ言葉を発する。
「顔が好き!」
今度は直接的な言葉ではあるが、言及されたのは顔である。俺は告白されたような、妙に一線を引かれたような気がしていた。一、二回だけなら本気の告白らしいが、何回も続くとまるで冗談のようだ。それか推し活のような。俺はこんなに、苗字に真剣に向き合っているのに。
春といえど朝練終わりは喉が渇く。俺が教室でマスクを外すと、水筒を飲む前に苗字が俺の机にすっ飛んできた。その速さには目を瞠るものがある。
「ようやく克服できたんだね、佐久早くん!」
「克服……?」
怪訝な顔をする俺に、苗字は笑顔で告げる。
「佐久早くん、醜形恐怖でマスク外せなかったんでしょ?」
俺はがつんと殴られた気になった。苗字は俺に告白していたわけではないのだ。しかも、俺は見た目を気にする女子のように自信のない男だと思われていた。これは潔癖のせいだと言いたくなるが、そうしたら今度は潔癖をするための訓練を苗字にさせられそうである。
「俺に格好いいって言ってたのは」
「佐久早くんがマスク外せるように!」
俺は深くため息をついた。付き合うだのと考えていた自分がバカらしい。苗字は、単純に俺を助けてやろうとしていただけなのだ。随分お人よしで、人騒がせな女である。
「俺は自分の顔を不細工だと思ってるわけじゃない」
苗字の顔が期待に輝くのを見て、「イケメンだとも思ってない」と言葉を付け足す。
「だから、あんま簡単に格好いいだのなんだの言うな」
そう言う俺は、すっかり苗字に乗せられているのだろうか。好きになってしまったのだろうか。苗字も俺を醜形恐怖症から助けたいと思うくらいには関心があるようだし、結ばれても不自然ではないのかもしれない。でも俺の気持ちは「告白されたのなら付き合ってもいい」程度で、自分から告白するほどではない。だから苗字は、早く告白しろ。目で訴えかけても通じるはずがなかった。