@aikawanemu
四月一日。
世の中には忙しない職場も多いのだろうが、水無月としては特別な日でもなく、ごく普通の平日だ。葬儀もなく、早めに帰宅した。
「おそーい」
いつもよりは早い方なのに、WhiteRabbitsに入った途端、頬を膨らませた双子に迎えられた。
「今日は特別な日なのに」
思い当たることがない。
「エイプリルフールなのに!」
メフィスの言葉に反応を返せずにいると、フェレスに追い立てられた。
考えたこともなかった。気軽な嘘を言うような相手は今までいなかったし、嘘を吐くのはそもそも苦手だ。
「どうでも良いだろ」
「楽しい日なのにー」
双子が口を揃えた。
嘘に傷つけられることがあるのも知ってる。嘘に救われることがあるのも知ってる。そんなに気軽に嘘を吐いていいわけがない。
「難しい顔してるね」
「もっと気軽に楽しんじゃえば良いのに」
双子は軽く肩を竦めた。
「そう言われても……」
嘘って言われたってどうすれば良いのかわからない。
「おかえり、皐」
帰宅の音を聞き付けたアイリが部屋から出てきてくれた。いつも笑顔で迎えてくれるから、ここが居場所なんだってわかる。
「ほら、試してみなよ」
「みなよー」
双子に急き立てられて眉を顰めた。
「そう言われたって……」
「どうしたの?」
毒気のないアイリの顔を見上げる。
嘘。アイリに吐く嘘。
嘘なんか吐きたくない。
吐く嘘も思い付かない。
「言うまでご飯抜きだよ」
WhiteRabbitsのおいしい食事に飼い慣らされたから、それはかなり辛い。
「皐に何かしただろ」
アイリがメフィスに詰め寄る。
「別にー? なにもしてないし」
空気が険悪になって、それはそれで嫌で。
「っ、アイリ、その……俺……」
どうにか何かを言おうと思った。
「双子の言うことなんて真に受けなくていいからね」
傷つかない嘘。
それはなんだろう。
わからない。
そもそも、はっきりしてて絶対に本当だって言い切れる事柄だって少ない。
これだけは絶対に変わらないって、思える真実があるとすれば。
「俺、お前のこと、き……」
言いかけて、言えなかった。
「ゆっくりでいいよ」
嫌い、なんて、嘘でも言えるわけない。
傷付ける嘘だ。
「き、嫌いじゃ、ない……」
尻すぼみに、結局、馬鹿みたいなことを口走った。
アイリは少しだけ目を丸くして、悪戯っぽく笑う双子と水無月を見比べてから、笑った。
「それじゃ足りないかも? もっと言って?」
「もっと、って……」
「俺のこと、嫌いじゃないだけ?」
アイリも双子みたいに子供っぽく笑って、わざと屈んで、俺を下から見上げてくる。
「本当に?」
ふんわりやわらかく、でも顔を覗き込まれて確実に追い詰められて。
アイリはずるい。そんなことされたら。
「……好きに決まってる、だろ!」
自棄になって、大声で言った。ぎゅっと抱き着かれた。
「俺も好きだよ、皐。エイプリルフールじゃなくて、本当に」
メフィスとフェレスは手を握り合ってうんうんと頷いた。
「僕たち良い仕事したよね」
「褒めてくれてもいいよ?」
不遜な態度があざとく可愛い。
「皐が嫌がることしたから、帳消しくらい、かな」
WhiteRabbitsに響く声は底抜けに明るくて。
みんなで馬鹿みたいに笑って重ねていく、一日。