共に夜を明かした後、別れを惜しむヌヴィリオのお話
四月の嘘をテーマにした作品です
@otroom0v0
頬に触れる、無骨であたたかなもの。ふっと目を開ければ、傷跡の目立つ上半身が視界に飛び込んだ。頬を包み込むのは、彼の手か。少しかさついているものの、不思議と心地よく馴染む。まどろみながら頬を寄せれば、ちいさな笑い声が響いた。
「おはよう、ヌヴィレットさん」
顔を上げれば、枕に片肘をついて横たわるリオセスリがいた。普段と違って乱れた髪が、寝起きの気配を漂わせている。ヌヴィレットは頬に添えられた手に自身の手を重ねて、穏やかに微笑んだ。
「おはよう。よく眠れたか?」
「ああ。このベッドは柔らかくて気持ちがいいんだ。おかげでよく眠れるよ」
「運動をしたからではなく?」
問いかければ、リオセスリが声を上げて笑った。
「あんたもそんなジョークを言うようになったか」
「……少々品がなかったか」
「いや、あんたのジョークは楽しいよ。俺は好きだ」
好きという言葉が、じんわりと胸の奥まで広がっていく。目を細めて吐息を漏らすと、リオセスリの手を握った。そうして彼の手にしっとりと口づける。様子をうかがえば、彼の白い頬がほのかに赤く染まっていた。夜明けの光に包まれた寝室に、愛しい人の姿が照り映える。
「リオセスリ」
少し体を起こして、彼を抱き寄せた。距離を埋めて再び横たわれば、リオセスリも寄り添ってくれる。至近距離で視線が絡み合うと、静謐な空気がゆっくりと艶を帯びていった。いつまでもこうして過ごしたい――……そう思った時、迫る夜明けに気づいて、静かに目を伏せる。
「君とこうして過ごすのは、半月ぶりか」
そう呟いて、リオセスリの頬から耳へと指を滑らせた。軽やかで少し硬い髪が、くるくると指の中で跳ねる。彼がくすぐったそうに目を細めて、ふふっと笑った。その愛らしい表情に和んだが、同時に申し訳なさが募る。
「すまない。もっと頻繁に会えればいいのだが」
リオセスリが不思議そうに目を瞬かせた。
「ん……? どうして謝るんだい?」
「恋人に費やす時間は、愛の重さだと聞いたことがある。……正当な理由があっても、募るものがあるのではないか?」
リオセスリが真面目な顔をして、じっとヌヴィレットを見つめる。その目がそっと伏せられた時、ヌヴィレットは焦燥が募るのを感じた。
聡い彼のことだ、言葉巧みにやり過ごすかもしれない。本音を隠され、そのまま関係が続くことを思うと、胸がざわめいた。
こみ上げる不安が、波のように押し寄せた時。リオセスリがヌヴィレットを見て、表情を明るくした。そうしてヌヴィレットの頬を軽くつねる。
「俺はあんたにそこまで期待してない」
意図が掴めず、眉をひそめた。戸惑うヌヴィレットに、リオセスリが穏やかな声で言う。
「自分の幸せは自分で掴み取るもんだ。あんたの力を借りて、どうにかしてもらおうなんて思ってない。俺はただ、あんたが好きで、傍にいたいからここにいるんだ。勘違いするなよ」
力強い言葉が、胸を打つ。はっとまぶたを震わせていると、リオセスリがヌヴィレットの頬に指を滑らせた。無骨な指先がつるりと肌を滑って、ヌヴィレットの唇で止まる。しばし見つめあった後、リオセスリが身を乗り出して、そっと唇を重ねてきた。柔らかなぬくもりを残して離れた後、彼がふっと笑う。
「それに俺だって、立場上仕方がないとはいえ、あんたを住処に招けないんだ。愛想を尽かされるのは、どちらかというと俺の方じゃないか?」
「それはない」
衝動的に断じると、リオセスリが目を細めて、柔らかな笑みを浮かべた。
「……あんたといると、本当にあったかいよ」
リオセスリの足が、そっとヌヴィレットの足に絡みつく。触れ合う素肌の温度に、じわじわと理性が溶けていくのが分かった。ヌヴィレットは目を伏せて、静かに唇を引き結ぶ。
夜が明けて、残された時間もあとわずか。この心地よさを、まだ手放したくない。
けれどそんな思惑を蹴散らすように、リオセスリが身を寄せてきた。
「なぁ」
誘うような、甘い響き。
「……リオセスリ」
「まだ何も言ってないだろ」
「君が何を考えているか、分からないほど鈍くはない」
「なら応えてくれたっていいだろ。まだ足りないんだ」
にやりと笑ったかと思えば、リオセスリがヌヴィレットの頬に口づける。
「こら」
咎めなければと思うのに、拒みたくない自分がいる。首筋に、肩に、彼の唇が押し当てられて。たまらず組み敷くと、髪が流れ落ちて彼の顔に影を落とした。
その時――……部屋の時計が、ボーンと音を立てる。午前六時になったのだと悟った途端に、夢の終わりを知った。目を伏せて、リオセスリから離れようとした時。彼が引き留めるように、ヌヴィレットの手を掴んだ。そして、窓の方を見ながら呟く。
「……雨だ」
急に何を言い出すのかと思った。室内は明るく、陽光が差し込んでいる。気になって窓を見ようとしたが、体を起こしたリオセスリに抱きつかれてしまった。そのままベッドに倒れ込んで、彼の腕の中に収まる。
「あーあ。傘なんて持ってないし、雨宿りさせてもらうしかないか」
白々しく語る彼の胸が、とくとくと急ぎ足で脈打っている。しばし考えを巡らせたヌヴィレットは、ようやく思惑を知って、表情を緩めた。
「……そうだな。生憎、貸し出せる傘もないのだ。申し訳ない」
リオセスリの笑い声が、朗らかに響いた。彼のあたたかな体を抱き締めれば、穏やかな呼吸が聞こえる。
「じゃあ、もうしばらくこのままでいようかな」
返事の代わりに、腕の力を緩めてリオセスリの頬に触れる。彼の青い瞳が、期待するようにじっとヌヴィレットを見つめていて。しっとりと唇を重ねれば、首に腕を回された。
寝室に響く水音は、まるで雨のようで。幾度も降らせる口づけは、一向に止む気配がなかった。