@tirichann
京都にものすごい能力を持った鬼がいるらしい。なんでも、その人にかかればたちまち怪我が治ってしまうとか。
噂には聞いていたが、いざ目の当たりにするとその人――花魁坂さんの能力は凄まじいものだった。私の、もう生きる見込みはないと思われた体が健康な肌色を取り戻していく。周りの人は花魁坂さんに感謝していたが、私が最初に感じたのは絶望だった。桃に殺されかけ、生と死の境を彷徨うあの感覚を私はもう一度味わわなくてはいけないのだろうか。花魁坂さんがいる限り、「一度」では済まないだろう。私は何度でも蘇生され、死が直前に迫る恐怖を味わい続けるのだ。
「……しにたい」
少なくとも、命を救ってくれた人に向ける言葉ではなかったと思う。私もわざと言ったわけではなかった。花魁坂さんは眉を下げ、私の頭に手を乗せた。
「俺が治せるのは、体の傷だけ。心の傷までは治せない」
なんだか花魁坂さんにふられた気分だ。好きになったわけでもないというのに。私は勝手に花魁坂さんを、自分のメンタルケア要員にしようとしていたのだろうか。
「だから、そういうのはダノッチに任せな」
「ダノッチ」が無陀野先輩を表していると少し経って気付いた。それにしてもどうして、無陀野先輩がメンタルケア専門なのだろう。あの人はむしろ戦闘特化型で、人の心に寄り添うタイプには見えない。
私が呆然としていると、いつのまにか花魁坂さんはいなくなっていた。代わりに、無陀野先輩がそこに佇んでいた。
「聞いてましたか」
「ああ」
「何で、先輩が」
「それは俺がお前を好きだからだろう」
今しがた死にたいと思っていた人に対し、容量を超えてしまいそうなほどの告白である。その自覚は無陀野先輩にもあるのか、私に返事を求めているようではなかった。
「好きな人のことは支えたい。俺は怪我を治せないが、お前の心が折れた時はいつでも支えになる」
無陀野先輩は私の手を握って言った。無陀野先輩はこんなに優しい人だっただろうかと思いを馳せる。私のことが好きだから、特別なのか。死すら望んでいた私の心を包む温かさに、私は泣きそうになった。考えてみれば、無陀野先輩のような強者こそ死ぬような危機を何度も乗り越えているのだろう。私ごときの弱音を受け止めていていいような人ではないのだ。なのに、この人は私に尽くす。花魁坂さんのように仕事だからでもなく、そうすべき理由があるからでもなく、ただ私が好きだという感情ゆえに。
無陀野先輩は残酷で優しかった。私は無陀野先輩の気持ちに応えるためなら、何度でも死にかけて甦ろうと思った。付き合うかどうかという話は出ない。多分、無陀野先輩の想いが無償の愛に近いものだからだ。私が生きる理由は、こんなにも近くにあった。