@Kokichi_LS
舞台「文豪とアルケミスト 掬ウ者ノ響歌(コンチェルト)」
2026年3月27日(金) 18:00(初日)
どうもこんばんは。
8の感想が2つも書きかけのままだけど今更どうしようもないので(何なら7の感想も1個残ってるけd)9の感想行きます。
8の感想が完成しないのは、8割方「脚本(とそれに伴うキャラクターの言動)」が気に入らないからで、残り2割の半分はその余波がキャストさんに向いてたりするからだったのですが、今作は、ストーリーそのものには然程不満は無く(好みではないとか相容れないところはあり、それはこの後書きます)、またキャストさんにも取り立ててどうのこうのが無いのでゆるふわ感想(当社比)で参ります。ネタバレはしています。
というか、そもそも文劇は推しが出るから観たのであり、その名残で「今作も1回は観ておくか…」というだけで、ほんとに思い入れが無さすぎて、直前特番を華麗に見逃すレベル(その癖リアタイする気満々だったのでタイムシフト登録もしてなくて微塵も観れない)、演者さんと文豪については当日にチェックして「一人だけ知らんひといるな…」となったアレなので、読むに値する感想を書いてない自信だけあります。それでも良ければ読んでいってください。
さて、別舞台で「公演日の2日前まで席わからんのテンション上がらん」って言ったけど、そもそもがこのテンションだからなのか、言うて銀劇だからそこまで配席にやきもきしないからなのか、13:30位までは「もうすぐ席番分かるな〜」と思っていたのに気付いたら16:30で「うーん!」と思いつつ、見たら思ったより良かったです。1階ヒトケタ列の下手席、安定の下手席。まぁね!センブロは贅沢ですよね!と思いつつ、観てみたら通路演出があったので、これでいくと手前通路と反対通路と舞台が視界に収まるサイドはお得だったありがとう。反橋さんの袖が無いなぁと思いながら観ていたので、カテコでさんざん袖無い話してて面白かったです。
いきなりセットの話なんですけど、今回、開演前に眺めてる時はとても好みで、こないだ観た吉谷演出舞台もセットが凄く好きだったからこれで結構テンション上がりました。また、始まってみたらLEDテープがばちばちに巡らされてて、後でパンフ読んだら割とサイバーパンクぽさを意識したような印象でしたけど、個人的にはもっとナマっぽい、血管というか、こう、侵蝕を感じるような、しかもLEDでキパっとした光の質感が凄く鮮度の高さを思わせて生命力の高さを感じるのが良かったです(侵蝕者の侵蝕と、プロレタリアの情動のぶつかり合いという意味で)。たぶんこう、不規則に絡み付く感じなのがよかった脈動。
ただ、さんざんぶら下がってるロープみたいなの、演出として何かあると期待していたのに、わたしの記憶の範囲では一度も活用されなかったので「吉谷!!!」となるなど。セットそのものを動かさない代わりにあの「不定」のセットをもう少し「イキヅクモノ」として活かして欲しかったなー。あと、これも後からパンフを読んだら美術さんのコメントに「暴力的なコンセプト」と書いてあって「ふーん…」となったりしました(後述)。
布についても、手持ちから旗になった後、もう1段階変化パターンが欲しかったなぁ。殺陣を目立たせる為なのか、ちょっと物足りなかった感ある。
なお、照明が暗いみたいな意見があると見たような気がするのだけど、文劇っていつもそうじゃない??現地で観た7,8もだけど、映像で見た過去作も基本的に「暗いなぁ」と思って観てた記憶ある。ちなみにわたしは好きです(現地で観る分には)。あと、あの暗さがあるから尚更あのLEDテープも映えるんだと思ったし。
が。
ぐ、あ。
虎。
お前は許さんぞ。
虎初登場時、めっちゃ目からビーム出てるの見て「え、あれ大丈夫なのwww」なんて笑ってたら虎が首をぐるーんとして、「だいじょばない気がする!」と慌てて目を逸らしたけどちょっと目に入ったよね。その後しばらく目がチカチカして「は?マジふざけんなよ???誰だよこんなの許可したやつワーステを見倣えよボケカス!!!てめ、マジ許さんからな!?え、信じらんないんですけど何?どういう(以下黒塗りで読めない)」とずっと毒付いていたので、その間の舞台上を碌に見てないし、会話も頭に入ってきませんでした。かつ、その後も虎が出る度にまた油断するとビーム飛んでくるんじゃないかと気が気じゃなかったので(結局無かったけど)虎のシーンは集中力が激減し、正直どんな話が展開されていたのか記憶が合っているのか甚だ怪しい。
また、今作、なんかずっと戦ってて、一方でストーリー的なものが特に無くて侵蝕だー!せんしょだー!の繰り返し、「戦う文豪たちの日常」って感じだったので、アクションが続くとエンタメとしての見所はあるんだが劇としての見所が無いためぼーっと眺めるだけになってしまい、それがずっと続くから飽きてきちゃって割とずっと眠かった。のもあって、虎が出てなくても唐突に交わされる会話とか「え?ん?いま何の話?」みたいになっていたので、たぶん、「良かった悪かった」を言えるほど、ちゃんと観てない。ラストの方で「たきじはひとりで戦ってるんじゃない」みたいなこと(確かしがが)言ったとき「そんなまるで2人が死んだみたいな(笑)てかその2人はどこ行ったんだよwww」と思ったらなんか捕らわれてたみたいで「いつぅ!?」の気持ちで見ていました。
今作で気に入らないのは大きく2点、1つはセットの時にも触れた「暴力性」の話。
これはそもそも、原作となる「文アル」の前提としてどうなっているかを知らないので、ズレてる可能性が高いのだけど、7でも思ったように、現実世界における「文学は武器」というのは「物理的暴力によって捩じ伏せることを解決と呼ばない」という意味だとわたしは思っているので、武器を取らなかった(戦地に行ったぞとかではなく)文豪に武器を持たせて「侵蝕者」という「心置きなく倒して良い存在」を倒すことを「浄化」と呼ぶシステムを、ゲームという明らかなフィクション寄りの位置から飛び出してそのままに生の人間が舞台で演じるのはなかなかエグいものだとおもうのだけど、それでもたきじが出て来なければ割と「いや、そういう設定なんで」とエンタメ全振りで割り切れるものの、「言論封殺」を完遂できないばかりに最後は拷問死させる程の人道を外れた行為の集約たるたきじを出して「転生したたきじが武器を持って強大な力で敵を捩じ伏せる」ことを「正義の勝利」のように描くのって、わたしはやっぱり「エンタメだから!たのしい!かっこいい!スカッとする!」と割り切って観ることはできない。
もちろんわからんよ、実際のたきじだって、縄を引き千切り壁を殴り壊す怪力筋肉と、手元に無限弾丸マシンガンがあったら、文学なんか書かずに気に入らない権力者は片っ端からぶっ殺したかもしれない。それはわからん。別に「わたしの考えるさいきょうのたきじ」の話をしたいわけではない。だが、キャストやユーザーが「文アルの文豪は飽くまでこの作品の中の文豪だから(現実のエピソードをあんまり参考にしない的なニュアンスで)」と口にするのも、例えば無機物や何らかの集合概念をキャラクター化するのとは違って、実際に今に続く時代を一個の人間として命を使って生きた人物をそのまま借りておいてそれを免罪符とすることこそが勝手乱暴だと思うし、増してや古代や中世人ならまだしも、余裕で現代と繋がる近代人を扱う上で流石に鈍感すぎるとおもう。諸説ある、とかの話じゃない。
そんな中で、今作では、ピンチの文豪をプロレタリア組が助けたことを「暴力で解決する野蛮行為」みたいな切り口で進めていくのは気持ち悪いよね。例えば、言葉による説得に敵が攻撃の手を緩めていたのに、或いは何かを訴えているようだったのに、それを待たずに倒したとかなら、非難するのもわかる。でも説得しようとして逆に殺されそうになってたのを助けて何で責められてんの?転生文豪って別に不死身じゃないよね?何度でも転生し直すから平気さ!とかでもないでしょ?どういうこと?(後述)
話し合いは大事だけど、殺されそうって時に打開する力を持ちながらただ手をこまねいて見殺しにするのは全く美徳ではないし、今作のたきじだってそれで「やってやったぜ!」とイキりドヤってるわけでもない。もしこれが「文豪なら抵抗するより殺されることを受け容れるはずだ」「最後まで望みを捨てずに侵蝕者相手でも対話を試みるべきだ」みたいな前提で描いてるなら、さっき書いた「転生した文豪が武器を手にして敵を倒す」って文アルの根幹に抵触するだろ。「倒しても良い絶対悪だから良いんだ!」なら、尚更、あそこで敵を倒したプロレタリア組が責められる謂れはない。ルールがおかしい。どうなってる??
しかも、当たり前だけど散々あんごとぐちゃぐちゃゴネておいて最後はみんなで力を合わせて倒すんだよね、だってそういう設定でやってますもんね。じゃあプロレタリア組叩かれ損じゃない?めちゃくちゃ称賛しなくて良いけど責められる筋合いじゃなさすぎる。正論だけど大勢の意見とは違うことを言って場を白けさせた子供に先生が「自分の意見よりみんなの意見を聞きましょうね」と諭してから「はい、それではみんなの意見が出揃ったので正論でいきましょう!」ってまとめたみたいになってるじゃん。おいおい、そりゃないよ??
もっと言うと、これ「プロレタリア組がやってるから」責められてるまであるじゃん?「あいつら乱暴ものだからな」「品が無いからな」みたいな。磨かれた美しさを犠牲にしてでも、人が根源的に持つ美しさを力強くそのままに書き上げたから評価されてるはずなのに、「権力に刃向かってばっかり」みたいに眉を顰めるのが「上流」「上品」って棲み分けを伴って描かれているのが実に気持ち悪かった。白樺派がやればキラキラで、プロレタリア組がやれば泥臭くて…って、無意識の差別や侮蔑が横たわってるじゃん。しつこいけど、エンタメとしてある程度の記号化は必要だよ。でもそういうロールを押し付けるからにはそれなりの責任の持ち方が求められるんじゃないの?まして「エンタメなんだから」さ。現実ではそれこそ「何を言うか、より、誰が言うか」が重視されて蔑ろにされるのが当たり前なんだから、エンタメでくらい小汚い存在が救われろよ。それなのに、今作ってそうまでしてて描き出したかったテーマがあるかってーと、何もない。
ついでだからこれも言うと「山月記」の「虎」というのは、「りちょにとっては」臆病な自尊心と尊大な羞恥心だっただけで、また、それが一般的に誰もが陥りやすい部分だったとして、聖人君子たりえない誰もが内面に抱えるコンプレックスや執着、弱点に起因する、ともすれば制御不能な「狂気」のことであって、これも単に暴れるとか異常だとかではないんだよな。文豪なんて、殆どがずっとそれらと向き合って発狂しかけては文字に書き付けて公開することで己を保とうとした人種なんだから、もっとその辺にこそ踏み込んでくれりゃ良かったのに。そうであったなら、そこからお出しされるモノが美味しく食べられなくても、少なくとも眠くはならなかったとおもう。
で、もうひとつの気に入らないことは…すなおが、たきじに嘘ついてせんしょすることです。
死ぬまで…何なら死んでも拷問を受けてさえ口を割らなかったたきじにとって、志を共にする存在というのは、言葉にならない支えだったはず。別にそれは仲良しこよしとは違うのだけど、すなおにあれだけの思いがあったなら、それを真っ直ぐ伝えた上で、おまえはあっちに、おれはこっちに、というのが成り立ったはずでしょ。「相手の負担になりたくない」なんてのは思い上がりの独り善がりでしかなく、「みっともないところ見せたくない」としても、それによって「相手がどんなに傷付いても構わない」という自己陶酔に他ならない。「カッコ悪いじゃん?」より「この方がかっこいいじゃん?」になってるダサい。挙句に今作の場合、「言うてたきじはそれも受け容れてくれる」という甘えがあるじゃん。こういうの、信用してるんじゃなくて、寄りかかってるだけだよね。こういう展開を安直に思い付く脚本、ふつうに萎えるので、「はいはい」と思いながら観ていて眠かった。
これもまたついでだから書くけどさ、今作中ではすなおが政府の修正に応じたことを「敗北」「負い目」として書いてるけど、周りから見たらそうかもしれないし、本人だって勿論そう捉えたところもあるとはおもうよ。刃向かって刃向かって俺もあんなふうに人間の形をとどめない死に方するのか?と思ったら誰だって怖いよ当たり前でしょ。
でもそれ以上に、「どんな形であれ、作品を世に出し続けることにこそ意味があるのではないか」「誰にも届かない100よりも、誰かに届く50、いや30でもいい、ここにいるぞってことを世の中に示し続けなければ、どれほど蔑まれ、なじられようと、例え一人でもいい、いまこの瞬間、あの暗黒に呑まれようとしている魂に届けられたなら」そういう断腸の思いで世に出すことを決意したかもしれないし、どうせならそんなふうに描いてやったらいいじゃん、そうは生きられなかったんだからさ。
どっちを選ぶ自由もあるのに、わざわざ貶めるほう、貶めるほうへと持っていかなくてもいいのにね。性格悪い。
この2点がほんとに「気に入らねえな」と思いながら観ていたので、「そんでさあ!結局このしがとたきじと、7のしがとたきじはどう繋がるの!?どっちが先とかあるの?それともパラレルなの?ifなの?何なんだい!?」というところにしっぷ〜〜〜〜で、やったー!!!!!となりました。(はぁ?)湿布が流れたってことは繋がってんでしょ?パンフでは今作が7の前ってなってたけど、つまりこれ、ループしてんでしょ?その度にリセットされてんだよね?7のたきじがあれだけ重油塗れみたいだったのは、もう数え切れないループの果てに溜まりまくった残滓の所為で、魂の歯車はデフラグのパーツだったわけだ。記憶はないけど、無かったことになってるわけじゃないから、つまり7のたきじが最初あんなに「もぉだめだぁ」ってよわよわのよわだったのは、そうなるまでしがっちがいつも純白のおべべで「プロレタリア組はダメだなぁ」って言い続けてきたからだね!プロレタリア組も「たきじー!たきじに会いたーい!」って言いながら、実は自分を甘やかしてくれる存在が欲しかっただけとわかって、それでも毎回それを赦し続けてきたからだね!!しししんちゅうのむし!!!!ふかい!!!!ふかい!!!!!!
尚、冒頭のすなおとしげじのハグが下手くそ過ぎて引いたんだけど、あれが偽物だったからなんだとしたら上手いっつーか興味深いなぁと思って観てたのもあるので、なかなか趣がございました。
面白かったのは、「たきじの評価だ」つって(しかもあんごが)現代のレビュー持って来たとこですね。最初、評価(なんか違う表現だったかも)って聞いて「たきじに評価とかどこまで響く…?」とおもったらアンサンブルさんたちが普通に現代のにーちゃんたちになって口々にリアルを口にし始めて、想定外のメタ展開だったのでやられたなー!と思いました。好きか嫌いかでいうと、好みではないですが、面白いとは思いました。
ちなみに、次が10作目でまた1に戻るみたいなことになるんだろうけど、10-1,10-2…とかになっていかないか心配です(大笑)
ところでパンフ読んでたら、稽古しながらも台本直してキャストの意見を元に変えたりもしてるって読めたんですけど、原作さんも毎回稽古場に顔出してるのか、それとももう文劇は文劇で好きにやれば?なのかどっちなんですかね。というのも、今作もちょいちょい「何だその日本語…」というところがあって、しつこいですがわたしは原作の文アルを知りませんけど、文豪ってものを題材にしてるからにはゲーム内テキストとかには相当気を遣っているんじゃないのか?と思っているんですけど、だから「原作サイドはこの台本読んでOK出してるの?」って(これまでも)ずっと不思議で、もし予め原作側から出した条件さえクリアされていればあとはノーチェックなんだとしたら、まぁこういうクオリティにもなるか?とは思ったりしました。なお、具体的にどんな表現だったのかを記憶できてたらこんな感想書いてないと思うます。
まぁね、わしが知らんだけで、若者言葉としてはもう市民権を得てるって可能性もあるから、日本語の乱れとか言ってもしょーがないよな、とおもいますが、「言葉は生き物だから!」ってのも「たきじは赦してくれるよな!」みたいなもんだと思います。あ、でもいちお書いておくと話し言葉とかの砕け方なんかを気にしてるわけではないですよ。まぁ覚えてないんだからいいか。
てなわけで、思い入れが無いからキャストについてもサラっとずつ触れますか。
やすえさん
7に引き続き叫ばされてて大変だなと思いました。レモン爆弾投げるの怖すぎたので、そんなに右翼を見倣った左翼みたいにしないで大丈夫ですよ…ご安全にどうぞ。10にも出るんですかね?
そりはしさん
言うて剣が君ぶり…?と思っていたら、無人島にも出ていた記憶が抹消されすぎててごめん。にしても久しぶり、いつの間にか38歳と聞いて愕然…40になっても元気にきゅるっとしていてほしい
おぐらさん
つい19日前まで本番やってたのに「久々の舞台で」と言ってて「こいつも記憶が無いのか?休演日明けでも久しぶりって言うタイプか?」と慄きました。殺陣が下手すぎてびっくりしたので、やっぱりミュージカルの時にまたお知らせください。
たにさん
上述の通り、今作のしがが、平たく言えば嫌いなので、あんまりちゃんと観てませんでしたごめんね。とても7と同一人物とはおもえん。(たにさんの所為ではない)
相澤さん
本人も、そして役の梶井も「知らん人…」で、あー、檸檬、聞いたことあるー読んでみるかーと思ったきり読んでないです。どんな人かなー?とおもったら驚きの滑舌の悪さに心臓発作を心配しましたが、滑舌は悪いのに何故か「聞き取れない」ということがなく、ふしぎ…なんで?とおもってるうちに終演しました
小坂さん
そんなわけで剣が君ぶり…?何か刀以外で他にも観たような、、と思ってたのはだから無人島だったんですよ怖い。あ、あたまが…
小坂さんのお芝居ってヘタウマみたいでクセになりますよね。
岸本さん
すいみゅぶり!!当日にキャスト表みて「あれ!?出るんだっけ!?やたー!」て急にテンション上がったくらい、もういっかい舞台で観たいと思っていた。しかもなんか二重人格でお得だった。問題は、帰宅してパンフを読むまで「人格変わるとビジュも変わる」ということに気付いていなかった…ええ?双眼鏡使ってまで観てたのに…?
殺陣も綺麗で堪能しました。
アンサンブル
8人いるーーーー!!!ってなったオープニングアクト…びっくりした。増殖すな。
あと、開演前は時間無かったので終演後に物販行ったんだけど、侵蝕者ブロマイドあったから買った。売り切れてなかったらスカーフを買ってしまった可能性があるので、切らしてくれた先人たちに感謝。
相変わらず誰が誰かはわからないのですが、カテコでみんなで手を繋いでおじぎしましょーってなった時の8人の意思の伝達ぶりが余りに速やか&滑らかでたぶんいちばん感動しました。なんつーの?あの、「個性を消して集団として魅せる」のとは違って、個々人が自由にやりたいように動きつつ揃うっていう、骨身に沁みた疎通ぶりでほんとに。つーかーつーかー。
以上です。
お疲れ様でした。