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未明の青(レトクロ)

全体公開 レトクロ 3677文字
2026-04-04 21:43:58

無双(青燐)軸/ベレト加入ルートで、EP.13の話。『渚の鳥』の続きで、ゆるめです。
1ミリも見れていないルートなので、いつも以上に根拠のない妄想になります。

Posted by @Bombwooo

 煉獄を包む劫火の中、呼吸をするだけで肺が灼けるように苦しい。絶え間なく噴き上がる溶岩の熱に、舞い散る灰。視界すら歪む過酷な戦場の中にあって、少し離れた位置で剣を振るうベレトの姿は、恐ろしいほど淡々としていた。
 俺は弓という得物の性質上、常に盤面全体を俯瞰し、次の一手、さらにその先を読んで弦を引く癖がある。その分、足元へ迫る刃に対する反応がほんの一瞬だけ遅れるのだ。頭ではわかっていても身体がわずかについてこないこの悪癖は、乱戦において致命的な隙になりかねない。だが、死角から迫った槍は、離れた場所にいたはずの傭兵の剣によって的確に弾き飛ばされた。
 互いに背中を預け合っているわけではない。一定の距離を保ち、干渉しすぎないように立ち回っているはずなのに、なぜか相手の挙動が手に取るようにわかる。事前の取り決めなど何もないのに、奇妙なほどに戦線が噛み合ってゆく。
 ひと息つく間もなく、ベレトが油断なく周囲を見渡しながら、こちらへ視線を向ける。
「先を読むのも大事だが、目の前の敵をおろそかにするな」
 淡々とした声で飛んできたのは、俺の隙を突くような忠告だった。確かにその通りではあるが、素直にうなずいてやる義理もない。この人の戦い方だってたいがい危なっかしいのだ。
 言い返そうと口を開きかけた瞬間、ベレトの背後にある岩陰から、手負いの帝国兵が殺気を放って飛び出してきた。傭兵の意識が前方に向いているその隙を、俺は番えていた矢で容赦なく射抜く。
 弦の鳴る乾いた音とともに、敵兵が崩れ落ちた。それを肩越しに一瞥したベレトへ、俺はここぞとばかりに肩をすくめてみせる。
「あんたこそ、少しは先のことを考えないとな。そういう猪突猛進なところは雇い主に似なくていいと思うぜ」
 同盟の盟主として、王国の王であるディミトリを揶揄する。いつもの軽口のつもりだった。
 しかし、ベレトの動きがぴたりと止まる。ゆっくりと向き直った顔には、先ほどまでの静謐な無表情ではなく、はっきりとした不満の影が落ちていた。澄み渡った空のような瞳が、不機嫌そうに細められている。
 いったい何を不快に思ったのかと俺が眉をひそめた直後、彼は一歩踏み出して口を開いた。
……自分は、君たちの仲が良いという話を聞きに来たわけじゃない」
 低く、理不尽な響きがあった。何の話だと一瞬思考が止まり、やがてその怒りの矛先が「俺とディミトリの仲の良さ」に向いているのだと理解する。
 俺とあいつは友人と呼べるほど関係が深いわけじゃあない。ただ、今は互いに手を組んだほうがよいというだけの、損得ありきの関係だ。明日の朝になれば、俺とディミトリが互いの喉元に刃を突きつけ合っている可能性だってある。どこをどう見てどう解釈すれば、そんなお花畑のような考えに至るのか。
 俺が返答に窮しているあいだに、ベレトはふいっと踵を返した。そのまま大股で、未だ火の粉の舞う最前線へとずかずか歩き出してゆく。背中からはどこか断絶にも似た色がにじんでいる。あきらかに機嫌を損ねた足取りだ。その後ろを、アロイスさんが何かを叫びながら追いかけている。命を懸けた戦でありながら、どこか気が抜ける光景に頭が痛くなった。
 何もかもを置き去りにした男の背中は、とうの昔に見えなくなっていた。


 煉獄での戦いで俺たちはどうにか勝利を収めるも、身体に纏わりついた残り火のような熱は容赦なく体力を奪い続けていた。
 ジェラルトさんは傭兵団の被害状況を報告するためか、ディミトリを捕まえて何やら話し込んでいる。その息子であるベレトは少し離れた岩の陰で、ひとりで休息をとっていた。
 俺もようやく弓を置き、革袋のぬるい水で喉を潤す。と、そこへヒルダが小走りで近づいてきた。
「ねえ、クロードくん。ちょっといい?」
 声を潜めた彼女の視線を辿ると、岩に背を預けて座り込むベレトの姿がある。
「あの傭兵さん、なんだか様子がおかしくない? 顔色が悪いっていうか、血色がよすぎるっていうか。いくら強いって言っても、この暑さじゃ無理もないだろうけど……一応ディミトリくんのところの傭兵さんって話だし、あたしが声掛けていいか迷っててー」
 ヒルダの言う通り、遠目からでも異常は見て取れた。普段は精巧な人形のように温度を感じさせない男が、今は荒い息を繰り返している。あの異常な立ち回りで戦場を駆け回ったのだ、この烈日に当てられて当然だろう。それなのに、こいつは周りに助けを求めるそぶりすら見せない。
「さっきの戦いで少し恩も売られちまったしな。俺が様子を見てくるよ」
「うん、わかった。ありがとー。もし人手が必要になったら教えてね」
 軽く手を振って陣へ戻ってゆくヒルダを見送り、俺は手付かずの水袋をもうひとつ掴み取った。
 刺激しないよう静かに近づいてみると、消耗具合は想像以上だった。熱を逃がすためか、両腕の籠手や手袋はすでに外され、無造作に地面へ転がっている。白く透き通っていたはずの素肌には不自然なほどの赤みが差し、額からは汗がじっとりと滴り、前髪を濡らしていた。うつむき加減で座り込み、わずかに開いた唇から熱い呼気を吐き出す姿は、先ほどの戦場で見せた凄みとは程遠い。
……おい、生きてるか」
 声をかけると、ベレトはわずかに肩を揺らして顔を上げた。焦点の定まらない瞳が数回の瞬きのあとに俺を捉え、こくりと小さくうなずく。口を開く気力すら削られているらしい。
「見事な立ち回りだったが、さすがのあんたもあの暑さには勝てなかったか。ほら、飲め」
 俺が水袋を放り投げると、彼は鈍い反応でそれを受け取った。しかしまじまじと革袋を見つめるばかりで、一向に口をつけようとしない。
「毒なんか入ってない」
 思わず皮肉がこぼれる。つい先ほど、俺に理不尽な八つ当たりをしてきた相手だ。これくらいは言っても罰は当たらないだろう。
 だが、彼は力なく首を横に振った。
……違う。君はそんなことしないだろうと思っていただけだよ」
「は?」
「気遣ってくれて、ありがとう」
 掠れた、けれどひどく誠実な声だった。そのまま水袋の栓を抜き、彼は喉を鳴らしてぬるい水を飲み始める。
 毒気を抜かれるとは、まさにこのことだ。いったい俺の何が信じるに値したというのか。ほんとうによくわからない男だ。問い詰めたいことは山ほどあったが、無心に喉を潤す無防備な姿を見ていると、どうにも追及する気が失せてゆく。
 水袋から口を離した彼は、ほうと熱い息を吐き出して再び岩に頭を預けた。少し呼吸は落ち着いたようだが、まだ頬は紅潮したままだった。
「もう少しここで休んでろ。俺からディミトリに、部隊の休息時間を延ばせないか聞いてやるよ。ジェラルトさんもあんたのことは心配だろうしな」
 気を利かせて提案してやると、ベレトはまたしても首を横に振った。弱っているくせに、妙に頑固な奴だ。
「おいおい、変な意地張るなよ。あんた以外にもアリルの過酷な熱で消耗してる奴らは多いんだ。誰も迷惑だなんて思わない。……それに、ここであんたに倒れられでもしたら、ディミトリにとって大損害だろうしな」
 その名前を口にすればするほど、ベレトの瞳に不満の色が募ってゆく。先ほどの戦場で向けられた、あの奇妙な八つ当たりが脳裏をよぎる。
……また、その話か」
「なんだよ。なんでそんなに対抗心を燃やしてるんだ。あんたなら、あいつの武芸の腕にもじゅうぶん太刀打ちできるだろ」
 同じ戦場に立つ優れた武人として、比較されるのが面白くないのだろうか。乏しい情報で組み立てた俺の推測をよそに、ベレトの不満げな眼差しは、身体の熱のせいかどこか潤んでこちらをにらみつけている。
 その視線を正面から受けた瞬間だった。あの食事の席で彼が俺の手を取ったときの、あの得体の知れない引力に、今度は俺自身があてられてしまったのか。
 気がつけば俺は吸い寄せられるように手を伸ばし、彼の額に張り付いた、淡い色の前髪をそっと横へ払い除けていた。
 熱を帯びた肌の感触が、指先からじかに伝わってくる。かすかな汗の湿り気と、思いのほかやわらかい髪の感触。びく、と肩を震わせ、ベレトが信じられないものを見るように目を丸くした。
 それ以上に驚愕したのは俺自身だった。いったい俺は何をしている? 知り合って日が浅いどころではない男の顔に、何の前触れもなく触れるなど、あきらかに異常だ。
「っ、じゃ、じゃあ俺はディミトリのところ行ってくるから! あんまり無理すんなよ!」
 急激に顔が熱くなるのを感じながら、俺は弾かれたように身を翻す。
 自分でも驚くほど上ずった声でまくし立て、大股で、ほとんど駆け出すような速さでその場を離れた。言葉にされずとも、おかしな奴と思われていることだろう。いったい俺は何をしているのか。熱に浮かされたように彼を見下ろしていた自分の間抜けな顔を忌々しく思いながら、俺は一度も振り返ることなく走り去った。


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