「鶴丸国永は三日月宗近の写しとも言われる」という実在の俗説を巡る三日月と鶴丸の話です〜!
穏やかで充足感のある明るい話です。
1p 本編
2p こぼれ話《鶴丸国永の独り言》
@fu_re_re_ra
五条国永は三条宗近の弟子とも言い伝えられることは有名な話だが。
名物、鶴丸国永は。
一説には、三日月宗近の写しであったのではないか、という説もあるそうだ。
「うっわ、随分と古ぼけた話を持ってきたなあ」
聞くや否や、鶴丸国永は片眉を跳ね上げ、珍妙な物を見る目で聞き返した。
「驚きだなあ。いったい全体、どこで拾ってきたんだい? そんな埃の被った噂話」
「えっとね、みかちゃんと石切丸とね、二人から見た昔々の歴史のこと知りたいなあって話をしてたの」
主は言葉にしながら、手を結んで開いて、いたいけにその時のことを語った。
「わたし、歴史のこと何も知らないから。でも、みかちゃんと石切丸から見た大事な時間のお話を聞かせてもらったら、歴史ってものが少しは掴めるんじゃないかなあって思って。でも、みかちゃんが」
ふむ、俺から見た歴史、か。
ならば、それは一つ所として、こうと形のあるものではないなあ。
どれ、代わりに一つ、手慰みの遊び道具をやろうな。
主は聡いからなあ。
俺の口などからこうと形ばかりの手習いを教えられるより、よほど実りある輪郭を掴めるだろうよ。
歴史と呼ばれるものは
そう、俺のようなじじいの心中ではなく
主や。お主の今にこそ存在する大河だということを。
「そう優しく頭を撫でて、このお話を教えてくれたの。事実なのか、噂話なのか、自由に当ててご覧、って」
「三日月……きみなあ……」
鶴丸国永は頭が痛そうに眉間に手を当てながら
「はぁ〜〜」と嘆息した。
「こりゃ遊んでやがるな……こういう時の三日月は意地が悪いんだよなあ」
「そうなの?」
「主にオレにな」
片眉をへの字に落として、やれやれと言わんばかりに鶴丸は苦笑しながら肩をすくめてみせた。
「考えてもみろよ。ありゃ、平安から今に至るまで千年をゆうに超えてすら未だに『最も美しい』と言われ続ける至高の月だぜ」
投げ出した片脚を交差するようにして、鶴丸はそう言いながら眉間を押さえていた片手をあきれたようにぱっと開いてみせた。
「オレを含めてあの頃打たれた古刀は数あるが、あの時代、三日月宗近をその目で見て少しも影響を受けなかった刀工がただの一人でもいると思うかい?」
きょとん、と目を丸くして、パチパチと目を瞬かせた彼女はすぐに納得して「そっか」と頷いた。
「オレに限らず、あの時代の同系統の山城古刀は似ていて当然なんだ。腰反り細身で身幅も刃長も反りも作風も何もかも近しいとびきり美しい刀ったって、そりゃ似てるだろうさ。五条国永が三条宗近の直弟子と言い切れる確固たる証拠は無いのに一目で連想されるぐらいだ」
そう言いながら鶴丸は自らの肩に手を置いて、こきん、と鳴らしてみせた。名刀『鶴丸国永』は古くから、刀剣専門家の間では、あらゆる角度からおおよそ欠点らしき欠点が見つからない、時に絶世の美女にも喩えられるほど美しい刀とされている。
「確かに鶴丸国永は『完全無欠の美』なんて称されることも多々あるが、三日月宗近を差し置いて美を名乗るほど図太くはなれん」
「そっか、じゃあ違うんだ」
「ところがどっこい、そうと断定できないのが意地の悪いところさ」
鶴丸国永はこれ見よがしに大きく肩をすくめる。
「学ぶという言葉の起源は『真似ぶ』から来ている、ってぐらいだ。写しという概念は後年の物だが、非常に近しい時代に共に打たれて今も在ることは揺るがぬ事実だからな。五条国永が三日月宗近を手本に鶴丸国永を打たなかった保証は無い。悪魔の証明ってやつなんだよ。三日月の奴も百も承知さ」
「……? 鶴るん、どうしてそんなに嫌そうなの?」
「三日月の奴の、したり顔のにやけ面が見えるからさ」
鶴丸は前髪をくしゃっとして、そりゃあもう、深くふかーくため息を吐いてみせた。
「つまりなあ、あいつはオレをからかってるんだよ。よっぽど事情が拗れてなきゃ自分の系譜の写し刀は可愛いもんさ。可愛い可愛いややって笑って言われてるようなもんなんだよ。オレが昔の仔細を覚えてないからって、意地が悪いんだ、意地が」
ぱちぱち、と
目を瞬かせた主は、次の瞬間、ぱぁっと、嬉しそうに満面の笑みを浮かべた。
鶴丸はそれを見て、絶妙に嫌な顔をして「なぁにがそんなに嬉しいんだい、きみは」と頬をつついてみせた。
鶴丸に頬を突かれながら、彼女はことさら嬉しそうに笑った。
「みかちゃん、鶴るん大好きなんだ、ってわかったから!」
いろんなことが魔法のようにわかった顔をして、頬をいたずらに突かれながら、にへらっと彼女は嬉しそうに笑い続けた。
「そっか、事実でも、事実でなくてもいいんだ。本当のことはきっとみかちゃんの中にちゃあんとあって、それでもみかちゃん、誰かにそう思われてもいいぐらい、鶴るんが大好きなんだね」
「〜〜〜〜っだぁ、これだから嫌なんだ!」
頭を掻きむしった鶴丸国永は、主のやわこい頬っぺたをパン生地のように引っ張った。
「きみ、その顔、三日月のにやけ面にそっくりだぞ!」
「にへへへへ〜」
「あーもー、どーして似てほしくないところばっかり似るんだ!?」
「わたしも鶴るん大好きだから〜!」
「あ゛ーっ、見える、見える、三日月の奴のしたり顔が!」
「ふへへへへへ」
「さて、答えは出たかな。主や」
三日月宗近の前に、綺麗に正座した彼女は
穏やかに凪いだ微笑みを浮かべた。
「うん。わたしなりの答えが」
「うむ、ぜひとも聞かせてもらいたいなぁ」
口元を隠しながら優美に微笑む三日月に、彼女はすっと目を開けて顔を上げた。
「わたし、みかちゃんと鶴るんにお話を聞いた時、思ったんだ。事実でも事実でなくても、『そうだったら素敵だなあ』って」
「そう思った時点で、きっとわたしがみかちゃんに聞きたかった『歴史』は史実じゃなかった。みかちゃんの物語だったんだ」
三日月は、切れ長の瞳をすっと細めた。
まるで、深く水面を覗き込み、見極めるように。
「史実と歴史は少し違う。たとえ時を遡ったとしても、証明できないたくさんの出来事の狭間に、歴史と物語はあるんだね」
「たくさんの人が『そうだったらいいな』って心を寄せて調べて推測する。正しいことも、時には史実と異なることもあるかもしれない。でも、想いを寄せられること自体が間違いなわけじゃない。だって、想いを寄せた先に、みかちゃんたち刀剣男士がいるんだ」
彼女の瞳は、遠い時間の連なりを見つめて、その先に行き着いた今を見つめている。幸せそうに、彼女は微笑んだ。
「みかちゃんはきっと、人が紡ぐそんな『歴史』を愛してくれている。時に史実以上に、きっと」
彼女はあまりにまっすぐ、三日月の瞳を見つめ返した。
月の浮かぶ美しい瞳に虜になることなく、その奥底を真っ直ぐ射抜くみたいに。
「だからみかちゃんは、応とも否ともきっと言わない。たぶん、この先もずっと」
三日月宗近は少しだけ目を見張ると
美しい月の瞳を細めて、かんばせに笑みを深めた。
「それがみかちゃんを見てて思った、わたしの思う『歴史』。わたしの中にしかないものなんだ。そして、」
彼女はそっと、自分の胸に手を当てて目を閉じた。
己の心の声に耳を澄ますように。
「その『歴史』が、わたしとみかちゃんを繋いでる。だから、わたしは一緒に守りたい。みかちゃんが大事に繋いで、わたしが進んでいく、この『歴史』を」
丁寧に言の葉を積み上げていた彼女は
ゆっくりと瞼を押し上げると瞳を煌めかせて、迷うことなくこう断言した。
「わたしの思う『歴史』は、みかちゃんたちと繋がる奇跡の積み重ねのこと。そう思ったんだ。だから未来へ繋げたい」
じっと耳を傾けていた三日月は。
穏やかに微笑みながら、長く美しい睫毛をゆっくりと伏せた。
大切なものをじっくりと噛み締めるように。
「そうか、そうか」
三日月宗近という千の刻を重ねた美しい刀は
穏やかに笑みを深めて、金冠をいだく瞳を、ことさら優しく細めた。
実に実に、愛おしそうに。
遥か広がる遠い過去と未来を共に透かし見るように。
「ならば俺も、より一層、励まねばならんな。うむ、これからも宜しく頼むぞ、主や」
美しい月は、今日も愛おしそうに人を見ている。
◼︎こぼれ話《鶴丸国永の独り言》
ありゃ優しい檻だ。
両手を柔らかく椀の形に広げて
そこに自分から飛び込ませるように仕向けるのだ。
そうして、逃げようがないと諦めて手のひらに乗れば
真綿で柔らかく縛るように、手の中に優しく包んで愛おしむ。
鍵は掛かっていないのに、心地良く酔わされて上手く羽ばたけない。
そんな、ずるくて意地の悪い優しい捕まえ方で
オレの羽根を撫でるのだ。いつ飛び立ってもいいと言いながら、酔わされて羽ばたけない。
そんな。
よりによって三日月と同じやり方で、オレを捕まえやがるのだ。
────だから。