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花過ぎ(レト+シェズ)

全体公開 2597文字
2026-04-06 15:19:33

無双(赤焔)軸/ベレト加入ルートで、EP.13の拠点内でのやりとりについての話。

Posted by @Bombwooo

 薪が燃え尽きかけ、冷たい夜風がいっそう身に沁みる。椅子に腰かけながら剣の刃こぼれを確認していると、背後からふらりと影が落ちた。気配も足音もない。相変わらず、心臓に悪いなと思う。
「なあ、何か――
「シェズ。笑ってみせてくれないか」
 俺が振り返るなり、『灰色の悪魔』は真顔でそんなことを言い出した。
 危うく、剣を落としかける。冗談を言うような奴ではないから、本気で言っているのだと思う。けれど、真意がまったく読めない。
……いきなりどうしたんだよ」
「先日、君が言っただろう。自分は表情が乏しいから、誤解されやすいと。だから、訓練に付き合ってほしいんだ」
 数日前の会話が頭をよぎる。助かる見込みのない者の救出を諦め、助かる見込みがある者を助けたところ、切り捨てようとした相手から「悪魔」と罵られた、という過去の述懐。正直、正しい判断だと思う。俺だって、そうしたはずだ。
 話を聞いた俺は、その無表情が冷酷さに拍車をかけたのだろうと指摘した。そしたら「訓練あるのみか」なんてずれた返事をするものだから、答えに困った俺はまあそれでいいかと適当に流した。それが、運の尽きだった。
 ひとりで納得していたあれを、まさか俺相手に実践しようとするとは。
「笑うってのは、ただ顔を動かすだけじゃだめなんだぞ。感情が動くから、自然と顔に出るものであって」
……感情」
「そう。たとえば、過酷な戦いのあとに、温かい飯を食った時とかさ。そういう時に、自然と顔がほころぶだろ」
 炊事当番として鍋を振るうこともある俺からすれば、いちばんわかりやすい例えのつもりだった。なのにベレトは小首を傾げるどころか、淡々と口を開く。
「そうなのか」
「アンタは違うのかよ」
「自分は、空腹が満たされて、再び剣を握れるようになればそれでじゅうぶんだ。そこに感情が動く余地はないと思う」
 身も蓋もない事実だった。確かに、戦場を渡り歩いてきた傭兵なら、飯に頓着しないのは珍しいことじゃない。俺だってそうだった。頭ではわかっている。わかっているのに、日ごろから連中の腹を満たすために工夫を凝らしている身としては、見えない刃で胸をひと突きにされた気分だ。
……腹が膨れりゃなんでもいい、ね」
 がっくりと肩を落とす。手入れの道具を放り出し、俺は大きなため息をついた。
 俺のあからさまな落胆ぶりに、ベレトはわずかに目を丸くする。どうやら自分が何か間違えたらしいということは察したようだが、何が原因かまではわかっていない。気まずそうに視線をさまよわせる姿は、悪魔という異名とは程遠かった。
 こいつはただ、自分の言葉がどう受け取られるかを知らないだけなのだ。そう思うと、怒るのも少し違う気がした。
「うまく笑えないなら、無理はしなくていい。不自然に笑おうとしたって不気味なだけだし。その代わり、少し言葉を足すように工夫してみたらどうだ?」
「言葉を?」
「アンタは必要なことしか口にしないから、俺としては話が早くて助かる。けど、人によっちゃあ、それが怖いってこともあるかもしれない」
 俺の指摘に、ベレトは少しだけ眉をひそめた。
「何も危害を加えようとしていないのに?」
「そりゃあ、同業の俺からすれば、ただ棒立ちしてるだけのアンタに敵意がないってことはすぐにわかる。でも、アンタのことをよく知らない人間からすれば、無表情で黙り込まれると落ち着かないんだよ。怒ってるのか、機嫌が悪いのか、それとも急に斬りかかってくるつもりなのか、わからないまま立ってるように見える」
「では、どういう理由があって自分がそこに立っているかを、事細かに説明すればいいのか?」
「いや、そうじゃなくて。何も、長々と身の上話をしろってわけじゃないんだ。たとえば、『火に当たりに来ただけ』とか、『夜風にあたりに来た』とか、ひと言ふた言でいい。相手に対して敵意がないって伝わる言葉を足すんだよ」
 そこまで言ってから、俺は頭を掻いた。表情を作るのと同じくらい、こういうどうでもいいひと言を口にするのも苦手らしい。そういうところまで不器用なのかと思うと、何だか毒気を抜かれる。
「まあ、要するに、だよ。表情がない分、言葉で相手を安心させてやれってことだ。アンタはそういう他愛のない話をするのが下手なんだから、おいおい練習しないとな」
 俺がどうにかひねり出した結論に、ベレトは焚き火の明かりの中で、納得したように深くうなずいた。
……結局、訓練あるのみということだな」
 一切の冗談を含まない真面目な声で返され、俺は思わず言葉を詰まらせた。言われてみればそうなのかもしれないが、どうにも俺が言いたかったことときれいには噛み合っていない。
 俺としては、もっと自然に言葉が出るようになればいい、くらいのつもりでいた。なのに、話しているうちに、どこからずれたのか自分でもわからなくなる。
「いや、そうかもしれないけどさ……
 口ごもる俺を、ベレトは怪訝そうに見つめてくる。まるで彼の言葉をうまく飲み込めない、俺のほうが悪者みたいじゃないか。
 俺としては、もっと自然に感情や言葉を出せるようになればいいという話をしたかった。それなのに、どうしてこう伝わらないんだろう。俺の言い方が悪かったのだろうか。そもそも俺自身、人の心の機微を察したり、気の利いた言葉をすらすらと紡げるほど口が立つほうじゃない。
 いっそ「俺もよくわからない」と突き放してしまえたら楽なのだろう。それなのに、真剣に考え込んでいるこいつを前にすると、どうにもそんな気にはなれなかった。
 下手に助言なんてしないほうがよかったかもしれないと後悔したってもう手遅れで、俺は結局一緒に頭を抱えている。
……いや、いい。アンタが正しいよ。まずは明日の朝、誰かとすれ違ったら『おはよう』のあとに、何かひと言足す訓練からやってみよう。『いい天気だな』とかさ。俺も隣についててやるから」
「わかった。君がいるなら心強い」
 安堵の混じった素直な返事に、俺はどうしたものかと息を吐き出す。
 放り出していた剣を引き寄せ、ふたたび布で刀身を拭う。彼とは反対に、俺は要らないひと言を呑み込む訓練でもしたほうがいいのかもしれない。もっとも、彼を前にすると、その手のことはだいたい意味を為さなくなるのだが。


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