本編(蒼月)軸で、EP.19での救援戦の夜の話。クリアしたてのころに書いたものを手直ししたものになります。
CPではないですが、お互いに渡せずにいた、ラブレターのような本音を交換してからお別れしてほしいなと思って書きました。
@Bombwooo
ディミトリはふと気配を感じ、手元の書面から顔を上げた。いつの間にか開かれていた扉のそばには、かつてレスター同盟諸侯の盟主であった男が呆れ返ったような顔で立っていた。
「……あのなあ、お前」
「すまない、気づかなかった。……もしかして、声を掛けてくれていたのか?」
「かけたどころじゃない。お前のばか力には劣るが、扉だってそれなりの力で叩いたんだぜ。今ごろ手袋の下は真っ赤だろうさ。もしこれが敵襲の報せだったら、いったいどうするつもりだったのかねえ」
「敵襲であれば殺気で即座に気づく。足音も隠さず、俺に危害を加える気もないお前だったからこそ、反応が遅れたまでだ」
「あー、はいはい。つまり俺の存在は、そこの紙切れ以下ってことですか」
クロードの恨みがましい視線が、ディミトリの手元を突き刺す。
「これはただの紙切れではなく、先の戦に関する重要な……」
「分かってるっての。つーか、まともに反論するところそこかよ」
クロードが心底呆れたようにため息を吐くと、ディミトリはようやくその言葉の意味を察し、手にしていた紙束を脇へ置いた。
「それで、用件は何だ。まさか俺に別れの挨拶をしに来たなどとは言うまいな。お前はそんな殊勝な男ではないだろう」
「いや、あながち間違ってもないな。お前に最後の嫌味を言いに来た」
手ごろな椅子はないかと部屋をぐるりと見渡したのち、クロードは執務机に寄りかかる。ディミトリはそれを押し返そうともせず、短く息を吐いた。
「先ほど散々聞かされたと思うが。まだ何かあるのか?」
「婿入り前の身体を傷物にしておいて、その態度かよ」
「それは……本当に、すまなかった。あのころの俺は、人の言葉を話すだけの、ただの化け物だったから」
肌を刺すような静寂が訪れる。ディミトリの声は微かに震え、冷えた空気のなかを転がり落ちてゆく。一方クロードは、ディミトリに背を向けたまま、振り返りもしなかった。
「なあクロード……どうしてお前は俺を信じられたんだ。逆の立場ならきっと、俺はお前を信じてやれなかっただろう」
すがるような己の声に恥じ入る。だが、あっけなく同盟を解散し、他国の王である自分にすべてを託して去ろうとする男の真意を、どうしても聞かずにはいられなかった。
クロードは相も変わらずディミトリに顔を向けない。そのことが、ますますディミトリの心臓を急き立てる。
「べつに、お前を無条件で信じたわけじゃない。俺は俺の見る目を信じたんだよ」
淡々とした声つきが、なぜだか心地よかった。彼の言葉は真実なのだろうと、すぐにわかった。クロードの言葉は、ディミトリの腹の中へとゆっくりと落ちてゆく。
「……お前はいつも損得を口にするくせに、ずいぶんと割に合わない賭けをしたものだな」
「割に合わない? そんなことないさ。同盟の連中をこれ以上血みどろの泥沼に巻き込むより、お前たちに丸投げしたほうがよっぽど『得』だと判断しただけだ。俺にはまだやらなきゃならないことがあるんでね」
「あっけなく同盟を解散し、さも薄情な元盟主を気取っているが……要は同盟を見捨てられなかっただけだろう。そういうお前だってじゅうぶんお人よしだ」
ディミトリの静かな指摘に、クロードの肩がぴたりと止まる。ゆっくりと振り返ったその顔には、いつもの飄々とした笑みはなく、少しばかりばつが悪そうな色が浮かんでいた。
「……おいおい。あの妄執に取り憑かれた獣が、ずいぶんと偉そうに言うようになったじゃないか」
クロードは意趣返しとばかりに口角を吊り上げる。
「散々復讐だのなんだのと憎悪を撒き散らしながら、帝国へ一直線に向かおうとしてたくせにさ。結局は故郷の連中を見捨てられず、進軍をやめて王都奪還に引き返した大ばか野郎が、いったいどの口で言うんだか」
痛いところを突かれ、ディミトリは思わず言葉に詰まる。それを見たクロードが、呆れたように、けれどどこかやわらかい息を吐き出した。
「まったく……お人よしなのは、お互いさまだろ」
投げやりな言葉の裏に隠された確かな親愛に、ディミトリは小さく目を伏せる。やがて張り詰めていた肩の力を抜き、静かに口元をほころばせた。