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揺り戻しの陽だまり〜キリシタンすり抜け主と歌仙兼定〜

2026-04-10 23:07:34

彼女の愛と玉手箱https://privatter.net/p/11910341が前提です

《揺り戻しの陽だまり》

「ふう、いい天気だ」
晴れ空の下。額を拭った歌仙は、ちょうど洗濯を終えた頃だった。
畑から戻った主がじゃがいもを籠いっぱいに抱えて、笑顔で歌仙の名前を呼んだのは。

「歌仙〜!」
「ありがとう、持ってきてくれたんだね」
「今日のご飯はなぁに?」
「肉じゃがにしようかと思ってね」
「わぁい! わたし、歌仙の肉じゃがだいすき!」

わたしも手伝うね、と笑って隣に座った彼女は、けれど。
並んでジャガイモの皮剥きをしている途中で、急に顔色が悪くなって指先を震わせた。

「ぁ、れ」

気分の悪そうに口許を押さえた彼女は、やがて真っ青になって震え出した。

「なん、で、いつもは、」

混乱したような独り言、
かひゅ、と呼吸がおかしくなる。

歌仙はたちまち顔色を変え、慌てて彼女の肩を支えた。がたがたと青ざめて震える彼女に、ざわっと木陰の近くで近侍の気配が騒がしくなったが、歌仙はすかさずキッと視線を飛ばして押し留めた。
人が増えたら、彼女は青い顔で笑って何でもないと取り繕うに決まっている。
ざわめきが躊躇いがちに再び空気に溶けて静かになったことを確認してから、歌仙は素早く視線を走らすと、近くに畳んだままになっていたシーツを引っ張った。

ばさり、と自分と彼女を覆うシーツの波。
閉じ込められた白の中で、歌仙はことさら優しく微笑んでみせた。

「大丈夫だ、僕しかいない。無理に笑うことはないんだよ」

ぼろ、と

「ち、が、ちがうの、いつもは、こんな」
「だいじょうぶ。大丈夫だから」
「ちが、キッチン、だめで、でも、まだ、皮剥きだけで、こんな、」
「ああ、」

そうか、と。
歌仙の目に、素早く納得が広がった。

彼女が、急がしい時間の厨支度がだめな様子であることは知っていた。皿一枚割っただけで頭を庇って震えることも。
普段は厨にさえ入らなければ問題ない様子だったが、厨から離れた晴天の下で発作が起きたことに混乱しているらしい。

揺り戻しだ。

「大丈夫、僕しか見ていないよ」

共にシーツの海におぼれたまま、歌仙は彼女の肩を支え、背中を優しく擦った。

ぬくもりに後押しされるように、彼女の目からぼろ、と涙がこぼれ、氷の中にいるようにがたがたと震えが酷くなっていく。

「ごめ、かせん、こんな、ちが、」
「無理に押し留めようとしなくていい。自然に任せて。大きく息を吸って、吐いて、……そう、いい子だ」
「わた、わたし、」
「うん」
「きげ、ん、りょうりのまえ、は、とくに悪くて、」
「うん」
「いつも、すごく、すごく、なぐられて、わたし、」
「うん、うん、」

歌仙は、痛ましげに目を細めると
彼女を抱き寄せて腕の中に閉じ込めた。

「大丈夫だ。ここは安全だよ。……駆け付けてやれず、すまなかったね」

歌仙のその言葉に、
決壊したように、彼女の嗚咽がひどくなって
あとはもう、しゃくり上げる泣き声に全てが溺れていった。



やがて。

シーツにぐるりと包まれて、泣きじゃくったまま力尽きたように眠る彼女のそばに
いつまでも、いつまでも、辛抱強く彼女の頭を優しく撫で続ける歌仙は

気配を殺して立ち寄る、浅葱色の人影に。
顔を上げた。

「泣き疲れて眠ってしまったよ」
「揺り戻しか」
「恐らくね。膿を、出す時に。最も痛むのは、身体の傷も心の傷も同じだから」

和泉守兼定は、己の浅葱色を、黙ってばさりと彼女に掛けてやった。
春うららかな青空に凍えた、吹雪の寒さを遮るように。

歌仙は、彼女に膝を貸したまま、大きく空を仰いだ。
痛いぐらいの晴天が、燦々と降り注いでいる。

「ようやくだ。ようやく、ここまで来たんだね」


……刻を」

ぽつん、と歌仙は言の葉を落とした。

「遡る、技術が。存在すると。それを知って、彼女は。どう思ったのだろうね」

政府の研修も通らず、行政の把握からすり抜けて、寄るべなく独り、ここに連れてこられた日の彼女は。
神々ぼくらがこうして存在して、刻を遡る技術が存在して、なお。……自分に、助けがこなかったのだと。理解した日の彼女は、何を。

「思い返せば彼女は、いつだって物分かりが良すぎたよ。……泥臭く泣き叫ぶやり方を。もっと早く教えてやれればよかった」

助けは来ない
守られない
誰も来ない

そう信じるしかなかった子が

誰にも救われず
世界も信じられず
それでもここで

誰かの膝で眠れるところまで辿り着いた。
荒波に沈まず、安堵の岸辺に生きて辿り着いた、その道のりが。
容易かったはずがない。

「絶望に足る生い立ちで、ああも強く祈り続けられる、心が。僕には、どうしようもなく切なく、愛おしく映る」

赤く灼けた目元に、優しく指先で触れる。
涙の名残りが指に吸われていく。

「結局、神々ぼくらを呪う言葉を吐いたのは一度きり。……絶望の数には、到底足りないだろうにね」


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