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俺だけが知っている顔

全体公開 ヌヴィリオ 2097文字
2026-04-11 20:26:55

慕われているヌヴィレットに独占欲を抱いてしまうリオセスリの話

Posted by @otroom0v0

 のどかな日差しに、香り高いコーヒー。晶蝶マドレーヌを頬張れば、何とも言えない贅沢な気分になる。リオセスリはゆったりと足を組んで、ほっと息を吐き出した。
 ――これこそが、優雅な余暇ってやつだな。
 行き交う人々を眺めながら、お気に入りのカフェでのんびり過ごす。この充実感がたまらなく好きで、水の上で過ごす余暇は、いつも昼時だった。薄暗い水の下で暮らしているが、こうして過ごせるなら公爵の地位も悪くない――……そんな風に思いながら、コーヒーを味わっていた時のことだった。
「そういえば先日、歌劇場でヌヴィレット様をお見かけしたのよ」
「えっ、本当?」
「ちょうど真下の席に座っていらしたの。いつもと違う装いで、とっても素敵でしたわ……
 カップを握る手に、力がこもる。華やかな声の主を、視線で探った。少し離れた席に、水色のドレスを着た若い婦人が座っている。その対面にいるのは、花柄のワンピースを着た同じ年頃の婦人だ。彼女たちはケーキと紅茶を楽しみながら、声を弾ませている。
「審判に臨むお姿も凛々しくて素敵だけど、歌劇場でお見かけした時は、なんだかとてもリラックスしていて……余裕のある佇まいが、本当に麗しかったわ」
 こぼれる甘い吐息は、薔薇色と称するにふさわしいもので。熱心に慕われていることがよく分かる。微笑ましいことだが、胸の奥がざわめくのを、リオセスリは静かに感じていた。
「いいなぁ、私もお会いしたかったわ」
「最近はよく休暇をとっていらっしゃるようだから、どこかで会えるかもしれないわね」
「いつどこでお会いしてもいいように、新しい服を買おうかしら」
「いいわね! 私もドレスを新調したいわ」
 彼女たちの話題がファッションに切り替わったところで、リオセスリは最後の晶蝶マドレーヌを頬張り、コーヒーで押し流した。会計を済ませて外に出ると、ひとつため息をつく。
 ――年甲斐もなく、張り合うなよ。
 自身にそう言い聞かせると、さっと歩き始めた。

……っていうことがあったんだ」
 数日前の出来事を、ソファでワイングラスを揺らしながら語り聞かせた後。リオセスリは隣に座っているヌヴィレットに、ちらりと視線を向けた。彼はいつもと変わらぬ淡々とした表情で、水を味わっている。伏せたその瞳がゆっくりと開くのを眺めていると、目が合った。
「私の変化を、人々は察していたのだな」
 喜ぶわけでもなく、冷静に事実を受け止める彼に、つい笑ってしまった。
「それだけあんたが魅力的だって話だろ」
「そうなのだろうか」
「ああ」
 自覚のない恋人に、手を伸ばす。美しい銀髪にそっと触れて、頬を撫でた。どこに触れてもつるりとしていて、心地がいい。するとヌヴィレットがリオセスリの手に頬を寄せて、静かに目を伏せた。気高い猫に甘えられているようで、むずがゆい気分になる。なんとなく離れがたくて、そのまま頬を撫でることにした。そうしていると、ヌヴィレットがぽつりと呟く。
……最近、楽しいと感じることが増えたのだ」
「そうなのか?」
「ああ」
 リオセスリの手に自身の手を重ねて、指を絡めてくる。
「娯楽に興じること、旅に出ること……少しずつ踏み出すごとに、世界が広がっていくような心地がするのだ」
 それに、と区切った後、ヌヴィレットがリオセスリを見つめる。貫くような眼差しに、どきっと心臓が跳ねた。手を握られ、じわりと火が灯る。
「君を愛し、共に過ごすことで、私も変わったのだろう。君も好ましく思っているとよいのだが……
 情熱的な口説き文句と共に、ヌヴィレットの手がリオセスリの膝へ伸びる。細い指先が絡みつき、焦らすように撫でられると、期待で胸が高鳴った。
……確かに、今のあんたは前よりずっと、魅力的だよ」
 ふっと笑って、ヌヴィレットの手からグラスを取る。ワイングラスと共にテーブルへ置くと、彼に手を伸ばした。うなじに触れて、静かに見つめあった後。ヌヴィレットがリオセスリの腰を抱き、ぐっと身を寄せる。何をされるのか察した直後、足を抱えられ、そのままソファへ押し倒される。手慣れた動作に、くっと笑いがこみ上げた。ヌヴィレットが怪訝そうに眉を寄せる。
「どうかしたか?」
「いや……あんたにいろいろ教えすぎたかな、と思ってな」
 曖昧に答えながら、覆い被さるヌヴィレットを見上げる。
 カーテンのように落ちる銀髪の奥、冷静に取り澄ました最高審判官が、男の顔を露わにする……これはリオセスリだけが知っている、特別な情報だ。可憐な乙女がいくら憧れたって、決して見ることの出来ない顔。そう思うだけで、体の芯が熱く燃えるようだった。
 添えたままの手に力を込めて、ヌヴィレットを引き寄せる。唇を重ねれば、求めるように抱きすくめられて。その力強さに、切ないほど胸が高鳴る。
 ――今は、俺だけのヌヴィレットさんだから。
 彼の首に腕を回して、しっとりとした口づけに酔う。その唇が首筋に触れても、抗わずに受け入れた。肌で感じる吐息が、熱い。
 求められることがたまらなく嬉しくて、密かに笑みがこぼれた。


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