よだつかでオメガバース。※独自設定多めになります
@kitunebana
頭の中を血液が激しく流れる音が占領する。バクバク、バクバクと鳴って、煩い。そのせいか頭が締め付けられるみたいな感じがして、不快感しかない。それなのに身体は馬鹿みたいに興奮していて、唇からは獣みたいな荒い息が零れていて余計に苛つく。胸をかきむしりたくなるような、今まで感じたことない飢餓感。これが何かだなんて、知りたくなかった。
──僕は今、発情を起こしている。
アルファと宣告されたのは十二歳。中学校に進学する際に義務付けられている第二性検査で、そう診断された。だけど僕はそれから四十代になる現在まで一度もアルファとしての本能に負けたことはなかった。発情期を起こしているオメガが目の前に居ても、何も感じたことが無かった。
そんな僕が今現在、不意の発情に苦しんでいるのには原因がある。アルファである僕が発情を起こすのだから当然オメガだ。それも──運命の番と呼ばれるオメガのせい。
アルファ一人に対して一人のオメガが必ず運命の相手として存在する。それは第二性が確認されてからずっと、実しやかに囁かれ続けている半ば都市伝説のようなもの。そもそも人類の割合はアルファが二割、オメガが一割、ベータが七割というのが通説なのにね。どうも数の合わない一割は検査でオメガと判断されずベータと誤認されている人間を含むらしいけど、僕は研究者でもないから詳細は知らない。
例え運命だとしても、そのアルファとオメガが同じ国、同じ年齢として存在するとは限らないため一生の内で巡りあえる確率は隕石に当たるよりも低いらしいってことは知ってる。だから殆どのアルファにもオメガにも関係ない話。そうだったのに、僕はその巡り合えること自体最高の幸福と言われる相手を引き当ててしまったらしい。
鼻の奥にこびりついて離れない、甘ったるい臭いが不快だ。煙草でも吸って上書きしたいのに、それすらもできない自分にも苛々する。僕と目が合った瞬間発情期を起こし、媚びに蕩けた視線で僕を見て、擦り寄ってこようとしたオメガ。どこの誰かも知らない、男か女かさえも憶えていない。身体が燃えるみたいに熱くなった瞬間、僕はその時出せる最高速度でその場を離れたから。
あんなところで発情期を起こしたんだ。あのオメガは誰かに保護されているか、どこかのアルファに襲われてるか。どちらであっても僕には関係ない。自衛をしていないのが悪いんだ。
こう言ったら僕を非道だって非難する人間が居るかもしれないけど、今は化学が進化していて運命の番と呼ばれる相手と会っても発情しない抑制剤は処方されている。その抑制剤が身体に悪影響を起こすことはない。ただ、運命の番と会っても発情期にならないだけ。発情期にはなりたくない、でも運命の相手は手に入れたい。そんなのオメガの勝手な都合でしょ。運命なんて陳腐な言葉で、僕を捻じ曲げないでよ。
だから運命の相手にも効かない抑制剤を服用していないあのオメガが悪い。
「っ……はっ……はぁっ……」
アルファっていう自分の第二性が酷く煩わしい。僕の身体が僕の意思に従わないだなんて、あっていいと思ってるの。僕に番なんて要らない。運命なんて要らない。必要なものは、僕が選び掴み取る。
「……チッ……ふっ、ぅ……」
早く発情が治まらないかな。運命のオメガとかいう存在から離れたんだからもう治まっていいでしょ。
「──さん?」
……なに。誰かが僕を呼んだ?知ってる声の気がするな。誰だっけ。暑苦しい、僕と真逆の太陽みたいな……。
「……き、み」
ああ、やっぱり。この子は……名前なんだったかな。慎一郎くんが呼んでた……あき、あけ……そうだ、"あけうらじ"くんだ。僕が夜鷹純だって知った上で、挑戦を口にした子。僕の足を止めさせる、顔を見ただけで思い出せる、そんな演技をする子。
「夜鷹さん!?どうしたんですか!?」
どうして君がここに居るの。何でそんなにも必死そうな声で僕を呼ぶの。……どうして君からそんなに好い匂いがするの。
「具合が悪いんですか?」
「……はな、れて」
この子って確か、ベータじゃなかった?直接会ったのは二回だけど、レオニードが繋いできたビデオ通話に映ったのも彼だったから三回ってことになるのかな。そのどれも首にネックガードはしているように見えなかったのに。僕は今までオメガに惑わされたことはないけど、オメガのフェロモンがわからないわけじゃない。でもこの子からオメガのフェロモンを感じたことはなかった。
だけど今、僕はこの子からとても香しく好い匂いを感じ取っている。つまりこの子はオメガってこと。それなのにやっぱり首にネックガードは着けてないようにしか思えない。だから僕から引き離さないと。僕は上手く動けない状態だから、この子の方から離れてもらわないと駄目なのに。
「夜鷹さん、具合悪いんですよね?肌が元より紅いように見えるし、呼吸だって」
僕は陽に肌が焼けない体質だし、そもそも昼日中に外に出ること自体少ない。だから肌の色は白いから、違いがハッキリわかってしまうんだろな。この子は熱があるとでも思ったのかもしれない。興奮で体温が上がって肌に朱がさしているいるなんて思いもしないだろうな。呼吸だってそうだ。
「夜鷹さん?救急車とか必要なら呼びますけど……すみません、ちょっと触りますね?」
お願いだからそんな無防備に僕に近づかないで。触らないで。熱い。この子が触れたところが、火傷したみたいに熱い……。本当に、もう、耐えられそうにないかも。
「夜鷹さん?」
本当に、どうしてこんなにも好い匂いがするの。運命の番らしき人間から感じたのは、酷く醜悪な、腐ったような甘さだったのに。この子からは爽やかな清涼感のある匂いがする。でもどこか甘い。ああ、喉が渇くな。
「夜鷹さ……っ!?え、ぁ……?」
匂いが強くなった。この子、真っ赤になってる。もしかしたら僕も今、そう見えてるのかな。でも急にどうして……まさか、でも……可能性として無くはない。僕の発情に影響を受けて、この子も発情期になったのかも。もしそうならこれだけ強く香るオメガフェロモンにも納得できる。
「はっ……は、ぁ」
呼吸するたび、肺の奥までこの子の好い匂いで満たされる。もっと、もっと。この子のオメガフェロモンを浴びたい。健康的な色をした肌に触れて。そして。
──……咬みたい。
口の中に唾液が溜まる。運命の番らしきオメガには感じなかった。強制的に身体を発情させられたけど、番にしたいだなんて思わなかったのに。
「はっ、ひ……はっ、はっ……ぁ……?」
目の前で身を屈め、守るように両腕で自分を抱きしめてるこの子に、手を伸ばす。駄目だ。止めないと。そう叫んでいるのは理性なのかな。そんなもの、まだ残ってたのか。
「ょらか、さ……?」
僕の前では硬い表情しか見せたことしか無かった子が、蕩けた瞳で僕を見る。うん、辛いよね。僕はアルファだからオメガが実際はどういう感覚なのかはわからないけど、強制的に発情させられるとどうなるのか。それを現在、初めて感じてる。きっとアルファとオメガの違いはあっても、似たようなものだろうな。
だから許して、とは言わない。ネックガードをしていない君が悪いとも、言わない。ただ、運が悪かったんだ。君も僕も。
さっきまであんなにも億劫だったのに、今は自由に身体が動く。目の前のオメガを番にしろと。抵抗できないこの子のシャツの釦を外し、寛げさせ、俯かせたことで見えた項が眩しい。
「っ……はっ……」
「ふ、あぅ……よだ……ヒィッ!!あっ!あ、あ、あ、あっ!!」
歯ごたえは硬い。しっかりとした、男の首。そこに僕の牙が食い込んでる。オメガって血の味まで甘いんだ?初めて知った。血が沸騰するみたいな暴力的な興奮が、治まっていくのを感じる。僕とこの子との間に、目に見えない何かのラインが結ばれたのも。これが番になったっていう感覚なんだね。
「……は、ぁ」
「ンッぁ……はっ……はっ……ぁ」
僕の歯形が刻まれたこの子の首。どうしてだが無性にもう一度咬みたいと思ったのが不思議だった。