@muchi2315
「なに」
「や、あー……」
手の甲で目元をぬぐう仕草を見て、身体が動いてた。隠そうとするように拭うオリオの手を、俺は力を込めて引き止めている。そんな俺をオリオは苛立たしげに目を据えてこちらを見た。涙で濡れるオリオの目を、ぼんやり見下ろしながら俺は呟く。
「目、擦らないほうが良いんじゃないか?」
「擦ってないって、拭いてただけ。目になんか入ったみたい」
煩わしそうに顔を顰める、その間も、オリオは涙を流し続けた。涙腺から排出された液体は眼球を潤した後目頭に溜まり、やがて溢れて瞼からこぼれ落ち続ける。珍しいその光景を俺は"観察"し続けた。どうしようもない性だとそんな自分自身に心の中で罵りながら、手放せない。オリオの、手を。
「離して欲しいんだけど」
「……あ、あー、おう」
「言ってる事とやってる事違うじゃん、なに」
離してと言われた言葉に頷きながらも、手を離さない俺をオリオは訝しげに見つめる。その目を真っ直ぐ見つめ返しながら俺は答えた。
「泣いてんのかと」
「……目にゴミ入っただけだって」
本当に、そうなのか。俺は観察を続ける。真っ直ぐ見つめ返される、その目は揺らがない。嘘ではなさそうだと納得する一方で、少し残念に思ってしまっている自分に気が付いた。涙を流すオリオを見て、今度こそ俺が。そう思っていたのに、と。
「そうだ、スターミー教官出してよ。目も顔も、水で洗いたいんだよね」
そんな俺の心など何一つ知らないオリオはあっけらかんとした様子で喋り続ける。今、その名前出すか。思わず苦笑した後、俺は少し意地悪く答えた。
「やだね」
「なんでよ!?」
「今度こそ俺が受け止めたいから」
「はぁ? なに言って……えっ?」
「オリオ」
手を伸ばし、人差し指の背で、オリオの目元をそっと拭う。そんな俺をオリオは驚きで目をいっぱいに見開いて見つめた。逃げようとするようにジリジリと後退りする、そんなオリオを、掴み続ける手に少し力を込めて引き止める。そして距離を埋めるため近付いた。そんな俺に気付いたのかオリオは身を竦ませると、みるみる顔を赤らめさせる。ジリジリと後退りを続けながら、潤んだ瞳が俺を見上げた。目元に沿わせていた指を滑らせ頬に手を添える。それと同時に俺は掴んでいた手をそっと離した。嫌なら逃げてくれと、その思いを込めて。
身を固くして俺を見上げるも逃げないオリオに我ながら単純だと笑えるほど機嫌が良くなる。目を細めながら、もっと距離を詰めようと近付いた。
「なに、なになに、ちょっ」
「オリオ、俺はまたラクアへ行く。だが次は必ず帰ってくる。絶対に。この船に、この場所に。だから……」
「ちょっ、ちか、近い近い、ちょっと待っ、うぁ、……にぎゃあ!?」
俺から反射的にオリオが後退る。その瞬間、足元に置いていた整備道具に足を取られ、オリオがその場ですっ転んだ。
手の中にあったはずのオリオが忽然と消え、目の前からいなくなった。思わず俺は目を瞬かせる。呆然と視線を下げればオリオは床にへたり込み痛みに悶えていた。それを見て俺は苦笑する。オリオのおっちょこちょいにまた、やられたらしい。心の中で俺の負けだと降参し、尻餅をついて唸るオリオに手を差し出した。
「大丈夫かよ」
「いったぁ〜」
痛そうに顔を顰めながらオリオは打ったところを摩る。そして起き上がるため迷いもなく俺の手を取った。その手を引き寄せ起き上がらせる。痛むのか少したたらを踏んでふらつくオリオを見て、俺は慌てて手を伸ばした。支えてやろうとするもオリオはすぐに自分の足で立ち直る。良かった、痛みは酷くないらしい。俺の手は必要ないかと握っていた手を離し引っ込めようとした、そんな俺を、オリオが掴んで引き留める。その手はすぐに離れるも、その指先は控えめに服の裾を掴んだ。チラリと上目で俺の反応を伺った後目を伏せる。そして警戒心の強い野生ポケモンのように一歩一歩と近付いてきた。動けば逃げそうだと下手に動かず辛抱強くじっと待つ。するとオリオは俺の肩辺りにそっと額を置いた。
「待っててあげる」
「……おう」
小さく呟かれた言葉に目を細める。その髪に、その肩に、触れたいと腕を上げるより前に、オリオの身体があっという間に離れてしまった。温かさを胸に残し、俺の船の俺のメカニックは眩しいほど明るく笑い、握り締めた拳を俺の前に突き出した。
「いつでも飛べるよう、エンジン温めておくから!」