波箱で貰ったお題で書いた不死穹です。穹くん不在で穹くんに思いを寄せるモブ♀さんとマウントなずさんのおはなし。
「ラクーン様は探偵より助手の方が頼りになる場面だって分かってただけだよ」
「チョロそうな大人だったら結構甘えるだぬ」
「ずうっと張り付いてきた(5分)(笑)その後すぐ負かされてたのに、物は言いようだピポ〜」
「社長はわりと社員たぬきたちを抱きしめてくれますけど探偵は?」
「ソファーですやすや寝てるラクーン様はおいら達もよく見てるだよ」
「彼女が帰った途端にめちゃくちゃ言ってくるなおたくら」
@kurui_usagi39
この日、ラーレは二相楽園へとやって来た。
ラーレはとある中堅出版社に属する女性記者である。
二相楽園に来た目的は、星穹列車についての取材。
ナナシビトたちへの直接の取材と、彼らを知る人物たちへの取材、それらで得られた情報やマル秘ネタを二部構成で纏めた記事を書く予定だ。
ただし星穹列車にもその関係者へも現状一切のアポは取れておらず、担当記者がこれから全ての段取りを決めなければならない。
結構骨の折れそうなその仕事に、ラーレは嬉々として飛びついた。
ほんの数ヶ月前、ラーレは仕事で来ていたピノコニーで、1人の少年と出会っていた。
その仕事は、とある資産家の男がピノコニーで送る日常を密着取材……というものだったのだが、この資産家がまあひどい女好き。
ラーレが取材に派遣されたのも、同僚記者たちの中で最も男の"好み"に合っていたのがラーレだったから。
そんな事だったのでラーレもある程度の口説きやセクハラは覚悟していたのだが、なんとこの資産家、自分の宿泊している客室にラーレを無理矢理連れ込もうとしたのだ。
大の男の力には敵わない上に取材拒否をちらつかされ、抵抗を諦めかけていたラーレを助けてくれたのが、その少年。
星穹列車の開拓者、穹だった。
ラーレは今でもその時のことを鮮明に思い出せる。
綺麗なフォームの飛び蹴り。
吹っ飛んだ資産家の男。
思わずへたり込んでしまい、呆然としていたラーレに手を差し伸べ、『お姉さん、大丈夫か?』と優しく笑んだ彼。
温かくて力強い手だった。
唾を飛ばしながら文句を言う資産家の男から、ラーレを庇ってくれた。
ラーレよりも年下だろうに、とても頼もしく、かっこいい背中に見えた。
頬が熱くなって、胸の鼓動がうるさくて、出版社に帰ってからも『なんてことをしてくれたんだ』『大人しく抱かれりゃよかったのに』などとグチグチ言ってくる編集長の声も聞き流し、ずうっと彼のことを思い出していた。
年下なんて興味無い筈だったのに、ラーレはすっかり穹に心を奪われてしまっていた。
そんな中で、この星穹列車への取材だ。
他の記者へ振られそうになっていたこの仕事を、ラーレは資産家取材がおじゃんになった時の編集長の暴言を録音していたものを使い編集長を脅して自分に振ってもらい、現在に至っている。
星穹列車への取材の申し込みは一応しておいたが、色良い返事は貰えていない。
なのでラーレは、穹と何処かで"偶然"出会えないかと頭を働かせた。
ただ彼に会いたいというだけではない。
穹にさえ出会えれば、ピノコニーでの出来事を話のフックにして、そのまま上手く取材に持ち込めないかとラーレは考えたのだ。
下心はあれど、仕事はしっかり全うするつもりなので。
そうして穹との"偶然"の出会いを求めラーレが訪れたのは、鳩川区のとある出版社…週刊たぬきの編集部オフィスであった。
*
「ピポー!僕たちは話すことなんてなーんにもないだぬ!早く帰るだよ〜!」
「ちょ、っと…!お願い、少しだけでも!」
オフィスから追い出そうとぐいぐい押してくるたぬきたちに、ラーレは必死に食い下がる。
穹はこの出版社の社長になったと聞く、ここで取材をすれば『星穹列車の取材をしたい記者』の話が彼の耳にも届く筈。
上手くいけば早々に彼と会えるかも、という目論見だ。
しかしそんなラーレの邪魔をするように、たぬきたちは『ラクーン様のプライバシーが〜』だの『取材をしたいなら事前に相談を〜』だのと、彼らをよく知る者(例えば彼らの雇い主)が聞けば『どの口が……』と呆れそうな言葉を並べてラーレを追い返そうとする。
穹への思いやりと忠誠心から来る行動か、はたまた単なるよそ者の商売敵へのいやがらせかは分からないが、彼らは取材を受ける気が全く無いらしい。
ココはダメか、とラーレが諦めかけた時、ふとオフィスの奥から落ち着いた男の声が聞こえてきた。
「女性をそう邪険に扱うんじゃあないよ」
随分と整った顔立ちの男だった。
正直、以前のラーレであれば見惚れてしまったかもしれないくらいの男。
しかし今のラーレにとっては、その男は穹へ繋がる細い糸。
その糸を手繰り寄せるため、たぬきたちの静止を振りきって男のもとへ駆け寄った。
「あのっ!私、こういう者です!星穹列車のナナシビトさんについて、関係者の方へ取材をしたくて!失礼ですが、貴方は」
ラーレが出した名刺を受け取った男は、そこに記されたラーレの名前をしっかりと読み、ぽつりと呟く。
「……"サル・ラーレ"さん、ね。なんだか縁を感じる名前だな。はじめまして、僕はこのオフィスの一部を間借りしている探偵、不死途だ」
そう言って、不死途は握手を求め手を差し出してくる。
この時の彼の貼り付けたような笑顔は、その後ラーレにとって忘れられないものとなった。
*
「まずお聞きします。不死途さんから見て、星穹列車のナナシビトの皆様はどのような方々でしょう?」
「取材を受けると言ったくせにこんなことを言うのは少々申し訳ないんだが、僕はナナシビトの皆さんをよく知っているとは言いづらい。いや、彼らと直接話したこともない人間よりは知っているかもしれないが……」
ははは、と頭をかいて苦笑する不死途に、 思わず『えぇ…?』と困惑の声を上げてしまう。
週刊たぬきのオフィスの一角、応接用のソファーを借りて始まった取材は、なんとも締まらないスタートをきった。
ここからどう話を発展させ膨らませるか、それもまた記者としての腕の見せどころだろう。
とりあえず気合いを入れ直して質問を変えようとしたラーレだったが、その前に不死途の方が話を続けた。
「ナナシビトたちがどういう人柄か、というのは【青天航路もふもふ号】を読んでいれば自ずと分かる。あれは脚色されているようにも見えるが、キャラ一人一人の性格や言動はモデルにしたナナシビトをかなり忠実に再現していると僕は思うね。実際彼らと会った時『あぁ、あの漫画そのものだなぁ』と思ったものさ」
青天航路もふもふ号。
星穹列車を題材とした、二相楽園で大人気の漫画だ。
穹をモデルにしたキャラが大活躍すると聞き、ラーレもなんとか数巻入手して読んでいる。
確かにあのバットラクーンの奔放さや優しさ、勇敢さは彼をよく再現していた、とラーレは深く頷いた。
取材ノートにもふもふ号のことを書いた後、少し呼吸を置いて不死途に向き直る。
「穹さんとは、あまり話したりはしないのですか?同じビルの同じ階、仕切るドアはあれど同じオフィスでお仕事をされているわけですし」
本当なら、真っ先に聞きたいのはこっちだった。
けれどぐいぐいと穹のことばかり気にして不自然に思われることは避けたい。
【ナナシビト】ではなく【穹】が目的だと思われては、この探偵や今も遠巻きに取材を見ているたぬきたちが彼をここから遠ざけようとするかもしれない。
これはあくまで取材、彼のことが知りたくてたまらないという乙女心は隠し通す。
隠し通せると、思っていた。
「……いや?彼とはそれなりに話す。先程僕は『ナナシビトの皆さんをよく知っているとは言いづらい』とは言った。しかしナナシビトではなくこの出版社の社長の…いや、穹という1人の少年についてなら、多少深く知っているつもりだ」
不死途の言葉に、ラーレは引っ掛かるものを覚えた。
人々の求めるナナシビトの穹ではなく、穹といういち個人についてはよく知っている。
偶像ではなくただの少年としての彼を、深く。
そういう、言い方だった。
胸の奥に、言い表すのが難しいもやのようなものが広がる。
しかしそれを表に出してはいけない、とラーレはペンを握る手に力を入れ、努めて笑顔を浮かべた。
「そうなんですね!あなたの知る彼について、ぜひとも聞かせていただけないでしょうか?」
自然に、笑ったつもりだった。
しかしラーレの笑顔に何かを感じ取ったのか、不死途の目が僅かに細められた。
足を組み、悠然と……そしてどこか妖しげに微笑み、不死途は口を開く。
「そうだな。彼は勇敢だが、その一方で臆病な一面も持つ。例えば彼、今もとある事件の解決に奔走しているんだが、とある場所へ乗り込むのに1人では少し心細いからと僕の助手を強引に連れて行ってしまった。……なんで僕ごとではなく語り部くんだけ連れていったのか、後でしっかり聞き出さないと……」
「な、なるほど…?」
「あとは、そう。年上に対して大層甘え上手だ。仕方がない、と思わず手を貸してしまう、不思議な魅力があってね。……ああ、けれど彼は気を許している相手にしか甘えないようだし、彼が『甘えてもいい』と認識する程親しい相手なら、そりゃあっさり手を貸すか」
「…そう、なんですか」
「負けず嫌いでもあるなぁ。僕はゲームだとかには疎いからそういうのでは全く勝てないんだが、それ以外の分野では彼を負かすこともある。その時はもう、勝てるまでリベンジするから!と聞かなくて、ずうっと僕に張り付いてきて」
「……可愛らしい、ですね」
「あとアレだ、パーソナルスペースが狭い!すぐくっついてくる!気付くと横に顔がある!…マ、それもちゃんと相手を選んでしているようだから、意外としっかりしているのかもな」
「……」
段々と、笑みを保つことが難しくなっていく。
不死途が穹について語る度、胸の奥のもやがより濃くなってラーレを苦しめる。
そのもやの正体も、不死途の話に含まれている意図も、徐々に掴めてきた。
「……最後に、とっておきの話もある。聞くかい?」
聞きたくない、とは言えなかった。
一応、ラーレは【ナナシビトについての取材】をしているのだ。
とっておきの話、などと言われて聞かずに帰ったりすれば、もう記者とはいえない。
例え不死途の話が単なる親切から語られるものではないと分かっていても、それを聞けばラーレの胸の内で『聞きたくない』と叫んでいる乙女が泣いたとしても、"記者の"ラーレは聞かなければならない。
上司はクソだし今の会社はそろそろ辞めたいが、ラーレはいつどんな時でも記者としての仕事を放棄するつもりはなかった。
胸中でごねる乙女をねじ伏せ、覚悟を決めて頷くラーレ。
顔を上げた先にあった不死途の笑みは、それはそれは蕩けるような甘さで。
「安心しきった穹の寝顔はとてもあどけなくて、可愛い」
ぽきん、と何かが折れる音がして、ラーレの中の乙女は、もう何も言わなくなった。