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龍が抱いて離さぬ星

全体公開 26 3614文字
2026-04-20 23:39:01

波箱でいただいたお題で書いた丹穹です✌️
お題に至るまでの話が妙に長くなっちゃったけど許してクレメンス……



「丹恒」

もはや丹恒の自室と言ってもいい、星穹列車のアーカイブ室。
丹恒が1人静かに資料を読み込んでいる最中のこと、ドアが開いて突然名前を呼ばれたかと思いきや、すぐに声の主が後ろからのしかかってきた。
声の主────穹は何がしたいのやら、特になんの感情も浮かんでいない顔で、上から抱きつくように両手を回してくる。
ドアがゆっくりと、閉まる音がした。

……どうした、何かあったか」

「なんにも。でもなんか、ヒトハダコイシイ?ってやつかも」

ぎゅうぎゅう、ぴとりとくっついてくる穹。
当人は分かっていないのかもしれないが、体勢としてはヘッドロックに近い。
段々と苦しくなってきた丹恒は、トントンと穹の腕を軽く叩いてから掴み、離すように促す。

ごめん、嫌だった?」

スッと腕どころか体ごと離れた穹は、少し寂しそうな、悲しそうな目をしていた。

「そうじゃない」

そんな目をさせたいのではない。
拒絶したわけではない、と首を横に振り、資料を元の場所へ戻してから後ろへ振り向き穹と向かい合う。
きょとんと目を丸くした穹に対し、丹恒は両手を広げてみせた。

……人と密着したいのなら、抱き合う方がより満足感を得られるんじゃないか」

きら、と穹の琥珀色の瞳が輝いた。
彼は小さく頷いてから、おずおずと両手を伸ばし、今度は正面から抱きついてくる。
それをしっかりと抱きとめてやると、しばし無言の時間が流れた。
静かなアーカイブ室に、2人分の呼吸音と規則正しい心臓の音が重なって響く。
少し前に列車の乗員となった少年、穹。
記憶喪失で身元も分からず、おまけに体内には星核を宿した正体不明の人物。
丹恒は始め、彼のことを警戒していた。
けれど今はもう同じ星穹列車の乗員であり、穹も他の仲間たちと同様、丹恒にとって守るべき存在だ。
そんな彼が何か困っていたり、苦しんでいることがあるのなら、力になってやりたい。
人肌恋しい、とは。
一般的には人の温もりを感じて、安心したいという気持ち。
こういうこと、人と人のふれあいというものは三月なのかの方が向いているようにも思えたが、年頃の異性同士が密着するというのもあまり良くないだろう。
似たような理由で姫子も頼れない。
ヴェルトであれば同性であるし父性も強く、事情をきちんと話して願えば快く抱きしめてくれるだろうが……

「丹恒」

ぽつりと、穹が耳元で呟く。

「ありがとう」

とても満たされていると、そうひしひしと伝えてくる声色だった。
その声が、伝わってくる鼓動が、温もりが、なんだかひどく手放し難くて。
丹恒は一先ず考えることを止め、穹の身体を強く抱きしめた。



……丹恒」

アーカイブ室のドアが開く音がして、躊躇いがちな声が丹恒を呼ぶ。
手にしていた資料を閉じて振り向けば、少し不安そう、というよりは恥ずかしそうに視線を彷徨わせる穹が居た。
その様子をなんだかとても微笑ましいもののように感じて、丹恒は目を細める。
穹がこうしてここへやって来て、真っ先に丹恒の名前を呼ぶのは、決まって温もりを求めている時だ。
最初の頃、穹は表情一つ変えず『また抱きしめてほしい』と言ってきた。
けれど羅浮での旅が終わった頃からだろうか、穹はこうして丹恒に抱擁を求めることを躊躇うようになっていた。

「そんな所に立っていないで、入ってくるといい。……ほら」

両手を広げて待てば、穹は数秒固まった後、おもむろにアーカイブ室へ入ってくる。
ドアを閉め、そろりと丹恒の方を見て、それから少し早足で寄ってきて。
ぎゅ、と抱きついてきた穹を、丹恒は優しく抱きしめ返す。

「ずっと続けていることだ、何を恥ずかしがることがある」

「いや、いやその、俺もさ。ナナシビトとして開拓の旅を続ける中、色々学んで成長したというか?これ、実は結構恥ずかしいコトしてるんじゃないか?って思い始めたといいますか……

「だが止めたくはないんだろう」

……ハイ……

口ではああだこうだと恥ずかしがりつつ、離れる気配は全く無い。
出会った頃の感情や考えのよく読めない、どこか人形めいた雰囲気はどこへやら。
旅の中でどんどん感情を発露するようになってきた穹は今、頬を染め小さく呻きながら丹恒の肩口へ顔を埋めている。
その仕草がまた微笑ましくて。……愛おしくて。
例え今後穹の中で恥じらいが勝り、もう抱擁はしないなんて言い出したとしても、自分の方が止めてやれる自信が無い。
そんな本音は今のところは腹の底に呑み込んで、丹恒は穹を抱きしめる力を強める。
強く抱けば抱くほど、穹が心地好さそうにすると知っているからだ。

「ん、んたんこ……

すりすりと擦り付けられる頬。
漏れ出た吐息に、名前を呼ぶ声に、滲む色。
穹自身はまだ自覚していないだろうそれに、喉を鳴らしそうになる。
いつからだろうか?穹とこうしてふれあう度、巨大な蛇が首をもたげ、とぐろを巻くような感覚が、丹恒の身の内に生まれるようになっていた。

……穹。何も、気にしなくていい」

「でも俺丹恒に、甘えてばっかりだから。いっつもこうやってアーカイブ整理とかの邪魔するのもヤだし、今度ヨウおじちゃんに相談してみようかなって!ちょ、丹恒!?くるし」

ぎり、と音がしそうな程、穹の体を強く強く絞めた。
力の加減が出来ない。ずるり、と身の内の蛇が這い出てくる。

お前の年頃でヴェルトさんに子が親に甘えるような行為をするのは、それこそ恥ずかしさを覚えることだと思うが」

「や、でも俺まだこどもで、丹恒ほんと苦しいってギブギブ!ていうか角!髪!しっぽ!なんで飲月の姿になってるんだ!?」

ああ、蛇ではなくて龍か。
頭の隅で、そう腑に落ちた。
けれどそんなことはどうでもいい、と思考を放り投げ、尾を穹の足へ巻き付ける。
にげられないように。にがさないように。

「こんなことを許すのは、俺だけにしてくれ」

顔を上げた穹と、目が合う。
きらと光る穹の瞳に、独占欲に満ちた龍の瞳が映っていた。

「たん、こ」

震える穹の唇へ、己のそれを重ねる。
それから数分間、アーカイブ室にはリップノイズと2人の吐息だけが響き続けた。



オンパロスの旅で丹恒は二度、凍りつくような喪失感を味わった。
けれど一度目も二度目も、決して諦めることはなかった。
諦める、という選択肢そのものが無かった。
故郷を離れて見つけた、かけがえのない宝物。
何度失おうとも取り戻してみせる、そうでなければ自分はきっと自分でなくなる。
失った宝を必ず取り戻すと決意した龍は、火種を受け継ぎ、いのちを背負い、宝を千年探し続けた。
幾度胸を掻きむしったか、幾度涙を流したか、幾度夢の中で名を呼んだか。
恋しいひとを想って数えきれないほどの夜を越え、そうして、ようやく。

「丹恒!」

千年焦がれた声が、丹恒の名前を呼んだ。
千年焦がれた瞳が、丹恒を見た。
千年焦がれたぬくもりが、ようやく丹恒の腕の中に、戻った。

……穹」

強く、強く、互いの存在を確かめるように抱き合う。
このまま溶けて混ざってしまえたらいいのにと、本気で思った。
けれどそんなことを言えばきっと『それだとぎゅって出来なくなるじゃないか!』と穹は怒るはずなので、言わないでおいた。

「丹恒……え、あれ?ん??」

?どうした、何かあったか」

「いや丹恒、身長もだけどこう、全体的にデカくなったというか背中で手が、ギリ回りきら、ないくそっ!」

ぐ、ぐ、と穹は必死に丹恒の背中へ腕を伸ばす。
必然的により深く抱き合えるし、頑張る穹の姿は可愛らしいが、何故それほど必死なのかと丹恒は首を傾げた。

「別に、届かなくても問題ないと思うが」

「問題はないかもしれないけど!これだと、俺が抱きしめてる感が薄れそうで俺だって丹恒を抱きしめたいんだ」

むす、と不満げに頬を膨らませた穹に、千年募った愛しさ、恋しさが爆発しそうになる。
今にも噴火しそうな、溶岩のようなそれをぐっと抑え込み、丹恒は穹の頬へそっと手のひらを添えた。

「俺はお前で、お前は俺だ。例え互いの姿形が変わっても、俺たちの心はずっと一つ。心はいつも寄り添い、しっかりと抱き合っている。お前にいつも、抱きしめられている。これでは駄目だろうか?」

思いも視線も真っ直ぐに。
それを伝えられるよろこびに震えそうになりながら、穹を見つめる。

……だめじゃ、ない」

穹の浮かべたまだどこか拗ねたような表情があまりに愛おしくて、思わず尾を巻き付けどこかへ閉じ込めたくなってしまう。
ありとあらゆる衝動を呑み込んで重ねた千年ぶりの唇からは、極上のネクタールも遠く及ばないだろう甘美な味がした。



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