カルみと セフレから始まる話
シナリオネタバレあり
@popo_trpg_ss
「もうこういうの、終わりにしよう」
ふと、背後から聞こえた声を振り返る。
そこには、ベッドの縁に腰掛けてシャツを羽織る神無の背中があった。
つい先ほどまで熱の余韻でぼんやりとしていたはずの彼は、今はもう淀みない手つきでシャツのボタンを留めてネクタイを巻いている。
「……急にどうしたの?」
神無が差す『こういうの』とはおそらく、今の二人の関係のことなのだろう。
縞斑が刑事を辞めてスパローのリーダーとなって一年近く。再会を果たして協力関係を結んだ二人は、気がつけば互いに溜まった熱を発散し合う体だけの関係になっていたのだ。
表立って店を探すことのできない彼らにとってその選択は最良であったし、加えて神無と縞斑は体の相性も良かった。
ところが、縞斑の問いを聞いた神無は俯いて小さく首を横に振る。
「結構前から考えてたんだ。あの頃はパパや透也がいなくなって、俺の全部を知ってる大人ってだらだら先輩だけだったから」
最初に縋ったのは神無からだった。
このまま一人でいたくない。何もかも忘れてしまいたい。そうしないと抱えたこの呪いに潰されてしまうから、今夜だけは一緒に居てほしい。
そう泣きながら縋った神無のことを、縞斑は何故か振り解かなかった。情けないことを言うなと叱ることなく、黙って抱きしめてくれたのだ。
きっと縞斑にとっても都合が良かったのだろう。そんな大人の彼に、神無は今日までずるずると甘えてしまった。
「こんなこと、いつまでも続けちゃダメだ」
「……確かにそうかもね」
神無はドロ課期待のエースと呼ばれるまで成長し、縞斑もスパローのリーダーとして着実に実績を伸ばしている。
しかし、ようやく後ろ盾がついて活動が軌道に乗ったとはいえ、まだスパローという組織が犯罪組織団体であることは変わらない。
これまで以上に慎重な付き合いをするためには、こんな夜な夜なホテルにもつれ込む関係を続けるべきではないという神無の意見は最もだった。
「じゃあ決まりだ。今までありがとう」
頷いた縞斑は、素直に礼を言って手を差し出す。
それまで俯いて言葉を選んでいた神無は、縞斑が受け入れてくれたことに安堵した様子で表情を緩めた。
この関係が解消されたからと言って、ドロ課とスパローの協力関係が消えるわけではない。それを神無も分かっているのか、手のひらを握って彼は笑う。
「こちらこそ、ずっとありがとう。先輩も良い人見つかるといいな、もうちょいおじからおじさんになるだろ」
「ちょいおじ命名からまだ一年でしょ。さすがにまだその称号を貰うのは恐れ多い、って……」
その場の空気を茶化すように神無が口にした冗談に乗ろうとした縞斑はふと、聞き捨てならない言葉を聞いたような気がして思考を止めた。
「先輩『も』ってことは……神無ちゃん、好きな人できたの?」
ぴくりと神無が小さく肩を揺らす。
いつも通り綺麗にネクタイを締めて立ち上がった神無は、見慣れた快活な笑みを浮かべて見せたのだ。
「……うん。だから今までありがと、先輩」
※
唐突にして盛大な失恋である。
スパローのアジトに帰宅した縞斑は、コートを脱いでソファに突っ伏したままぴくりとも動かない。
そんな彼を避けるように部屋の掃除をしていたアサギリは、残すところ彼の横たわるソファだけとなった綺麗な室内を見回してため息を吐いた。
「お伝えすれば良かったのではないですか?」
「好きな人ができたって笑ってる神無ちゃんに?そんな引き留め方する大人はさすがに無しでしょ」
「その理屈で言うと、うら若き青年の弱みに漬け込んで体だけの関係から囲おうとした大人も十分無しですよ」
「あー……言語化するとやばいな……」
神無からこの関係を提案された時、縞斑は神無へ向ける感情に恋慕が含まれていると自覚をした。
その上で提案を受け入れたのは、単なる縞斑の臆病である。
一回り以上歳の離れた彼に想いを伝えたところで困らせてしまうだけだ。というのは建前で、実のところ外堀を完璧に埋めてからゆっくり神無の心を陥落しようと考えたのである。
セフレでもやるから、という経験を盾にした嘘を連ねてスキンシップを重ね、このまま恋愛感情の認識を植え付けてしまおうと企んでいた矢先のことだった。
そんな縞斑が、素直な気持ちを口にして神無を引き留められるはずもなく、大人しく関係を解消して今に至る。
「それで、どうされるんです?」
「……どうするもなにも、もう終わったことだよ」
ソファの上で寝返りを打って仰向けになった縞斑は、顔を腕で覆ったまま自分に言い聞かせるようにぽつぽつと話した。
「あの子には大切な人がいて、きっと素直な彼はその人にも愛されていて……俺なんてせいぜい、あの子の処女を奪った黒歴史にな………あ、やばい泣きそう。アサギリちゃんティッシュ取って」
「忙しいのでご自分でお願いします」
傷心中の主人にくれてやる優しさは無いと言うようにふいと視線を逸らしたアサギリに、縞斑は小さく恨みのこもった呻き声を上げる。
今朝は果たして、どうやって帰ったのかすら曖昧だ。一応無意識に隠し通路を使ってアジトに戻ってきたようだが、部屋の前で遭遇したアサギリがしばらくどう声をかけようかと躊躇う程度には酷い顔をしていたらしい。
「それにしても、好きなやつって誰だ……?神無ちゃんの周りに男の気配なんてなかったはずだけど……」
「……女性なのでは?」
「あんな抱かれ方した神無ちゃんが、今更女を抱けるわけないでしょ」
「なるほど。以前から常々思っていましたが、最低ですねマスター」
埋めていた外堀の一端を垣間見たアサギリがドン引きして白い目を向けるが、ここまで知られてしまったなら今更だ。
「……あと少しだったはずなのに」
抱かれる快感を彼に植え付けたことだって、逃げ場を断つための重要な工程だった。
素直で単純な彼をこのままゆっくり絆していこうと考えていた縞斑は、一体どこで男の気配を見逃してしまったのかと今更になって頭を抱える。
情けなく思い悩む主人を見下ろしたアサギリは深いため息を吐くと、ソファの掃除を諦めて縞斑が床に落としたジャケットを畳み始めた。
「臆病すぎたのではないですか?」
「……仕方ないだろ。相手はまだ子供なんだから」
どうやらこのままふて寝を決め込むつもりらしい縞斑は、再び寝返りを打って横を向くとソファの背に顔を隠す。
今後もスパローとドロ課が協力関係にあることは変わらない。ホテルで会う機会がなくとも、そのうち仕事の都合で顔を合わせる機会は必ず訪れることだろう。
「あー……顔合わせるの嫌だな……」
「子供はどっちですかね」
じめじめと現実逃避を図る縞斑に呆れたアサギリは、今はそっとしておこうと思い直してそっと部屋をあとにした。
廊下を歩くアサギリが考えるのは、先ほどの話題にも上がっていた神無の好きな人とやらについてだ。
縞斑にはああ言ったが、アサギリも神無の想い人について思い当たる節が全くない。
神無はあれで内弁慶なところがある人間だし、公安に配属したときに警察学校の同期との縁も切っているため、友人はあまり多くないはずだ。
警察を志すよりもっと前、学生時代の友人であれば分からなくて当然かも知れないが、あの激務では一般職の人間にアピールする暇もないだろうに。
「ディーノさん……ではなさそうですし、彼も知らなさそうですから、尋ねるのは藪蛇でしょうね」
相棒に通信を試みようと考えたアサギリは、そう独り言を呟いて考え直す。
分からないことをこれ以上考えても無駄なだけだ。そう切り替えたアサギリは、ふて寝中の縞斑の仕事引き継ぎに意識を向けることにしたのだった。
続く
アザレアの花言葉『恋の喜び』