実体験を元にしたカルみとです。怪我した🎃さんを甘やかす先輩なほのぼのss。
ネタバレは特にありません。
@rikka_trpg801
空気は優しく満ちている
現場に出る刑事たるもの、怪我は付き物である。擦り傷切り傷打ち身は日常茶飯事で、時には多量の出血を伴ったり、骨にまで達したりもする。
「待って! 聖先輩、俺はまだ……っ」
神無は目の前に立つ出張先の先輩たる聖に向かって言い募ろうとした。先の事件で負った怪我は軽傷の部類であり、多少動きは制限されるものの仕事ができないわけではない。
しかし、そんな神無の主張を遮ったのは、他でもない神無――の鼻から湧き上がるムズムズとした耐え難い感覚だった。
「は、は……っ」
今は不味いと堪えようとする神無の意思を裏切り、身体は生理的な反射に逆らえない。
「――――っくしゅん! いっ……!?」
くしゃみをした瞬間、ひびの入った肋骨が強い痛みを発して神無は悶絶する。くしゃみという行為は肺に瞬間的な圧がかかるため、結果として肋骨にも大きな負担を強いるのだ。喘息や肺炎で咳をし過ぎて疲労骨折した、などという事例も存在する。
その姿を心配と同情の入り混じった目で見ていた聖が、眉尻を下げて神無が避けたかった言葉を発した。
「気持ちはわかるけど……三十一ちゃん、ドクターストップだ」
宿舎の医療担当である聖の判断は、体調面に関して上司命令と同等に扱われる。つまり、神無にそれを覆す権限は無い。
「そんなぁ……ひっくしゅ! ~~~~っ」
紫の目が涙で潤んだのは、果たして情けなさからか、それとも痛みからか。
この時代において即効性のある治療法の確立されていない、多くの人間を悩ませるアレルギー症状――花粉症。
本来生きる時代では無縁だったはずのそれを出張先の時代で発症させた神無は、抵抗空しく本来なら軽傷である肋骨のひびで、元の時代へと強制送還されることになったのだった。
「なるほど。それで予定より早く帰って来て、症状が落ち着くまで自宅療養を命じられた、と」
神無の自宅を訪れた縞斑は、恋人を後ろから抱きかかえるようにしてソファに座ったまま事情を聴いていた。
強制送還されたと聞いた時には何事かと胸を騒がせたが、命に全く別条のない原因に内心安堵し溜息を零す。しかし、それは神無からすれば呆れと感じられたらしい。
「花粉さえなければ、俺だって全然まだやれたんだ!」
実際、花粉症に伴うくしゃみの負荷さえなければ、サポーターや鎮痛剤を使いつつ仕事を続けることは可能だっただろう。縞斑にも経験のあることだ。肋骨というのは骨の癖に脆い。
「まさか神無ちゃんが花粉症とはね~。今のご時世、予防薬の普及と原因になる植物の品種改良で発症率がかなり下がってるから、一気に大量の花粉に曝されて閾値を超えちゃったんだろうね」
縞斑が子供の頃には多くの人間を苦しめていた花粉症は、現在ではアレルギー体質の人間くらいしか発症しなくなっている。発症しても、優秀な対症薬があるため日常生活に支障はない。これも医学の発展のたまものだ。
膝の上でふくれっ面になっている恋人に、宥めるように声をかける。
「ま、骨折自体もこっちの治療の方が早く治るし、パフォーマンスを早急に取り戻すって意味では戻って来て正解なんじゃない?」
「それは、そうかもしれないけどさ……」
あの時代では全治一ヶ月と診断された怪我も、この時代なら二週間ほどで完治できる。安静にして対症療法を行うしかなかった過去とは異なり、積極的治療法が存在しているからだ。
神無も早速その治療を受けている。それでも自宅療養を命じられたのは、これも花粉症の所為だ。一度起きたアレルギー反応が落ち着くには、現代の治療薬を以てしても数日かかってしまう。
「この天才神無三十一様が、花粉ごときに後れを取るなんて……っ」
「花粉側からすれば天才かどうかなんて関係ないし、本来の目的地以外に辿り着いてるから不本意だろうけど」
花粉の役割は繁殖であり、人間を苦しめることではないはずである。
「真っ直ぐに雌しべに向かえよ! なんで人間のところに来るんだよ!?」
「風の向きは木には選べないから。風媒花の宿命だね」
「知ってる!」
知識として理解してはいるものの、自分の今の状況の原因に物申さずにはいられないらしい。
拳を握って震わせている神無の膝を「どうどう」と撫でていると、不意に神無が身体を強張らせた。
「ふぇ……」
どうやら花粉症の名残が、鼻腔の奥を刺激しているらしい。
くしゃみをしてしまえば、折角治療で良くなりつつある肋骨にまた負荷をかけてしまう。だから神無も堪えようとしているようだが、それでも難しい時はある。
「へ……ふぇ……っ」
いよいよというタイミングで、縞斑は恋人の頬に手を添えて横を向かせると、自らも身体を傾けて角度を合わせた。
「――――!?」
唇が重なる。
紫水晶の両目が見開かれて白黒するのを、縞斑は目を細めて至近距離で楽しんだ。唇から感じる神無の体温は縞斑より少し高いが、平熱の範囲内である。
触れ合うだけの口づけを十秒ほど続けてから、縞斑はゆっくりと顔を上げた。
焦点の合う距離で見つめ合えるようになり、はっとした神無が声を上げる。
「い、いきなり何するんだよ!?」
「びっくりすれば止まるかと思って」
「それはしゃっくりだし、しかも根拠のない迷信だろ!?」
「ははっ、でも止まったでしょ?」
鳴りを潜めたくしゃみの気配に、神無が唇を引き結んで押し黙る。
縞斑はそんな神無の頭をぽんぽんと軽く叩いてから、指通りの良い金髪を梳いた。
「折角のお休みだけど、療養が目的だからキスまでだね」
「~~~~っ!」
途端に神無の顔が真っ赤に染まった。縞斑とやることはやっているはずなのだが、未だに初心な反応を返す年下の恋人は可愛らしくもあり、別の時代の刑事たちに妙なことを仕込まれやしないかと少々心配でもある。
ともあれ、今の優先事項は凹んでいる恋人を甘やかすことだ。怪我はともかく、花粉症なんてものは不運な事故のようなものであり、神無に落ち度はない。本人に落ち度が無いことをチクチク言うほど、縞斑は意地悪ではないつもりだ。
「くしゃみが出そうになったらまた止めてあげるから、安心して一緒にだらだら過ごそう」
負担にならないよう両腕で神無を抱き支え、ソファの背もたれに体重を預ける。
腕の中の神無は、「うう、このままじゃ俺もだらだら先輩みたいになる……」なんて呟いているが、自分のようには絶対にならない、なれないだろうという感想を縞斑は胸に仕舞い込んだ。
「たまにはゆっくりしても、罰は当たらないよ」
最新式の空調は外気に含まれる花粉その他有害物質をほぼ百パーセントフィルタリングし、室内の空気は正常に保たれている。数日もすれば神無の症状も消え、予防薬を服用した上で仕事に復帰できるだろう。
それまでの束の間、縞斑は相棒に頼んで捻出した二人の時間をまったりと過ごすのだった。
(あとがき)
カルみとです! 遅れてすみません!!
遅れた理由というか、実体験を元に書かせていただきました。肋骨にひびが入っていると、くしゃみや咳の度にめちゃくちゃ痛みました……私は花粉症ではなかったのでマシでしたが、もしも花粉症だったらと思うとぞっとします。というわけで、🎃さんには花粉症になっていただきました。ごめんね、🎃さん🌲
弱っている恋人を労わりながらいちゃつくのが好きシチュなので、書きながらニヤニヤしてました💕 今回の先輩は優しいから、目いっぱい甘やかされておくれ~☺