カルみと セフレから始まる話
シナリオネタバレあり
@popo_trpg_ss
好きな人ができた。
というより、好きだと自覚をしてしまった。
心が弱りきったときに縋った理由も。
そのくせに抱かれるたびに抱く苦しみも。
彼のことが好きで、その行為が愛し合うそれとは程遠いと知っていたからだと納得してしまった。
縞斑狩魔が好きだ。
神無三十一の愚かな初恋は、そんな感動のない間抜けな滑り出しをして、始まる前に終わったのである。
「……もうこういうの、終わりにしよう」
そう口にした瞬間、部屋の温度が少しだけ下がったような気がした。
どうしてそう考えたのか、尋ねられた言葉に前から用意していた台詞を台本通りに呟く。
無責任で身勝手な話だ。最初に縋ったのは神無からだったのだから。
このまま一人でいたくない。何もかも忘れてしまいたい。そうしないと抱えたこの呪いに潰されてしまうから、今夜だけは一緒に居てほしい。
そう泣きながら縋った神無のことを、縞斑は何故か振り解かなかった。情けないことを言うなと叱ることなく、黙って抱きしめてくれたのだ。
きっと縞斑にとっても都合が良かったのだろう。そんな大人の彼に、神無は今日までずるずると甘えてしまった。
「じゃあ決まりだ。今までありがとう」
そう告げられた言葉に、心臓が握り潰されるような苦しさを覚えて顔を歪める。
止めて欲しかった、なんてどうしようもないわがままだ。縞斑が首を縦に振りそうな言葉を選んだくせに、いざその計画が成功したら傷ついているのだから。
愚か、なんて言葉を使われるたびに不満を覚えていたけど、今は痛いほどにその言葉が身に染みている。
「先輩『も』ってことは……神無ちゃん、好きな人できたの?」
絶望のままに紡いだ言葉にボロが出た。
慌てて作った笑みは、上手く出来ていただろうか。
もっとかっこよく別れを告げて、最後くらいはとお金を置いて去るつもりだったのに、気がつけばどうやって帰ったのかも分からないまま自宅に帰り着いていた。
もしも時間を戻すことができるなら、縞斑に縋ってしまったあの頃に戻ってやり直したい。
みっともなく縋って、全てを晒して、情けなく体だけの関係で繋ぎ止めてなんていなかったら。
汚れる前のあの頃なら、伝えられる言葉があったはずなのに。
いまさら伝えたところで、体を重ねたから好意を勘違いしたなんて諭されたら立ち直れないし、それを否定する言葉も見つからない。
だから、何も言わずに離れるつもりだった。
このまま静かに気持ちを殺すつもりでいたのに。
※
「せ、せんぱい……?」
この状況は、いったいなんだろう。
スパローとドロ課の合同調査が決まって、情報共有のために縞斑の元を尋ねることになったその日。
いままで通りを言い聞かせて情報を伝え終え、雑談をすることなくそそくさと帰ろうとしたところで呼び止められた。
見せたいものがあるから部屋に来てくれと言われて、このタイミングで私室に自分を呼ぶなんてよほどの話だと考えた神無は首を縦に振ったのだ。
ところが、平常心を誓って部屋に入った直後に、扉の鍵が閉められた。
何事かと首を傾げるより早く、神無の体は部屋の壁に押し付けられて、そのまま縞斑の両腕に逃げ道を塞がれてしまったのだ。
「せんぱい、ど……どうしたの?」
部屋の照明に照らされる縞斑の表情は読めない。
それでも、漂う冷たい空気から彼が苛立っていることくらいは理解できる。
何か気に障ってしまっただろうか。いつも通りに出来ていなかっただろうか。懸命に原因を探しながら愛想笑いを浮かべていれば、奥歯を噛んだ縞斑が低く唸るように呟いた。
「あの日聞きそびれたんだけど、好きな人って誰?」
ぎくりと肩が強張る。
元後輩に縋られて体だけの関係を結んでいたなんて、きっと縞斑からして見れば汚点の記憶でしかないはずだ。
それなのに、今更どうしてあの日を蒸し返すのだろうか。
「……なんで、そんなこと聞くの」
「質問に質問を返さないで」
淡々とした彼の声に温度はなく、どうしてもあの事件のときのことを思い出して声が上ずってしまう。
目の前にいる縞斑のことだなんて、言えるわけがない。かと言って、適当な相手の名前を出したらその人に迷惑が掛かってしまう。
何より好きな人である縞斑に、他の人を好きなのだと嘘をつくことが神無にはできなかった。
口を噤む時間が長引けば長引くほど、縞斑の纏う苛立ちの空気が濃くなっていく。何か話さなければと懸命に頭を回した神無は、逃げ道を探して小さく口を開いた。
「……大事なことだから、ちゃんと理由を聞かないと言えない」
「それは、理由を話したら教えてくれるってことでいいんだね?」
「確約は……できない」
最初から言うつもりなんてないけれど、縞斑を怒らせてしまわないように断言を避ければ、誰に似て口が上手くなったんだと内心で舌を打った縞斑が言葉を続ける。
「君の立場上、好きな人を作るのは、体の関係を持つ相手がいることよりリスクが高いことは分かってる?」
「……どういう意味?」
「公安部の刑事っていうのは、他よりいっそういつ死ぬか分からない。自分だけならまだいいけれど、逆恨みで家族を失ったやつだっている」
国を守るという名誉ある仕事は、同時に国を脅かす存在から疎まれ嫌悪の視線を向けられるのだ。
その結果、自身だけでなく周りを巻き込む悲しい結末も珍しくはなく、そんな悲劇を防ぐために生涯で特定の相手を作らない刑事もいる。
そんな公安局に所属する神無は、本当に人に好意を抱くことの辛さや意味を理解できているのだろうか。
「好きな人を作るなんて、不幸になるだけだからやめておいた方がいいよって話」
ぐしゃりと、心の柔らかいところを踏み潰された。
告白すらしていなかったのに振られた気分になって、神無は思わず俯いて顔を歪める。
「……そんなこと分かってるよ」
「分かってなさそうだから忠告したんだけど」
消え入りそうな声で呟いたささやかな抵抗も跳ね除けられてしまい、神無は自身の心が限界を訴えて悲鳴を上げていることに気づいた。
だめだ。泣くな。当たり障りなく頷いて、どうにかこの場を切り抜ければ終わる話なのだから。
そう必死で言い聞かせて胸を押さえる神無だが、その意思を無視して瞼の奥がじんと痛む。まずいと思ったときには、ぽたりと小さな音を立てて二人の間に滴が落ちていた。
縞斑が小さく息を呑む。
彼としては、泣くほど問い詰めたつもりはなかったのだろう。
確かに普段の神無なら、分かってるようるさいな、くらいの反抗的な言葉で跳ね除けていたかもしれない。そんな言葉が思いつきすらしない程度には、縞斑の言葉に神無は叩きのめされていたのだ。
「…………かって……から、」
「神無ちゃん……?」
「分かってるから、アンタと離れたんだろ……っ!!」
ようやく荒げた声は、ひどく掠れて濡れた情けないものだった。
神無の涙に驚いていたらしい縞斑は、胸を押せば案外すんなりと両腕を解放して一歩後ずさる。
珍しくたじろぐ彼に追撃を与えるなら今だと考えた神無は、ぐいと溢れる涙を腕で拭って声を上げた。
「知ってるんだろどうせ!ならもう、ほっといてよ……!!」
こんな拷問みたいな確認しなくたって、放っておいてくれたらちゃんと気持ちを整理できたのに。
周りに迷惑が掛かるから早くその気持ちを殺せとでも言うように急かされて、それでも消しきれない想いが心の底で泣いているのだから救えない。
最悪だ。すでにこれ以上ないほど恥をかいて、自分のわがままで彼を解放したのに、ここにきて更に恥の上塗りをする羽目になるなんて。
「ちゃんと明日からいつも通りになるから、だから……お願いだから、もう許してよ……」
俯いた神無の頬を伝って、いくつもの涙が床に落ちる。
思わず声を上げて泣きそうになるのを唇を噛んで堪えた神無は、どうにかこのまま縞斑の部屋を脱出しようと彼の肩を軽く押した。
ところが、次は簡単に後ずさったりしない。
まだ許してもらえないのだろうかと怯えて顔を上げれば、そこには困惑と焦燥の色を強く宿した縞斑の顔があった。
「せ、んぱい……?」
思えば、別れを告げたあの日から縞斑の顔をまともに見ていなかったかもしれない。
彼の目の下の隈はあんなに濃かっただろうか。その困惑と焦燥の表情は、いつから浮かんでいたのだろう。
そもそもどうして彼がそんな顔をしているのかすら見当がつかず、ぽかんと口を開いて見つめていれば、小さく唾を飲んだ縞斑が意を決したように口を開く。
「……俺のことが、好きなの?」
※
「……今思い出しても、あの先輩はひどかったなー」
ソファに座って風呂上がりのアイスを味わっていた神無は、一年前の記憶を振り返ってしみじみと呟いた。
神無に肩を貸して話をしていたとなりの縞斑は同じ記憶を思い出したのか、少しだけ気まずそうな表情で頬を掻く。
「あれはまぁ……ごめん。他の人のところに行くくらいなら、いっそ強めに牽制しちゃおうかなーなんて……」
「あんなこと言われて、じゃあ先輩のこと好きになろ!って思うわけなくない?」
「それはそう」
ははは、と乾いた笑みを漏らす縞斑の申し訳なさそうな顔を見上げた神無は、小さく笑ってぐりぐりと肩に頭を押し付ける。
いつもの可愛いおねだりに応えて頭を撫でる縞斑は当時の感情を振り返ると、ぽつりぽつりと懺悔するように呟いた。
「自暴自棄になって、八つ当たりして、どうにかセフレでもいいからとなりに連れ戻そうとしてたんだと思う」
「ほんとに俺が先輩のこと好きだって知らなかったんだね」
「知ってたらセフレ解消した日から逃してない」
「言い方こわいなぁ」
あのあと、誤解を解くために縞斑は必死で神無に話をした。
神無の好きな人が自分だなんて思いもしていなかったと縞斑が告げたときは、勘の良い縞斑が気づかないなんてあり得ないと拒絶したものである。
信じられない、揶揄ってるだけだと言って離れようとした神無に、縞斑は正直な気持ちを全て打ち開けたのだ。
神無のことを好きだったから体の関係を受け入れたことも、別の人を好きになった神無を引き止める勇気がなかったことも。
自分よりもうんと年上の頼れる先輩だと思っていた縞斑が、本当は自分と似たような悩みを抱えて苦しんでいたことが、神無の中の誤解を解くきっかけになったのである。
「まさか先輩も恋愛下手なんて思わないもん」
「君よりは経験豊富ですけど?」
「うら若き青年の弱みに漬け込んで体だけの関係から囲おうとした大人だからって告白するの悩んでたのに?」
「いやそれは事実だから…………神無ちゃん待って、それアサギリちゃんから聞いた?」
「んー?ひみつー」
当時心を抉られた聞き覚えのある言葉に縞斑が神無の顔を覗き込めば、それを待っていたように顔を上げた神無が彼の唇に口付けた。
可愛いリップ音と共に、ふわりと香ったバニラの香り。
甘えて誤魔化そうとしていると頭では分かっていても、風呂上がりのいつもより赤い頬でいたずらっ子のように笑われると騙されたくなってしまう。
ずいぶん溶かされてしまったなと内心で苦笑いを浮かべた縞斑は、お返しに神無の唇に小さく噛みついた。
「んむぃ……えへへ」
「ほら、早くアイス食べな。寝る時間なくなるよ」
「うんっ!」
元気よく頷いた神無は、少しだけアイスを食べるスピードを早めた。それでも丁寧に味わっていることが分かる笑顔の彼を眺めた縞斑は、この腕の中にある幸せを静かに噛み締める。
雨降って地固まるなんて言葉では片付けられないほどの土砂降りだったけれど、土が全て流れ落ちる前に彼に間に合って本当に良かった。
唇に残る微かなバニラの甘さを舌で転がした縞斑は、小さく微笑んで何も知らない神無の頭を撫でるのだった。
終
アザレアの花言葉『自制』