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ありし日、はじまりの分岐点にて〜キリシタンすり抜け主と加州清光〜

2026-04-29 18:44:40

物語の本当の最初。
加州清光と主ちゃんが出会った日の話です。

今思えば、清光の目覚めは
最初からどことなくズレがあった。

加州清光が泡沫の眠りから目覚め、主人の前に顕現した時、そこは既にどこかの隔り世、つまり本丸の中だった。

あれ、本丸
政府の初期刀顕現部屋でもないし、最初から本丸

こんのすけが一緒に居ない。

そこには、びっくりするほど清らかな気配を纏った、優しげで心細そうな女の子が、びっくりしたように目を丸くして、ちょこんと座っていた。

「あー。川の下の子です。加州清光。扱いづらいけど、性能はいい感じってね」

名乗りを上げた清光に、主人となるだろう少女はずっと、目を皿のように丸くして驚愕していた。

見開かれた金色の瞳はとびきり上質な霊力の証。
透き通った力はどこかの神に寵愛されている証拠。
この時代、これほどまでに美しい霊力はどこでも重宝されるから、もしかしたらどこかのお嬢様かも。
大丈夫かな、俺みたいな刀でも、ちゃんと可愛がってもらえるかな。
そんな考えがたちまち清光の脳裏に浮かんだが、そんな思考は次の瞬間に頭から吹っ飛ぶことになる。

少女は、何度も清光の顔と本体に視線を往復させて、まるで顕現どころか刀剣男士そのものに驚いているみたいだったが、やがてはっと自分を取り戻したように、慌てて立ち上がって、ふわっと微笑んで、片手を握手の形に差し出した。

「えと、初めまして。私、××、×──……

その瞬間の、反射的な己の機動の速さを。
何度思い出しても清光は、誰に褒められなくても大絶賛したい気持ちでいっぱいだった。

挨拶しようとしたらしき無防備な彼女の口から紡がれようとしたのは、どう聞いても多分フルネーム・・・・・だった。

ざっと血の気が引いた清光は、目の前の彼女がそれを最後まで紡ぎ切る前に、反射的に慌てて彼女の口を手で塞いだ。

がばっと清光に口を強制的に閉じられた彼女は、己の刀剣男士とはいえ男に急に触れられて逃げるどころか、ひどく無防備に、きょとん、とした顔をしている。

「ど、わ、は!?」

気が動転した清光はよくわからない声を上げながら、初手から突然刀剣男士に真名を差し出そうとした少女に悲鳴を上げた。

「な、ちょ、だ、だめじゃん!」

少女は本当に「???」という顔をしていて、何が起きているのか分かっていない顔をしていた。
本名を名乗りかけたらしき少女は、名と共にどうみても己の存在を丸ごと差し出しかけている気配を漂わせており、顕現から数秒で理解の範疇を突如ぶち抜かれた清光はプチパニックを起こしたまま、良くわからないことを良くわからないまま色々と口走った。

「だ、だめ!名前!名前ダメ!ダメだから!!真名そんなもの差し出さなくても俺ちゃんと護るから!!」

まも、る?
きょとん、と少女は。
生まれてこの方一度も聞いたことのない単語を耳にしたかのような反応をしていた。

それが、この俺、加州清光と
後々俺が心から愛することとなる大切なあるじとの。
不格好でしまらない、大パニックと共に突如幕を開けた、始まり。

政府の初期刀保管庫から選び出された五振り、その中から自分だけの初期刀を選ぶ、そこまではいい。
だが、何故か彼女は、選んだはずの初期刀を顕現しないまま、こんのすけすら居ない、外界と完全に閉じられた本丸に送り込まれていた。
清光が泡沫の眠りからはっきりと目覚めた時には既に、独りと一振りには広すぎる本丸に二人きり。

何もかも手探りで始まる
かけがえない愛おしい日々のいちばん最初。

清光はこの後間もなく、函館の戊辰戦争に単騎で送り込まれる。味方もなく、刀装もなく、練度も1のあまりに頼りない中でだ。初期刀と新人審神者はこうして初陣に臨むことを、幸か不幸か、清光は顕現した段階で最低限の知識として理解していた。

この荒療治は慣例的に長く行われ、審神者学校では俗にチュートリアルと呼ばれているらしい。
だが、それが既に廃止されて数年経っていることを、この時の加州清光は知らずにいた。


《ありし日〜はじまりの分岐点にて〜》


初期刀制度が現在の形に確立してからしばらくの間は、初期刀にお守りを持たせた状態で一振りで初陣することが慣例だった。
当然、練度の低いたった一振りでは初陣はほぼ負け戦だ。
だが、事前に六振り揃えて初陣に臨ませない事にも意味はある。
特に、主が一から鍛刀したわけではない自分たち初期刀には、目覚めてすぐ傷だらけになる戦のひりついた危機は、何より存在ごと目が覚める重要な起点でもあった。これがないと自分たち刀剣男士は、本来の意味で覚醒できない。
霊力で形作られた肉体を正しく認識し、外界との境界性をはっきり認識するためには、荒っぽいがこの儀式はどうしても必要だった。

特に、これを経ずに二振り目で初期刀と同じ刀を呼んでしまうと障りが大きい。
同位体同士で張り合うだけならまだいいが、個別意識がはっきりしていない状態で互いの境界線が曖昧になる個体も少なからずいて──分かりやすく喩えるなら、双子が互いに片割れを『自分』と認識していて、自分と片割れをまったく区別できていない状態のまま大人になる、と言うと分かりやすいかもしれない。

初陣のひりついた空気と痛みでようやく、俺はその他大勢の加州清光の中から『主だけの加州清光』になる。

だから、初陣でぼろぼろになって帰って来ることに文句は無い。俺たち刀剣男士は、ちゃんと手入れさえしてもらえれば傷ひとつなく復元されるのだから。

だから、俺が心配していたのはそんなことより、ぼろぼろになった俺を見て、新しい主人が俺に興味を失って、他の刀を欲しがることの方だった。

関心を失って、手入れをしないまま放置する者だっている。
清光の新しい主人は、幸い手入れはしてくれたが、言っちゃあなんだがあまりにも拙かった。手入れの仕方をろくに学んでいないとしか思えない。
拙い手入れは、通常の戦よりずっと消耗する。あと一息で折れるところからあれこれ弄くり回されるのだから当然だ。

新しい主はずっと、感情を挟まない淡々とした、どこか職人的な真剣さを帯びた、要はちょっと怖い顔をしていた。

普通の何倍も時間が掛かった拙い手入れがようやく終わっても、俺はずっと汚れてみっともない敗北を主に見せたことの方が気がかりだった。

布団に寝かされて、ようやく主の顔を見る勇気が出た俺は、消耗した状態で恐る恐る目を開けて主の顔色を窺った。
見捨てられたらどうしよう、と清水の舞台から飛び降りるような気持ちで目をえいっと開けた。

そうしたら、俺を布団に横たえさせた主は。
ずっとしていた怖い顔をやめて、ぼろ、と泣き出した。
え、と俺は固まって、ぽろぽろ、ぽろぽろ、と綺麗な雫が自分に降り注ぐのを、馬鹿みたいにぽかんと開けた口で、馬鹿みたいにただ見てた。

しゃくり上げた少女は、清光を寝かせた布団に縋り付くようにして、ボロボロと泣き出した。
ここに来てから着の身着のままだった彼女が、懐から唯一この本丸に持ち込んだらしい私物を取り出して、胸を絞られるような哀しい声で喉を鳴らした。

「かみさま!」
そう泣きながら、十字架の付いた薔薇色の木の珠を連ねた数珠のような物を、固く固く握ったまま、清光の傷に触れないように縋りついてただ泣いている。
「かしゅーを、かしゅーをたすけて、かみさま、おねがい、かみさま!」

身を引き裂かれるようなその祈りに
俺は、何が起きているのかよく分からないまま
ただぽかんと彼女の顔を阿呆みたいに見つめていた。

「なんでもします、かみさま、かみさま、おねがいです、かしゅーを、かしゅーをたすけて、たすけて、かみさま!」

そのとき俺は
ああ、とようやく腑に落ちた。

この子、ほんとになにも知らないんだ。

刀剣男士が手入れさえすれば傷一つなく復活することも、何だったら折れてもまた呼べば済むことだって。
顕現もそこそこに通常通り函館初陣に清光を送り込んだことで、最低限のことは知っている審神者なのだろうと勝手に思っていたけれど、違うんだ。
最初によりによって真名を差し出そうとしたことといい、本当に、本当になんにも知らないんだ。だって。

だって、こんなに泣いてる。
こんなに必死に必死に祈ってる。
末席とは言えど付喪神の一角。こんなに近くでこんなに真剣に祈られて、その願いの強さが、本気が、本心がわからないほど馬鹿じゃない。

だから、この子は、今。
本当に、たったひとつの清光を喪うかもしれないと思いながら、祈ってるんだ。

こんなの、手伝い札を使えば数秒で消える傷だ。
普通にやったってたった一刻半で無かったことになる傷なのに。

拙い手入れで長く弄くり回された苛立ちも、捨てられるかもって根深い恐怖さえ、跡形もなく吹き飛んで、清光は本当に頭が真っ白になった。

どうしよう。
俺のこと、大事で失いたくないって
声を枯らして女の子が泣いてる

じょ、ぶ、けほっ」

流れた血が気管に入って、けほけほと咽せる清光に、慌てて彼女が背中をさすってくれた。必死に、何度も。
「ごめ、ごめんね、かしゅー、なにもできなくて、ごめん、ごめんなさい!」
身を斬られるような声で泣き縋る少女に、清光は慌てて必死になって言い縋った。

「ちが、だ、大丈夫、俺ほんとに大丈夫だから」

大丈夫。刀剣男士は人間とは違うから、こんな傷、1時間半もあれば全部直って綺麗に無くなるからと。
こんな傷で折れたりしない、死んだりしないから、絶対主のこと置いてったりしないから、約束するから、と。

気が動転した少女を一生懸命なだめて、何とか伝える。
少女はようやく泣き暮れることをやめ、真っ赤な目元のまま、清光に縋るように「ほんと?」としゃくり上げた。

「うん、ほんと、ほんとだから。だから、」

だから、泣かないで。

ようやくいちばん大事なことを伝えられた安心感で、限界に来ていた俺はぷつんと力尽きて意識を失った。

刀剣男士は限界が近くなると、人に似せた擬似的な生理機能を本能的にシャットダウンして回復に集中する、要は擬似冬眠のような状態になることがある。

だから、本当はいちばん起きてなきゃいけなかったこの時に、俺は泥のような深い眠りの底にいてどうしても起きれなかった。


初期刀が重傷で手入れ部屋から出れないこのタイミングをわざと見計らって、政府の担当役人が本丸に戻ってきたこと。

何も分からない主が、その担当役人の話を鵜呑みにしたまま、最小資源数の短刀ではなく、最大資源数で新しい太刀を呼んだこと。

そうして呼ばれた、よりによってかなり強い神性を帯びた『鶴丸国永』が。

この本丸が、重傷の初期刀を放置したまま、よりによってこのタイミングで手伝い札で新しい刀を呼んだ、という最悪の状況証拠を。
いち早く把握して、審神者の人柄に強い苛立ちと不信感をべっとりと貼り付けたまま即座に距離を取り、その間に再び担当役人が姿を眩ませたことも。


この時の俺はまだ、何も知らずにいた。


今こうして振り返ってみると、思う。
もし、俺がもう少し、早く疲れて眠っていたら。

彼女の涙を見ることなく、手入れから目覚めて、その間に呼ばれた鶴丸国永を見ていたら。

俺は多分、俺の手入れに使うはずの手伝い札すら使ってもらえず、放置されて新しい刀を呼ばれた、ってショックを受けて。
今にも新しい主に捨てられるかも、ってことで頭がいっぱいになって、目の前の女の子をついぞ信じ切れなくなっていたんじゃないかと思う。

ゾッとする。

あんなに必死になって俺のために泣いてくれた、たった一人の女の子を独りぼっちにしたまま、あの切実な狂おしいほどの涙も真心も信じられずに、自分のことしかまるで考えられなくなって、信じるってことの意味すら理解しない加州清光になっていたかもしれない、そんな紙一重の可能性は。

どうやら、意図的に作られたものだったらしい。

政府の裏切り者と歴史修正主義者が、新人審神者と刀剣男士に決定的な溝を作るための謀略の一部だったのだと。
後々、この本丸の監査官としてやって来る山姥切長義が全てを暴くまで、俺も鶴丸のやつも何も知らずにいたんだ。


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