カルみと
刑事探索者宿舎世界線
シナリオネタバレあり
@popo_trpg_ss
縞斑が目を覚ますと、隣に神無の姿はなかった。
「ん……」
彼が自分よりも先に目を覚ますなんて珍しい。
意外にもかなり寝汚い神無は、休日はいつも縞斑が起こすまで目を覚さないし、起き上がって活動するまでに一時間ほどぐずるときがある。
そんな彼が自分より先に起きているなんて、今日は雨と雪と氷柱が降る日になるのかもしれない。そう真剣に考えながら、縞斑はベッドを出て階段を降りる。
「おや?」
一階に降りると、ふわりと甘い匂いがした。
首を傾げた縞斑が匂いを辿ってキッチンに顔を出せば、そこにはエプロン姿の神無が立っている。
くつくつと煮える鍋を見守る彼は、どうやらこちらの様子に気がついていないらしい。縞斑はそのまま気配を忍ばせると、彼の背後から鍋の中を覗き込んだ。
「この匂い、りんご?」
「っわ!?びっくりしたぁ……」
覗いた鮮やかな赤色と爽やかな甘い香りに誘われた独り言を聞いて、神無はようやく気がついた様子で飛び上がって驚く。
構わず嗅ぎ覚えのある甘い匂いに惹かれている縞斑を見て、不満げに唇を尖らせた神無は彼の胸を軽く叩いた。
「もう!先輩ってば気配消すなよ!火ぃ使ってんだから危ないだろっ!!」
「ごめんごめん、真剣そうだったからつい。何作ってるの?」
ぷりぷりと怒っている神無を宥めた縞斑は、料理に明るくないため素材は分かっても料理名までは分からない。
爽やかで甘い匂いの赤色がくつくつと煮えているのを覗いていれば、機嫌を直してくれた神無が得意げに笑った。
「りんごのコンポート」
「こんぽ……?」
「果物の砂糖煮って言えば分かりやすいかな」
「あぁなるほど。保存が効きそうだ」
「そう!痛む前に煮ちゃおうと思って」
曰く神無は、数日前に職場でりんごを大量に貰ったらしい。
同僚の地元で採れたものらしいそれは立派で、最初は皮を剥いてそのまま食べていた神無だが、一人暮らしの彼では食べ切る前に傷んでしまうと頭を悩ませたのだ。
「冷凍しておけば一ヶ月はもつし、トーストとかパンケーキの上に乗せたら絶対美味いじゃん?」
「確かに、すごく美味しそうだね」
ふわふわと甘い匂いに包まれて笑う恋人は、今すぐにでも抱き寄せて唇を奪いたいほど可愛らしかったが、彼にとって大切なスイーツと向き合う時間を邪魔してはいけないと縞斑は身に染みている。
大人しく隣に立って神無の手際良い動きを見守っていると、味見をして砂糖を足した神無が言葉を続けた。
「これね、この前帰代先輩が作り方教えてくれたの」
「へぇ、彼が?」
「そう!皮も一緒に入れて煮ると赤く染まって綺麗だからって」
「……ふーん」
どうやら、りんごの保存に悩んでいるとこぼした神無にコンポートを提案したのも、過去の世界で神無を可愛がっている刑事たちのひとりらしい。
宿舎の台所にふたり並んで作り方を教わったらしく、舌で覚えたその味に近づけているらしい神無は自信満々に笑う。
しかし隣の縞斑はというと、若干渋い顔をして目を細めていた。
「……最近、特に彼に懐いてるよね」
「えー?なんだよ、やきもち?」
からかうように笑う神無の細い腰を捕まえて、後ろから覆い被さるように抱きしめる。
驚いて固まった神無が鍋をひっくり返さないように少しだけ距離を取った縞斑は、彼の耳元にぽつりと囁く。
「妬いてるよ。当たり前でしょ」
「ぅ、」
「俺より先に神無ちゃんの作ったもの食べた人がいるんだと思うと、複雑にもなる」
もっとも帰代に教わったというなら宿舎で作った時は彼が主体で調理したのだろうが、神無の手料理を他の男が先に食べたという枠には当てはまったままだ。
おかげで神無の手作りにありつけると分かってはいても、彼が自分以外の刑事を先輩と慕って懐くのは面白くない。
そんな日頃の複雑な心境も含めてそう囁けば、最近になってようやく縞斑が思った以上に自分のことを好きなのだと自覚したらしい神無が赤い顔で俯いた。
「わ……分かった先輩、たぶんまだ眠いだろ」
「うーん、それも正解」
いつもより素直な縞斑の言葉に当てられた神無が照れ隠しに選んだ言葉だったが、案外的を得ている。
ふわ、と大きなあくびを漏らした縞斑はそのまま抱き寄せた神無の肩にぐりぐりと額を押し付けた。
大型犬の戯れのような触れ合いを受け入れてくすぐったそうな笑みを取り戻した神無は、彼の頭を撫でて宥めるように声を掛ける。
「まだ寝てていいよ。昨日も遅かったし」
「……いや、あとで一緒に二度寝する予定だからやめとく」
「俺に拒否権がないんだけど」
笑った神無は一度火を止めると、煮えたコンポートをひとつ皿に取って縞斑の鼻先に差し出した。
「はい。味見して」
「ん、」
眠気覚ましに渡されたそれを、縞斑は大人しく口に運ぶ。
「うん、美味しい。けどちょっと甘くない?」
「コンポートなんだから当たり前じゃん」
「そういうものかぁ」
食感を残したりんごの爽やかな香りが広がり、砂糖によって甘みが引き立てられている。甘いものが得意ではない縞斑には少しだけ甘みが強く感じるが、砂糖煮だと言われればそういうものなのだろうと納得ができた。
そんな縞斑の腕の中でうんうんと頷いた神無は、戸棚から砂糖を取り出すと中身をだばだばと鍋の中へ振り掛ける。
こんもりとりんごの上に盛られた砂糖があっという間に溶けていく様を唖然と眺めた縞斑は、思わず畏怖の表情を浮かべて首を横に振った。
「……いや、それだけじゃない気がする」
「えー?帰代先輩もこれくらい入れてたよ」
「流石にそれは嘘だろ」
「まぁまぁ、完成楽しみにしてろって」
「…………はい」
味見の意見を無視してりんごを煮詰めていく神無の様子に、縞斑はそれ以上の説得を諦めると後日レシピの伝授元に苦情を持ち込むことを誓うのだった。
終