□風邪を引いた犬飼澄晴と鳩原未来
※CPではない
@wtkotaji
あぁ、またか。
白い無機質な部屋に机が一つと椅子が二脚。
うんざりした感情を綺麗に覆い隠し、犬飼は座っている薄い背中に笑いかけた。
「久しぶり」
「うん」
毎年毎年よくも飽きないものだ。
白い椅子に犬飼も座った。
これは夢だ。そうと分かっているのに、ぎこちなくわらう彼女に訊いてみる。
「鳩原ちゃんはさ、後悔してないの」
「うん?それはしてない、かな」
「なんで?」
「多分、人生を何度繰り返したって。あたしは門をくぐるって、わかってるから」
こんな時ばかり揺るがずに答えるのだから、始末に終えない。
風邪をひいた。
といっても軽いものだ。
微熱と頭痛が少し。
軽い風邪とはいえ、他の人にうつすのは嫌なので休むことにした。
『防衛任務も元々入っていなかったんだ、お前が気にすることじゃない』
「いやー、そうなんですけど。昨日店でお祝いして貰ったから、皆にうつしてないか気になっちゃって。二宮さんも体調大丈夫ですか?」
『三人共問題ない。いいから早く休め』
「犬飼、了解」
どうせ毎年この日は眠れないのだから、逆に調度良いかもしれない。
気まずそうにしている。
質問をしたきり、犬飼が黙ったままだからだろうか。
悪いなとは思っているだろう。二宮隊にそれくらいの愛着はあった筈だ。
(……あー、でももうよくわかんないな)
鳩原未来は後悔はしないし、許して欲しいとも言わないのだ。
どうすれば良かったのか。
最善はなんだったのか。
それが正解だと判断し、自ら選択したからこそ。人は未熟な結果と後悔に蝕まれる。
犬飼は曖昧に笑い本心を見せない鳩原を、自分と同じ穴の狢だと思っていた。
唯一の悲願を、親しい人の内の誰にも悟らせずに一人で実行したことに失望と羨望を抱いた。
同時に自分とは違うと突き付けられたことに密かに傷心した。
犬飼と同じように、才能があり努力家で従順な部下である鳩原の性分や行動を、二宮は掌握して理解していると思っていた。
一般人と重大規律違反を起こし、尚且つ消失した鳩原が何を考え何を思って何故行動したのか。理解が出来ず、あの笑顔でさえ張り付いた偶像のように感じた。
部下について何も知らないと思い知らされた。
二人揃って鳩原に感情を拗らせているようだった。
それは仲間というより同類だと思っていたのに、彼女は先に踏み込める意思の強さがあったことに裏切られたと感じた衝撃であったり。
自分は部下の全てを掌握している出来ていると慢心していた己の未熟さと無知を思い知った、強烈な喪失感だったりした。
犬飼澄晴は鳩原未来を「同類」だと思っていた。
二宮匡貴は鳩原未来を「部下」だと思っていた。
雨取麟児は鳩原未来を「理解」していた。
チームメイトの二人は共感したいと鳩原を思い遣り、観察し読み取り理解した麟児は共犯者として有効な手立てを提供した。
感情を切り捨て手段と結果を鳩原が選択し、現状が生まれた。
きっと、鳩原と他の二宮隊の面々は相容れない。
頼ることを迷惑と考えている鳩原と、頼ることを信頼と考えている二宮隊。どうやったって平行線なのだ。
「体調、悪いの?」
「は?」
「顔色が悪いから」
「……」
いやこれ夢でしょ。
やめてよ。
犬飼は言いたいのにそれを口に出来なかった。
「もう、休んだ方が」
「休んでるよ、とっくに」
犬飼の家族は優しいのだ。
体調不良だと聞いたら消化に良い食事と薬、水分を用意し、熱は無いかと額に手を当て気遣ってくれる。いつもは騒がしいくらいに明るい姉達も、最低限のやり取りで、何か欲しいものはないかと訊いてくれる。
今はとっくに布団を被り目を閉じているのだ。
安眠を邪魔しているのは、
(鳩原ちゃんの所為じゃん)
君が抜け駆けなんてするから、おれらは未だにこんな夢を見ている。
「もう、行くね」
「……うん」
「早く良くなってね」
「……」
だったら早く帰って来てよ。
そんなことは口が裂けても言ってやらない。
(いいよ、もう)
「こっちから捕まえに行くだけだから」
喉の痛みで空気が乾燥していることを知る。
何度か咳き込み、熱で潤んだ瞼を瞬いた。
「あー…、熱上がってきたかも」
乾涸びたような音が出た。